六花の舞。

「六花の舞」、Ⅰ・Ⅱともに完結しました。最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございましたm(_ _)m

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ダイヤモンド・エッジ<第二部>-【65】-

2017年05月03日 | 六花の舞Ⅱ.
【クロアチア・ザグレブの風景】


 えっと、ここからもう一応オリンピック後日談がはじまるのかな

 まあ、ここまで来てしまえばあと、わたしの中ではラクなので……あと十回ほども更新していけば、お話のほうは終わるだろうというか、何かそんな感じだと思います♪(^^)

 そして、となるとここに書くことが実はなんにもない――みたいになっちゃったりとかして

 なので、スケートに関連したことで何か……というので思いつくっていうと、鈴木アッコちゃんの「もっとエモーショナルにできるのではないか」事件についてちょっと取り上げてみようかと。。。

 あのー、わたしにしても他に書くことないので暇潰しに……くらいに思って書くことなので、あんまし深刻かつ真面目に受け止めないでねとか思いますm(_ _)m

 まず、鈴木アッコちゃんの意見が当たってるか当たってないかっていうのは、読んだ方の主観にもかなり左右されることですよね。元フィギュアスケート選手だった方が色々コメントを求められた時に、何か話すか書くなどした場合――それもまた「確かにそのとおりだ」と思うこともあれば、「いや、ちょっと外れてるんじゃない?」とか、もっといくと「それ、全然当たってないから!」みたいになることもあるという、そういうことなんじゃないかなって思いました(^^;)

 それで、わたしがまず思ったのが「エモーショナル」の定義ということかもしれません。

 >>emotion
 【名詞】
 1.不可算名詞 (心身の動揺を伴うような)強い感情,感激,感動 《★【類語】 ⇒feeling 》.
   She wept with emotion. 彼女は感極まって泣いた.
 2.可算名詞 [しばしば複数形で]
  a(喜怒哀楽の)感情.
  a person of strong emotions 感情の激しい人.
  b(理性・意志に対して)感情,情緒.

(weblio英和辞典・和英辞典さまよりm(_ _)m)


 そのう……「そんなこと説明されんでもわかっとるがな」みたいなことですけど、今って普通に若い人がロックでもポップスでもなんでも「この曲エモくて最高~!!」って言ったりしますよね。

 いえ、わたしこれ、初めて聞いた時「どゆこと!?」って思いました。いえ、一応文脈的にエモーショナルな曲のことを今の若い人は「エモい」っていうんだなとは即座に理解はしました。でもわたし的にはセサミストリートのエルモがどーした時響きを持つ言葉だったので、軽く馴染めず。。。(もうBBAはこれだからいやね!笑)


 出典:NAVERまとめ様。ちなみに深い意味はありません(笑)

 まあ、それはさておき、ようするにこの「エモい」というのは、ノリのいいアップテンポな曲を指している場合が多いんじゃないでしょうか。そこいくと、羽生選手の今期のSP、プリンスのレリゴークレイジーはそれこそエモーショナルな曲だったんじゃないかなと思います

 ただわたし、鈴木明子さんはプリンスのこの曲をさして>>『さらに何かを求めるとするならば、もっと感情を入れること』みたいに言った気がしないんですよね。たぶん、アッコちゃんの中のスケーターとしての感覚としてはFSの「ホープ&レガシー」のことをさしてそう言ったんじゃないかなっていう気がする。

 そして、そのことに羽生選手のファンの方が何故猛反発したかといえば、「ホープ&レガシー」以上にエモーショナルな曲があるか!演技があるか!!みたいな気持ちがあったんじゃないかな~なんて想像します(^^;)

 だって、わたしも最初に初めて聞いた時には「ホープ&レガシー」ってそんなにエモーショナルな曲だとは思わなかったのです。でも羽生選手のホプレガの演技を二度目以降見てからは――「これ以上にエモーショナルな曲があるか!」みたいに変わっていったというか。。。

 ただ、これもわたしの「主観」ですけど、四大陸の時の羽生選手のFSは本当に鳥肌が立つくらい素晴らしかったです。でもワールドと国別の時は「すごい!よくやった!!ありがとう!!!」と思いはしても、四大陸の時ほどの情動の震えというのはわたしの中ではなかったんですね(これももちろん悪い意味ではなく

