たまには考えよう

最近…何も考えていないことに気づいた。考えても、覚えている自信が無いので、文章に残してみよう。

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別れるということ

2006-07-31 02:41:22 | Weblog
さて…だいぶ日が空いてしまいましたが続きを…


わたくしの職場は、頻繁に異動がある。
だいたい2・3年の周期で他の部署に移ることに。
なので1年経てば、その部署の職員が1/3から下手したら半分も替わってしまう。
基本的には近畿圏内だが、偉い人の場合は全国的な異動もあり得る。
そして、4月からは新しい人との仕事が始まる。


要するに何が言いたいのかというと、頻繁に出会いと別れがあることだ。
仕事といえど、やはり人間関係は大切だ。
しかも1~3年の間一緒に働き、部署は違っても何十年の付き合いもあり得る。


ただ、やはり京都を離れることも多い。
他府県に行ってしまい、下手したら会えなくなることもだ。
現に、仲良かった友人が数人と離れてしまった。


なので、別れるということには慣れてしまっている。


就職し始めて1・2年の時は確かに寂しかった。
いろんなことを教えてもらい、時には飲み倒したり、遊びにも連れて行ってもらった同じ部署の人。
それでも、どんだけ仲良くなっても、いずれは離れてしまう。


だから、今回のように先生が海外に行ってしまうということは、それほど珍しいことではない。
そういう状況をもう7年も繰り返しているからだ。


では寂しくないのかというと、やっぱり寂しい。
普段当たり前のように接している時は思わないのに、離れる時が来ると、もっと一緒に何かしておけばと後悔したりもする。
ただ、他の人に比べると慣れているせいか、その感情は落ち着いたものなのかもしれない。


先日、友人Sが実家の香川に帰ると言うことを聞いた。
個人的には香川は近いし、親しいこともあり「また会えるやん」というお気楽な面が出ていたが、Sや他の人は、やはり寂しい面が強かったようだ。


その違いを見て「自分はおかしいのか」とも考えた。
うまく言えないのだが、考え方・自分の中の友人の占める割合など、そういった部分が違ったのかもしれない。
そう考えると、自分は寂しい人間になっているような気もした。


ただ、親しい友人であれば、また会えると思う。
確かに身近な人が遠くに行ってしまうと、もう一緒に過ごせないとも思ってしまう。
でも、一緒に過ごした時間もあるわけだから、それを懐かしんだり、思い出したりすることはできるはずだ。
そして時には会って、昔のことを話せれば良いのではと思う。


それでもやはり寂しい…遠くに行ってから気づくのだろう。


残念ながら出会いがある以上、別れがあるのは仕方ない。
一緒にいられる時間は限られている。
そういう意味では人間とは孤独なものだと思う。


家族・友人などの自分の支えになる人。
別れることばかりだと思うと、どうしたらいいのだろう。


ここまで書いて、あらためて別れるのは辛いことだと再認識した。


なんか暗い文章になってしまった…ブルーだ

しかも眠気と日が経ってしまったので、ちょっと怪しい文章になったけど…。
次はおもしろい文章にしよう。
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8 コメント

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お初デス (ぱー子)
2006-07-31 20:00:44
ども。

Pヨさんもブログ本格的に始めたんですね。

ラビのプロフィール見てやってきました。



私も始めたものの、予想通りなかなか更新できておりまへん。まあ、お互いマイペースでやりませう☆ 



さて。今回のお題。人ごとではありません。

そうです。愛しのはにーが帰ってしまうのです。



正直、私は随分前から相談を受けていたものの、

未だに気持ちの整理が出来てないんですよ、これが・・・。

笑顔で見送らなきゃいけない事も、自分が大人げない事も、重々わかってるんデスけどね。 

 

せっかくこんなに気の会う人と出会えて、一緒に過ごす時間が本当に心地よくて、楽しくて、嬉しくて。

自分にとって、ツライ事も全部ぶっちゃけて話ができる人だったので。それだけに、ツライ。 

もちろんそれほど遠くでないのだから、いつでも会えるんだろうけど、現実やっぱり今までみたいに気軽に会えない。



これまで私も、いろんな場所で生活してきて、色んな出会いと別れを経験してきているだけに、「距離が離れる」ということがどういう事がわかるんですよ。



相談を受けたとき、こどもみたいに、「いやだー、帰っちゃいやだーっ!」って言えてたら楽だったんですけどね。色々話を聞いていると、総合的にみて、香川に帰るメリットのが大きいような気がして。

