2015年10月半ばの三連休。
愛知県・三河地方への1泊2日の小旅行記、完結編。
津幡町から愛知県・蒲郡市を訪れ、博物館施設を見学し、
競艇場での旅打ちを楽しんだ僕は「岡崎市」の格安ホテルで草鞋を脱いだ。
宿近くの居酒屋のカウンターにて、名古屋飯を肴に独り酒盛り。
アルコールで心の奥に燻る最終レースの興奮をなだめ、
湯船に浸かり旅の垢を落として就寝。
翌朝「岡崎城公園」を散歩した後、そそくさと西へ向かった。
目指すは、知多半島の付け根に位置する「常滑市」である。
常滑には、千年の歴史を誇る「焼き物」。
世界各国への玄関口「空港」。
そして、わが愛する「競艇場」がある。
通算3度目の訪問となったのは、勿論「ボートレース」が取り持った縁だ。
回を重ねるうち、幾つか現地で常滑焼の器を買い求め、普段使いとして愛用している。
同じ作家のシリーズで、手前から、マグカップ、飯椀、湯呑。
なかなか具合がよろしく、気に入っている。
さて、旅の行程…まずJR常滑駅から徒歩数分…「やきもの散歩道」を歩く。
中心市街地の小高い丘の傾斜をぬって、
レンガ造りの煙突や窯、焼物工場の黒塀、陶器の廃材オブジェなどが並び、
ショップ、工房、カフェが軒を連ねるそこは、
人がすれ違うのもやっとの道幅が少なくない。
狭くて先の見えない迷路地は異空間の趣なのだ。
<通称:土管坂>
<登り窯跡>
<煙突のある風景>
<路地より遠方に競艇場鉄塔を望む>
そんな「やきもの散歩道」の中間地点「登窯広場」の「展示工房館」には、
高さ180センチの大甕が展示されている。
【ロ号大甕(ろごうおおがめ)
この大甕は、第二次世界大戦の末期の昭和19年(1944年)から同20年(1945年)にかけて、
常滑の大小の窯元が海軍省燃料局の命令で、ロケット戦闘機「秋水(しゅうすい)」の
燃料製造装置(貯蔵櫓)として生産したものです。
このような大型の貯蔵櫓は実際には使われなかったそうです。
戦後、海軍省に納入されなかった甕が常滑の各地でよく見られましたが、
今ではその数も少なくなりました。これほど大きなものは珍しく、
焼き上げた当時の技術の高さには驚嘆させられます。
これは、旧日本陶業(株)から移設したものです。】(※展示プレートより引用:原文ママ)
常滑は、港に近く、良質な粘土と豊富な燃料が確保できた事から、
そこで生産される焼き物は、明治以降、土管やカメ、タイルなど「産業陶器」が主流。
戦時中は軍用として重宝された時期があったのだ。
そして「登窯広場 展示工房館」で絵付け体験を楽しむ。
題材は、やはり、ボート(笑)
おそまつでした…。
次の機会にはよりよく仕上げたい、と密かにリベンジを誓っている。
気を取り直して「中部国際空港」~「セントレア」見学!
オープンは2005年。
常滑と国内外各地を結ぶ空の玄関口の展望デッキは、
離発着する飛行機を見物する観光客が後を絶たない。
知多半島の味を提供するレストランやショップが集まる一角や、
イベントスペースなどもあり、ここ自体が観光スポット。
何より全国で唯一「場外舟券売場」が併設されているのはお土地柄である。
その館内に鎮座する常滑焼の名産・招き猫は、
白・黒・赤・青・黄色・緑、レース艇の6色が揃う。
招福を願って柏手を打ち、いざ戦いの水面へと出陣!!
常滑競艇場名物の「どて丼」を頬張りつつ、前日同様に前半は見に徹した。
モーターの機力、レーサーの調子、風向きなどの情勢を見極め、
終盤の準優勝戦3レースのみ勝負に打って出る!
さぁ!カァァァネのォ雨がァ降るぞぉ!!(外道風)
結果は!
降ったのは涙雨だった。
蒲郡のプラスを吐き出して終了~!!!(カ~ン!)
楽しく遊ばせてもらいました。
ありがとうございました!押忍!!!!
