六花の舞。

「六花の舞」、Ⅰ・Ⅱともに完結しました。最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございましたm(_ _)m

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ダイヤモンド・エッジ<第二部>-【37】-

2016年12月28日 | 六花の舞Ⅱ.
【La Dance I】エイミー・ウィルソン(オールポスターズの商品ページよりm(_ _)m)


 今回も何やら言い訳事項がてんこもりww

 ええとですね、まずは由紀ぴょんのSPをアップル・ハニーからアル・ジャロウさんのカバーしたチック・コリアの「スペイン」に変えることにしたんですよね。。。

 んーと、わたしアップル・ハニーも好きなんですけど、なんか自分的に「つっとばかピンと来ねえなあ」と思ってまして、でも結局のところ由紀ぴょんって脇役だし、まあ曲なんかどうでもいっかー☆と思ったりもしてたんですけど……わたし、この小説を書きはじめるようになってから、スケートの曲として滑るのにいいんじゃね?っていう曲のリストを少し作ったりしてて

 んで、「なんかねーかなー」と思って見てみたところ、アル・ジャロウの「スペイン」があるじゃないか……!!と急に思ったというか(べつに面白くもなんともない・笑)


 「あ~ハイハイ。なんか聴いたことある」っていう、有名なアル・ジャロウさんのカバー。


 こちらがチック・コリアさんの原曲ですね(べつに説明とかいらないしwwって感じですけど^^;)



 で、はじまりがアランフェス協奏曲っていうのが、これまたたまんなくて……まあ、わたしの書いたイメージ的には、はじまりがアランフェスで、アップテンポに盛り上がるところからアル・ジャロウさんのヴォーカルが入る――みたいな感じでしょうか。

 チック・コリアさんの「スペイン」はありとあらゆる方がカバーしてらっしゃると思うんですけど、最初の入りのところはギターサウンド濃いめ☆なのがいーかなーと自分としては思ったり




 よりノリがいいのはこっちかな♪こちらを見ると、由紀ぴょんの演技が明るく元気で溌剌としてても、そんなに変じゃないってわかっていただけるかなーと思ったりします(^^;)



 そんでもって、アル・ジャロウさんの歌ってらっしゃる歌詞の内容というのが――ざっくり要約すると「かつて僕はスペインで熱く彼女と愛し合った。そのことを今もよく覚えてる。そんで、僕たちは今もラブラブなんだ」的な、そんな感じでしょうか(ざっくりすぎ??^^;)

 いえ、こういう若干哀愁を帯びてる感じの曲で恋愛について歌ってるとなると(しかも副題みたいのが「I Can Recall」ですよ・笑)、大抵は「あの夏、僕たちは狂おしいまでに愛しあった。それなのに、何故別れることになったんだ。ベイビー、僕の何がいけなかったんだい?」的な、そーゆーのが多い気がするんですけど、しかも愛しあった季節が夏じゃなくて、12月の雨を覚えてるとか、枯葉が地面を覆ってたとか、そんな季節なんですねー。歌詞の和訳見るとちょっとびっくりします

 なんにしても、由紀ぴょんのSPはこれに決まって少しほっとしました

 んで、色んな方のカバーをようつべ☆で見たりしてると――やっぱりジャズの曲だから即興性がすごくあると思うんですよね。そんなわけで、曲調とかからじゃなくて、歌詞の内容と合わせて考えてみても、アップテンポになるところから「元気いっぱいに溌剌と」由紀ぴょんが滑っててもいいかなーと思って、そんな感じの演技、ということにしてみました

 とりあえず、曲変えたっていうことで、これが一番の言い訳事項で、あとはなんだっけな……ここから結構長く切りのいいところで文章が途切れてなくって、今回も変なところでちょん切って>>続く。ってことになってるとか、あとはプログラムについては書き方テキトー☆っていうのもいつものことだし……そんなところだったかなあ

 あと、かなりどうでもいいことなんですけど(笑)、「神恭一郎事件簿【3】~左の目の悪霊~」買いました♪ (´∀`*)ウフフ; (*´∀`)アハハ♪




 いえ、なんとまだ1~2巻買ってないんですよww

 なのに何故、先に3巻だけ買ったかというと、訳がありまして。。。

 その~、前にどっかで、次は「神恭一郎事件簿でも買おうかな♪(*´∀`*)」みたいに言ってた時、その後すぐ密林にて買おうとしてみたところ……その時は第3巻についてのみ、「在庫なし☆」ってなってたんです。

 だから、1巻と2巻だけ買って、3巻だけないって・゚・(ノД`)・゚・と思って、買おうかどうしようか迷ったというか

 でも1~3巻までのセットっていうことなら、一番安くて2,357円ってことだったんですね。でも、三巻分それぞれ普通に定価で買う以上に高いってどうなんだろう……と思って、ちょっとためらってしまったのです(ケチンボ!

 それでもやっぱり読みたいっていうのがあって、1~3巻セットで買おうかなって思ったところ。。。

 そ、そしたら……奇跡的に375円で1冊だけ古本が出ていて!!「うわー、これ速攻買わないと、またすぐに売れちゃって、在庫なし☆になっちゃうよ!!(ノ゚ω゚)ノ*.ノオオォォォッ!!」と思って、速攻購入ボタン押しましたww

 いや~、すんごい面白かったです

 で、今度は1巻注文したので、これもまた届くの楽しみ、なのです、が――その時、わたしはびっくりするものを見てしまいました

「神恭一郎事件簿」の第3巻が、110,000円というびっくりするようなお値段で売られているのを……!!

 なんていうか、スケバン刑事とかピグマリオあたりは、これからも絶版になったりすることなく、普通に定価で購入可能なんじゃないかなって思うんですよね。でも、それよりも少しマイナーどころの和田先生の作品については、なるべく早く買っておかないと、そのうち恐ろしいことになるんじゃないかなあ……と思っておる次第であります

 まあ、2500~3000円くらいだったらね、まだしも全然良心的な値段ですよ(それに1~3巻のセットですから!

 でもねー、じういちまんえんってどうよ!って思いましたww

 なんにしてもそのうち、前文に書くスペースあったら、「左の目の悪霊」について、何か書いてみたいと思います♪(*´∀`)ウフフ♪

 それではまた~!!



