高齢者・介護施設に導入が進むPepper 「実証実験から運用へ、そこで得た知見と今後の課題とは」 フューブライト・コミュニケーションズに聞く

2016-06-24 10:45:47 | コラム・インタビュー
聞き手(著者):神崎洋治

向かって左からフューブライト・コミュニケーションズ株式会社の取締役 吉村英樹氏、代表取締役 居山俊治氏(中央)、サービス企画部長 近藤幸一氏


「みなさん、僕の頭を触ってみてどう思いましたか?」

Pepperのこのひと言に、施設の大ホールでロボットに注目していた高齢者たちから笑いが起こりました。最初は恐る恐る遠目に見ていた男性の高齢者が、少しずつ慣れてきたのかPepperに近付いてきています。

「ツルツルしているでしょ? 僕、お肌のお手入れにも気をつかっているんですよ。今日は皆さんと楽しい思い出を作りたいと思いまぁ~す」とPepperが元気にしゃべる。

高齢者介護施設でのある日の昼下がり。レクリエーションの時間にPepperがやってきて、ゲームや体操で過ごす楽しい時間。高齢者たちは口々に「かわいい」「おもしろい」とつぶやく。

9つの高齢者介護施設でPepperの導入が実際にはじまっています。度重なる実証実験を経て、運用に入ったフューブライト・コミュニケーションズに、開発の経緯、現状と今後の課題について話しを聞きました。


認知症や介護分野にPepperを活用


Pepperロボアプリ開発者の間ではフューブライト・コミュニケーションズは広く知られています(以降、フューブライト社と表記)。

2015年2月に行われたPepperアプリ開発の公式コンテスト「Pepper App Challenge 2015」(以降PAC 2015)で、フューブライト社の吉村英樹氏がリーダーとなって構成されたプロジェクトチーム・ディメンティアが開発した「ニンニンPepper」が最優秀賞を受賞しました。

認知症支援としてPepperを介護分野で活用するためのシステムです。ちなみに”ニンニン”とは、認知症の高齢者を介護する家族もまた高齢で認知症を抱えている「認認介護」に由来しています。


Pepperのアプリコンテスト「Pepper App Challenge 2015」で最優秀賞は「ニンニンPepper」が受賞。開発したのはフューブライト社の吉村氏(向かって一番左)を含め、遠隔医療を専門分野とする大学教授や病院看護師、ヘルスケアや介護分野に強みを持つプロダクトマネージャーなどで構成されるプロジェクトチーム・ディメンティア。


更に約9ヶ月後の2015年11月に開催された「Pepper Innovation Challenge 2015」でも、仙台放送とフューブライト社が組んだ「Team Smart Brain」が開発した「いきいき脳体操」が最優秀賞をまたも受賞しました。ニンテンドーDS用ソフト「脳を鍛える大人のDSトレーニング」というゲームを覚えている人も多いと思います。いわゆる「脳トレ」です。仙台放送はその脳トレの川島隆太教授が監修した「川島隆太教授のいきいき脳体操」という高齢者向けのテレビ番組を10年間放映しています。今回受賞したPepperアプリはその「脳トレ」や「いきいき脳体操」のいわば公式Pepper版アプリ、脳トレによって認知症予防を支援したいと言うわけです。

同社は高齢者・介護施設にPepperを実際に持ち込んだ上で、レクリエーション(通称「レク」)の時間にPepperが先導して様々な体操を行う実証実験を数多く行なってきました。


高齢者施設のレクの時間、Pepperと一緒に「いきいき脳体操」を楽しんでいる例。大勢の高齢者が興味深そうにPepperに視線をあびせている(写真提供:フューブライト・コミュニケーションズ)



- まず、フューブライト社を設立した経緯や開発してきたサービスについて教えてください

居山俊治氏 「設立したときの理念は「少子高齢化の問題をITで解決したい」という思いでした。少子高齢化社会を迎えて、介護現場はやがて高齢者が増える一方で人手が足りなくなることは明らかでしたから、スマートデバイスによる見守り支援システムの開発を行いました。」



- 高齢者を見守るためのセンサーを使った機器ですか?

居山俊治氏 「そうです。IoTと連携したひとりずまいの高齢者向け見守り機器です。端末に各種センサーを内蔵していて、電気を付けた時刻と消した時刻、居間にどれくらいいたかとか、部屋の温度や湿度はどれくらいか、更には高齢者が端末の前を通った回数などを検知して、指定したスマートフォンに情報を送信して報告します。」




フューブライト社の代表取締役の居山氏。「少子高齢化の問題をITやロボットで解決したい」



- 情報の送信先は離れて暮らすご家族だったり、デイケアの介護施設だったりするわけですね

居山俊治氏 「そうです。もし、高齢者が端末の前から長い時間いなくなったとしたら、徘徊していたり、倒れている可能性があります。その際に自動でご家族のスマートフォンに通知します。また、端末には緊急通報ボタンがついていて、具合が悪くなったときにはご自身で家族や施設等にボタンで通知することができます。」



- その見守りも今後はロボットでやれる可能性がありますね。Pepperで介護関連のシステムを開発しようとしたきっかけや経緯を教えて頂けますか?

