傍流点景

余所見と隙間と偏りだらけの見聞禄です
(・・・今年も放置癖は治らないか?)

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蜥蜴の紳士

2006-11-10 | 戯言・四方山話・メモ
 最初にお断りしなくてはいけない。私はマイケル・カニンガムの新作である『星々の生まれるところ』をまだ読んでいない。だから、思いがけずに来日講演会の情報を知ったときも、「生カニンガム氏の姿に一目!」というミーハー心は騒げども、正直躊躇していたのだ。積読本ばかり増えていく自分の状況としては、彼の新作は「今年中には読まなくちゃね」くらいだったし、講演会といったら勿論、英語でしょ? それは相当ハードル高いうえに、テーマの一つが≪われわれはどこへ行くのか?~9.11以後の文学と新しい世界≫などというアカデミックなお題では、とても私なんぞにはついていけないじゃん! ・・・という訳で、かなり及び腰かつ「ダメ元でも取りあえず」だった応募の当選を知ったときには、ご本人を拝顔出来る喜び以上に「ど、どうしよう…?!」と動揺しまくりだったのだ。嗚呼。会場に駆けつけることままならなかったマイケル・カニンガムのファンの方たちに、申し訳ないことこの上なし。

 そうして11月8日はやってきた。18時終業から全速力で移動したのだが、18時半開演の講演会には5分ほど遅れてしまった。暑いし、ぜーはーしてるしで席に案内されても暫く落ち着かなかったが、始めに主催の集英社の方、続いて『星々の生まれるところ』翻訳者である南條竹則氏のスピーチがあったのが助かった。おかげで、いよいよカニンガム氏登壇の頃には、気持ちも視界も落ちついた。

 現れたカニンガム氏は、著者近影で見るよりも髪が白く、すらりと細身で優雅な雰囲気である。山本容子氏との第二部での対談で、何度か蜥蜴の話題で楽しげに談笑していたのだけど(『星々の生まれるところ』にも登場するとのことで)彼自身がまるで蜥蜴の紳士のようだった。(私、爬虫類系の雰囲気のある男性も好きなんです、犬系と並んで) 声は柔らかく暖かくて、語り方もジェントルかつ声の抑揚の上手さもあり、まるで俳優であるかのような表現力。もし可能ならば、是非とも彼のポエトリー・リーディングを聴いてみたい、という気持ちになるような。
 つまり、私が感じたマイケル・カニンガム本人の雰囲気というのは、彼自身の文章・作品の印象と、嬉しいくらいに同じだったのだ。

 ・・・が、ここで私のパニックが始まる。カニンガム氏の素敵な肉声、その語りにうっとりと聞き入りたいのだが、如何せん英語ヒアリング能力に問題があるので、配布された同時通訳トランシーバー着用でないと、何を話しているのかがちゃんと理解できない(涙)。同時通訳されているのは女性の方なのだが、この人の声は高いうえに早口でちょっと耳が痛い。同時通訳とは大変な技であるとは思うのだが、どうにも…個人的には辛かった。だいたい私は別の事を同時に出来ないタイプ(一点集中型というか、音楽を聞きながら読書をする、ということも出来ないんです;;)なので、カニンガム氏の声と通訳とどちらに集中したらいいか、わからなくなってしまったのだ!(笑ってくだされ~。だって、こーゆー形式の講演会なんて初めてだったんだもん…) しばらく、トランシーバーの音量調節、及びどちらの声に集中するかで葛藤するハメになり、結果的に注意力散漫のまま、第一部が終わってしまった。すげー馬鹿。。。
 そんな有様なので、正確さの保証は全くないが、とりあえず覚えていること及び、それについての雑感などを以下、箇条書きにてご報告しておく。(第一部と、山本容子氏との対談の第二部は特に分けない)