       ダイヤモンド・エッジ<第二部>-【37】-

 グランプリファイナル二日目、女子シングル/ショートプログラム。

 昼間にペアスケーティングのショートプログラムがあったその夜、午後の六時から女子シングルの試合ははじまった。

 また、昨日行われたドローの結果、滑走順のほうは以下のとおりである。

 第一滑走、キャサリン・アーヴィング、第二滑走、マリア・ラヴロワ、第三滑走、灰島蘭、第四滑走=金愛榮、第五滑走=リュドミラ・ペトロワ、最終滑走=高見沢由紀

 蘭は第三滑走を引き当てた途端、顔が満面笑顔になっていたものだが(遅くもなければ早くもなく、ちょうどいい滑走順だったので)――次に由紀が<6>の数字を引き当てると、笑ってもいられなくなった。由紀がその途端、ショックを受けたように暗い顔をして自分の隣に戻ってきたからである。

「何事も経験だよ。オリンピックの時だってさ、何番滑走になるかわかんないんだから……今ここを乗り越えておけば、あとで何番滑走に当たろうとも、ドーンと構えていられるって」

「……は、はい」

 もちろん、ただなんとなく相手に同情し、「きっと大丈夫!なんとかなるって」などと励ますのは簡単だ。けれど、蘭は由紀に対しては、初めて出来た自分の後輩ということもあり、スケートに関することでは少し言葉を選ぶようにしている。というのも、自分の先輩だった如月葵や一ノ瀬綾子や姫野美香は、決してそういうことはしなかった。後輩であるとはいえ、自分たちのライバルでもあるというのに――そうしたこととは別に、必ず何かのちのち身につくというのか、実になるようなことを話してくれたり、態度で示してくれた。その伝統のようなものを自分のところで途絶えさせてはいけないし、いつか由紀自身もそうしたことを自分のあとに続く後輩たちに伝えていって欲しいとも思っていた。

 自分のあとが金愛榮というのは、少々気になる滑走順といえばそうだったかもしれないが、この時も蘭が考えていたのはオリンピックのことだった。もし自分が大体のところノーミスで、金愛榮もそうだったとする。その場合、どちらの点数が上をいくか……また、金愛榮が上だった場合、オリンピックまでに少し変更を加えたほうがいいのかどうかなど、試合後に考えればいいことを、つい先走って蘭は考えてしまう。それも、金愛榮が自分のあとの滑走順である<4>を引き当てたその瞬間に。

 そして迎えた試合当日、蘭は自分の準備やウォーミングアップということももちろんあったが、あまりにも真面目すぎる性格の由紀のために、「ほら、手を出して」と言って、あがらないツボや、全身の巡りがよくなるツボ(体温が上がるツボ)などを教えることにした。「ええと、あとはね、如月さんが言うには、首の後ろとか腰の上のほうにある副交感神経の通ってるあたりをカイロなんかであっためるといいんだって。まあ、全部気休めみたいなもんだけど、何もしないよりいいでしょ」……更衣室で着替えている時、蘭はそんなふうに言っておいた。

「すみません。わたしなんかのために、気を遣っていただいて……」

「べつに。だってわたしだって、如月さんに教えてもらったんだもん。なんか如月さんは如月さんなりに、どうしたら試合であがらないでいられるか、緊張を最小限に抑えられるかって、随分色々考えてたらしいね。そのためにメンタルスポーツの本を読んだりとか、色々してたみたいよ」

「わたしも、大学はスポーツ大学を受けようと思ってるんです。それで、そういうこと研究したいと思ってて……」

「うん。由紀はたぶん、そういうの向いてるんじゃない?理論で裏づけとって納得できると、実践にも応用できるっていうような性格だもんね。わたしはそういうの、むしろ頭悪くて全然駄目だけど」

「えっと、わたし、そういう意味じゃなくて……」

「あーもう、べつにいいんだったら。っていうか、そこはさらっと流すとこなの。いちいち気にしない、気にしない」

 愛榮は自分のいる場所の反対側のロッカーから聞こえる会話の中に、如月葵の名前が混ざっていると気づいて、思わず耳をそばだててしまった。確かに、愛榮自身も同じようなことを教えてもらった記憶がある。もちろん、愛榮にとっての葵先生は、元館神FSCに所属していたのだから、後輩に同じことを教えていてもまったくおかしくないはずである。けれど同時に、愛榮は何故自分が違和感を覚えるのかが不思議だった。

 もっとも、この時すでに試合はもうはじまっているも同然だったため、愛榮はそれ以上この件に関して頭の中で追求しなかったものの――あとにしてみれば、こういうことだったのではないだろうかと、愛榮は思い返すことになる。

 葵は自分の夫や愛榮、それに愛の四人でフィギュアの試合をテレビ観戦する時、灰島蘭が登場するなり「蘭ちゃん、がんばって!!」と応援したりする。もちろんその件について、リョウのほうでも「こいつは俺たちの敵だぞ。口を慎め」といったことまで妻に求めたりはしない。ただ、愛榮は思ったのだ。一緒に暮らし、色々と良くしてもくれる人だが、彼女にとっておそらく自分も灰島蘭も、存在に実はあまり差がないのではないかと。

 そして同時にこうも思った。灰島蘭は自分が如月葵から教えを受けていると知った時、どう思ったのだろう、と。かつて先輩として色々よくしてくれた相手が、まるで敵に回ったというように考えたりはしなかったのだろうか……少なくとも、李葵姫であればそう思ったはずだ。もっとも、灰島蘭に関して愛榮が知る限り、彼女はさっぱりした性格の、根に持たないタイプの女性に見えたため、やはりそんなふうに考えるひねくれ者ではないということなのかもしれない。

(いけない、いけない。集中、集中!)と愛榮は自分に言い聞かせ、精緻な刺繍の美しい赤紫の衣装を着ると、上にジャージを着てチャックをしめた。スケート靴やヨガマット、タオルなどの入ったスポーツバッグを片手に持ち、更衣室から出ていく。

