「心をひとつに、愛は無限に、わたしはここに」  -ここに還ることをあなたは知っている-

あなたがあなたに届けてください。
思いで全てが繋がりひとつになる。
命はあなたの為にある。

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「与えてくれたもの」

2016-09-18 08:45:36 | 小説 言霊士
今でも思い出せる。あの日のことを……。


夏の日のことでした。
わたしには何が起きたかがわからなかった。
ただ、お母さんがもの凄い怖い形相で、わたしを見つめていた。
わたしは、「あ、また何かやってしまったんだな」と思った。


それが何かも考えることが出来ず、目をつぶる。
これは「ごめんなさい」のしるし。


体から力が抜けていくのがわかる。
顔の皮膚が膨らんでいくのがわかる。
怖くて、何も出来なくて、頭は真っ白で、そしてお母さんの手がわたしの首を握りしめているんだなと、なんとなくそう思えた。
汗のしたたるような暑さの中、体中が冷えていくのが感じ取れた。


「苦しい」なんて言葉は思い浮かぶことはなかった。
「ごめんなさい」が繰り返し、浮かび上がるだけだった。
わたしの命の鼓動が止まるのを見た。


お母さんは、それでも手の力を緩めることはなかった。
ずっとそうしていた。
全身の力が抜けて行く中で、お母さんの腕の力だけでわたしを支えてくれていた。


ごとん、と音が部屋中に響き、お母さんは手を離して、わたしは床に頭から仰向けに倒れた。


「なんてことしてくれるのよ〜!」


死んだわたしに向かって放たれたお母さんの言葉は、それだった。









それから遡ること、一年と三ヶ月前。散歩にお母さんと手を繋ぎながら歩いていた。

「いい? お母さんの言う通りにしていなさい」

同意を示すために、わたしはうん、と頷いた。

わたしは母が怖かった。

お母さんの機嫌を伺うのがわたしの一番気にすることになっていた。
ご飯を食べるときも、こぼしたり、汚したり、ぐずったりすると手が飛んできて叩かれた。
一生懸命やっても、うまく行かなくて泣いた。泣いたらそれはそれで許されたりはしなかった。

わたしの年齢は四歳と一ヶ月。女の子。さらさらの髪で、目が小さく小柄。
他の子と比べると、成長が思わしくなく引っ込み思案で、手が掛かり、何を考えているかわからない子だそうだ。
わたしには、兄も姉もおらず、弟や妹もいなかった。
父の姿は知らない。


お母さんは、わたしを一人で産んで育ててくれていた。
小さな一軒の借家に住んでおり、近所づきあいも思わしくなく、お母さんはいつも何かにイライラしている様子だった。
ものがよく話せないのは、お母さんとあまり話しをしたことがないから。
言葉をよく覚えられないでいた。


いつも聞く言葉は「何しているの!」「怒るよ」「言うこと聴きなさい」この言葉と共に飛んでくるもの凄く冷たく刺さるような思いがあり、その奥底に暖かいものを感じていた。わたしはその思いにすがった。
それがあるだけで「ここにいたい」って思えた。


お母さんは、わたしを大事にしてくれていた。
それはとてもよく伝わっていたから、わたしもお母さんが大好きだった。
毎日泣くし、ビクついて強ばっているけど、それでも穏やかなお母さんを見ることも出来た。
だから、いつもそうしていてほしくて、出来ることは何でもしようと思っていた。
お母さんがわたしの世界の全てだった。


お母さんは、わたしに嘘をつくように教えてくれた。
首を振り続けると、怒鳴られ、叩かれることで、これをしてはダメだということを学んだ。
だから、自分の気持ちを捨てることに決めた。
わたしはお母さんのものだから、お母さんの言う通りにする。
少ない言葉の中で、それだけは形作ることが出来るようになり、わたし自身の心の柱となった。
辛くても、「泣かない」ということも嘘のうちの一つとなった。
お母さんは、手をあげない代わりに、イライラが更に募るようになり、穏やかではなくなっていった。




今日はお出かけしてくれる。
お母さんが、用事もないのに散歩に行こうと連れ出してくれた。
心がずーんと沈んでいくのがわかった。
何も嬉しくない。
でも、それを表したらお母さんは怒るから、裏腹の態度を示していく。
「うん」
お母さんの声に、珍しく声を高めて機嫌良さそうにして笑いながら答える。
なるべくニコニコしていよう。
機嫌を損ねられたら、辛くなる。泣くのを我慢するのはとても難しいことだから。