◆ まず、壇上の隣の大きな花瓶一杯に飾られた花を見て「ずいぶん近くに花がありますね。花の隣にいると自分が小さく感じます」 かわいいー(笑)。
◆ 全体的な内容としては、当然『星々の生まれるところ』(以下、今作と書く)についての話が中心。それと対比する意味で、前作『めぐりあう時間たち』についても少し触れられていた。しかしテーマから想像されるほど、≪9.11後の文学≫というものは強調されていなかったと思う。むしろ、アメリカであれ9.11であれ、特定の何かに括られることのない≪人間と文学≫というテーマかな…と私は受け取ったが、どうだろう。(アメリカ文学研究者/学生や評論家向けではなく、より一般参加者向けの話にしてくれただけ、って事?)
◆ 「今作では確かに未来---SFと呼ばれる形式のものも書いたが、私に未来について語ってください、と言われるとは思わなかった。私は科学者ではないし」と、掲げられたテーマについて軽くジャブ? 「『めぐりあう~』についても、時間ということについていろいろ聞かれたけど(この辺りウロ覚え)あれは基本的にはレズビアンの女性たちの鬱々とした物語(!)なのでね」 というようなことも言っており、しばしば見当外れの評価・読み方をされることへの反発なのだろうか…
◆ 「人間の歴史というのは、文明の隆盛と衰退の連続。今はアメリカが強いかもしれない、けれど帝国主義的なものは古代ローマの時代から繰り返しているもの。たまたま現代ではアメリカがその巡り合わせの位置にいる、というだけ」 といった意味のことを何度か話していたように思う。この辺りは、個人的な思いとして自分の好きな何人かのアーチスト(英国人)が言っていることでもあるので、自然に納得。ただ、それを米国人が言うようになったことが重要なのかも。
◆ 「作家として私が書きたいと思うことは、市井の、普通の---底辺や弱い立場にいる、報われずに存在する人々について。歴史は勝者によって作られるというが、私は作家なので歴史には残らない人々のことを書くべきだと思っている。偉人や英雄であるとか、何かを成し遂げた人には興味がない」 という言葉にも激しく共感出来るので、私は彼の小説が好きなのかもな…。
◆ 「現代は過去から見れば進歩しているのだろうけど、過去に想像された未来、とは別の形だと思う」「ただし人間は過去も現在、そして未来もそう変わらないはずで、私はそうした人々の変わらない部分を書きたい。今回の作品は、過去・現在・未来という3つの時代で構成されているけれど、共通しているというのも、その思いから」 この辺りは前作とも重なるし、『この世の果ての家』も部分的にはそう解釈できるかも。“継承される魂”を描くことが彼のライフ・ワークの一つなのかもしれない。
◆ 「人間というのは輪廻というか、時代がいくら巡っても、同じようなことを感じて生きていたりする。永遠のものはなく、時が巡るなかを、再び、繰り返していくものなのです」 ---第一部の締め括りに、そう熱く語る彼の言葉に思わず涙が出そうになった。一番印象に残ったことかもしれない。
◆ 今作での形式について。前作は文芸的な作風だったのに、今回は3つのそれぞれ違う(エンターテインメント的な?)形式で書いたのか、との質問に答えて 「まず私は、形式なんてことはあまり考えて書いたりするタイプではない。だいたい思いついたことから書き始めるので。ただ、今回は---前作『めぐりあう~』が、あまりにも評価されてしまった。まさかあんなに大きく取り上げられ成功するなんて予想外だったので、戸惑ってしまった。だから、今回は敢えて違うことをしなくてはいけない、とは思った。なぜなら作家とは、常に新しいものを作り出さなくてはいけないから」
◆ 作品の理解ということについて 「(文学作品を理解するのに)知識が必要という人がいるけれど、優れた作品を本質的に理解するためには、知識は必要ないと思う。素晴らしい文学は、たとえどんなに言葉が違っても、意味がわかれば、そこに込められた感情がわかれば、誰にだって味わうことができる」 まさにまさに!   
◆ 今作でのモチーフとなったホイットマンについて 「私は彼はアメリカが生んだ最高の詩人だと思っている。出来れば作家(ストーリーテラー)ではなく、彼のような詩人になりたかった」 とのこと。詩人の情感がこもったメロディアスな文体の素晴らしいストリーテラー、なんだから充分じゃないですか!!と私は思いました…。
◆ 山本容子氏は、カニンガムを評して「(今作にも出てくるが)まさに、ジャコメッティの彫刻みたい」ですって(笑)。