 エミリオと並んで廊下で何か話しているリョウの元までいくと、「コーチ、お願いします」と言って、ナイキのスポーツバッグを渡す。手順についてはお互いよくわかっているので、リョウにしてもただ無言でバッグを受け取り、エミリオと話の続きをするだけだった。

「グランプリファイナルに進出できなくて、エリカもがっかりしたみたいでな」

「かわりに選ばれたのが、今季初出場だっていうあの高見沢由紀ってわけか。俺は実力的にはまだまだエリカ・バーミンガムのほうが上だと思うがな」

 そんな会話を小耳に挟みつつ、愛榮はストレッチしたのち、廊下をジョギングして体温を上げることにした。もちろんリョウはこんな時にも、見てないようで彼女のことをきちんと見ている。それから愛榮がスポーツバッグを受けとりにくると、また無言で手渡し、彼女が控え室に消えるのと同時、腕時計で六分間練習がはじまるまでの時間を確認する――あと残り三十分ほど時間がある。

 キャシーは廊下にある、別の空いたスペースでウォーミングアップしていたが、控え室には灰島蘭と高見沢由紀、リュドミラ・ペトロワとマリア・ラヴロワがいた。蘭と由紀とは同門の弟子同士、またマリアとリュドミラも同じリンクで同じコーチに指導を受けているため、仲がいいのだろう。それぞれ集中してほとんど口は聞かなかったものの、それでも何かの拍子に少しくらいは話したりもする。リュドミラとマリアがロシア語で何か言っては笑ったり、蘭と由紀とが「これ使いなよ」、「すみません」とやりとりしているのが聞こえる。

 愛榮は親しい者同士2:2で別れている場所に、ひとりぽつんといるような気がして孤独を感じたが、(そんなくだらないこと、どうでもいいじゃないの)と自分に言い聞かせ、控え室の隅のほうに場所を確保した。ヨガマットを敷き、iPodで音楽を聴きながら柔軟体操をはじめる。聴くのはいつでも決まってモーツァルト。昔、何かのテレビ番組で、モーツァルトの音楽にはリラクゼーション効果があると聞いて以来、試合前にはずっとモーツァルトを聴いている。そのことを愛榮がリョウに話すと、1/fゆらぎがどうのという話をはじめたが、愛榮にはよく理解できなかったものだった。

 やがて、耳からは何も外から情報は入ってこないものの、リュドミラとマリアの元にエリーナが、蘭と由紀の元にはアランがやって来たため、そろそろ六分間練習の頃合だろうかと愛榮は思い、スケート靴を履いた。すると、他の選手が出ていったあとでようやくリョウがやって来る。

「準備はいいな?」

「はい!!」

 ここでリョウは愛榮の髪型など、じろじろ見てから、「よし、完璧だな」と言って、ぽんと愛榮の背中を叩く。

 試合は緊張するにしても、時々普段の練習では味わえないご褒美を与えられるため、そのことが愛榮には嬉しい。いい結果を出せれば、コーチが喜び、さらに自分を可愛がってくれることも幸せだった。

 愛榮がリョウとともにリンクサイドに出てみると、選手のほうはすでに滑走順に並んでいた。愛榮が特に何も言わずに灰島蘭とリュドミラ・ペトロワの間あたりにいくと、リュドミラと高見沢由紀とが自然と後ろのほうへ少し下がってくれる。そして、そろそろリンクゲートが開くというギリギリになって一番滑走のキャサリン・アーヴィングが黒に銀の刺繍の縁取りをした衣装で、女王の貫禄たっぷりに先頭へ立ったというわけだった。

(わあ、素敵。世界選手権の時の衣装も素敵だったけど、オリンピックっていうことで、また衣装を新調したんだろうな。わたしのは、ほんとは葵先生がデザインした衣装のほうが素敵だったんだけど――コーチがデザインしてくれたっていうだけでも、わたしにはモチベーションの上がることだから……)

 このあと、前から二番目、愛榮のふたつ前のところにいるマリア・ラヴロワが、手で隠しながらあくびしているのを見て――愛榮は少し驚く。

(あくびが出来るくらい、精神的に余裕で、少しも緊張してないのかしら)

 一瞬、愛榮はそう思うものの、実際はマリアは緊張のあまりきのうよく眠れなくて、それであくびをしていたのである。

 一方、愛榮自身はどうかといえば、外から見た場合、まったく無表情で落ち着き払っているようにしか見えなかったろう。カメラが捉えた愛榮の様子というのは冷静沈着そのもので、(いけない、いけない。集中、集中!!)と、この時彼女が思っていたことなどは、誰にも想像出来なかったに違いない。

 やがて、ゲートが開き、キャシー、マリア、蘭、愛榮……といったように、選手たちがリンクに飛び出していく。

 愛榮はエッジを切ってリンクを一周すると、ステップシークエンスの振付の確認をしてから、まずは三回転サルコウを跳ぶ。次いで、三回転フリップ、三回転ループ、三回転ルッツと跳んでいき、トリプルアクセルを跳べそうかどうか少し周囲を確認するが、跳ぼうと思った時に軌道を他の選手が横切っていった。(やり直し……)と愛榮は思うが、何分こうしたことはお互いさまなので仕方がない。

 と、この瞬間、観客席がワッと歓声で沸いた。思わず振り向くと、着氷してからも恐ろしいスピードで灰島蘭が走っていくのを見、彼女がトリプルアクセルを決めたのだろうと愛榮にはわかった。こういう時、(わたしだって!)と思えないのが、愛榮の性格である。(次にトリプルアクセルに挑戦したら、彼女と張り合ってると思われるかしら?)と一瞬思うが、もはや緊張で神経が麻痺しているため、電光掲示板の残り時間を見、速くトリプルアクセルを跳ばなくちゃと、そのことで頭がいっぱいになる。

 この時、愛榮は一度目のトリプルアクセルを失敗していたが、次に挑戦して二度目で無事成功させた。そして、もう一度三回転ルッツの感触を確かめ、他の選手が「そろそろ……」という雰囲気になったところで、もう一度トリプルアクセルを決める。大きな拍手が巻き起こるが、見ると、反対側のリンクで最後に灰島蘭もまたトリプルアクセルを跳んでおり、彼女が成功させた際には、もっと大きな歓声まで起こっていた。

(人気も実力も、彼女のほうが上……)