 もうシチュエーション的にSPで遅れを取ってしまったから、「とにかくジャンプをミスなく」ということに物凄い闘志が注がれていて、細かい情動を表現するとか、そうしたくてもそこまでしろとか絶対無理だしそんなことまで思わないし思えない、今のゆづるでサイコーだから!!みたいな演技だったと思います(※以上、あくまで個人比となりますm(_ _)m)

 ただ、鳥肌が立つほどぞくぞくした四大陸のフリー、羽生選手は銀メダルだったんですよね(^^;)

 逆にいうとワールドの時、チェンくんのFSは四回転に気を取られるあまり、演技の感情的表現がもうバラバラだったと思います。ええと、わたしチェンくんのこと好きなので、あんまし批判することとか書きたくないんですけど、もし仮にエモーショナルという言葉を情動の震えと訳すとしたら、ワールドの時のチェンくんの演技には情動の震えというのはまるでなかったと思う。

 というのも、スケート靴に問題とか色々あったらしく、とにかくクワドやトリプルアクセルに気を取られるあまり曲全体の表現とか、そうしたところがどうしてもバラバラになって空中分解しちゃったんだなという印象でした(そのかわりジャンプが空中分解しないように、表現といった面よりもそちらに全神経がいってしまったんだと思います。仕方のないことです

 つまり、鈴木明子さんは選手時代、この情動の震えというのを表現するのがとても上手い、その点で物凄く評価された選手だったと思うんですね(わたしも大好きでした)。ただ、そのこまやかな情動の震えまでもを表現しつつ、四回転もフリーで最低4本入れろよっていうのは――女子のプログラムでいったら、ようするにトリプルアクセル2本、三回転-三回転を2本入れた上で、こまやかな情動の震えまでもを表現しろという、そういうことなんじゃないでしょうか。

 まあ、まさに「何言ってるんだ、鈴木アッコ、気が狂ってるぜ!!」と思う方がいても不思議はないやもしれません(^^;)(そしてさらにびっくりするのは、浅田真央ちゃんはほぼこれと同じことを成し遂げているということです

 でももちろん、>>『さらに何かを求めるとするならば、もっと感情を入れること』……あくまで「さらに何かを求めるとするならば」ですからね。羽生選手ならばそのくらいの気違い沙汰を必ずややり遂げるであろうという、力強くも熱い応援のメッセージでもあり――だからほんと、スポルティーバのあの記事を読まれた方の「主観」次第で感じ方・受け止め方の変わることだったのかなって、そんな気がします。

 さて、情動の震えを観る者に感じさせるようなプログラムって、果たしてどんな曲が理想なのでしょうか?

 羽生選手はSPについては引き続きジェフリー・バトルさん、FSについてはデヴィッド・ウィルソンさんに頼む模様……とのことでしたが、果たしてどんな勝負曲が飛び出してくるのか――その解禁の時が今か今かと待たれます

 それではまた~!!


 久しぶりに聞いた。懐かしい~♪(^^)




     ダイヤモンド・エッジ<第二部>-【65】-

 蘭が自分が金メダルを取ったということを知ったのは、インタビューを終えて囲み取材を受けている時のことだった。

「おめでとう!蘭が金メダルだよ」とアランに言われた時――「ほんとに!?」と、思わず裏返った声で蘭は叫んでいたものだ。まわりにいた記者たちからも「おめでとうございます!!」と祝福されるのと同時、それまで以上にフラッシュの量が増えて、蘭は眩暈を起こしそうになったほどだった。

 蘭はアランに連れだされるようにしてその場をあとにすると、まず最初に恭一郎と抱きあった。

「やったよ、恭一郎!!これで恭一郎は三冠達成だね!」

「確かにそうだな」と言って、恭一郎のほうでもはしゃぐ蘭のことを胸に抱き、なんとも言えない思いが込みあげてくる。何故なのだろう、今から四年以上も前、蘭に新しいスケート靴を買ってやり、そのあとファミレスでお子さまランチを食べていた蘭のことが恭一郎の脳裏に甦ってくる。

(あれから四年……本当に色々なことがあった。俺は何も、スケートの技量が優れていたからという理由だけで蘭のことを引き取ったわけではない。ただ、会った瞬間に感じたのだ。この娘と自分はおそらく気が合うと。それというのは、俺の中で蘭は少女というよりもイメージとして少年に近い印象だったからかもしれない。けれど、もう今は……)