というか、相談を受けた時点で、Sは自分の中でもう進むべき道を大半決めていたような気がします。



別れることに焦点をあてて考えるとつらいばかりなので、今一緒にいれる時間を大切にし、これからまた再会できる日や一緒に過ごせる日を楽しみにするしかないんだろな。



Pヨさんはおかしいのでも寂しい人なのでもゼッタイないと思います。きっと、自分に比べ、きちんと物事を頭の中で整理できている人なんだ、と文章を読んで感じました。

自分はいつまでたっても幼児みたいで、恥ずかしいっす・・・。こうしてコメント書いている今でもすでにこんがらがっちゃってますし・・・(笑)

コメントどぉもです (P森)
2006-08-01 01:09:01
コッソリ365にUPしてみました。

大々的に宣伝するのも…と思いまして。



今回のお題、パー子さんの方が受ける影響は大きいと思います。

Sは旦那みたいなものでしたものね。

お互い、かなりの割合で占めていたのではないでしょうか。



なので、わたくしなんかよりも、感情的になってしまうのはしょうがないはず。

逆の立場なら、毎日涙で枕をぬらしているところです。

でも、Sのことを考えると、やはり笑って見送ってあげるのが一番なのでしょうね。



親しい友人が離れていくのは辛いです。

わたくしの場合、先生もそうですが、8月1日(今日だ…)で同じ職場の同期が本庁に帰ってしまうので、凹んでいるところです。

Sには悪いのですが、同期と接する時間の方が長かったので…。



また会えると思っても、簡単に整理はできないものですね。

こんだけ偉そうなことを書いていても、全然実践できておりませぬ…。

同じくまだまだお子様です…。



ただこうやって、その人のことを大切に思えるのは良いことですね。

簡単に整理できるのも、どうかと思います。



Sとはまだ1ヶ月、もしかしたらそれ以上長くいられる感じですし、一緒にいられる時間を大切にいたしましょう。



大丈夫…わたくしも、何を書いてるかわからなくなって…「こんなこと書きたいんだっけ?」という状況になってしまいましたので…。

書いた以上、載せなきゃって感じで載せてしまいました。

なので、ちょっと薄っぺらい感じも…。



お互いブログで色々整理していきましょう。
よっ。 (Sおりん)
2006-08-02 01:41:03
ハロー。ぴよちゃん。 

ぴよちゃんの気持ちよくわかるんだ。 

私も自分が帰る立場でなければ、 

別れというものに対して、わりとドライやと思う。 



昔から、親友が転勤族が多くて。 

よく別れを経験した。 

なんで私の友達って転校ばっかりするん? 

って、子供ながらに腐ってた時期もあったぐらい。 

 

私が一番怖いのは、 

誰かと離れてしまっても、 

人はそのことに慣れてしまうっていうのを 

知っていることなんだよ。 

ここに私がいなくなったとしても 

日々は流れ、時間は過ぎる。 

私は私の日常が。 

みんなには変わらない日常が。 



私にとっては地元より地元な京都。 

この土地を離れるということは 

今まであった日常がぽんって 

変わってしまう。 

それが、しんどい。 

10年っていう重さ。 



正直、みんなには私一人がいなくなったところで多くは変わらないだろう。 

はじめは違和感があったとしても、 

またそれに慣れてしまうんだよね。 



でもさ、今だけはここの友の大切さを忘れたくない。 

大袈裟かもね。 



いつでも会える。 

そう思う。 

けど、1ヶ月経ち、3ヶ月経ち 

1年もしてしまえば、 

そうもいかなくなるだろう。 

それがもう分かってるんだよね。 





本来友の大切さは過ごした時間と比例するかもしれない。 

大学の同回、後輩は別れるの辛い。 

でも、ラビの友とは過ごした時間は短くても最近何かと濃かったから、 

ぱって日常からなくなると 

辛いもんがある。 

 