 そんなふうに愛榮は思うものの、かといって何か卑屈になっているということもない。また、自分も彼女と同じくらいの人気が欲しいというようにも愛榮は思っていない。あくまでも彼女は彼女、自分は自分だ。そしてこう思えるところが愛榮の強さでもある。

「調子のほうは大丈夫か?」

 わかっていることを、あえてリョウはそう聞く。どうでもいいことでも話しておいたほうが、気が紛れていい。

「ちょっと、トリプルアクセルで失敗しちゃって……」

 愛榮が膝のあたりを押えると、途端にリョウが心配顔になる。

「膝を打ったのか!?」

「いえ、全然そんな大したことないんですけど……その前に灰島選手がトリプルアクセルを跳んで大きな拍手をもらっていたでしょう?たったそんな程度のことで動揺したのかと思うと、なんか情けなくて……」

「まあ、そう口に出していえる素直さが、おまえの強味だ。膝のほうは本当に大丈夫なんだろうな?」

「はい。あんなの、転んだうちにも入りません」

 愛榮がそう言うと、リョウはどこか嬉しげに彼女の肩を抱いて廊下を歩いていく。リョウ自身にその意図はまったくなかったにしても、ここが代々木公園かどこかだったら、完璧カップルにしか見えなかったことだろう。

 そんなふたりのことが視界の隅に入ってきて、恭一郎としては息子に(公の場でああしたことはやめろ)と注意すべきかどうかと迷った。だが、エミリオあたりがきっと何か忠告するだろうと思い、蘭とあらためて向き直ることにする。

「例のおまじないはしたのか?」

「おまじないって、塩ぺろぺろのこと?手のひらに人人人って書いてさ、最後に塩振りかけてぺろって、わたしちょっと頭おかしくない?」

「汗と一緒に塩分が出ていくから塩分摂取は大切とはいえ……他のテニスやサッカーの試合なんかとは違って、フィギュアスケートはショートなら2分50秒、フリーなら約四分という演技時間だからな。塩までなめなくてもスポーツドリンクで十分という気が俺はするが」

「だから、ようするに気休めみたいなもんだよ。今日はショートだからいいけど、一応念のための足がつらないためのおまじない。まあ、あのあと練習中にもあんなふうになったことないから、大丈夫だとは思うけど……試合って普段よりもレーザービームでピンポイントを打つみたいな感じで爆発的に力を使い果たすから、そのせいだったんだとは思うけど」

「そうか」

 蘭は一度スケート靴を脱ぐと、トレーニングシューズを履き直して、まずはまた廊下をジョギングした。そして控え室に戻ると、柔軟体操を開始する。それから体の反射能力を高めるために小刻みに走りこむことを繰り返したり、腿上げしたり……蘭の場合、この間他の選手がどうしてるかといったことは、ほとんど気持ちの中に入ってこない。唯一、金愛榮が真っ赤なイヤホンを嵌めてiPodで何か聴いているのを見た時だけ――(わたしのと同じ色だ)と思うことには思ったが、ただそれだけだった。

 一方、リンクのほうではキャシーがフェンスサイドに立つコーチのヒラリー・ローレンと最後の会話を交わしているところだった。「キャシーならやれるわ」とローレンは言い、キャシーはすでに演技の世界に入り込んでいるかのような集中力で、黙って頷く。「キャサリン・アーヴィング!」と名前をコールされると、『氷上はわたしの庭だ』とでも言いたげな威厳をもって、キャシーは中央のスターティングポジションに着く。

 曲のほうは『ブラックスワン』で、昨シーズンの世界選手権で滑った時とは、衣装と曲の編集のほうに若干変更が加えられている。また、トリプルアクセルを持たないキャシーは、他の点でどのくらい金愛榮や灰島蘭に追い迫れるかと、その点をコーチのローレンとよくよく研究してエレメンツを組み直していたといっていい。

 はじまりは、オデットとジークフリートが出会う場面の音楽だが、この場面をキャシーは白鳥オデットとしてではなく、そのようなふたりを木陰から覗き見、嫉妬するという黒鳥の演技によって開始する。ゆえに、キャシーの眉をひそめ、少し悔しそうな顔の表情に違和感を覚える人のほうが大半であったろう。だが、キャシーがバレエで培った柔軟性を生かし、次から次へと美しいポーズを紡ぎ、三回転ルッツ-三回転ループを鮮やかに決めて見せる頃には――そんな若干の違和感のことなど、誰もが忘れてしまう。

 ワッと喝采が上がっても、キャシーの耳にはほとんど届かない。彼女は演技中はそのくらい集中しているからだ。フライングキャメルスピンを鳥の羽を思わせる優雅な動きによって回りきり、ステップシークエンス。明らかにバレエを習っている人にしか見られない体の動きで、キャシーは軽やかに、それでいてどこか悪魔的でコケティッシュな魅力を振りまきながら、超高難度のステップとターンの組み合わせを舞っていく。また後半でジャンプを、バックアウト・カウンターからダブルアクセル、スパイラル・ロッカー・カウンター・スリーターンとステップを入れ、三回転フリップを跳ぶ。演技終盤では、黒鳥にとっての一番の見せ場である三十二回転、グラン・フェッテ・アン・トゥールナンを回る箇所で――キャシーはコンビネーションスピン、レイバックスピンを息もつかせぬ速さで連続して回ってみせた。そして最後は、見事ジークフリート王子の心を我が物としたという勝利のポーズで演技を終える。

 この瞬間、どっと疲労が押しよせるあまり、キャシーはあらためてトップバレリーナの体力・スタミナ・精神力の強さ……そうしたすべてに敬意を覚えていたかもしれない。白鳥オデット/黒鳥オディールとで、それぞれ別の人間が演じているというのなら、まだしも話はわかる。だが、たったの二分五十秒という中でオディールを演じただけでもこれほど疲れるというのに――全幕を通して演じきるバレリーナに対し、キャシーはこの時、ただひたすらに尊敬の念を覚えるばかりだった。

