君の友達

日頃思っていること、感じていることを書いていきます。

認知症2

2017年02月24日 | 日記

シマエナガ

 

一昨日初めてコメントをいただきました

ブログで詩を書いてらっしゃる、たにむらこうせつさん。お名前から私と同年代?

早速お邪魔して読ませていただきました。

詩っていいですね。

言葉が一つ一つ深くて、重くて。

娘さんの詩をいくつか読ませていただいて、思わず涙。(年と共に涙もろくなっちゃって・・・)

 

私にはその才能ないんですが、パパさんの母、私のお姑さんが、言葉・単語を駆使するセンスがとても良いんです。

俳句や短歌を新聞や雑誌に投稿すると、必ず抜かれます(選ばれる)。

何年か前、鎌倉の鶴岡八幡宮の句会で、実朝賞をいただいたことがあります。

電話で母(私の姑)から弾んだ声で、「実朝賞いただいたのよ♡」と知らされたときに、

恥ずかしくも、「お母さんすごいじゃないですか」なんて口では言いながら、上にまだ「頼朝賞」や「義経賞」があるんだろうと思いきや、

「実朝賞」が一等賞と聞いてびっくり。全国の何千という句の中から一つ選ばれたんですから。

太郎君とはなちゃんの国語の能力はその筋でしょうね。私でないのは確かです。

 

さてさて、認知症初期の話の続きです。

父が母以外に切れたのは、私が知っている限り、昨日の話のご近所さんのみで、後はすべて母に対してです。

私や私の家族、他人には切れません。

後、切れるとまではいきませんが、車の運転が非常に荒っぽくなりました。

一旦停止無視、信号無視(全くの無視ではなく、交通量がほとんどないところや、黄色で加速して交差点ではすでに赤になっている)、

高い縁石に無理に乗り上げたり、壁に寄り過ぎて車を擦ってしまったり、大通りでは他車と張合って、抜かれたら抜き返す等。

怖くて助手席に乗れないという母と、父がなんとか車の運転をあきらめるよう画策しました。

擦って傷ついた車をディーラーに持っていき、修理ではなく廃車にしました。

その場では父も納得したようでしたが(車を傷つけて落ち込んでいた)、帰ってからはまたじとっと母をねめつけていたそうです。

当てつけのように免許証を日に何度も眺めていましたが、次の更新時に母が返納してしまいました。

 

一般にも高齢者の事故が多発しています。

もし父が人身事故を起こしてしまったら・・・。どなたかのお子さんだったら・・・。

今までまっとうに生きてきた父の、母の、家族の人生が台無しです。

多少の、いえ多大な不便を引き換えにしても、認知症の方の運転は家族が止めるべきと思っています。

 

認知症初期の症状をもう一つ。

父は、認知症がすすんで、一度はやめていたタバコをまた吸うようになりました。

タバコを買いに行くと言って、母からお金をもらい、100メートルほど先のコンビニに買いに行ったけれど、なかなか帰ってこない。

私が見に行くと、コンビニの前でずっと立っていました。

「どうしたの?」と聞くと、「何しに来たんか忘れた」と言います。

その時期、観光シーズンで、通りには外国の方を含め、多くの観光客が行き交っていました。

おそらく、通りを歩いているうちに誰かをよけたり、ぶつかったり、にぎやかな声を聴いたりして、「タバコを買う」という目的を忘れてしまったんだろうと思います。

ただ、コンビニに行くことは忘れていないから、同時に2つ以上のことを覚えていられない、という事なんだろうと思います。

「タバコ買いに来たんとちゃうの?」というと「そうやったかいなぁ」と言います。

ここで、「そやそや」と思い出すと認知症初期、それでも思い出さないと中期という事になるのかしら。

 

70歳を超えるまで、怒ったところを見たこともなかった父ですが、

「年を取ると、我慢が利かなくなるなぁ」というのを聞いたことがあります。

「切れる」のは、感情の歯止めが利かなくなっているという事です。

感情の歯止めは、太郎君の話でも書きましたが、「理性」・「社会性」です。

リタイアして、この世でなすべきことをほとんど終えて、ある種の諦念というのでしょうか、

父の心の一番外を包んでいた社会性から、どんどん剥がれ落ちていくのがわかります。

市民である被災者に対する責任、長男としての責任、父として、夫としての責任、・・・あらゆる「~ねばならない」。

肩に乗っていたものをどんどん下ろして子供のようになって行きます。

子供から大人になる思春期/反抗期の逆バージョン。

今はもうほとんど切れることが無くなって、頭の回転も遅くなったのか、時々にっこりしている父ですが、

ある意味、認知症になって、この世で身に着けた鎧を脱ぎ捨ててからあの世に行けるのは、幸せなことじゃないかと思います。

切れるのは、この世を捨てたくないという心の葛藤を表しているのかも知れません。

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3 コメント

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こんにちはROKOさん (雄陽丸(独白))
2017-02-24 16:43:52
改めて有難うございました。
そして宜しくお願い致します。
「才能がない」と御謙遜なさってますが、
どう致しまして、滑らかに読ませて戴きましたし、
成程と思わせられましたよ。
後半の内容には辛いものもありましたが、
前半は大変面白かったです。
私にも老母が居り、
症状のあれこれは、今後
大いに参考になりそうです。
最後の六行なども
深い洞察を感じさせられました。
偉そうな言い方に見えなければ良いのですが。
もしそう思われたとしたら、失礼しました。
今後も楽しみにして居ます(プレッシャーに感じないでくださいね)。
P.S. (雄陽丸(独白))
2017-02-24 16:54:41
たにむらこうせつさんは
私も、お互いに
登録して居ます。
そしてROKOさんと御互いに
御登録なさった事も
前のROKO さんのブログの
コメント欄で知って居ました。
こうせつさんのブログも
大変味わい深いですよね。
読ませていただきました。 (ROKO)
2017-02-27 14:15:30
コメントありがとうございます。
そうですね。介護については私も現在進行中なので、いろいろなブログも参考にさせていただいています。
私は父に容姿も性格も似ているから、ひょっとして、父の姿は私がたどる道かもしれないなぁとも思っています。
雄陽丸さんのブログに時々作曲家の名が出てきてうれしいです。私もクラシック音楽大好きなので、そのうち書きたいと思っています。

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