特にパ~子ちゃんはもう 

今ではなくてはならん存在だし。 

私、友達多くみられるけど、 

ほんとに心を打ち明けられる友って、 

実は少ないんよね。 

でもパ~子ちゃんは馴染むのに時間もかからなかった、とても貴重な人。 

残していくのはとても辛いのだ。 

一番心残りだ。 

本当はきっちり嫁にいくまで、 

傍にいたかったのだけどね。 



今の間にできることをやっておくよ。 

後で後悔すんのは嫌だし。 

ありがとね。ぴよちゃん。 



また泊めてくれ。  

年代による別れ (大TOTORO)
2006-08-02 02:07:38
Sちゃんのことは残念やよね。

けど、パー子さんも書いているように、Sちゃんにとってはいい決断だと思うな。

自分とこの職場は、別れと出会いの巣窟みたいなところ。

サクラといっしょで、別れがあるから出会いが輝くんだと感じるところがある。

パー子さんの

>これまで私も、いろんな場所で生活してきて、色んな出会いと別れを経験してきているだけに、「距離が離れる」ということがどういう事がわかるんですよ。



これは、まさにその通り。

きっと今よりかは、疎遠になっていくだろな。

けど、そうでないとダメだと思っている。



そういえば、大学の講義で、「1~3回生と4回生では、大学の所属意識が違う。4回生も大学のことを大切に思うが、次の世界のことを見据えながら生活しているので、所属感は薄くなる。ちょうど、4回生はモラトリアムの期間なんだよ。」等の話がありました。



自分の人生で、行動に優先順位をちゃんと判断する。そして、一番大切にしなければならないことを分かっていながら、今ある環境も大切にする。それが人としての成長するときだと思う。



結局、人は最終的には一人なんだと思う。

悪い意味ではなく、自立(経済的にも、精神的にも、仕事の面でも)をまずしていかないとって、意味。

これを崩すと、結局何をしても物足りなく、焦燥感がたまってくるんじゃないだろうか。



だからこそ、Sちゃんにはいつでも帰っておいでとかは言いたくなかった。

サオリちゃんの年齢を考えたら、きっちり自立をすることが今一番大切だと考えるから。

ラビは永遠に続くものではない。

それがいつかはわからないけど、年齢と共にそれぞれが自立してくと、必然的に解散になるでしょう。

気持ちはいつでもウエルカムだけど、Sちゃんの性格を考えると、きっちり一度けじめをつける必要を感じる。

いつまでも居心地の良い方を選んでしまうじゃないだろうか。それに、彼女の周りは彼女の性格も合って、とても温かな人が多そうだし(パー子さんも含め)。それが、今は彼女にとっての諸刃になっているんだと思う。



「がんばらなくてもいいんだよ」

「自分らしく生きて」

等の考え方が最近多くあるけど、自分はあんまり好きじゃないんです。ちょっと今の状態は過剰気味な感じがして。

みんなが頑張らなく、自分らしくしていたら、この社会は成り立ちません。頑張らなかったり、自分らしくしていることは、その裏にその人の分まで頑張っている人がいるんじゃないだろうか?



