つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

過日の夏の面影。

2017年08月12日 09時15分20秒 | これは昭和と言えるだろう。
今から40数年前の夏。
僕は、額から顎へと滴り落ちる汗に構わずここに立っていた。

津幡川沿いに建つ「弘願寺」。
元々は、山間部の「津幡町笠谷地区・鳥越」にあって、
一向一揆が北陸を席巻していた13世紀後半には、その拠点の1つだったと伝え聞く。
天正8年(1580年)、勇猛で知られる織田家臣「佐久間盛政」によって焼き払われ、
現在の場所に移転した。
津幡が宿場町として賑わった江戸時代。
金沢を出立した加賀藩・前田家の大名行列が立ち寄った折、
殿様は本陣で、家来たちは「弘願寺」で草鞋を脱いだ。
つまり脇本陣としての役割も担ってきたのである。

少年だった僕は、用もないのに、機会を見つけてはここへ足を運んだ記憶がある。
きっと、降り積もった歴史に見惚れていたのに違いない。
長い星霜を耐えてきた本堂を眺めながら、400年前の情景を想像していた。

そんな過去に思いが至ったのは、やはり、季節が夏だからだろう。
天から降り注ぐ、刺すような陽の光。
黒光りする甍の大屋根。
ねっとりとまとわりつく暑熱。
辺りは蝉時雨。
幾つかの条件が揃い、遠い夏の日が大脳皮質の奥から蘇ってきたのだ。

またもう一つ。
「スガイ書店」の店頭に掲示されたポスターも、昭和の夏を想起させた。

「第63回 青少年読書感想文全国コンクール」と
「第33回 北國夏の読書感想文・感想画コンクール2017」の課題図書ポスターだ。
後者は歴史が浅く縁がない。
前者には、学校を通じて参加した。
…何を題材にしたのだろう?
…思い出した、「モチモチの木」だ!

「滝平 二郎」氏の切り絵は迫力十分。
個人的には、左程、好みではなかったが、
その出来栄えの素晴らしさと緻密さは、小学生にも理解できた。

夏の空気は、強い日差しのせいか無色透明に思え、
吹く風も熱気を含んであっという間に通り過ぎてしまう気がする。
しかし、何故だか妙に印象深い。

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