居山俊治氏 「Pepper発表時の映像を見たときに「これは私達の理念を実現するプラットフォームになる」と確信して手を上げ、開発に取り組みました。センサー付き端末は見守るだけの機器ですが、ロボットなら見守るとともにケアもできます。それは話し相手にもなれるということです。独居老人の場合、朝から晩までひと言もしゃべらない日もあります。会話をしないと認知度が進むという研究結果もありますので、ロボットと挨拶を交わしたり、会話をして頭を使うことで認知症の進行を抑える効果が期待できます。」



- そこで開発されたのが「ニンニンPepper」ですか?

居山俊治氏 「実は最初は、Pepperでどこまでできるのかと半信半疑でした。しかし、ニンニンPepperがPAC 2015で最優秀賞を受賞したことで「いけるぞ」という気持ちになりました。しかし、自分たちが考えるロボットが本当に高齢者に喜んでもらえるのか、認知症促進の予防になるのかは解らなかったし、Pepperでは誰もやったことのないことだったので、知り合いの高齢者施設に相談したところ、賛同してもらえて施設でも試してみることができそうだと言われました。更に、経済産業省の「ロボット介護機器導入実証事業」の補助事業や、公益社団法人テクノエイド協会による「介護ロボット等モニター調査事業」に採択されたことなどもあって開発と共に実証実験を何度も行ってきました。」



医療や介護では専門家が監修したエビデンスが重要


- 御社は実際の高齢者施設を訪れ、レクリエーションの時間にPepperを活用するためのゲームや体操といったロボアプリを開発しています。実証実験を丁寧に重ねながら開発をしているという印象を受けています

居山俊治氏 「1年間で高齢者や介護施設における実証実験を10数回やってきました。Pepperでこれだけの実証実験を行っている会社はほかにないのではないかと自負しています。実証実験を行うのはエビデンスを重視しているからなんです。」



取締役の吉村氏はその重要性をこう強調しています。「医療や介護の現場では「エビデンス」がなにより重要です。エビデンスとは効果があることを示す証拠や検証結果・臨床結果などの裏付けのことです。介護施設へのPepper導入はまだ誰もやっていない世界だったので裏付けや検証結果が存在していませんでした。ないならば自分たちで作っていこう、という思いで始めました」



- 御社の開発や実証実験には大学教授などの監修をつけていますね

居山俊治氏 「開発にも実証実験にも、エビデンスを得るためには専門家の先生に監修として付いてもらうことが重要です。脳トレでは川島隆太教授、身体の体操では余暇問題研究所の山崎先生に監修して頂いています。専門家の方による監修と検証結果があって初めて、効果のあるものとして周囲から認めてもらえると考えています。」


フューブライト社が仙台放送と共同開発したロボアプリ「いきいき脳体操」は、ゲームのしくみ自体はシンプルなもので高齢者でも気軽に楽しむことができます。とは言え、真剣に取り組まないとクイズに正解できない点がキーポイントです。

DSの脳トレゲームをプレイしたことがある人にはお馴染みですが、例えば「文字の色を答えましょう」という問題では、青い文字で「くろ」と書かれた設問が登場します。これは「あお」が正解となりますが、ついつい文字を読んで「くろ」と答えてしまいがちになります。


脳の活性化を促すゲームアプリ「いきいき脳体操」の画面。ついつい「くろ」と答えたくなるが、正解はもちろん「あお」。同社は介護向けとして2種類のロボアプリを開発しています。「いきいき脳体操」が頭の体操であることに対して、もうひとつはPepperが先導して高齢者が身体を動かす体操のアプリです。共同開発したのは、青少年から高齢者、介護現場等でレクリエーション活動の支援を行う余暇問題研究所。代表の山崎律子氏が監修しています。


居山俊治氏 「余暇問題研究所の皆さんには実証実験にも参加してもらい、レクの間ずっと高齢者12人全員の表情や動きを逐一チェックしてもらって経過を記録しました。レクは上手に活用すれば、身体や頭を働かせて活性化に繋がり、それが認知機能の維持になるかもしれない重要な時間です。毎日同じ体操をしていても、「あのお婆ちゃんの手が昨日より上がった」などの効果が感じられたり、スタッフにも新たな気づきがあることが重要です。しかし現場は高齢者の増加とスタッフの人手不足でとても忙しく、アレコレ気を配ることも難しい、そこをロボットが支援することで高齢者の運動機能や認知機能の維持などが実現すれば、レクの質がより向上できるのではないかと考えます。」