 日本スケート連盟の広報担当の水嶋忍が、インタビューのことで蘭を呼びにくる。それで互いに喜びあうのも束の間、蘭はすぐに恭一郎から離れてインタビュールームのほうへ向かっていった。廊下を歩いていく途中、誰もが彼女に対し「コングラッチュレーション!」と声をかけ、蘭のほうでも笑顔で手を振り返す。

「蘭はもうすっかり、立派なひとりのレディーだね」

「おまえもそう思うか、アラン?」

「うん。キョウコの時はさ、彼女はうちに来た時からもうすっかり……男まさりな立派なレディーだったよ。葵は純粋無垢なところのある少女って感じだったけど、今や立派な一児の母だしね。でも蘭は……なんか僕の中でも変な感じだ。さなぎが蝶になって二度と戻ってこないみたいな、変な寂しさを感じるっていうか」

「それを聞いて安心した。俺も、京子が金メダルを取った時にも如月が金メダルを取った時にも、こんな気持ちにはならなかった。それはてっきり俺があの娘と一緒に暮らして父親として感情移入してるせいかと思ったんだが……確かに、変な感じな。四年前にも蘭が金メダルを取るかもしれないとは思っていた。だが……」

 金メダルを取った蘭のコーチである恭一郎にも、人々は口々に「コングラッチュレーション!」と言っては笑顔で通りすぎていく。一週間ほど前にも恭一郎はこれとまったく同じ状況を光の時に経験していた。けれど、今回は心の奥底から「やったぞ!」という感じでないのが自分でも不思議だった。

「凄いですね、館神コーチ。ドバイオリンピックの時にはケイ・コバヤカワ、さらに今回はヒカル・ヒムロと続いて……女子も言ってみれば二連覇なわけじゃないですか。ドバイ・オリンピックの時のアオイ・キサラギの次に、今回はラン・カイジマですもんね。金メダルを取る秘密が何かおありになるんじゃないですか?」

 顔なじみの記者にそう問いかけられ、「そんなもの、あるわけないですよ」と恭一郎が苦笑しているうちに、彼のまわりもまた報道陣が取り囲みはじめていた。蘭は今はまず最初に日本のテレビ局のインタビューに答えている。ゆえに、先にコーチである恭一郎に話を聞いておき、またすぐ蘭の体が空き次第彼女からコメントを取るという算段なのかもしれない。

 フラワーセレモニーの用意が整うまでの間、恭一郎はマスコミからコメントを求められれば丁寧に応対し、周囲の人々の祝福の言葉に「ありがとう(Thank you)!」と愛想よく返しつつ、蘭のことを少し離れた位置から見守り続けた。そして思う……これからは、こんなふうに少し離れた位置から自分は義理の娘のような蘭のことを見守り続けることになるのだろう、と。

 感情的には、如月葵が自分の元を離れていった時にも似たような気持ちを経験してはいた。けれどやはり、四年以上もの間一緒に暮らし続けた娘を手放すのにも似た思いが恭一郎にはある。もちろん、オリンピックという最高峰の舞台で一番高い位置に立った蘭のことを恭一郎は誇らしく思ったし、当然嬉しくもあった。だが、これを期に義理の父ともスケートのコーチともつかない立場を卒業することに対して、自分は一抹の寂しさを感じているのらしいと気づく。

(おそらく、これで光との関係は仮に結婚しなかったとしても、もう一段上のものになるだろう。俺自身も、それが一番いいと思ってはいる。そしてスケートの選手として蘭がさらなる高みを目指すつもりなら、一度俺の元を離れて別のコーチについてもらったほうが、さらに新しい地平が広がるかもしれない。だが、そうなると海外か……光との関係のことがあるからな。蘭も色々悩むだろうが、あいつとふたりで幸せに暮らして、俺が引き続きコーチするというのも、ひとつの幸せの形ではあるのかもしれない)

 リンクサイドでアランと並び、腕組みしたまま恭一郎は表彰式の様子を眺め、そんなことを思っていた。仮に光とのことがあってもなくても、蘭のことは一度手放さねばならない。そのことに自分がいかに執着し、心の奥底で抵抗を試みていたかを知って、恭一郎としても驚くばかりだったといえる。何故といって、巽剛や環礼央といった選手がアイスリンク東京を去っていくという時にも、感情的な寂しさというのは当然コーチとしてあった。けれど、その中で蘭のことだけは……唯一別だと自分が考えていることに対し、恭一郎は<老い>という二文字を自分に感じずにはいられない。