「素晴らしかったわよ、キャシー!今シーズン、ショートでは絶対あなたが一番よ」

「そうかしらね」

 リンクゲートのところで、コーチのローレンからエッジカバーを受けとる間も、キャシーはいつも通り極めてクールだった。確かに、他のグランプリシリーズの大会で、金愛榮や灰島蘭の演技を見た時――キャシーにしても今ローレンが言ったのとまったく同じことを思った。

 だが、キャシーは今、まったく別の精神的な問題を抱えていた。それはつまり、明らかにフィギュアスケート競技というものに対する自分のモチベーションが下がってきているということだった。もしこれでせめても圭との関係が、「僕が男子シングルで金メダルを取って、キャシーも金メダルを取れたら、ふたりの将来のことを考えよう」という、何かそうしたものだったとしたら……キャシーにしても奮起したかもしれない。だがキャシーの場合、今はもう金愛榮や灰島蘭に負けても以前ほどの悔しさがこみ上げてこなくなっていた。また勝ててもそれは相手が崩れた時だけだともわかっているため、純粋に勝利に酔うということも出来ない。

 もちろん、ローレンはコーチとして愛弟子のこうした心の変化に敏感に気づいていた。けれど、せめてもオリンピックが終わるまでは――どうにか気持ちを誤魔化し誤魔化しやっていくしかないと思っていたのである。またこれは、キャサリン・アーヴィングという選手を長年見てきた経験からも言えることであり、彼女は気持ちの上では下がってきていても、氷上では女王らしく必ずミスなく滑りきる能力とプライドを合わせ持っているともわかっている。

 正直いって、ローレンは自分のコーチとしての長年の経験からいって、こうした事柄については「信じて待つ」ということ以外、何も出来ないとわかっていた。ただ優しく見守るという一方で、技術的なことでは厳しく注意もし、ただより沿って励ますということしか……コーチに出来ることなど他に何もない。

 ふたりはキス&クライの、雪や氷の結晶の描かれた椅子に座ると、手を握りあって得点の出るのを待った。何分、一番滑走であったため、若干でも点数が抑え気味にならなければいいと、キャシーもローレンもそのことばかりを願っていた。もちろん、一番滑走であれ何番滑走であれ、ミスのない素晴らしい演技さえすれば、ジャッジのほうでも公平で平等な得点を出してくれるとわかってはいる。けれど、ほんのゼロコンマ数点の差によって敗れる時――一番滑走でさえなかったら、少し違っていたのではないかと、時にそのような事態も起きるというのがフィギュアスケートなのである。


 ・技術点=42.55、演技構成点=37.34、合計点=79.89


 この時点でキャサリンがかなりの高得点をマークしての第一位ということになる。二番滑走以降の選手たちはこの高い壁を0.01ポイントでも上回れるかどうかということになるが、このあとマリア・ラヴロワもカヴァレリア・ルスティカーナをノーミスで滑りきったものの、キャシーの得点には及ばず今回は七十点台も越えられなかった。その得点69.89ポイント。

 そしてここで、蘭の出番になると、彼女がリンクに出てきただけで明らかに観客の反応が違った。もちろん、蘭にはスケート選手として実力も備わっているが、人気だけ取ったとしても世界のトップシックスが揃ったこの大会で、おそらく一番だったろう。

 蘭の場合、日本人にだけとても人気があるというよりも、世界中のどの国でも人気があった。女子のシニアにして四回転を初めて成功させたから――というより、スピード感のある、技術的にも表現的にも高いレベルの演技をこなせるだけでなく、言ってみれば庶民的で親しみやすいところが、大衆に好かれる要因だったに違いない。インタビューなどで答えている時にもまるで飾り気がなく、素顔や性格に裏表がないように感じられること……もちろん、日本以外の国の人は訳されたものを聞いているとはいえ、そうしたことというのは、万国共通で通じるものがあるのだろう。

 この時点で蘭には、キャシーが世界選手権の時と同じく、高得点をマークしているだろうとわかっていた。今、世界でショートプログラムからトリプルアクセルを入れてくる選手は蘭とリュドミラとエリカ・バーミンガム、それに金愛榮の四人である。トリプルアクセルを跳べないタイプの女子選手が最初に跳ぶジャンプとして多いのが三回転ルッツ(6.0ポイント)-三回転トゥループ(4.3ポイント)のコンビネーションジャンプであり、これは基礎点の合計が10.3ポイントとなる。これに対するトリプルアクセルの基礎点が8.5ポイント。キャシーが常に安定感を持って決めている、彼女だけがプログラムに入れている三回転ルッツ-三回転ループの合計点は11.1ポイントである(三回転ループの基礎点は5.1ポイント)。

 もちろん、ショートプログラムで入れられるジャンプは三回で、ひとつがコンビネーションジャンプ、ふたつ目がステップからのソロジャンプ、三つ目がアクセルジャンプである。ショートにトリプルアクセルを入れることの利点は、ダブルアクセルの基礎点が3.3ポイントであるのに対し、8.5ポイントという高得点が得られることであろう。基礎点だけの差を見ても、5.2ポイントもある。基礎点だけで単純計算してみると、キャシーは11.1ポイント+3.3ポイント+三回転フリップ5.3ポイント=19.7ポイント、これが蘭のジャンプ・エレメンツの計算では8.5+10.3+三回転フリップ5.3ポイント=24.1ポイント……基礎点の単純計算としては4.4ポイントも差があるとはいえ、これはあくまで蘭がノーミスだった場合の計算であり、キャシーは常にひとつひとつのジャンプに高いGOEを得ているだけでなく、ダブルアクセルやトリプルフリップに難しいステップを入れてから跳ぶため、実質的にこの4.4ポイントという点差がないに等しいものになってしまうのである。

 このあたりのことはベテランのスケートのコーチであるヒラリー・ローレンの計算によるものであろうし、さらに表現面で点差をつけるにはどうしたらいいかを彼女は熟知していたといえる。また、ローレンはフィギュアスケート専門誌のインタビューにて、こう語っていたものである。「キャシーは一言で言えば天才です。『ちょっとこうしてみてちょうだい』とか『ああしてみてちょうだい』と指示をだしただけで、なんでも簡単にすぐ出来てしまうんですよ。ただそのかわり、天才肌の人間に多いようになんでもすぐ出来てしまうがゆえに飽きっぽいのです。わたしがキャシーに手を焼くのは、いかに効率のいい練習を短時間で行わせるかなんですよ』と。