こうした努力が認められ、先日、国際大会「アジア太平洋高齢者ケア・イノベーション・アワード」(Asia Pacific Eldercare Innovation Awards 2016)において、「いきいき脳体操」が「認知症ケア部門」と「高齢者福祉部門」の二部門でファイナリストに残ったというニュースが飛び込んできました。アジア圏全体で高齢者ケアに対するロボット活用への関心が高まっていることを示していると言えるでしょう。

決勝は4月27日にシンガポールで行われ、最優秀賞を受賞いたしました。

仙台放送&フューブライト・コミュニケーションズが4th ELDER CARE INNOVATION AWARDSで最優秀賞を受賞


コミュニケーションロボットは「人の心を動かす」ことができる


- 話しは少し変わりますが、介護現場をご覧になられている居山さんにぜひお聞きしたいことがあります。それはコミュニケーションロボット像についてです。例えば容姿、Pepperはほかのロボットと比較すると身長が高くて大きいですが、この大きなサイズは介護現場では有効だと考えますか?

居山俊治氏 「施設のレクにおいて、Pepperのサイズはとても有効です。Pepperはちょうど小学生くらいのサイズで、高齢者にも人間として感じられる大きさです。人間の子供や、まるで孫のように認識できる存在から「一緒に手を上げようよ」と言われると一緒にやってみようという気になります。小さい玩具のようなロボットに言われるのとでは反応が全く異なると感じています。実証実験を行う前までは高齢者の方々の反応が心配だったのですが、終わってから施設のスタッフの皆さんに「高齢者の方がPepperにこれほど良い反応を示すとは思わなかった」と言ってもらえたときはホッとしました。」



高齢者の方々と会話して触れあうPepper。皆さん、Pepperにとても注目していることがわかる実証実験のヒトコマ(写真提供:フューブライト・コミュニケーションズ)



- 次は性格や仕草についてですが、Pepperは独特の会話能力やキャラクター性にも特徴がありますが、それは高齢者や介護現場のロボットにも重要な要素なのでしょうか?

居山俊治氏 「すごく重要だと感じています。我々の考えるコミュニケーションロボット像は、単に人と言葉でコミュニケーションがとれれば良いということではなく、「いかにそのロボットに対して思い入れができるか」ということがキーポイントです。その為には、できるだけ感情移入ができる形であることが大切で、「カワイイ存在」と思える必要があります。昔、仔犬がじっと見つめてくるテレビのCMがあって「カワイイ」と話題になりましたが、ペットにあんな目で見られたら人間の方が何でも言うこと聞いてしまいます(笑)。見た目についてはそういった部分が大切だと思っています。それに加えて「関係性」でもカワイイと思える存在であることは重要で、言葉使いや可愛い仕草によって、コミュニケーションロボットとの距離が縮まり、信頼関係が築けるのではないでしょうか。」



- キャラクター性は介護現場でも重要な能力のひとつなんですね

居山俊治氏 「「人の心を動かす」ことができるのがコミュニケーションロボットなんです。一般的に「ロボットは何かをしてくれるもの」と言うイメージが伴いますが、私自身はロボットに「何かをしてもらいたい」とは思わないんです。逆にロボットに対して「何かしてあげないといけない」と思うことで人間とロボットとの関係が縮まるのではないかと感じています。その意味では「ダメな息子がいると長生きする」というか(笑)、高性能なロボットではなくてダメなロボットの方が高齢者にとってはむしろ良い場合もあるんじゃないかなと思っています。「このロボットを外に連れて行かなきゃ」って思った結果として本人が運動する、その結果として健康を保つことができる、「ロボットに話してあげたい」と思った結果、回想したり会話をすることで認知症予防になる、そんな視点です。」





クラウドとデータ連携で施設と在宅のロボットが連携


- 一般家庭用ロボットとしてはPepperは大き過ぎるという意見も中にはあると聞きます

居山俊治氏 「施設のレクの時間ではPepperのような大きなサイズのロボットがピッタリですが、高齢者の在宅用には小さいロボットでも良いかもしれません。私達はもともと在宅介護からスタートしているので、施設だけでなく在宅の高齢者を支援するロボットを作りたいというキモチが強いんですね。そして、その実現にはマルチプラットフォーム化がキーを握っていると感じています。」



- ロボットのマルチプラットフォームですか?