「あなた変ね、恭一郎。あなたみたいな一匹狼気質の人が、一緒に暮らすことまでして育てた選手が金メダルを取ったっていうのに……涙もこぼさず、満面の笑顔を浮かべるでもないだなんてね」

 同じようにリュドミラが銀メダルを授与される姿を見守りながら、ラリサ・パヴロワが近づいてきてそう言った。

「あんまり嬉しすぎて、頭の神経がちょっとおかしくなってるんだろう。実際今、なんとも言えん気持ちだ。如月が金メダルを取った時にはただあの娘が嬉しいだろうことを思って、俺もコーチとして喜んでいた。だが、そういうのとは少し違うな。蘭にしても、まだ実感が伴わないのかどうか、泣いてもいない……むしろ俺は今、四年前にあの娘がメダルを逃して号泣していた時のことが懐かしいとすら感じる」

「恭一郎の言いたいことはなんとなくわかるわ。人は目的を達成するために、苦しんだり悩んだりした時間が長ければ長いほど、実際に望んでいた幸福が訪れた瞬間、そう簡単には信じられないのかもね。石橋を叩いて叩いて壊れるまで叩いてようやく――それが現実であることを信じるみたいなね。なんだったらわたし、あなたのことつねってあげましょうか?」

「やめてくれ。ラリサのつねりは恨みがこもっていて怖いからな。ペンチで自分をそうしたほうがまだマシだ」

「あら、言ってくれるわね、恭一郎」

 ふたりがそんな話をしてけらけら笑っているうちに国旗の掲揚と国歌斉唱も終わった。蘭は記念撮影も終えると、日本の国旗を両手で掲げ、リンクを元気いっぱいに駆けてウィニングランする。この時、蘭は恭一郎の前を通りすぎる瞬間だけ、とびきりの笑顔を彼に向けていた。恭一郎もまた同じように微笑み返しながら、(もう、これでいい)とようやくのことで心が決まる。

 自分の手で育て、磨き上げた宝石を……手放す覚悟が今はっきりと出来たのだ。


                       

 ザグレブ冬季オリンピックの男子シングルと女子シングルとは、ともに日本の選手が制した。

 このことは、ドバイオリンピックに続く快挙として全世界的にどのメディアでも大きく取り上げられ――彼らのコーチであった館神恭一郎にも注目が集まり、再び彼の昔の経歴が洗い直され、現役時代の功績などが大きくスポットライトを浴びるということにもなった。

 エキシビションの終わった翌日、恭一郎は由紀と礼央と剛を連れてドゥブロヴニクへ赴き、取材の嵐にもみくちゃにされていた蘭と光とはザグレブに留まるということになっていた。蘭はそのことをとても残念がっていたが、光はそれをこそ望んでいたため、表面上はがっかりした振りをし、内心では自分の思ったとおりの展開になったことを喜んだものである。

「わあ。なんだかすっごくおっしゃれ~♪」

 蘭はシングルの平均的な部屋を取っていたのだが、光の部屋に遊びにきてみると、真ん中に大きなダブルベッドの置かれた、かなりのところ豪華な部屋だったので驚いた。白いレザーの背もたれのベッドには、金色のリーフ模様の描かれたベッドカバーがかかり、ソファやテーブル、他の調度品類などはアンティーク風のものが配されている。

「一応、セミスイートだからね。俺、これはもうほとんど蘭との新婚旅行みたいなもんだなと思って。だからちょっと奮発した」

「でも光……こんなところでお金なんて使っていいの?フィギュアスケートの場合、金メダルを取ったら日本のスケート連盟とJOCから賞金は出るけど……わたしの場合、そのお金も衣装代や靴代その他ですぐに吹っとんでいっちゃうような感じ」

「俺さ、決めたんだ」

 本当はこの話をするのは、光はもう少しあとにしようと思っていた。けれど、蘭と一緒に色々な取材を受けているうちに気分がすっかり最高潮にまで高まり、今すぐにでも言えずにはおれないような気持ちになっていたのである。

「CMのオファーもいくつか来てるし、一生の中で俺が旬な存在なのなんて、今だけだと思うから……受けられそうな仕事は全部引き受けることにしようと思ってる。前まではそんなことは出来ないとか、自分には向いてないとか、色々制限を設けてたんだけど、これからは俺が蘭のことを支えたいと思ってるから」