 その記事を読んでいて、もしキャシーがもっと自発的に練習に打ちこむようになったらどうなるのだろう……と蘭は思ったものだったが、先シーズンとは違い、今シーズンのショートは蘭もまだ若干心許ない。人間が持つ魂の大地の奥底には、真・善・美といったものの他に、醜さや汚いものや泥臭いものも眠っているはずである。そうしたものを表現したいと思いつつも、蘭自身の表現の掘り下げが浅いゆえにミカエルのプログラムの強さ・深さが十分に伝わっていない気がしていた。実際、一部の専門家の論評として、『フリーが先シーズンと同じ<白鳥の湖>なのだから、ショートプログラムはオリンピックらしいもっと派手なものを選ぶべきではなかったか』、『灰島蘭の<春の祭典>は何を表現したいのかがいまひとつ伝わってこない。どんな選手にも失敗プログラムというのはあるものだが、五輪シーズンにぶつけてくるにしては、危険な試験的プログラムである』、『ミカエル・リシェールも歳を取ったのではないか。彼の振付の才能が枯渇しつつあるのではないかと、疑いたくなるようなプログラム』――などなど、蘭としては、せっかく振付てくれたミカエルに対し申し訳なくなることが一試合終えるごとに募っていたかもしれない。

「いいのよ、ダーリン。むしろ、このくらいのほうがオリンピックで燃えてちょうどいいんじゃなくて?お宅のコーチは今年のショートが昨シーズンの『コッペリア』だったほうが良かったと思ってるかもしれないけど……オリンピックまでに課題があったほうがいいじゃない。アメリカのあの気の強そうな娘――そうそう、キャサリン・アーヴィングよ。リョウの嫌いな。あの子のプログラムはオリンピック向けに考え尽くされてるわね。ショートもフリーも完璧に計算して、これ以上のものはないっていうものを選んできた。でもあの子、滅多に転ばないし、滑りがちょっとサイボーグ的で面白くないのよね。ええ?小早川亮だって現役時代はそうだったですって?何言ってるのよ。リョウはまったく別天地の天才じゃないの。それよりとにかくね、今は思い悩み苦しみなさい。「このプログラムは滑っていて本当に楽しいです」なんてものより、あんたの今のすべて、生(なま)の<生>(せい)というもののすべてをこめるのよ」

 ひとつ試合を終えるごとに蘭はミカエルと連絡を取り合っていたが、いつも言われるのは「あんたは完璧よ。ジャンプで失敗したりとかいうのは、確率論的にいってある程度は仕方のないことだからね。とにかく思いきっていきなさい」といったようなことばかりで、特に注意点やもっとこう表現しなさいといったことについては、何も言われないのだった。

「蘭、思いきっていけよ」

 マリアと入れ違いになるようにしてリンクに出、氷とエッジの感触を確かめながら蘭は一周した。そして三回転フリップを跳んで戻ってきた時に、恭一郎にそう言われる。

(思いきって、か……)

 このことは何も、蘭の演技が萎縮して小さく見えるといったことではない。蘭は何か思いに沈むようにスターティングポジションにつくと、最初のポーズを取る。

 少し前屈みになり、右手で自分の太腿をつかみ、左手のほうは後ろのほうへそらすようにして伸ばす。待ち望んでいた春の訪れに対する喜びにより、地中深く根を張った場所から目覚める瞬間のポーズ。蘭は冬季はずっと結氷していた川の、雪や氷が割れ、流れる川のせせらぎが聴こえる……といったわかりやすい表現によってではなく、もっと地中深くに眠る大地の鳴動を具現化するような表現によって最初のトリプルアクセルへと向かう。高さと幅のある蘭のトリプルアクセルが完璧に着氷すると、ワッという喝采が湧いた。だが蘭にとってはこの時の音楽があまりに小さく奏でられているため、その歓声は実は邪魔なものだった。そして、そのあまりにか細い春の声を一生懸命に聴きながら、蘭は次のフライングキャメルスピンへと向かう。まだ大地の奥深くで何かが眠っているとでもいうようなシットスピンを回ると、加速して三回転ルッツ-三回転トゥループを跳ぶ。三回転ルッツの着氷時に若干前傾姿勢になってしまい、三回転トゥループが二回転になってしまう。けれど蘭は、まるで狂気のような春の呼び声に耳を澄ませるように、とにかく音楽のほうに集中していた。ステップシークエンスで蘭が演じているのは、生贄の乙女ではなく、<女性>という種と結合し、根付くことを願う大地の精の欲望だった。蘭は鋭く切れのある動きで、体を大きく使ってその気の狂いそうなまでの渇望を表現する。そして彼は最後、貪欲な手を伸ばして生贄の乙女のかかとを掴み、自分の元へと引きずりこむのだった……そしてステップシークエンスが終わる間もなく、そこから三回転フリップ。最後は生贄の乙女を得たことで己の欲望を満たした大地の精の、喜びを表すコンビネーションスピンによって、蘭の演技は終わる。

 フリーよりも時間的には短いはずなのに、蘭はどっと疲れてその場で少し休みたくなったほどだった。昨シーズンの<コッペリア>もキツかったが、それでも観衆を喜ばせることが出来るという達成感がある分、どんなにキツくても蘭は笑顔でいられた。けれど、今シーズンに入ってからずっとそうであるように、この時も蘭の顔に笑みはない。

 観客やジャッジにお辞儀したあとは、(本当にこれで良かったんだろうか)というように、軽く小首を傾げることさえして、蘭は戻ってくる。

「いい演技だったぞ」

「う~ん。でも、いまいち掴みきれないんだよね。最初にミカエルが振付けてくれたほうのは、生贄の乙女が主人公だから、わかりやすくて良かったんだけど……」

 独り言のように呟く蘭に、アランがエッジカバーを渡しながら言う。

「ステップシークエンスのあたりとか、特によかったよ。芸術のわからない人は笑ってたかもしれないけど……」

「あ~アレね。途中で腰を前に突き出したり、お尻を後ろに突き出したりする振付があるから……」

 蘭はまだ息が整っていない中、そんなことを恭一郎やアランと話しつつ、キス&クライへ向かった。

(キャシーより上にいけるかなあ)