愛知県・三河地方への1泊2日の小旅行記、完結編。
津幡町から愛知県・蒲郡市を訪れ、博物館施設を見学し、
競艇場での旅打ちを楽しんだ僕は「岡崎市」の格安ホテルで草鞋を脱いだ。
宿近くの居酒屋のカウンターにて、名古屋飯を肴に独り酒盛り。
アルコールで心の奥に燻る最終レースの興奮をなだめ、
湯船に浸かり旅の垢を落として就寝。
翌朝「岡崎城公園」を散歩した後、そそくさと西へ向かった。
目指すは、知多半島の付け根に位置する「常滑市」である。
常滑には、千年の歴史を誇る「焼き物」。
世界各国への玄関口「空港」。
そして、わが愛する「競艇場」がある。
通算3度目の訪問となったのは、勿論「ボートレース」が取り持った縁だ。
回を重ねるうち、幾つか現地で常滑焼の器を買い求め、普段使いとして愛用している。
同じ作家のシリーズで、手前から、マグカップ、飯椀、湯呑。
なかなか具合がよろしく、気に入っている。
さて、旅の行程…まずJR常滑駅から徒歩数分…「やきもの散歩道」を歩く。
中心市街地の小高い丘の傾斜をぬって、
レンガ造りの煙突や窯、焼物工場の黒塀、陶器の廃材オブジェなどが並び、
ショップ、工房、カフェが軒を連ねるそこは、
人がすれ違うのもやっとの道幅が少なくない。
狭くて先の見えない迷路地は異空間の趣なのだ。
<通称:土管坂>
<登り窯跡>
<煙突のある風景>
<路地より遠方に競艇場鉄塔を望む>
そんな「やきもの散歩道」の中間地点「登窯広場」の「展示工房館」には、
高さ180センチの大甕が展示されている。
【ロ号大甕(ろごうおおがめ)
この大甕は、第二次世界大戦の末期の昭和19年(1944年)から同20年(1945年)にかけて、
常滑の大小の窯元が海軍省燃料局の命令で、ロケット戦闘機「秋水(しゅうすい)」の
燃料製造装置(貯蔵櫓)として生産したものです。
このような大型の貯蔵櫓は実際には使われなかったそうです。
戦後、海軍省に納入されなかった甕が常滑の各地でよく見られましたが、
今ではその数も少なくなりました。これほど大きなものは珍しく、
焼き上げた当時の技術の高さには驚嘆させられます。
これは、旧日本陶業(株)から移設したものです。】(※展示プレートより引用:原文ママ)
常滑は、港に近く、良質な粘土と豊富な燃料が確保できた事から、
そこで生産される焼き物は、明治以降、土管やカメ、タイルなど「産業陶器」が主流。
戦時中は軍用として重宝された時期があったのだ。
そして「登窯広場 展示工房館」で絵付け体験を楽しむ。
題材は、やはり、ボート(笑)
おそまつでした…。
次の機会にはよりよく仕上げたい、と密かにリベンジを誓っている。
気を取り直して「中部国際空港」~「セントレア」見学!
オープンは2005年。
常滑と国内外各地を結ぶ空の玄関口の展望デッキは、
離発着する飛行機を見物する観光客が後を絶たない。
知多半島の味を提供するレストランやショップが集まる一角や、
イベントスペースなどもあり、ここ自体が観光スポット。
何より全国で唯一「場外舟券売場」が併設されているのはお土地柄である。
その館内に鎮座する常滑焼の名産・招き猫は、
白・黒・赤・青・黄色・緑、レース艇の6色が揃う。
招福を願って柏手を打ち、いざ戦いの水面へと出陣!!
常滑競艇場名物の「どて丼」を頬張りつつ、前日同様に前半は見に徹した。
モーターの機力、レーサーの調子、風向きなどの情勢を見極め、
終盤の準優勝戦3レースのみ勝負に打って出る!
さぁ!カァァァネのォ雨がァ降るぞぉ!!(外道風)
結果は!
降ったのは涙雨だった。
蒲郡のプラスを吐き出して終了~!!!(カ~ン!)
楽しく遊ばせてもらいました。
ありがとうございました!押忍!!!!