つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
愛犬と町を歩き、記録し、記憶する。
私的津幡町見聞録、時々イラスト。

過日の幻として。~ ジュブナイル・フィクション。

2017年02月09日 08時14分43秒 | 手すさびにて候。
ほんの手すさび、手慰み。
不定期イラスト連載第三十三弾は、空想のワンシーン。

まだ世界が西と東に分かれていた頃。
南イタリアの眩しい夏の昼下がり。
煙草を燻らせながら思案に耽る女が気付いたのは、三口目あたり。
熱情を湛えた瞳に見詰められていた。


「少年」。

この言葉にノスタルジーを覚えるのは僕だけではないはずだ。

活動範囲は家と隣近所に、学校と校下。
交際範囲は親兄弟と親戚に、友人と隣人。
生活に腐心せず、夢を食べ、娯楽を享受する。
吸収するのは、新しい知識と新鮮な経験ばかり。
世間知らずで、ひたむきで、純粋で、我儘。
多少の悩みはあったと思うが、大人のそれとは比ぶべくもない。
ごく狭い世界で生きる、ごく短い、幸せな日々。
どこか甘やかな香りを放つ少年時代は、郷愁を誘う。
だから、少年成長譚…いわゆる「ジュブナイル・フィクション」は、後を絶たない。

例えば「スタンド・バイ・ミー」や「銀河鉄道999」。
あるいは「個人授業」や「マレーナ」。
他にも「愛を読む人」や「君がいた夏」。
等々、多種多彩。

個人的な好みを言えば、
物語の季節は夏だと嬉しい。
鮮烈で儚いから。
時代は少々古い方が嬉しい。
便利すぎるのは、情緒に欠ける。
年増盛りの美しい女性が登場してくれると嬉しい。
通過儀礼の神々しい司祭だ。
そして、ハッピーエンドはいらない。

思い出は人それぞれ。
たとえそれが作中のエピソードと違っていても、
過日を重ね合わせてしまうのは僕だけではないはずだ。
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