何が言いたいかというと、人生の中で頑張らなあかんときは必ずあって、それを逃していくとそのしわ寄せは必ず来るってこと。

Sちゃんにとって、今がその頑張るベストタイミングだと思う。だからこそ、香川での生活にまずは全精力を使ってもらいたい。

縁があれば、距離に関係なく、きっと連絡は取り続けられるでしょう。

会うことはなくなるかもしれないけど、年に一度の便り等で、ずっとSちゃんのことを思い出すこともまたいい出会いだったのではないだろうか・・・



ながながと、人のブログで自分の意見を書いてしまい、スンマソン
うぃす、Sおりん (P森)
2006-08-04 01:32:09
んー、うまく言えないんやけど…

別れることって、仲良くなることより簡単だと思います。

仲良くなるのに1年かかったとしても、別れて忘れるのは1ヶ月もかからなかったり。



別れるってのは、ごく自然なことなので慣れているのでしょう。

そして、残念ながらわたくしはそのことを知っています。

だからこそ、こういった心境になっているんでしょうね。



確かにSおりんがいなくなっても、わたくし

の日常は変わらないでしょう。

そして、さおりんの方も環境はガラッと変わるものの、日常は変わらないのかもしれない。

寂しいけど…これが現実なんだろうね。



京都にいれるのもあとわずかなんやろうけど、いれる内は後悔するほど遊んでおいた方がいいね。

せめて、この時間は大切にした方が良いと思う。

いずれ過去になるけど、思い出になるし…そのうち、懐かしむくらいの余裕ができたらこの上ないと思う。



パー子さんは、すごい存在やね。

同じく、馴染むのに時間かからなかった。

この人見知りが激しいわたくしがだよ…。

心配する気持ちはわかるけど、大丈夫さ~。

パー子さんのことやし。

今は自分のことに専念しよう。



香川に帰ることが、Sおりんにとって転機になると良いね。

わたくしも住み慣れた京都を離れ、大阪に行きます。

Sおりんほどではないけど…転機になれば良いと思ってます。



ちなみに、今度の家はおそろしく狭いらしい…それでよければ泊まりにおいで。

先生! (P森)
2006-08-04 02:04:26
貴重な意見ありがとうございます。

よく考えてはりますよね、長々と意見OKです。

それでこそ、このブログを作った意味があるというものです。



>自分の人生で、行動に優先順位をちゃんと判断する。そして、一番大切にしなければならないことを分かっていながら、今ある環境も大切にする。それが人としての成長するときだと思う。



なるほどと思いました。

自分に当てはめてみると、優先順位というものがまるでない。

今ある環境に依存しているだけなんだな、と感じました。

現にテニスと仕事という2つのことしかない生活。

仕事は好きではないですが、生活の手段。

テニスは大好きな趣味。

どちらも大切ですが…当たり前といえば当たり前のことなのかな。



今すべきことと言えば…次の生活を見据えることでしょうか。

将来のこと、結婚のことなどかな。

正直全然考えていないです。

そういう意味では、まだまだ自立できていないんでしょうね。

人としての成長も22・23才くらいで止まっていると思います。



こうしてみると、Sおりんのことを心配している場合ではないですね。

Sおりんは自分で決断して、地元に帰っていくのだから、必ず良い方向に向かうはず。

今の生活を捨てていく覚悟…辛いでしょうね。

同じく少々辛い目に合っても、方向性を出さなくてはいけない年代なのかもしれません。



確かにラビはいつまでも続くのではなく、もしかしたらあと数年で解散するかもしれません。

そう考えると寂しいですけど、あり得る話ですね。

依存しきったままなら解散には耐えられないでしょう。

いつまでもこの楽しい時間は無いのだから、大切にしながらも次のことを考えてみることにします。



なんか、コメントに対してうまく答えられなくてスミマセン…



おはつでふ (犬佐)
2006-08-17 23:43:41
こんちは、ピヨリーン!

どう? 新しいニックネームは?

わかってるかもだけど、セドリック・ピオリーンっていう、フランス人のテニスプレーヤーをもじってみた。



いきなり、オモイ話題に参戦してしまうんだが、

今回に限らず、大TOTOROの意見には、もれもそう思ってたとか、「あぁ、そうなんだ」とか、同意できる部分がとても多い。1度ふたりで飲んでみたい、ほんとに。



>自分の人生で、行動に優先順位をちゃんと判断する。そして、一番大切にしなければならないことを分かっていながら、今ある環境も大切にする。それが人としての成長するときだと思う。結局、人は最終的には一人なんだと思う。

悪い意味ではなく、自立(経済的にも、精神的にも、仕事の面でも)をまずしていかないとって、意味。

これを崩すと、結局何をしても物足りなく、焦燥感がたまってくるんじゃないだろうか。



これは、同意&納得。

わたくしごとだけど、私は自立できていないんだと思う。この歳でモラトリアムの中にいる気がする。

いろいろかっこつけて言ってるけど、本当は、その物足りなさと焦燥感をまぎらわすために、サークルを運営しているのかもしれない。。。



>だからこそ、Sちゃんにはいつでも帰っておいでとかは言いたくなかった。

これもわかる気がする部分と、どうなのかと複雑に思う部分がある。

・久しぶりに会って、思い出話するのも、それでいいと思う。

・サークルを気まぐれで帰ってくる都合の良い場所にはしてほしくないとも思う。

・「また、会いに行くね、遊びに来てね」で良いのかもしれない。

・深く考えずに、また都合が合ったときに、会ったり遊べばいいじゃん、でいいのかもしれない。

・彼女の新しい人生を、無責任に(?)、応援すればいいことかもしれない。

結局、なんて言ったら、なんて考えたらいいか、何が正しいかわかんない。最近、わかんないことだらけ。



でも、さっきの自立ってことから考えると、彼女が決断したことだから、彼女は責任をもって、歩んでいくと思う。

そう考えると、見守るくらいでいいことなのかもしれない。彼女が頼ってきたときには、優しく応じれば、それでいいのかもしれない。





>「がんばらなくてもいいんだよ」、「自分らしく生きて」

等の考え方が最近多くあるけど、自分はあんまり好きじゃないんです。

みんなが頑張らなく、自分らしくしていたら、この社会は成り立ちません。頑張らなかったり、自分らしくしていることは、その裏にその人の分まで頑張っている人がいるんじゃないだろうか?