「そんな……わたしのことは気にしなくていいんだよ、光。わたしにも多少そういう方面で収入がないってわけじゃないんだから。わたしね、思うんだけど、仮に結婚したあとでも経済的なことは暫く夫婦別会計のほうがいいんじゃないかな。わたし、自分のスケートのことは自分でどうにかしたいから」

「うん。蘭がそういう性格なのもわかってる」

 ソファの背もたれに寄りかかりながら、光は(どうしたものかな)と思案する。光のほうは現役を引退してしまえば、月に百万単位の支出があるといったことはなくなると思っている。けれど、蘭のフィギュアスケートにかかるお金をカバーするのも男の務めというか、夫の務めだというように光は思うのだった。

「まあ、俺も蘭もお金ってものに対しては淡白な性格してるっていうのはお互いわかってるから……そのことはまた結婚してから考えよう。それより、俺もあれから色々考えたんだけど、俺は蘭とはこれからもずっと対等な関係でいたいと思ってる」

 自分の気持ちが突然通じたため、蘭は少し驚いた。蘭にとっては光が今言ってくれたことが理想でも、実際には一度結婚してしまえば妻は夫を支えるものといったように自然となっていくのだろうと思っていた。けれど、光と目と目が合うなり、わかる。彼が本当に自分と同じ気持ちなのだということが……。

「もちろん、女性としての蘭を男として守りたいとか、そういう気持ちはあるよ。その逆に、これまでもそうだったみたいに、蘭のほうが俺を助けてくれるっていうこともたくさんあると思う。でも俺が蘭と対等っていうのは……実際、オリンピックで蘭と同じ色の金メダルを取れたからこそ言えることなんだ。もしそうじゃなかったら、言い方も変わってたと思う。蘭は蘭で、これからも自分の信じる道を思ったままに切り開いていって欲しい。俺とのことも考えて練習量を削るとか、そんなんじゃなくさ。それに俺、そういう蘭のことを全面的にバックアップするつもりだから」

 光はここで、ベッドに座っている蘭の元までいくと、ナイキのパーカーのポケットからラピスラズリの嵌まった指輪を取りだし、蘭の左手の薬指に嵌めた。

「これ、剛や礼央とザグレブの町を歩いてて、雑貨店で見つけた安物なんだけど……とりあえず婚約指輪としてどうかなと思って。石が深いブルーだから、なんとなく悲しみを連想させるけど、俺も蘭も直感的に好きな色だし、俺、こういうブルー系の衣装着てリンクを滑ってる時が一番しっくりくる」

「うん。わたしも……」

 雑貨店で買ったフリーサイズの指輪にしては、あまりにもぴったり左の薬指に収まってしまい、蘭は驚いた。もちろん蘭にしても「わたしの指にぴったり嵌まらなかったどうするつもりだったの?」などと、野暮なことを聞くつもりはない。

「光、これ、わたしに結婚指輪としてちょうだい。わたし、何カラットとかいうダイヤの指輪をもらったりするより、こういうののほうがずっと嬉しい」

「え?じゃあ……」

「わたしもね、ずっと考えてたの。光が金メダル取って、わたしももし同じ色のものが取れたとしたら、光のプロポーズを受けようって。もちろんね、先のことなんてわからないけど……このまま現役の選手もやって光の奥さんでもいるだなんて、あんまり幸せすぎてうまくいくかどうかわからないけど……もし、光が本当にわたしみたいのでもお嫁さんにしてくれるっていうんなら……」

「ああ、よかった~!!」

 光はドサッと後ろに倒れこむと、暫くの間そのまま寝転がったままでいる。

「俺、蘭は自分が現役でいる間は絶対に俺と結婚する気ないんだろうなって思ってたから。そしたらまだ暫くの間はずっと冬の時代が続くんだろうなってそう思ってて……」

 蘭も光の隣に寝転がると、甘えるように彼の胸のあたりに抱きついた。

「冬の時代かあ。でも、確かにそうだね。スケートのシーズンは終わるまでずっと冬だから……でもわたし、光のことを逃したら絶対にもう二度と自分に春は来ないってわかってるから。恭一郎にも「長すぎる春は危険だぞ、蘭」なんて言われてたし」

