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三笠宮と三笠山

2017年04月22日 | 天皇
 昨年102歳で薨去された三笠宮崇仁親王は、宮家を創設されるとき、宮号を百人一首にもある遣唐使阿倍仲麻呂の望郷の歌「天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山にいでし月かも」にちなんで命名されました。ところが、奈良の都以来の三笠山の方は宮家と同名は畏れ多いと「若草山」と改名してしまいました。宮様は昭和16年に結婚されました。太平洋戦争開戦の直前です。たぶん京都御所でなんらかの儀式があったのだと思いますが、新婚旅行で奈良においでになりました。当時私は小学校4年生で奈良に住んでいました。当日授業はお休みで、沿道でお迎えすることになりました。先生から「宮様がお通りになる時は最敬礼です。宮様を見てはなりません。地面を見ておきなさい」と注意がありました。私は注意を守りました。ただ自動車が通る気配を感じただけで宮様を拝顔はしておりません。
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