 そんなことをぼんやり思いながら、蘭はモニターに得点が表示されるのを待つ。

 ・技術点=40.20、演技構成点=34.38、合計=76.53


 Rank2とモニターに表示されると、蘭は思わず肩を落とした。疲れたような顔の表情のまま、少しだけ笑ってみせ、観客席にも手を振ってからキス&クライをあとにする。あれだけの高難度のエレメンツを備えていても、キャシーと3.36ポイント差……フリーで十分挽回が可能な得点差とはいえ、この分では世界選手権同様金愛榮にも抜かれるのではないかと思い、蘭は溜息を着いた。

「オリンピック向きのプログラムじゃなかったと思って、後悔してるのか?」

「ううん。まだわたしがこう……掴めてないだけだと思うから、導火線に火がついてるけど、爆発まではしなかったみたいな、不満足感が残ってる感じ」

「ようするに、欲求不満ってこと?」

 アランからそう聞かれた瞬間、蘭は爆笑した。

「そうそう、そのとおりだよ、アラン!!」

 蘭は演技が終わると、まずインタビュールームのほうへ向かい、そのあと自分の得点の詳細を見る前に、金愛榮の演技がどうだったのかを確認しようとした。意外にも、金愛榮は自分の下の第三位であることを知り、蘭は驚く。得点的には1.29しか離れていないため、どこかに大きなミスがあったというわけではないだろう。

(あれ?なんかわたし、もしかしてちょっと嬉しいかも……)

 たったの1.29差ではあるが、金愛榮が全力で演じたであろうプログラムと正々堂々勝負して、僅かばかり上へ行けたことが嬉しい。そして蘭は、メンタル的には今はこれが最高の順位であると信じていた。ショートで一位に立ってしまうと、勝ちを意識しすぎてフリーで失敗を招くこともあるし、かといって金愛榮に抜かれての第三位発進というのでは、間違いなくモチベーションが下がっていたろう。

 こういう時、蘭は大抵「何クソ!!」精神で基本的には貪欲に上を目指せてしまえる人間ではある。けれど、やはり蘭とて超人ではない。場合によっては激しく落ち込むあまり、浮上できないことだってある。だが、この時はこの「ちょっと嬉しい」感覚によって、蘭はなんなくあっさり気楽な気持ちになり、フリーに向けて折り良く気分を変えられそうだった。

 何分、インタビューに答えている間に金愛榮の演技が終わってしまったため、蘭には彼女の演技と自分のそれとでどう差異があったのか確認することは出来ない。今はすでにもう第五滑走のリュドミラの演技に移っている。リュドミラはデイヴィッド・ギャレット演奏の『ミッション・インポッシブル』をほぼノーミスで滑りきると、爽やかな笑顔を見せてお辞儀していた。そして、「よし!」というように拳を固めてリンクゲートのほうへ戻ってくる。

 蘭がリュドミラの演技を見たのは最後のほうだけだったが、それでも彼女の笑顔から見て、冒頭のトリプルアクセルはおそらく成功したのだろうことが見て取れた。

(もしかして、金愛榮にではなく、リュドミラに抜かれるだろうか……)

 マリア・ラヴロワの隣で一緒にモニターを眺めていると、彼女が親友に対して惜しみない拍手を送る。リュドミラとは違い、マリアはロシア語しか話せないため、蘭としてはただ同調するように拍手することしか出来なかった。

 やがて得点が出ると、リュドミラが隣にいたエリーナやラリサと抱きあいながら喜ぶ姿が映る。


 ・技術点=41.92、演技構成点=36.63、合計=78.55


 ――この時点での、グランプリファイナル女子シングル、ショートプログラムの途中経過を報告しておこう。


 第一位=キャシー・アーヴィング(79.89)

 第二位=リュドミラ・ペトロワ(78.55)

 第三位=灰島蘭(76.53)

 第四位=金愛榮(75.24)

 第五位=マリア・ラヴロワ(69.89)

 

 ここで、最終滑走者である高見沢由紀の登場となり、蘭はぐっと手指に力をこめた。

(がんばれ、由紀!!)と、心の中でエールを蘭は送った。今季の由紀のショートプログラムはアル・ジャロウがカバーしたチック・コリアの『スペイン』だった。

 アランが「由紀は真面目すぎるから、少し抜け感のある曲のほうがいいよ」と言って、ジャズの中から選曲したのである。

 以来、由紀はずっとジャズばかり聴いて過ごしていたかもしれない。それまではジャンルとしてほとんど聴いたことがなかっただけに、アランや館神コーチからジャズの名盤と呼ばれるものを借りて聞き込むことにしていた。というのも、そうすることで音感というか、リズムが体に刻み込まれるといいと思ってのことである。

 髪の毛をポニーテールにした由紀は、真っ赤な衣装に身を包み、「ユキ・タカミザワ!」と名前をコールされると、館神コーチと頷きあったのちに、スターティングポジションへ向かう。

 まずは深呼吸して気持ちを落ち着け、由紀は目を閉じたまま曲がかかるのを待つ。そして、最初のアランフェス協奏曲の第二楽章から演技をはじめ――そこから一転してアップテンポに変わるところで、三回転フリップ-三回転ループを華麗に決めた。由紀のジャンプの弱点として、高難度のジャンプを決めても高さと幅があまりないため、加点が抑えられがちな傾向にあったが、曲とジャンプのタイミングを合わせることで、今季はより高い加点を稼ぎだすことが出来ていた。アル・ジャロウのヴォーカルに合わせ、次にウィンドミルからのレイバックスピンをビールマンポジションで終わらせ、ここからステップシークエンス。ジャズの即興的な熱情にのせ、由紀は元気いっぱいに溌剌と、弾けるような演技をし、後半のジャンプふたつへ向かう。ロッカー、チェンジエッジからダブルアクセル、短い加速ののちに三回転ルッツを跳び、無事成功させる。続いてバタフライからのフライングキャメルスピン。最後は足替えのコンビネーションスピンを、素早いポジション変化によって目にも鮮やかに回りきる。

