JIIN’S ブログ

寺院の住人が綴る、ジーンズをはいた時のような気取りなしブログ!

わき見注意

2016年11月18日 | ONSAI
山あいの高速道路をはしっていました。
 
長いトンネルを出ると次のトンネルの入口と「わき見注意」の看板が見えてきます。
 
何だろ?

ついつい、目が向けると、そこには道路の左右に広がる渓谷の紅葉がひろがっていました。
 
 
「見るな」と言われると見たくなり、「言うな」と言われると言いたくなります。
 
 
法座の席で お念仏の声が聞こえなくなった、お念仏申しましょうーと声掛けしても聞こえない、といわれます。
 
それならば、「お念仏してはいけません」と本堂に張り紙したら、いいかもしれません。(←ジョーダンですから。)
 
でも、その前に阿弥陀さまの願いがすでにこの身に届けられていることをお伝えすることが先でした。なんまんだぶ。
 
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石に刻む

2016年11月17日 | ONSAI
言う者は水に流し 聞く者は石に刻む
 
という言葉があります。
 
 
言った方は忘れても、言われた側は忘れない
 
自分がした(傷つけた)ことは忘れても、された(傷つけられた)ことは忘れない
 
という意味でしょうか。
 
 
 
この言葉に頷くとき、私はいつも自分が石に刻む(言われる)側、傷つけられる側で受け取っていました。
 
先日、ある方から
 
過去にされたことを思い出すと
どうしても相手のことを許せないけど、どうしたらいいだろう?
 
と問われたのですが、何も答えられませんでした。
 
仮に、
 
わかりますよ。石に刻む…というように、された(傷つけられた)ことは忘れられませんものね。
 
と答えたならば、どうでしょう。
 「石に刻むほど…」と説明したところで何も解決しません。
 
いかにも同感したような言葉ですが、実は、相談者といっしよに自分も被害者になっただけ。自分も傷付けられた側(被害者)に置いて、傷付けた側を他人事のように批判的にとらえています。
 

自分を  した側(傷付けた側)に置いた視点を含めて考えると、
「わかりますよ」で片づける訳にはいきません。
 
そんなにも 忘れられないほどまでに辛く苦しい思いをされたのですね
 
と  すこしでも深く頷くことができるかもしれないと思いました。
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これじゃ、いけない

2016年11月01日 | ONSAI
「これじゃ、いけない…。」
 
Boumori がそう呟くまで私は気づきませんでした。
 
私は昨年、Boumori といっしょに未来の住職塾 を受講して、いろんな刺激を受けました。卒業課題である寺業計画書も作り上げました。

そして、他の住職方や門徒さんには、未来の住職塾について、
 
「しっかりとお寺のあり方を学べました。」、
「刺激的で素晴らしいよ!」、
「受講おすすめしますよ」
 
と言いながら、自分自身は塾を修了したことだけで満足していました。

 
 
おかげさまで、現在 Boumori が企画している「お寺ヨガ」や「ハンドベル」、「筆ペン講座」は、皆さんにとても喜んでいただいています。
 
しかし、どんなお寺を目指すのか、何のためにお寺があるのかという、お寺の存在意義や基本理念を皆さんにお伝えして、共有することがなく、ただアクションを起こしていたのです。
 
Boumori が「これじゃ、いけない」と呟いたのは、このことでした。
 
何のためにお寺があるのか、つまし、お寺の使命や理念を真に据えて、それを門徒の皆さんと共に確認しながら、前に進まなければ、場当たり的な末通らない活動でしかありません。
 
 
今一度、寺業計画書を見直し、皆さんにお伝えして 皆さんといっしょに お寺の歩みを運ばねば…。
「やり直すことに遅すぎることはない」 そう、思って 再スタートします。
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スタンドマイク効果

2016年11月01日 | ONSAI
ご法話に限らず、お話しさせていただく際のスタンド・マイクは、苦手です。
 
ピンマイクなら、一度着けると動きは自分の思い通り。マイクとの距離を考える必要もありません。でも、スタンドマイクは、話ながら動く時には手に持ち替えなければなりませんし、その上、自分の声をモニターしながらマイクと口もととの距離を調整する必要があります。
 
そういうことで、私は自由に動けるピンマイクの方が好きです。
 
ところが、先日のS先生のお寺ではスタンドマイクが据えてありました。
 
初日、マイクをスタンドからはずして手に持ってお取次させていただきました。
ところが、恩師の前での緊張感と手に持つマイクに違和感を覚え、納得のいかない不満足なお取次になりました。


その夜、失礼かと思いながらも、住職であるS先生に「ピン・マイクはありませんか?」とおたずねしてみました。

すると
「あるけど、総代さんが音響に詳しくてね。感度のいいスタンドマイクを最適の状態でセットしてくれているんだよ。」と言われます。

あらら…。これでは、スタンドマイクを使用しないわけにはいきません。
 

2日目は、「最適の状態」のマイクを手に持つことなく、をスタンドに着けたままお取次させていただきました。
黒板に文字も書かず演台にあるマイクの前に立ち続けてお話ししました。

するとどうでしょう。
前日とは全く違って、皆さんが熱心にうなずいて聞いてくださるのです。

実際のところ私自身でも、ゆっくり落ち着いてお話しできたような気がしています。
これまでは、黒板の方を向いたり演台の横に出歩いて、落ち着かない素振りのお取り次ぎだったと思いました。

ウロウロしないでその場にじっと立ってゆっくりお話をさせていただくことが、話し手と聞き手双方に良い効果があると知りました。

ということで、スタンドマイク使用で思わぬお育てをいただきました、
これからは、ピン・マイクでのお取次も しばらくは黒板を使わずその前にきちっと立ってお話しさせていただこうと思います。
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恩師の前で

2016年10月15日 | ONSAI
中央仏教学院での恩師S先生のご自坊 S寺さまにて永代経法要のお取次という尊いお育てのご縁を頂きました。
 
私の在学中は担任、そして先年まで院長をおつとめされたS先生の前でのお取次は何だか「教育実習」みたいな気分になります。私の全てをご存知ですから、誤魔化しはききません。
 
2日間のご縁の初日は、もうガチガチ。それでも先生と夕食&一杯をご一緒した翌2日目は、吹っ切れたように素直にのびのびお取次させていただきました。
 
 
とはいえ、法座中は「講師」である私が上座に座って、そのお寺の「住職」である先生が下座から応対して下さるわけですから、今までとは主客転倒、何とも勿体無いような面映ゆいような感じで落ち着きません。
 
それでも、ご門徒の前で袈裟・衣を着けて振る舞われる姿を目の当たりにすると、今までの距離感がなくなり、 同じ一住職としての心安ささえ湧いてきました。
 
 
全国を駆け巡られる先生のお寺は 各地のお寺の素晴らしさが、随所に取り込まれていて、お寺の護持運営についてもいろいろと教えていただきました。
 
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