これは、まったくおんなじ事を思って生きてきた。

がんばらなくてもいい期間、休むときも必要だけれど、それは、次のことを見定めてからでないといけないと思う。単に逃げてはダメだと思う。

社会的にいえば、フリーターやニートが存在していられるのは、日本経済の中心を支えている人たちがいるから。みんなが、しんどいからってフリーターになったら、たちまち、日本は発展途上国になって、アルバイトすらできなくなるよ。もっといえば、がんばらないと生きることさえできない国だってあるのに。



私は、「がんばる」、「がんばって」って言葉は好き。

「がんばる」を辞書で調べたら『困難に屈せず、努力し続ける。』とあった。

「努力」は、『ある物事を成し遂げるために、休んだり怠けたりすることなく、つとめ励むこと。』とあった。

「がんばらなくていい」ってのは、『なにも成し遂げなくていいし、休んで、怠けていい』ってことになる。あるいは、『なにかを成したいけど、楽してそうしたい』っていう考え方を肯定することになると思う。



ちなみに、私が中学生くらいの頃から、今でもずっと1番好きな言葉は、「努力」って二文字。

もちろん、私にも、休みたいし、逃げたいし、やめたいって思うときはいっぱいある。でも、そこでがんばらないと、大TOTOROの言うように、誰かに負担がかかり、そのつけが自分にまわってくることになると思う。

それに、努力は必ず報われるから。



えらそうなこと書いたけど、大半は自分自身に言い聞かせてるんだと思うから、読んだひとは気を悪くしないでね。良いにせよ、悪いにせよ、その人なりの考え方、生き方があっても、なんとか回っている国であるのも事実だし、その人が自由にできる人生だし。



長くなってすんまそ。
犬佐殿 (P森)
2006-08-23 00:19:50
コメントありがとうです&遅くなりました。



ピヨリーンって、そんな由来があったんですね…フランスのプレーヤーは、G・モンフィスしか知らないです…。



重い話題すぎて、書いた自分がついていけてませぬ…。

わたくしから見たら、犬佐も大TOTOROもすごいです。



さて、Sおりんが旅立つ日が近づいてきましたが…早速9月のキャンプで会えそうです。

こうして会える回数は激減するのですが、会えた時は離れていた時間を忘れ、昔のようにバカ騒ぎできる、そんな仲でいれれば良いのでは、と最近では思います。

正しいのか?と言われると自信はありませんが…こうありたいと思います。



結局は人間、頑張らないといけないんですよね。

仕事・生活・家庭・付き合いなど、基本的には自分が主体となって行動しないといけないことばかりですし。



わたくしの場合、壁にぶつかると努力せずに放り投げてしまう部分があるので、そういう所は露骨に自分に跳ね返ってきていることがままあります。

身近な例では、テニスのボレーやバックハンドあたりですかね…。



ただ、頑張るということは非常に面倒くさく、エネルギーのいることでもあります。

仕事などで、自分を追いつめて頑張ってた時期もありますが…やはり、時には疲れてしまいます。



最近ようやく気づいたのですが、頑張るにも、まず身体のことから気を遣わなくてはいけないのでわと。

やっぱり、頑張るにも体調が良くないと気持ちが前に行きませんしね。

健全なる精神は、健全なる肉体から(?)でしたかね。

なんか、ちょっと頑張るということと違うような気もしますが…。



要するに、犬佐が自分に言い聞かせて実践しているように、人それぞれのやり方で、頑張る方法を見つけなくてはいけませんね。



だらけてもいいけれど、それは自分に返ってきますし、それを受け止められる覚悟はしといた方がいいですね。



何かよくわからなくなってきたので、この辺で…。

もっと勉強しておきます…。



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