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心に映りゆくよしなしごと書きとめどころ

新葉・63年来の友人・老境などなど

2017-04-23 15:49:35 | よしなしごと
 今年は桜が遅いなどとぼやいていたのもつかの間、気づけばもう新緑の季節。
 とはいえ、日本列島は長い。青森の桜の名所、弘前ではそろそろ見頃を迎え、満開は25日とのことだ。

          

 私の部屋の眼前はいまや柾と桑の新葉で緑一色だ。
 それぞれの木には、小さな花が付いていて、とりわけ桑のそれは、このまま赤くなり、紫になり、そして黒くなって食べごろまでの形状をすでに備えていておもしろい。

          

 柾の方は細かくで地味だが、やがて密やかな白い花をつける。小さな花だが、それでもそれらが散ると、樹下に白い粉を撒いたように痕跡を残す。この木の、ややメタリックな葉の色合いも好きだ。

          

 ここしばらく、雑用に紛れていて、読むべき書が溜まっている。しかもそれらは、図書館の返済日、8月のとある集会での発表のための勉強、同人誌の次号原稿のための勉強と、それぞれの期限に間に合うように読まねばならないとあって、けっこう集中が要求される。
 しかし一方では、あれもしたい、これもしたい、ちょっとした小旅行にも行きたいなどど、浮ついた気持ちも捨てきれず、結局は中途半端に終わる予感もある。

          

 それでも、時間を見つけて書に向うが、寄る年波で読むスピードも遅く、理解力もなかなかついて行けないとあってすぐに疲れる。そんなとき、ふと目を上げると緑が視界いっぱいに広がっているのはいいものだ。
 ぼんやり見ているのもいいが、時折はベランダに出て近くで観察する。

          

 2、3日前、高校時代の友人4人とともに、末期がんで入院中のもう一人の友人を見舞った。この5人は、高校時代、新聞や歴研、文学、演劇など文系のサークルを牛耳っていた猛者たちだ。
 卒業後も付かず離れず付き合いは続いて、何年か前までは時折勉強会ももっていた。その後も付き合いは続いたが、それぞれが故障や家の事情を抱えていて、こうして5人が揃うのも、おそらくこれが最後だろうとこもごも語り合ったものだ。
 末期がんの友人はもちろんやばいが、私も含め、それ以外の誰が先に行ってもおかしくない年齢だ。
 別れ際の握手にもつい力がこもる。63年間の友人とあってそれもむべなるかなだ。

          
          白南天の新葉 右上のテラスの奥に私は棲息している

 新緑の話からいささかずれてしまったが、周期的に繰り返す自然の変化が、歳とともに愛おしく感じられるのは、それが当たり前だった頃に比べ、もうこれが最後かもしれないという一回性の現象に格上げされたからだろうか。
 つい先ごろまで、老いても花鳥風月に感傷を求めるようなことはするものかつっぱっていたにも関わらずである。 

 

 
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