「それ、どういう意味?」

 光は蘭のほうを向くと、彼女の細い腰を抱いた。スケートのために体を絞っているが、いつかもし体重制限しなくていい日がやって来たら――蘭に美味しいものをたくさん食べさせて太らせるというのが、光のささやかな夢のひとつである。

「さあ……恭一郎は三島由紀夫の小説でも読めとか、変なこと言ってたっけ。でもようするに、恋人を待たせ続けてるうちに、向こうにいい相手が現れたりして、一度はあんなに愛しあってたのにってお互い思いながら別れるっていうようなことじゃない?」

「ああ。ようするに『シェルブールの雨傘』みたいなこと?」

「うん。わたし、テレビのアナウンサーの綺麗な人とか見ると、いつも思っちゃう。「ああ、光とお似合いだなあ」みたいに」

 蘭がここで溜息を着いてみせると、光は彼女の頭のてっぺんにキスした。

「考えすぎたよ。俺には蘭だけだから……それに、わかってるだろ?俺が今割と女の人ともある程度緊張しないで話せるようになったのも、全部蘭のお陰なんだから。でもそれは蘭が前に言ってたみたいに、「じゃあこれからは色んな女の人とたくさんお話して物色しよう」みたいなことじゃないんだよ。とにかく、ある程度落ち着いて普通にしてられるってことが俺には重要なわけ。それに、俺がなんでそういうふうになれたかっていうと、実際蘭以外の女の人が女じゃなくなったからだってことなんだよ。仮に他の女性とつきあうにしても、俺は他の女の人が蘭ほど俺を理解するようになってくれるとは思ってないから。だから蘭は何も心配することなんかないんだ」

「ん……ただわたし、光はそんなに格好よくって性格も良いのに、わたしだけで終わっちゃうなんて勿体ないなと思って。あ、わたしこのこと、前にも光に言ったっけ?」

「うん。聞いたよ。蘭は変な子だなって思った。俺のこと、こんなに夢中にさせておいて、そんな話するんだから……」

 光は指輪をしたほうの蘭の手を握ると、彼女にキスした。それも、一度だけじゃなく、何度も繰り返し……。

「あー、光。出来れば先にごはん食べよ。したあとにごはん食べに行くとか、面倒くさいし……」

「じゃあ、今日はこのままこの部屋にいてくれる?」

「うん……」

 一階のロビーのほうには、報道関係の記者などがいるため、蘭にしてももっと慎重になったほうがいいというのはわかっているつもりだった。同じスケートクラブの先輩と後輩で、兄と妹のようなものだという説明は、実はもうふたりには出来ない。というのも、いずれ結婚すると決まっているのに、あとから「あの時の発言はなんだったのか」、「嘘をついたのか」などと騒がれることになってはいけないからだ。

「わっ!ルームサービスって思った以上に、びっくりするくらい高いねえ。これが日本だったらわたし、絶対歩いて一番近いところにあるスーパーとか行くな」

 ホテルのレストランだと落ち着かないと光が言ったため、ルームサービスを取ることにしたのだが、青い布張りのメニューブックを見ながら蘭は、ついそんなことを口走ってしまう。

「まあ、値段は気にしなくていいから。俺の人生でもう二度とこんなに幸せな瞬間はあるかどうかってところだから、蘭と美味しいもの食べてゆっくり寛ぎたいんだ。プチハネムーンみたいな感じでさ」

「明日もまた朝からテレビ出演とかあるし……でもこの熱狂もある地点を過ぎたら冷めて、「オリンピックでメダル取っただなんてあんた、いつまで言い続けるつもり?」みたいになるんだろうから、そうなるまでの我慢よね、うん」

「そうだよ。半年も過ぎればすっかり時の人じゃなくなるっていうか、次にテレビ出るのなんか俺の場合、「あの人は今」みたいなそんな番組に五分か十分出るだけだって気がする」

 光は蘭の隣でメニューブックを覗きこみつつ、まずはビーフステーキを頼むことに決める。蘭はトマトソースのスパゲッティ、それにデザートにはアップルシュトゥルーデルとザッハトルテとプリンを頼むことにした。光が「このイカ墨のリゾットっていうのが気になるから、半分ずつにしよう」と言うので、他に飲み物やサラダと一緒に注文するということになる。

 ルームサービスのボーイが中まで入ってきてワゴンを置いていくはずなので、蘭は一旦バスルームに隠れた。自分でもそこまで用心する必要はないような気はするものの、一応念のためといったところである。