居山俊治氏 「実証実験では高齢者のデータをクラウドに保存して、顔認証によって判別した個人のデータにアクセスして、ひとりひとりにあわせた対応を行ってみました。いつかこれを施設と在宅とでデータ共有することでもっと効果的に活用したいと思っています。例えば、デイサービスの施設でPepperと会話したり、レクを楽しんだりしたその情報をクラウドに保存し、帰宅したらもう少し小さなロボットがいて「お婆ちゃん、今日は施設でこんなことをやって楽しかったね」とか「お婆ちゃん、毎日運動しようって施設で言われたでしょ」とか、クラウドでデータを共有することで、回想したり、注意を促したり、より効率的なケアができると思います。そして、そんな環境をいずれ実現したいのですが、それには様々な機器で共通のアプリやデータが利用できるマルチプラットフォームが重要なのです。」



認知症の予防や進行抑制に効果がある心理療法として「回想法」が知られています。人生の歴史や思い出を繰り返し聞いて回想する方法です。フューブライト社のサービス企画部長の近藤幸一氏はロボットによる回想法の実践に期待をのぞかせます。「いつ生まれてどこで育って、学生時代どのように過ごしてきたか、好きだった音楽や食べ物を回想することで脳の活性化が行われると言われています。クラウドに登録されたパーソナルデータにPepperがアクセスして「お爺ちゃんは昔、野球部だったんだって? 県大会で優勝したなんてすごいねぇ」と言って回想を促したいのです。他人に言われると嫌だなと感じる人でも、子供のようなロボットに言われると素直に回想したり答えやすいという結果が実証実験でも出ています。また、思い出せなくてもロボットなら根気よく何度でも質問することができるし、高齢者が繰り返し同じ話をしてもロボットなら同じようにうなづいて聞いてくれる、それが苦にならないことが長所です。個人のヒストリーに寄り添い、いつもていねいに聞いてあげることで認知症が突然良くなる、ということもあり得ないことではないと思っています」(近藤氏)


最優秀賞を受賞した「いきいき脳体操」はPepperロボアプリ開発者向けからも注目されている。ロボアプリ開発者向けイベントで参加者にアプリの特徴や実証実験から得た知見を説明する近藤氏(アルデバラン・アトリエ秋葉原 with SoftBank にて)



近い将来のロボット像


フューブライト社はPepperを活用した事業として、介護関連のほかに、観光関連にもチカラを入れています。具体的には京急電鉄(常設)や小田急電鉄(期間限定)向けに多言語に対応したPepperを導入したり、大画面テレビとPepper、更にはゆるキャラが連動して街の魅力を解説したり、ビーコンを使ったスタンプラリー、SNSと連動したクーポン配信など様々なシステムを開発しています。


Pepperに気付いて足を止めた観光客。京急電鉄の羽田国際線ターミナル駅で活躍するPepperは多言語に対応している


居山俊治氏 「介護関連では、去年は実証実験を重ねるフェーズでしたが、今年は運用のフェーズに入りました。また、介護だけでなく、観光分野で活用できるPepperや、Pepperと電話機能の融合など、今まで試行錯誤を繰り返して開発や実験してきたことがようやくまとまってきたので、今年からは具体的な成果に繋がる年にしたいですね。」



- 最後に2020年に向けて、近い将来のロボット像についてお聞かせください

居山俊治氏 「高齢者・介護の業界には「2025年問題」というのがあります。団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になり、高齢者人口の増加に伴い、認知症になる人がもっと増えると予測されています。2020年は観光で来たお客さんをもてなすことがテーマになるんだろうなと思いますが、2025年問題は現実的に人手が大きく足りなくなる深刻な問題です。この時期までに多くの変革が必要とされていて、そこでロボット活用の真の効果が問われると思っています。」



フューブライト・コミュニケーションズ
http://fubright.co.jp/


著者プロフィール
神崎 洋治 (神崎洋治)
TRISEC International,Inc.代表 「Pepperの衝撃! パーソナルロボットが変える社会とビジネス」著者。デジタルカメラ、スマートフォン、インターネット、セキュリティ、ロボットなどに詳しいテクニカルライター兼コンサルタント。PC周辺機器メーカーで商品企画、広告、販促、イベント等の責任者を担当。インターネット黎明期に独立してシリコンバレーに渡米。アスキー特派員として海外のベンチャー企業や新製品、各種イベントを取材。日経パソコンや日経ベストPC、月刊アスキー等で連載を執筆したほか、新聞等にも数多く寄稿。IT関連の著書多数。ロボスタドットインフォにて「ロボットの衝撃!」を連載中
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