手を繋ぎ、外に出ていくとお母さんは立ち止まり、わたしの顔を見下ろした。
見上げるわたしには、何を考えているのかはわからなかったけど、嬉しくないことが待っている気がした。


散歩の行き先はわからなかった。
けれども見慣れないところまで歩いて行く感じだった。
外は、陽が西に傾きはじめた頃合いで、しばらくすれば肌寒さを感じる陽気だった。
天気で雲はなく、気持ちのいいもので、わたしの気持ちはその陽気に癒された。

長いこと歩いたものの、疲れたとは言えず、ただひたすらについて行くしかなかった。
明らかに目的のある歩き方であったが、わたしにわかる筈もなく、お母さんと手を繋げることを喜んだ。


土手まで上がり、川縁まで来たときお母さんはわたしを突き落とした。
自分の身に何が起きたかがわからなかった。
冷たい。という感覚がまず来て、落ちたんだと知り、反射的に手足をばたつかせて空気を吸おうと顔を上げた。
「何しているの!」
と、お母さんは、必死に何かにすがろう、助かろうとするわたしの手を掴み引き上げた。
ビショビショになったわたしは、冷たさが突き刺さるのを堪えて「服、濡れちゃった」と言うことが精一杯だった。
頭の中はなにが起きているかがわからず、整理できずにいた。
それからわたしは帰りも手を繋いで濡れた服のまま帰った。
お母さんは何かスッキリしており晴れやかで、わたしの気持ちは濡れた服以上に冷たくなっていた。
「いう通りにする」という思いがそれまで以上に強く、わたしの心を縛り付け、外に出るのが怖くなった。
わたしの口から「お母さん、どっかに行こうよ」という言葉が失われた。


それから一年と三ヶ月。いう通りにしてきた。つもりだった。

自分の死体を見下ろしているわたしは、母が死んだわたしに不満をぶつけている姿を見て、何が原因だったのか、振り返っていた。
死んだときの感慨は何もなく、区切りがついたんだという安堵の方が大きかった。
腫れたように膨れた自分の顔と、くっきり母の手の跡が浮かび上がる首を見ながら、思い返していた。

「お寝小」「服を汚す」「聞き間違いをする」だった。

母は、寝小便については、何も言わなかった。黙々と処理してくれていた。
わたしは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
寝る前には欠かさずトイレに行くようにしていた。
けれども、思い至らない時があるようで、トイレに行っていても一晩我慢することが出来ずに、漏らしてしまっていた。
今なら、それがここに居ることが限界に来ていたという体からのサインだというのがわかる。
お寝小は心の許容量を超えた印でもある。耐えきれない思いを何かしらの形に変えて吐き出すサインが寝小便であるからだ。
水分を摂り過ぎたり、トイレの躾が出来ていないという側面もあるため、区別することはその子を見ればわかるというもの。
寝小便をしたとき、放置された。
「怖かったんだね」という言葉を欲している自分がいたのだと気づいた。


服を汚すことについては、汚れた経緯を全部説明されられていたため、わたしは外では遊ばないようになっていた。
それでも、食事をするときなど汚すと母の表情が豹変するのがたまらなく嫌だった。
でも、どうすることも出来ないでいた。


思い当たるもっとも重大なことは「聞き間違い」だった。
「言われた通りにする」と心に誓っていたことが、実は聞き間違えていたというのだから、喜ばせるどころか怒らせるだけだった。
これが何遍も続いた。
何度言われても、その言葉通りに受けとめることが出来なかった。
ただ、これは今になってわかったことで、わたしは言われた通りにしていたつもりだったが、母からしたら何一つ言った通りに出来ていない子として見られていた。聞き間違いをその場で正されてこなかった。こちらの気持ちと母親の気持ちの摺り合わせや、確認をしてもらえなかった。
その場で母が感じたこと、思ったことを「口にしてもらえない」でいたのだ。
そして、40回目の言いつけを破ったことを切っ掛けに、先ほどの惨事は起きた。
「戸は閉めなさい」という言いつけを言う通りに守って閉めていたことが、鍵までかけてしまっていたため、飼い猫が外に出られなくなり用を足せずに勝手口にうんちをしていたことが引き金となった。


