老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

「共謀罪」制定で何が変わるのか

2017-05-09 10:06:29 | 共謀罪
277の犯罪に共謀罪を設定すると、一体その制定後にこの国はどう変わるのか。その議論も余りされていないが、この問題は歴史的に俯瞰する必要がある。

安倍首相は以前、「立憲主義の意味は?」と国会で聞かれたときにこう答えた。「それは絶対王政の時代の考え方である」と。

他の国ならここで安倍首相は終焉を迎えたはずだ。憲法の原理も分かっていない人に国政の長を任せるわけにはいかない。憲法尊重擁護義務を遵守できるはずがないからである。

この安倍失言と密接に関係するのが「共謀罪」の意味である。

憲法は31条は、国民に法定手続きの保障を権利として認めている。この解釈で「法定」とは適正手続きの保障と解釈されるべきである(通説は反対意見)が、それはともかくとしてこの規定;人権保障から、刑法の「罪刑法定主義」などが帰結される。

しかしより重要な帰結(コロラリー)として、刑法の謙抑性、つまり刑罰を国民に課すのは必要最小限になされるべきであるという原則がある。

具体的に言うと、些細な犯罪行為などを刑法の「犯罪類型」にするべきではないということである。事例としては、間違って他人の傘などを家に持ち帰った例が考えられる。一見窃盗罪に見えるが窃盗の意志はないので窃盗罪に問われない。

これを逆に判断すると、安倍政権が制定しようとしている「共謀罪」のおかしさが分かるはずだ。

「共謀」の会話が二人の友人の間でなされた形跡(電話などで)があるとしよう。「俺の持っている鞄は大分くたびれてきた。金持ちの友人の鞄は新しい。明日その友人が鞄を持ってくるはずだ。そのとき、俺の古いのと交換しようと思う。手伝って。」

この会話のとき共謀罪で逮捕されたとしよう。明日になったらこの会話のとおりの鞄交換;窃盗がなされるか、まったく誰にも分からない。この段階で「犯罪」だというのは法定手続きの権利保障に反するのではないだろうか。

また、近代市民革命の重大な成果である「絶対王政の刑罰思想の克服」がある。絶対王政の時代には国王が恣意的に国民に刑罰を課していた。その時代の思想家にベッカリア(イタリアの法律家)がいる。彼は当時を振り返って、この時代の自分の著作は、絶対王政を意識して「奴隷の言葉」で執筆していたという。正直に書くと罰せられ投獄されるからである。

こうした事例に事欠くことはない。それほど「共謀罪」は恐ろしい刑法の悪魔的な展開になることは必定なのである。

安倍政権は随分以前から「正気」を失っている。

「護憲+BBS」「メンバーの今日の、今週の、今月のひとこと」より
名無しの探偵
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