
とにかく箱根駅伝の東洋大は強かったですね。往路で2位早稲田に5分余のリード、
復路では守りに入るどころか4区間で区間賞を取って差を広げ、2位駒澤大学を10分
近く引き離し、従来の記録を8分15秒も短縮する新記録での完全優勝。あきれるほど
でした。観戦する方としてはもう少しドラマがほしかったですが、勝ったチームに
それを求めるのは失礼でしょう。脱帽するほかありません。
箱根路に現れた竜は、東洋大というチームそのものだった、という感じです。
濃いめのピンクの一重、平開咲きの大輪サザンカ、紫雲台 (しうんだい、サザンカ群)。
11〜12月咲きで、花付きは少ないようです。農工大のサザンカには 「1898年 (明治31)
の芦沢 『茶梅花大集』 に記載、安行の皆川椿花園に保存されている」 とあります。
横浜市鶴見区にある、永平寺と並ぶ曹洞宗の大本山・總持寺貫首の尊称を 「紫雲台
猊下 (しうんたいげいか)」 というそうです。
総持寺には国の指定文化財 「紫雲台」 (しうんたい、大正4年=1915完成) があり、
僧侶・檀信徒等の会見に使われる施設で、入母屋造、軒唐破風付の向拝を設け、
4周に縁を廻す構造だそうです。
もと石川県輪島市にあった総持寺は1898年に火災で全山焼失し、1911年 (明治44)
に現在地に移転しました。総持寺の系列である龍泉寺 (福井県越前市) のHPによると、
「大本山総持寺では貫首が客人と正式に面会される迎賓館を 『紫雲台』 といいます。
これは、明治時代の総持寺貫首が龍泉寺の白雲台にヒントを得て命名されたといわれ
ております。それまでは、総持寺では 『現方丈』 と呼称しておりました。」 とあり、信頼
できそうです。江戸時代末の古文書には 「現方丈」 という建物名が見えます。
(鶴見大学佛教文化研究所紀要 9, 27-67, 2004-04-08 「江戸末期における總持寺の
実情 (一) 」 33ページ)
紫雲台という命名は総持寺移転に際して行われたというのが自然な感じがします。
「はちのへ今昔」 によると、總持寺貫首を引退した 「穆山禅師は、明治四十一年八十八
歳の時、総持寺貴賓室である紫雲台の大扁額と、大庫院接賓室である香積台の大扁額
(二つとも幅九尺、高さ四尺) を、石川禅師の依嘱で揮毫して、石川禅師の再建促進を
激励し祝福した」 とあります。
しかしサザンカの品種名が 「紫雲」 ではなく、建物名らしい 「紫雲台」 ですので、明治
31年の 「茶梅花大集」 より前、つまり総持寺移転以前からそう呼ばれていた、ということ
も考えられます。 (バラには紫雲という品種があります。)
どちらにせよ今のところ断定はできませんが、思いがけず曹洞宗について勉強してしまい
ました。
紫雲とは、大辞泉によると、「紫色の雲。念仏行者が臨終のとき、仏が乗って来迎 (らい
ごう) する雲。吉兆とされる。」 そうです。
(東京都府中市 農工大キャンパス 111223)
(埼玉県川口市 埼玉県花と緑の振興センター 111210)
(群馬県前橋市 ぐんまフラワーパーク 091024)
新年に歴史の謎を発見す rocky
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メインと上は 農工大キャンパス 111223。
これは 埼玉県花と緑の振興センター 111210。

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復路では守りに入るどころか4区間で区間賞を取って差を広げ、2位駒澤大学を10分
近く引き離し、従来の記録を8分15秒も短縮する新記録での完全優勝。あきれるほど
でした。観戦する方としてはもう少しドラマがほしかったですが、勝ったチームに
それを求めるのは失礼でしょう。脱帽するほかありません。
箱根路に現れた竜は、東洋大というチームそのものだった、という感じです。
濃いめのピンクの一重、平開咲きの大輪サザンカ、紫雲台 (しうんだい、サザンカ群)。
11〜12月咲きで、花付きは少ないようです。農工大のサザンカには 「1898年 (明治31)
の芦沢 『茶梅花大集』 に記載、安行の皆川椿花園に保存されている」 とあります。
横浜市鶴見区にある、永平寺と並ぶ曹洞宗の大本山・總持寺貫首の尊称を 「紫雲台
猊下 (しうんたいげいか)」 というそうです。
総持寺には国の指定文化財 「紫雲台」 (しうんたい、大正4年=1915完成) があり、
僧侶・檀信徒等の会見に使われる施設で、入母屋造、軒唐破風付の向拝を設け、
4周に縁を廻す構造だそうです。
もと石川県輪島市にあった総持寺は1898年に火災で全山焼失し、1911年 (明治44)
に現在地に移転しました。総持寺の系列である龍泉寺 (福井県越前市) のHPによると、
「大本山総持寺では貫首が客人と正式に面会される迎賓館を 『紫雲台』 といいます。
これは、明治時代の総持寺貫首が龍泉寺の白雲台にヒントを得て命名されたといわれ
ております。それまでは、総持寺では 『現方丈』 と呼称しておりました。」 とあり、信頼
できそうです。江戸時代末の古文書には 「現方丈」 という建物名が見えます。
(鶴見大学佛教文化研究所紀要 9, 27-67, 2004-04-08 「江戸末期における總持寺の
実情 (一) 」 33ページ)
紫雲台という命名は総持寺移転に際して行われたというのが自然な感じがします。
「はちのへ今昔」 によると、總持寺貫首を引退した 「穆山禅師は、明治四十一年八十八
歳の時、総持寺貴賓室である紫雲台の大扁額と、大庫院接賓室である香積台の大扁額
(二つとも幅九尺、高さ四尺) を、石川禅師の依嘱で揮毫して、石川禅師の再建促進を
激励し祝福した」 とあります。
しかしサザンカの品種名が 「紫雲」 ではなく、建物名らしい 「紫雲台」 ですので、明治
31年の 「茶梅花大集」 より前、つまり総持寺移転以前からそう呼ばれていた、ということ
も考えられます。 (バラには紫雲という品種があります。)
どちらにせよ今のところ断定はできませんが、思いがけず曹洞宗について勉強してしまい
ました。
紫雲とは、大辞泉によると、「紫色の雲。念仏行者が臨終のとき、仏が乗って来迎 (らい
ごう) する雲。吉兆とされる。」 そうです。
(東京都府中市 農工大キャンパス 111223)
(埼玉県川口市 埼玉県花と緑の振興センター 111210)
(群馬県前橋市 ぐんまフラワーパーク 091024)
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今年もよろしくお願い致します。
可愛らしい花ですね。
名前の由来ははっきりしてないんですかね。
でも縁起が良さそうですね。
ことしもよろしくお願いします。
名前の由来がはっきりしない花も少なくありません。
調べるのも楽しみです。