母の不満はピークを当に超えていた。
一年前にわたしを川に突き落とした時から既に母の心は人ではなくなっていた。
あの時は、わたしを川に突き落としたことで、わたしの心が母に対して従順の姿勢に切り替わることで心のキャパシティー、耐えられる分量が増えたのだ。
それからわたしはお寝小を重ねてするようになった。
服を汚すことは変わりなかったが、聞き間違えて戸に鍵を降ろしてしまうことは何度もあり、その度に猫は困り果て、母はその後始末に苛立ちを募らせた。
そしていつも怒鳴ることが、この一件に関してだけは母は何も言わないのだ。
わたしが出来ていないことが自覚出来ないまま、わたしは母の機嫌を損ね続けて殺されたのだった。


「話してほしかった」


ポツリ、全てを思い返して泣き崩れている母を前に呟いた。
母はわたしを愛してくれていた。
けれど、母からの世界は、「思ったことをそのまま口に出来ない」に縛られたものだったのだろう。
母も嘘で塗り固めた人生を歩んで来ていた。


わたしと同じだ。


母もまた、嘘を強要されて、嘘ついている自分さえも騙していたんだ。
川で突き落とした時と同じように、突発的衝動だった。終わってから気づくものだった。


「なんで突き落としたの?」


怖くても聴いてあげたら良かった。
事実を突き付けていないのは、わたしも同じだった。
死んでからは何も言えないけどね。


「わかってあげたかったの」
そう。わたしはお母さんを抱きしめたかった。
お母さんが抱えているもの全部抱えて見せて、「平気だよ」と言ってあげたかったんだ。
肉体があれば、涙が込み上げるのだろうけど、それがないからただ「そうだね」と自分の心に自分で答えているだけだった。


号泣して、謝り、わたしの亡骸にすがりつく母の姿を見て、あれがわたしの姿だと自覚した。
わたしはずっと泣いていた。幸せを知らぬわたしが辛いことさえ感じられずに溜め込んだ思いが溢れ出していた。
悲しくて、苦しくて、惨めで、恥ずかしくて、情けなくて、みっともなくて、醜くて、何も出来ないわたしの思いに母は押し潰されていた。


「お母さん、ごめんなさい」
母もわたしを救おうとしてくれていた。
わたしの出せぬ思いの全てを包み込もうとしてくれていた。
手をあげる度に、怒鳴り散らす度に、母も傷ついていた。
やめようとしてくれた。
優しくしてくれていた。



本当はわかり合えていたんだ。
母も苦しく、わたしも苦しかった。
人生というこの一生を授かる前から、抱え込んでいるものが大き過ぎた。
とても、一人で支えきれるものではなかった。
父もおらず、祖父母の手も借りず、わたしと母だけで支え合うことなど無理だったんだ。
どこかに泣きつけば良かった。
けれど、泣きつくと、その先にいつも通りの恐怖の毎日が繰り返されると想像すると、動けなかった。言えなかった。



人を傷つけるしか、自分の存在の許しを請う方法を知らなかったんだ。
母はわたしに許されようとしていたんだ。
許しも何も、責めていないのにね。


「責めていないからね、お母さん。今でも大好きだよ」


服を握りしめてわたしの亡骸に顔を埋めてすすり泣く母に触れ、囁いてみる。


ばっと、母が起き上がり、わたしの名を呼んで揺り起こそうとする。
動かず返事のないわたしの姿を見て、また泣く。


こんなすれ違い、またしたくない。
それがその時のわたしの願いだった。
もう一度会ったら、今度は本当の気持ちを伝えよう。
そう決めていた。


でも、ダメだった。


また、やってしまった。
成長ないな。


全然わからなかった。
お母さんに出会えていたけど、お母さんと気づけなかったし、まさか傷つけることになっていただなんて思いもしなかった。
また、「いう通りにする」ことばかりしていて、「確かめる」ことが出来ていなかった。
そして、自分もまた傷ついていたことに気づいていなかった。
同じことしている。



でも、あの時と違うのは、今生きていること。
それがどれだけ貴重なことかわたしは知っている。
世界に隔たりが生まれると、関わりが持てなくなる。
関われなくなると分かることがある。
わかったことを未来に伝える為には、同じ過ちをしたくないと願えばいい。
そうすれば、来世で同じ体験をして気づくチャンスに巡り会える。


