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語学の薦め その2、BACK IN THE USSR

2016年09月19日 | BEATLES-BADFINGER関連
WHAT’S YOUR MAJOR IN UNIVERSITY?

とたまに聞かれることがある。

大学で何を専攻していたかで、胸を張ってECONOMICS(経済学)と答える。

しかしそう答えたものの、さらにその細部まで問われると、その答えに窮する。

振り返ってみて、一体何を習ってきたのか良くわからない。

まあ習ってきたことが専門書に記載された理論的な事柄で、実社会ですぐに適用できるような実践的な代物ではなかった事も一つの理由かと。

すべては忘却の彼方へと。

ところで、当時経済学部に入学すると、近代経済学(通称、近経)とマルクス経済学(マル経)のどちらかを選択することになる。

70年代の世界情勢をみると、ベトナム戦争が終結し米ソの冷戦時代に突入したわけで、当然反共が日本では主流となり、マル経を専攻する学生はわずかだったと記憶する。

同級生の中には、そんなイデオロギーを特に深く考えず、専攻する学生が少ないと言う特殊性からマル経を履修した者もいた。

そのような場合、第二外国語の選択は必ずと言っていいほどロシア語だった。

まさかマルクスの資本論をロシア語で読もう思って履修したのでは無く、なんとなくと言う雰囲気だったのではないかと推測する。

ロシア語は結構難しく、フランス語と同じように名詞や動詞が変化して暗記するのに厄介である上、例のキリル文字を読み書きをマスターしなければならない困難が伴う。

例えばロシア語のсは英語のsの発音、нがnの発音、фがfの発音、пがpの発音、рがrの発音、иがiの発音などなど、英語のアルファベットとはまったく異なる。

なんでお前が知ってるの?と言われると、以前ロシアの会社と数年間だけだが取引していたことがあったからだ。

少なくともロシア語のアルファベットは読めれば、辞書を使って意味を調べることが出来るし、また簡単な挨拶程度の会話が出来ればって事で、参考書と辞書、それにリンガフォンから販売されていた約4万円もするカセットテープ・セットを買って、一時勉強していたのである。

そしてついに現地の会社を一度だけ訪問する機会を得た。

90年代初頭の11月、新潟空港からロシア沿海州の中心都市ハバロフスクに向かった。11月とは言え現地は既に日本の真冬並みの気候で日中氷点下の気温、アムール川も全面凍結の状態で徒歩で向こう岸に渡れるように思われた。

イミグレでビザが不備だと言うことで長時間足止めを食らい、現地企業の出迎えの担当者と食事に出かけたが、レストランは早仕舞い。

インツーリスト・ホテルのボール・ルームのようなところで食事を取ろうとしたら、食事のサービスは終わり、瓶入りのリンゴ・ジュース、発砲ミネラル・ウォーターもしくはウォッカしかなかった。

そのころは、ホテルのボール・ルームでは食事が済んだ後は、社交ダンスみたいなのを楽しむ客が多く、担当者と一緒にテーブルでウォッカをちびちびとやりながらぼんやりしていると、見知らぬ着飾った中年のおばちゃんがダンスをしようと誘ってきた。

担当者も行ってこいと悪乗りするので、仕方なくダンス・フロワーに行って踊る。

ロシア人って結婚する前の女性は、背が高くスタイルがよいのだが、結婚してしまうと何故か非常に太ってしまう女性を良く見る。このときもそれを実感した。ででっ、でかい!

仕事関連では、結局テープから学んだ、必殺のアジン-デュワ-トリ、スパシーバ、ダスビダーニャ、オーチン・ハラショーなどなどが炸裂したが、当然のごとく一夜漬けのものなどまったく役には立たず不発に終わり、結局通訳の人を付けてもらった。

大学に行っていた時、マル経はともかく将来使うことのないと思っていたロシア語を第二外国語として選択していれば、ちっとは役に立ったのではないかと、いまさらながら思う。

飛行機の便の関係で約一週間の滞在となったが、娯楽も無く、仕事も初日に打ち合わせが済むとこれと言ってすることも無く、朝一番から薦められて気付けのウォッカを一口含み、昼食も夕食もウォッカで宴会。これが6日続いて本当に体を壊しそうになった。

新潟空港に戻ったときにはホント、嬉しさが込み上げた。

ビートルズにBACK IN THE USSRと言う曲がある、これはチャック・ベリーのアメリカ賛歌とも言われるBACK IN THE USAをパロッたもので、ビーチ・ボーイズ仕込みのサーフィーン調バック・コーラスも楽しめる優れものである。

ビートルズが歌っている真反対のことが、60年代当時のソ連を象徴していたのは間違いないと思い、少し茶々を入れてみた。

FLEW IN FROM MIAMI BEACH BOAC
DIDN’T GET TO BED LAST NIGHT
ALL THE WAY THE PAPER BAG WAS ON MY KNEE
MAN I HAD I DREADFUL FLIGHT
(帰国に際して、前日眠れないほどになるって、もし本国から帰国要請が有れば、帰国後粛清が待っている場合もあるのじゃ?)

I’M BACK IN THE USSR
YOU DON’T KNOW HOW LUCKY YOU ARE BOY
BACK IN THE USSR
(帰国することが何て幸運なのか君にはわからないって!あんた正気?)

BEEN AWAY SO LONG I HARDLY KNEW THE PLACE
GEE IT’S GOOD TO BE BACK HOME
LEAVE IT TILL TOMORROW TO UNPACK MY CASE
HONEY DISCONNECT THE PHONE
(電話線を切るのは、盗聴を避けるためだと推測するが)

I’M BACK IN THE USSR
YOU DON’T KNOW HOW LUCKY YOU ARE BOY
BACK IN THE US, BACK IN THE US, BACK IN THE USSR
(BACK IN THE USと2回唱えて、さもUNITED STATESに帰国と思わせて、最後のフレーズで実はUSSRです~)

WELL THE UKRAINE GIRLS REALLY KNOCK ME OUT
THEY LEAVE THE WEST BEHIND
AND MOSCOW GIRLS MAKE ME SING AND SHOUT
THAT GEORGIA’S ALWAYS ON MY MIND
OH, COME ON!
(大柄のウクライナの娘に、パンチを食らい本当にノック・アウト。モスクワの娘には、レイ・チャールズなんかで有名な“わが心のジョージア”ではなく、旧ソ連邦所属のグルジア賛歌を歌わせられたのではないかと?)

I´M BACK IN THE USSR
YOU DON´T KNOW HOW LUCKY YOU ARE BOY
BACK IN THE USSR

WELL THE UKRAINE GIRLS REALLY KNOCK ME OUT...

SHOW ME ROUND YOUR SNOW PEAKED MOUNTAINS
WAY DOWN SOUTH
TAKE ME TO YOUR DADDY’S FARM
LET ME HEAR YOUR BALALAIKA’S RINGING OUT
COME AND KEEP YOUR COMRADE WARM
(COMRADEは同志の意、同志の温かみって? ロシア語で同志はタバリッシュ、と言い苗字の前に付け、タバリッシュ誰某といえば、同志誰某となる。彼らに向ってそういったら、笑われた。今では多分死語になっているかと思う。)

I’M BACK IN THE USSR
YOU DON’T KNOW HOW LUCKY YOU ARE BOY
BACK IN THE USSR

寒い冬の夜何もすることが無く、新潟に戻るまでホテルのベッドに転がり薄明かりの中毎晩文庫本を読んだのも、今思えば素朴で捨てがたい経験だった気もする…

Paul McCartney - Back In The USSR (Live - Reprise)
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