 オマケ。対談の進行役を務めた『めぐりあう時間たち』翻訳者の高橋和久氏よりのチクリ(笑) 「実は、このお2人の共通点として、スモーカーというのが挙げられるんですよねえー。マイケル、アメリカでは今大変でしょ?」と。カニンガム氏は笑っておりました。ニューヨーカーとしては“大変”どころじゃないと思うけど、同じく禁煙など考えたことのないスモーカーとしては、ちょっと親近感・・・。
 以上、正味1時間半強といった内容で、個人的にはいろいろとアホな状況ではあったんだけど、本当に行けて良かった。生カニンガム氏の姿に、声に触れられて幸せでした。(元々ファンだったけど、更にミーハー濃度が上がってしまったのも、ある意味収穫・・・かな?)
 そして、本日遅まきながら『星々の生まれるところ』購入。今月中に是非読み終えたいと思う。

【11.12追記】
 講演の内容で印象的だったついて、書き忘れてたことを一つ。
 「私の作品はよく“暗くて悲観的だ”と評され、確かにダークさはあるかもしれない。でもペシミスティックと言われるのはうんざりする。そもそも小説を書く、何かを作り出すという行為は、悲観してたり絶望していては決して出来ないこと。どんな内容であれ、それを“書く”ということは、人生に対してポジティヴだから出来ることです」
 アーティストの言葉としてはあまりに真理にして当たり前のことなので、自分の中でも自然に受け止められたためか(音楽関係ではよく聞く話なので)うっかり書き忘れてしまったらしい…;; 
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4 コメント

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至福のひととき? (石公)
2006-11-10 01:57:26
shitoさん、おじゃまします。

私も、前半の講演部分は完全にshitoさんと同じ状態でした。つい、優しい生声に聞き惚れてしまって……。ネイティブ・スピーカーの英語なんて2~3割程度しか理解できないのに、本物の声に気を取られて、同時通訳さんの言葉を聞き逃し、言っていることを頭の中でつないでいくのに必死になる繰り返しでした。作家に会えて、こんなに舞い上がったのはこれが初めてかもしれません(笑)。

『星々の生まれるところ』の訳者あとがきに、カニンガムがホイットマンに「落ちた」きっかけとなるエピソードが書かれていて、それがとても良いです。ぜひじっくり小説の方も楽しんでください。私もまた、何度か読んでみようと思っています。

私は大遅刻でしたが、会場のどこかにshitoさんがいるなら一目お会いしたいなあ、などと思いながら過ごしていました。
すっかりミーハーですっ! (shito)
2006-11-10 21:11:08
石公さん、ようこそです! 私も、石公さんとご連絡取っておけば良かったなあ、と後悔していたところでした…。

カニンガムのあの声は本当にウットリしますよね~。
話し方含め“音”として聞けてしまうので、ホント同時通訳の訳がさっぱり耳に入らなかった仲間がいて、ちょっと安心しました。
かなりマジにリーディング会とか、して欲しいと思ってます! 意味わかんなくていいから(笑>いや、ダメでしょうソレじゃ;;)。

『星々~』は本編の前に取りあえず、覚書と謝辞、訳者あとがきだけサラッと読みました。カニンガムがホイットマンに落ちる前、傾倒していたのがJジュネとBディラン(トマスじゃないのね)というのが「へぇ~~」でしたね。
この週末から、早速がっつりと本編に没頭するつもりです!
貴重な体験ですね (真紅)
2006-11-11 01:45:13
shitoさま、こんにちは。
カニンガム氏の講演会、詳細をアップしていただきありがとうございました。
素敵な紳士なのですね。いいなぁ・・。読んでいて私までうっとりしてしまいました。
翻訳者の方々もいらっしゃっていたのですね。飛田野氏も来られていたのでしょうか。
『星々~』、楽しんで下さい。こちらの感想も楽しみにしております。
ではでは。
残念ながら (shito)
2006-11-11 14:11:11
『この世の果ての家』翻訳者の飛田野裕子氏の登壇はありませんでした(会場にはいらしてたのかもしれません)。やはり出版社が違うからでしょうかね…私も少し寂しく思いました。

という訳で真紅さん。こんなザル状態なレポ?でも少しは楽しんで頂いたようで、よかったです~。
カニンガムの声は、DVD『めぐりあう時間たち』のコメンタリーでも聞いてるはずなのですが、実際の姿を前にしての生声に接すと、更に威力大きかったみたいです(笑)。

訳者の方々ですが、高橋氏はなかなかサービス精神旺盛な方でした。対談中は進行役ということで殆ど口を挟まれなかったですが、和やかな雰囲気で良かったです。開演/紹介の挨拶をされた南条氏は、いかにも大学の教授然とした、かつユニークな雰囲気の方でしたよ。

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