あなたと出会える。


女の子同士で出会えたら、どんなに良かったか。


姿を変えても気づいてくれるだろうか?
あの時、わたしをあやして笑ってくれた笑顔をもう一度向けてくれるだろうか。
嘘の笑顔でない微笑み。



そんな思いも消し飛んで、気づけば元の木阿弥状態。
立ちすくんでいるわたしがいる。
泣いているあなたがいる。


もう一度やり直したい。
そう思うのは、あの時と変わらない。
何も変わらない。いつも同じパターン。


傷つけ合う形で終わらせたくない。


「どうして言ってくれなかったのか?」そんな問いかけは無意味すぎる。


ただ、二人に共通する思いは、「嘘をつきたくない」ということだけだった。


好きに嘘をついて嫌いに嘘をついて好きにしていた。


あなたも、そしてわたしも。


好きのメッキが剥がれ、本心を嫌いと思い込んだ。
自分の心は傷ついているとしていた。そんな傷ないよと、わたしの中の別の人が教えてくれる。


わたしは一人じゃなかった。


魂として生まれて三度目の人生だった。
一度目は人体実験でわたしが肉体の生を受けたはじめての体験。
実験体としてただ利用されて従わされるだけの毎日だった。
血を抜かれ、調べ尽くされ、体の弱いわたしは実験に耐えきれずに死んだ。
何千万年も前の出来事。


二度目が前世だった。
お母さんとの縁は、わたしが魂として分断される元の魂の縁のある人を選んで来た。
愛の溢れるいい子、頑張り屋と感じていた。だからお母さんになってもらいたかった。
でも、生まれてくるとうまく行かないね。人体実験で抱えた悲しみと苦しみを全部お母さんに背負わせてしまうことになったから。
だから、お母さんは何も悪くない。
自分で自分の心をコントロール出来ていないわたしが悪いの。


三度目の人生で、魂の仲間に出会えた。
この体の中にいくつもの魂が居るの。本当に驚きだった。
二度の体験は体験と呼べるだけのものがないので、8番目と名付けられたわたしは、他の魂の存在感にただただ圧倒され眺めていた。
共に体験できる日々を有り難く感じていた。
毎日が眩しくて新鮮だった。
でも、わたしの心で今世でも寝小便をしたり、服を汚したままでいたり、親や兄姉の気持ちを聞き間違えていたりして、迷惑しかかけられない存在になっていた。みんなはそれを暖かく迎え入れてくれた。一緒に対立してくれた。庇ってくれた。共に墜ちてくれていた。わたしが自分で自分の心と向き合うことが出来るまで待ってくれて、自分の姿に気づくまで付き合ってくれた。
まさに、前世と同じように殺されてしまうことさえ受け入れて守ってくれていた。
それがどんなに今世を過酷にさせるかわかっていながら、わたしのためだけに全てを投げ捨てて付き合ってくれた。
わたし、自分に愛されていた。


生きていて良かった。


やっと、やっと、やっと、そう思うことが出来た。
また置いていかれると思い込んでいた。
ずっと黙っていた。
邪魔してはいけないと思っていた。
でも、8番目って気づいてくれていた。わたしの存在知ってくれていたんだ。
わたしも共に生きていたんだ。
世界を創り出せていたんだ。
下手くそだけど。


手を引いてくれる魂の仲間がいた。
一人でやらなくても良かった。
魂が実験でバラバラにされたことも、何一つ出来ない人にも差し伸べる手を持つためにわたしは存在した。
ただただ、悲しみを溜め込み、苦しみを拒み抱えて、痛みに嘘をついて隠し続けてきたわたしさえも見捨てない心を養う為に他の魂がいた。
わたしの宝物。


わたしは痛みを溜め込む担当だった。
そして自分では何も伝えられない。
そう、伝えられないという思い込みを持っている人の気持ちがわかるようになるためのもの。
わたしの場合は、他の魂にも一切気づかれないように痛みを隠し持っていたから、わたしが自分から口にするまで伝わらなかったこと。
ごめんなさい。
言わなければ伝わないことを知りながら、言うことが出来ませんでした。
でも、存在に気づいてほしかった。
気づいていてくれていた。


愛されていると知っていたつもりだった。
見ていただけだった。
言う通りにしていただけだった。
自分が居なかった。
わたし自身で感じて良かったんだ。
ここにいたいって、伝えたら良かったんだ。
知ってもらっていても、わかってくれていたとしても、それでも言いたい気持ちに素直になれば良かった。
わたしは自分が大好きです。


言いなりになることしか出来ないわたしが好きです。
これがわたしです。



かつてのお母さんと仲良く出来たらいいな。


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苦しい (とき)
2016-09-18 13:51:45
今世でも同じ事をしていた。

伝えたい
のに、何をどう伝えたらいいかわからない
なんてことでしょう (つちもとけえこ)
2016-09-19 16:47:41
この子わたしそっくりです。

昨日の夜、思い出していました
自分の小さな頃のこと

母に目の敵のように怒られたり

両親は車に乗り、
泣きじゃくり追いかける私を
そのまま走り去っていくという

見捨てられた!という記憶が
しつこくあって
泣いてました。

このシンクロにびっくりしてます!

