老人党リアルグループ「護憲+」ブログ

現憲法の基本理念(国民主権、平和、人権)の視点で「世直し」を志す「護憲+」メンバーのメッセージ

不安

2010-12-20 10:46:48 | 民主党政権
戦後の新しい仕組みの中で、ほとんどを一党が握り続けてきた政治の世界に新しい風が吹き、政権交代は成った。
 
衆議院の選挙制度を、小選挙区・比例代表制に改め、政権を担うに相応しい二大政党の競い合いがもたらす緊張感が、民意をよりよく受け止めた政治の実現に資すであろうとの目論見は、1996年の制度改変以来14年を経て、最初の結実を見たのである。
 
バーチャル政党老人党なるものが唱えた「先ずは政権交代」の呼びかけも、徐々に浸透しての結果であったかも知れぬ。だが、実際は、そのような外部要因よりも、政権党の自壊・自滅にあったと見たほうが辻褄が合いそうだ。
 
なぜなら、交代の受け皿となって政権与党となった党の、あまりにも惨めなという姿を見せ付けられたからである。

ターニングポイントなった衆議院議員選挙を、「国民の暮らしが第一、政治主導の確立」を掲げて戦い、三分の二に迫る議席を与えられたのである。しかし、これまで「実質」を握り続け主導してきた「官」から「政治」へのその移動は、一朝一夕で成るものではない。政務三役の内向きの姿勢は、看板となった「事業仕分け」の場においてすら、臆面もなく映像に乗ってさらけ出された。要は、俗に言う「取り込まれた」成れの果ての姿である。

政権交代初代の総理は、長きにわたり負担を強いてきた沖縄の基地の県外移転を唱えて、支持され頓挫して、実績らしきもの無いままにその座から退いた。
 
後に推された総理は、唐突に逆進性の高い国民負担の増加を唱えて参議院議員選挙に臨み、当然のごとく惨敗し、その責を顧みもせずして代表戦に出て再選を果たしたものの、国会議員の支持・不支持票が拮抗するという状況を抱えて、「ねじれ国会」という荒海に乗り出した。
 
さてこの船は、どこを目指して荒海を渡ろうとしているのか。伝わってくるもの皆無である。船橋に掲げる「旗模様」すら、定かとは思えない。肝要な操船に必要な人材は、緊要な場所に齟齬なく配置されているのだろうか。

折しも、1976年に策定され、前回の改定で2009年に見直されるとされていた「防衛計画の大綱」の改定が、1年遅れで閣議決定された。その骨格をみて何とするかは、人により、依拠するところによりそれぞれ異なるであろうなどの「のん気節」は、一気に消し飛んでしまうほどの「力崇拝」である。
 
基本概念として、新たに「動的防衛力」の導入だそうだ。潜水艦が16隻もあるとは知らなかったが、これを更に6隻増強するそうだ。16隻もの潜水艦は何をしていたのだろう。ミサイルを打ち落として下さるイージス艦も増やしてくれて、島嶼(とうしょ)部にも部隊を配置するそうな。武器輸出三原則の見直しにも含みを持たせてとある。
 
更には、次官級ポストまで新設するとか、次官が二人いて何とする。どうもこの調子は、誰かさんに褒めてもらいたくて、はしゃぎまくろうとしているのか、本気で「力」で伍すことを考え始めたのか。早速、侵略的行動を起こすと仮想されているらしいとのカンを高ぶらせての反応も聞こえてきはじめた。こんなことで、近隣諸国の不信感を増幅させるなんて、正に愚の骨頂である。

これら一連のことで不安を覚えるのは、内閣総理大臣の顔が見えてこないことである。自衛隊の最高司令官は内閣総理大臣である。それを、真顔であったかどうかは置くとしても、そんな風に決められているんだってと問うたとか、問わなかったとか。
 
防衛の基本概念に変更を加えるならば、総理大臣は、国民にそれを自分の言葉で語ってしかるべきであろう。良きに計らえの放任は、悔恨というツケとなって、何時の日か戻ってくるであろう。
 
断片的によぎる民主党政権への不安は、単なる杞憂で終ってくれるのであろうか。

「護憲+コラム」より
百山

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