「蘭、ほらいいよ。出ておいで」

「う、うん……」

 バスルームの内装が素晴らしく豪華だったため、蘭はここで一か月くらい暮らしたいとさえ思いつつ、名残り惜しい気持ちでそこを出てきた。

「すごいねー、バスルーム。全部ピンク大理石で出来てて、他も装飾がどっかベルサイユ宮殿みたいに見える」

「ああ。お風呂はジャグジーがついてるから、あとでふたりで一緒に入って王侯気分に浸ろう」

「うん……」

 蘭は光が注文してくれた美味しいシャンパンで食事を楽しみつつ、光とこの時色々な話をした。世間に公表するのはいつごろがいいか、結婚式はいつどこで挙げるか、などなど……他にもちろん今回のオリンピックのことにもしょっちゅう話が脱線し、そのたびにふたりで思いきり笑いあった。

「でも、エキシビのはじまり、すごくびっくりじゃなかった?」

「ああ。俺もさ、自分の出番が最後のほうだから最初のほうのリハーサルなんて見てなかったし……まさか礼央がいつの間にかルカと仲直りしてるなんて知らなかったよ」

「礼央のああいうとこほんと、尊敬する。本当はルカが三位で礼央が四位だったわけだから、滑る順番は礼央のほうが早いはずなのに――礼央に滑る順番譲ってなんで仲直りしたかっていうことを話して、最後はお互い肩なんか抱きあっちゃってまあって感じ」

 蘭の食べているパスタが少し欲しいというので、蘭は光のステーキの皿につけあわせのようにしてパスタを置いた。そのあと具のナスなども少しのっけてあげる。

「うん。あとで話聞いたら、『確かに仲直りしようって言ったのは自分のほうだけど、なんかパフォーマンスのネタに使われたみたいでちょっとやだった』とか礼央は言ってたけど……でもルカのほうではもうすっかり礼央と親友になったような気でいるみたいに見えたから、俺思わず笑っちゃってさ」

「確かにねえ。でもルカってちょっとツンデレっぽく見えるから、本当はみんなに構ってほしいだけだったりしてね」

「まあ、俺はもう引退するから、これで試合中のバックステージにおける微妙な空気なんかとは、すっかりおさらば出来る感じだな。でも引退するとなったらなったで、過去の試合のみなぎる緊張感なんかが懐かしくなってくるんだから不思議だよ。またその渦中に身を置きたいとは全然思ってないんだけど、そのこと館神コーチに話したら、『コーチになったら今度はまた別の意味で楽しめるぞ』なんて言われた。でもそこまでひとりの選手を育ってるって、実際すごく大変なことだし……」

「うん。でもわたし、光は自分で思ってる以上にコーチに向いてると思うな。わたしも自分が引退したあとは、最低でも一度はコーチに挑戦してみたいと思ってるし……そういえば、これで館神FSCはまた大変なことになるね。如月さんと圭先輩が金メダル取った時も年少の生徒さんが押しかけてきて凄かったけど、うち、いくらサブリンクがあるとはいえ、受け容れられる生徒数には流石に限界があるからなあ。まずは日本国内にリンクの数を増やすこと!日本のスケートの明るい未来はこれに尽きるっていう気がする」

「そうだよな。そのことは俺たちの間でも話しあって、出来ることはなんでもしていこう」

 蘭はこの時、ハッとするように光のことを見た。光のこの変化が、金メダルを獲得したことによってもたらされたものなのかどうかは蘭にもわからない。それ以前にも時々、今と同じ頼もしさを蘭は光の中に見出していたような気はする。けれど、前までは「そうしたいのは山々でも、自分のスタイルに合わないことは絶対したくないし、そこは譲れないラインだ」といった感じだったのに……そのあたりの境界線が彼の中でぼやけてきたのだろうかと、蘭は漠然とそう感じた。

(そっか。わたしも光には物凄く色々影響受けてるとは思うけど……わたしが恭一郎や光がいれば何も怖くないみたいに思ってるみたいに、光にとってもそうなのかな。わたしと恭一郎だけは何があっても絶対光の味方だと思うし……)