最後の言霊 車の中で
叫びまくりです(笑)
出来ないでいた (今牧真道)
2016-09-20 09:06:08
>ときさま

「言われても動けない」×5回
「助けて」×1回

「もう無理」×5回
「とめて」×1回

「苦しいの」×5回
「言わないで」×1回

「わたしはもう人じゃない」×5回
「温もりがほしい」×1回

「言うこと聴くから嫌わないで」×5回
「信じてたのに」×1回

「置いていかないで」×5回
「ついて行けない」×1回

をいつものように唱えてみてね。
重なる記憶 (今牧真道)
2016-09-20 10:27:47
>つちもとけいこさま

自分の思いと、母の思いのすれ違い。
見たままの世界からではわかりませんものね。

まずは自分の思いを吐き出して。
できた?

「母も泣いていた」×5回唱えてみてね。
同じく (井上ちかこ)
2016-09-21 01:37:23
まきさん、私はまだ「思ったことを口に出来ない」に縛られています。

これ、解けますか?
どちらも決められない (今牧真道)
2016-09-21 11:45:48
>井上ちかこさま

板挟み状態なんだよね。

「好きなことはするな」という念と
「自分を幸せにしよう」という念とで、
身動きが取れないのね。
 
「好きなことをするな」を無視するとなると、「裏切り者」の汚名を被ることになる。その覚悟がない。
そう、誰だって裏切り者呼ばわりされたくない。
だから、「好きなことをするな」という念に従う。

でも、自由になりたい。
みんなと同じように飛び回りたい。
輝きたい。

その念に煽られて本来の自分を取り戻す流れに乗りたい。けど、乗ってはいけない。乗ると「見捨てる気か?」という思いが湧いてくる。
見捨てるような人でなしになりたくない。だから、動けなくなる。

思ったことを口に出来ないのは、口にしても仕方がないことだと知っているから。どうしようもないものだと分かっているから。もし、言うなら、全部壊すこと、全部捨て去る覚悟で飛び込んで、最悪の予測通りになっても、その最悪の予測の期待が裏切られてすんなり通ってもいいとしながらすることだよ。
 
「もう、こんな生活嫌」と言いたくない相手にぶつけてみる怖さに飛び込めるかどうかだ。
 
なかなかね、こういうアドバイスはしづらい。
するものでもない。家庭を修復するかもしれないし、破綻するかもしれないから。それは扉を開けないと分からないこと。

でも我慢して、病気になるのが吉と捉えるのか、不注意で事故に遭うのがマシなのか。考えてみることだよ。病気でも事故でも状況は変わらない。気持ちに変化は訪れない。そこで本心に気づいて、踏み出さなければ同じこと。

言いたくない言葉は何か?

「こんなの幸せといわない」
 
って漏らせるか。
言葉の自由なしに、幸せはないものだよ。
きれい事だけ並べ立てて、汚い言葉を一切口にしなければ、幸せになれるなんて幻想だよ。口にしていない人も、心の中で思いつくことは許している。許しているから、平然としていられる。

人に言う必要はないが、言わないことにははじまらないこともある。傷つけるかもしれない。けど、傷つかないかもしれない。自分は傷ついても、相手は傷つかないかもしれない。

「逃げるところないけど、逃げ出したい」
 
と、鏡に向かって訴えてごらん。

「あなたの言う通りにしてきてこれだよ」

と、叫んでごらん。

「もう頑張れない」

と、呟いてごらん。

声に出してね。


「疲れちゃった」

と、労ってあげてね。


「みんなを信じた私がバカでした」

と、笑ってください。


少しでも、楽になりますように。
Unknown (つちもとけえこ)
2016-09-22 00:43:02
まきさんコメント 本当にありがとう。まきさんからのメッセージは体の反応が違います。お腹の底からの号泣となります。もう 昼間っから ダメ(笑)。ちょおと思いを吐き出してきます。 母がこんなことする人だとは到底思えないの。あってはならないことなの。と もう一人の自分が叫んでいます。

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