蓼科浪漫倶楽部

八ヶ岳の麓に広がる蓼科高原に、熱き思いあふれる浪漫知素人たちが集い、畑を耕し、自然と遊び、人生を謳歌する物語です。

MRJ  (bon)

2016-12-13 | 日々雑感、散策、旅行

 ほぼ20年前くらいに、“次世代飛行場のあり方”についての検討会にICT(情報通信
技術)の立場で参加し、飛行場に関連した新機能・安全・経営・国家戦略などの総合的な
勉強をしたことがありましたが、飛行機自体については殆ど考えたこともありませんでした。
それが、先に届いた会報に「MRJの戦略」~日本製ジェット旅客機を世界の空へ~と題した
講演(江川豪雄氏、三菱航空機(株)前取締役会長兼CEO)記録が掲載されていて興味が
ありましたのでここにご紹介を兼ねて記事アップした次第です。

 宮崎駿監督の映画「風立ちぬ」の主人公 堀越二郎は、ゼロ戦の設計者として有名ですが、
ゼロ戦って終戦までに1万機以上製造されたそうなんですね。あのライト兄弟が有人動力飛行
に成功した1903年からわずか7年後には日本でも初飛行に成功しているのです。9年後の1919年
には三菱造船(後の三菱重工)で飛行機製造を開始し21年には戦闘機を初飛行させ、39年には
「ニッポン号」を毎日新聞社に納入し訪問国20か所に及ぶ世界1周飛行を成功させたのでした。 
日本は戦前まで航空機王国と言われたそうで、多い時には月産3000機も製造したとありました。
敗戦後は、航空機産業は禁止され、7年後に再開されましたが、技術はプロペラからジェット
に代わっていたのでした。

 よく知る、あの「YSー11」は、1959年に官民出資で開発され、1962年に名古屋空港を
離陸したのです。この年の12月にYSが初めて羽田空港に来た時、皇太子さま(今上天皇陛下)
がご臨席され、昨年の天皇誕生日の会見でもMRJの初飛行に言及されたことに、氏は“真に
光栄なこと”とありました。このYSも、採算が合わず1971年に生産終了したのです。 累計
182機だったそうです。同じころ、三菱重工は小型ビジネス機「MU-2」(ターボプロップ
機)を開発し、1987年までに762機生産し、今もアメリカで200機以上飛んでいるそうです。

         MRJ飛行試験1号機
           (ウイキペディアより)


 MRJというのは、Mitsubishi Regional Jet の略で、三菱の地域航空を担うジェット機
という意味ですが、現在の航空会社の路線方式は「ハブ&スポーク」で、各大陸にハブ空港が
設置され、ハブ空港同士は基幹路線として大型旅客機(アメリカのボーイング社、ヨーロッパ
のエアバス社が独占)が就航し、各ハブから地方の中小空港へ放射状に支線を延ばすという
システムをとり、ハブ空港と地方空港間や地方空港同士を結ぶ路線(スポーク)を60~100席
前後の旅客機、すなわちリージョナル機が就航するのです。で、このリージョナル機の新規
需要は、今後20年をみても5000機以上はあると見込まれているのです。ここにMRJの戦略が
あるというのです。

 2008年に全日空から25機の受注があり、事業化が決定し、翌年には三菱航空機(株)が資本
金1000億円で設立されたのです。出資者は、トヨタと三菱商事が100億円ずつ、三井物産、
住友商事から各50億円、三菱重工640億円、その他国内各社で政府筋からも支援を受けまさし
くオールジャパン体制・・とあります。

 開発のセールスポイントとしては、①環境、②経済性、③快適性 を重視し市場競争力を高
めているといいます。①環境では、騒音を40%減少させるほか、燃費を向上させてCO₂排出
を20%以上減少させる。②経済性では、燃費向上により従来機より20%以上のコスト削減を
達成し、さらに安全性についても、メータ類に代わるディスプレイにより操縦性を改善して
いる。③快適性は、乗客の贅沢指向に合わせて客室は天井を高くし座席幅も広く取り、機内
持ち込みサイズも国際線と同じにしている。 さらに、従来機は貨物室が、客室の下にある
ため機体断面は“だるま”形になりますが、MRJは、客室後方に貨物室を設けているため
断面は真円となり、空力特性がよくなり燃費が各段に向上したとあります。

 課題としては、機体に関しては、100万点に及ぶ部品総数(ジャンボ機では300万点)の殆ど
がドル建て輸入なので、部品を国産化して行くことであり、運用に関しては、カスタマーサ
ポートの整備を充実させ、世界中、24時間サービスを実現させることだとしています。そのた
めには、世界に通用する人材が欠かせないということで、開発分野では空力、構造、電気、
安全性、複合材など幅広い分野の技術者が必要ですし、販売分野ではファイナンスやリースの
専門知識を持ち、複雑な契約交渉が行える人材、さらに量産や部品調達の効率化に向けた人材
が、また、カスタマーサポート分野に必要な人材が求められているのです。

 講演の終わりに、「航空機産業において、名古屋(MRJ),シアトル(ボーイング)、
ツールーズ(エアバス)の三極体制を実現することも夢ではありません。」と締めくくられて
いました。

 

 なお、ウイキペディアには、詳しい記事がありますが、その一部について要旨を以下に記し
ておきます。

・MRJは、経済産業省が推進する事業の一つで、環境適応型高性能小型航空機計画をベースと
して、三菱航空機が独自に進める日本初のジェット旅客機である。戦後日本が独自の旅客機を
開発するのはYS-11以来約40年ぶり。機体製造は県営名古屋空港に隣接する敷地で行われて
いる。

・2016年9月25日、飛行試験機4号機「JA24MJ」初飛行。
・2016年9月26日、飛行試験機1号機、県営名古屋空港から米国ワシントン州モーゼスレイク
飛行試験センター(MFC)へ向けて再度出発。28日、グラント郡国際空港へ到着。

・2016年11月15日、飛行試験機4号機、県営名古屋空港からMFCへ向けて出発し、18日、グラン
ト郡国際空港へ到着

・2016年11月22日、飛行試験機3号機「JA23MJ」初飛行

また、日本の他社の動向については、以下の通りです。

・富士重工業 スバルジェットとして開発が進められており、2008年にその概要が発表され
たが、資金調達の制約から開発を延期するとの報道があった。

・川崎重工業 独自の旅客機の開発は見合わせ民間貨物輸送機について事業化の方針である。

・本田技研工業 1962年に航空機事業への参入を宣言して以降、全自社製のビジネスジェット
機となる「Honda-Jet」(乗客:5~6名)の開発を開始し、2013年12月初飛行、2016年1月販売
を開始した。

 


 

 

 

 

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