「蘭、どうかした?」

「う、ううん。なんでも……このイカ墨のリゾット、意外と美味しいね」

「ほんとだ。マジでイケるっていうか、かなりのところハマるな」

 このあとふたりは真っ黒なイカ墨のリゾットを夢中になって食べているうちに――ある瞬間、お互いの顔を見てぷっと吹きだした。何故といって、ふたりとも唇や前歯のあたりが真っ黒だったからだ。

「な、なに?何笑ってんの、光」

「蘭のほうこそ……」

 そして一瞬ののちに、ふたりは何が起きたのかを悟って、大笑いした。

「やだもう!こんな顔でキスとかもう二度と出来ないし!」

「はははっ!俺、ほんとにひどい顔してるな。こんなんで女の人にキスしようとしたら、相手が誰でも絶対逃げるよ」

 それからふたりはまたお互いに顔を見合わせて、ブッと吹きだす。まずはティッシュで口許や歯のあたりを拭いてみるものの――光と蘭は食事を終えると、まずは一旦歯を磨くことにした。そしてそのままの流れで一緒にお風呂に入り、体を洗いあってからお揃いのバスローブで出てくると……あとは貪るようにベッドの上で愛しあった。

「明日も早いから、早く眠らなきゃ……」

 蘭は裸のまま、胸のあたりをシーツで押さえつつ、手さぐりで目覚まし時刻をセットしていた。

 そしてまたほっとしたように戻ってきて、もう一度光の体にぴったりと寄り添う。

「蘭……暫くさせてもらえなかったから、俺ちょっと飢えてたと思う」

「うん。そんなのわたしだって同じだよ。光がお歯黒塗ったみたいな口でキスしてきても、たぶん受け容れてたかも……」

「それはないだろ」

 光がそう言って笑うと、体をぴったり寄り添わせているため、笑いの振動が蘭にも伝わってくる。

「でも、昔は歯を黒くしてるのが美人の条件だったんだっけ?絶対変よねえ。江戸時代は結婚した女の人は歯を黒くしたとかって前にテレビでやってるの見たけど……それはなんとなくわかる気がする。でも、他の男の人が目をやらないようにっていうことなら理解できるにしても、当時の人たちはそういうことじゃなかったんだろうしなあ」

 ここで光はくすりと笑うと、蘭の腰の下あたりに手を入れてぎゅっと抱いた。

「蘭、気づいてる?したあと絶対、色々なことをずっとぺらぺらしゃべってるって」

「あー、だってほら、それは照れ隠しっていうか……」

「可愛い、蘭」

 チュッと音をさせて光はいつもと同じく蘭の頭のてっぺんにキスする。

「これでやっと、俺のものになった……」

 そのあと光はすぐに眠ってしまった。おそらく、彼はまだ何か続きを話したかったものと思われるのだが、光はセックスのあとは大抵すぐに眠ってしまう。それは普段から練習で体を酷使しているため、そのストレスの蓄積が一気に解放されたせいなのだろうと蘭はそんなふうに思っていた。

(わたしがしゃべり魔だとしたら、光先輩は眠り魔ですよーってば!)

 蘭は光の寝顔を見ながら、いつも通り幸せを満喫しつつ、彼の隣で安心してぐっすり眠った。そして翌日にはふたりとも目覚ましの音とともに跳ね起きるようにしてベッドから体を起こし、まずは洗面所で顔を洗ったり歯を磨いたりした。それから光と蘭はレストランのバイキングで朝食を済ませ、ロビーで待ち合わせていた館神FSCのマネージメントを務める女性と、取材場所であるホテルへと向かう。

 光も蘭もそれぞれ分刻みでマスコミの取材を受け、これまでにまったく似た言葉を何度も繰り返していたにも関わらず、その科白を今初めて口にするとでもいうようにしゃべり……といったことを何十回となく繰り返した。握手、写真撮影、インタビュー、あるいはテレビの撮影――蘭と同じホテル内にいる光と、テレビの撮影では二度ほど一緒になった。

 そしてこの時の生放送で、ワイドショーの司会役を務めていた某お笑い芸人に「ふたり、そのままつきあってしまったらええやん!」などと話を振られ、光と蘭は互いに顔を見合わせると、笑って誤魔化す以外何も出来なかったといえる。また、これはもしかしたら言うまでもないことかもしれないが、ふたりが結婚したことをマスコミ各位にファックスによって伝えた時――このワイドショー内では「あの時ふたりはもうつきあってたんや!せやったんや!」といったように話されることとなるのであった。



 >>続く。




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