 アル・ジャロウの歌う歌詞の内容は、スペインで愛しあった恋人同士の過去の追想といったところだが、繋ぎの演技では少し切ないような表現もしてみせつつ、ステップシークエンスではその<過去>が今現在起きているかのように由紀は情熱的に舞ってみせていた。

 はじまりから終わりまで息をつけるような箇所がほとんどないため、正直フリープログラムを滑った時のように由紀は消耗しきっていた。けれど、リンクゲートの館神コーチの元まで戻ってくると、彼女は最高の笑顔を見せて笑った。嬉しかった。自分の敬愛するコーチが自分の演技を喜んでくれているということが……。

 一方、微笑み頷く恭一郎の横で、アランは由紀にエッジカバーを渡しながら、内心溜息を着いていたかもしれない。(やれやれ。またこのパターンか。キョウイチもまったく懲りないな)と、そんなことを思いながら。

 とはいえ、この<支え>があればこそ、由紀は内に秘めている力を発揮しきれているのだと、アランにもわかっている。そこで、ふたりが肩を寄せあうようにキス&クライへ向かう後ろに、ただ黙ってついていく。自分のことを奇妙なお邪魔虫のように感じるのは何故なのだろうと思いつつ。


 ・技術点=37.42、演技構成点=32.26、合計=69.68


 得点としては最下位でも、由紀は自分の力を出し切れたことが嬉しかった。「一番期待されてない選手が最終滑走って……ビミョウ」と自分でも思ってはいたものの、終わってみると、先輩の蘭が言っていたとおり「いい経験になった」と、そう思えた。

 ホテルに戻ってからの反省会では、由紀は「オリンピックの代表選手を目指すように」とあらためて館神コーチに言われた。何分、他の全日本でのライバルになると思われる石原のぞみは中国大会で第三位、ロシア大会で第四位だった。飛鳥昌子はフランス大会で第四位、NHN杯で五位だった。グランプリシリーズの結果も考慮に入れられることを考えれば、今蘭に次いでオリンピックの切符に一番近いところにいるのは由紀のはずだからである。

(わたしが、オリンピックの代表選手に……)

 けれど、何故なのだろう。あれほど小さい頃から夢見てきたはずのものなのに、それがあともう少しで手に入るという瞬間、恐れのあまり、人が時に負け犬の地位に留まりたいと考えることなどは。

 もっともその点、由紀はもう何も心配する必要がない。館神コーチもアランも先輩の蘭も――色々な人が自分のことを心配してくれ、支えてくれる。由紀は性格的に自立心が強いというか、独立心が旺盛なほうだとは思うが、このごろ「人に寄りかかってもいい」といういい意味での甘え方を覚えつつあったかもしれない。

 巽剛がアイスリンク東京へ来ていた頃、彼が「館神コーチには気をつけるんだよ、お嬢さん。奴さんは女子選手の心をモノにしちまう常習犯だからねえ」などと言っていても、(自分に限っては絶対ありえない)と由紀は思っていたものだった。けれど、今は剛の言っていた言葉の意味がよくわかる。今では由紀もすっかり、館神コーチに対して信頼しきっていた。特に精神的にいっぱいいっぱいになる試合時には、自分の全存在を預けきっているといっていいくらい、心から信頼しきっている。

 そして近ごろでは……少し肩に触れたくらいでもドキドキしたり、それが叱責でも励ましでもなんでも、コーチの声を聞けるだけで嬉しさのあまり舞い上がっている自分を感じてしまう。

(館神コーチって、いくつだっけ?もう四十三?十七のわたしとは、二十六歳差?もちろん、流石にパパよりは年下だけど……って、何考えるの、わたしーーっ!!)

 もちろん、由紀は周囲の人にそれと気づかれることのないよう気をつけていたし、そもそも館神コーチ自身が相当鋭い人なので、それとなくでも自分の気持ちに気づかれることのないようにと思っていた。第一、由紀にしても<本当の恋>といったようには考えなかったし、いわゆる<吊り橋効果>というのだろうか。一緒に吊り橋を渡っている時に感じた恐怖やドキドキを、恋のドキドキだと勘違いしているのだと、由紀はそう信じようとした。

 それでも、由紀は気づくとリンクのラウンジなどで、蘭と一緒になった時、コーチは普段どうしているのかとか、そんなことを聞かずにはいられないのだった。

 グランプリファイナルのショートプログラムが終わった夜、反省会の最後に「由紀、よくやったな」と言われ、由紀はすっかり有頂天になった。うきうき気分が倍増し、明後日にはフリープログラムへ向かう緊張や不安もなんのその、その日由紀は自分でも信じられないくらい幸せな気持ちで眠った。

(そうだわ。どうせ誰もわたしになんか期待してないんだし……これも次に繋がるいい経験だと思って、がんばろう!!)

 ――こうした事情から、グランプリファイナルに出場した女子シングルの選手の中で、もしかしたら最下位という順位にも関わらず、この日の夜一番幸せだったのは高見沢由紀だったかもしれない。キャシーはショートでトップに立ったプレッシャーを感じていたし、二位だったリュドミラはコーチのラリサ・パヴロワから「フリーもノーミスなら、キャサリン・アーヴィングにも金愛榮にも灰島蘭にも必ず勝てる」と言われ、そのことが強烈なプレッシャーになっていた。三位だった蘭は、果たして四回転トゥループを入れたプログラムで、リュドミラのエイト・トリプルに勝てるかどうかと考え、愛榮に至っては第四位という地位に動揺するあまり、コーチのリョウの前で泣いてさえいた。そしてマリアはといえば、小さな取りこぼしがあったことでパヴロワコーチから厳しく叱責され、気が塞いでいたというわけである。

 この翌日、六人の選手たちはそれぞれの思いを胸に公式練習の場に姿を現し、自分のプログラム曲がかかると、フリースケーティングの練習をしたわけだが、この日の公式練習は雰囲気が一種独特だったかもしれない。彼女たちのコーチには、それが差し迫ったオリンピックのせいだとわかっていたし、選手たちはこの前シーズンにはもう少しざっくばらんに話をした記憶があったものの、グランプリファイナルが終わるまではある種の線引きをする……という、暗黙のルールがすっかり出来上がっているようであった。



 >>続く。




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