「心をひとつに、愛は無限に、わたしはここに」  -ここに還ることをあなたは知っている-

あなたがあなたに届けてください。
思いで全てが繋がりひとつになる。
命はあなたの為にある。

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もういらない

2016-09-18 12:07:55 | 01見えないものが見...
ミーさんが不機嫌になると、会話がまともにならなくなる。
どうやら、この不機嫌状態でブロック解除を挑まねばならないと思っているようだ。
「届け物をする」という目的に、わざわざ暴風雨の中突き進まなければならないって言い張っている配達の兄ちゃんのようなたくましさである。
困難をものともしない強さを身につけなれば!
とか言い張ってるみたいなのね。
「嵐が過ぎ去って、晴れ間が出てからでもいいんじゃね?」
との意見に、渋々(←重要)従う姿勢を見せてくる彼女。



「見えないものが見える言霊師-まき-」です。
自分の姿は中々見えなくてね。人に見つけてもらうしかないけど、これがまた聴けなくてね。
どうにもこうにも我が人生、他人に頼ることが出来るているようで、出来ていないのであります。
なんせ頼れる存在しか、素直に聴けないという有り様だからさ。
これがもう、大変のなんの。
大号泣の連続で書き上げた先ほどの記事、みなさんの目にはいかように映るのでしょうか?



早速、広島の昨晩の豪雨が過ぎ去り、小康状態な感じになっているので、東広島にあるともBこと荒谷知紀くんの整体まで出掛けている最中に、ブロック外しをしようとしたところ、昨日見つけていた心の軸の6番目にあたる箇所にあったエゴがいないことが判明。
おや?
本人がやる気になって、軸ブロック外しに取り掛かるってなったら、捨てた。(笑)
マジ?
エゴがエゴを捨てる。
軸だからね、支えだからね、なくなるとわかっていてそこに留めておく筈もないよね。
軸のブロックって動くんだ。
捨てたって言っても、なくなっていないからね。


んで、肝心なのは、捨てられたブロックの方ではなく、この動かした奴のブロック解除が重要。こいつが真犯人。


それでもって、この子は軸にいないのね。
心の隙間ってところに隠している奴が操っているの。


この間、敦賀にてガッツリ心の隙間のブロック解除してきたアレです。ってかこんなメニューアップもしてないけど、必要な人はその場で決めてやりますのでご安心を。


隙間って言うから、畳と畳の間にメモを隠し込んでいくって類いのものです。
通常は全く気にならない。どこにあるかもわからない。でもメモはある。って感じ。
これ、自力で外せたら大したものです。


心の隙間に隠している思いは、余程触れられたくないもの。
開かずの間なんて言うことも出来たりするクラス。


エゴの中でボス級ね。
敦賀でもガッツリ倒して統合してきました。


ミーさんの心の隙間に隠れているキーワードはタイトルの「もういらない」というもの。
いらないものは、気づいたら惜しげもなく捨ててしまうもの。
必要でも不要と言い切ることが出来るエゴちゃんです。


これ、みんなも持っている人多いと思うな。
だから、公開セッションで一緒に外せたら外れちゃってください。
関係ない人は、「なんやそれ」程度にしか感じないものかも知れないけど、心開いて感じる場合と、心閉じて感じる場合では受け止め方はまるで変わることを知っていてね。基本、まきさんに対する不信があると受け取れません。
「あなたって最低ね」って鏡に向かって違和感なく声出せて言えたら、大丈夫です。引っかかったら、何かある。心閉ざしている証拠とでも認識しておいてください。認識できたら、今度は開ける手立てを見つけていけばいいだけのこと。
心は閉ざされていて当たり前のものだから、心を開くことがどれだけ困難なものなのか、目の当たりにするところからはじめてください。


表裏構造では、そんな心の閉ざし具合を体感出来たりもしますよ。来てね〜(๑>◡<๑)



さてさて、「もういらない」と言い張る心ってなんなんでしょうね?
わたしのやっているセッションは、こうした全体像を捉えるもので、「もういらない」というキーワードを引っ張り出せた時点で外せたも同然という位置づけです。全体を捉えているので答えも見つけています。ただ知らないだけ。だから知っていけば外れていく訳です。
これ、通常のカウンセリングとは違ったものです。


通常のカウンセリングは、セラピストやカウンセラーとしての肩書きが大事になるため、いろんなルールに基づいています。
わたし、これ乗っかっていません。ごめんなさい。
ルール無用なので、知らない心に触れていけます。
ルールありきでは、知っている心にしか触れていけないので、傾聴や自分自身が気づく方法へ導くワードしか伝えられなくなります。
わたしは、そんな束縛や固定概念で測れるほど狭い心ではないので、定義化された時点で拒絶してしまうくらいの屁理屈な心を有していました。
だから、自分独自の方法を磨き上げるしかなかったのです。
常識外れなので、前の記事にあるように「言えない自分」が居たので、クライアントさまにも「言えない自分」のブロックがある人にはとことんご迷惑をかけるような関わり方をしてきたかと思います。これ、クライアントだけでなく日常の交友関係全般ですね。本当に酷いことしていたんだろうなと思いました。
わたしが泣いた分、相手も泣いていたに違いありませんから。


自分の心はさておき、ミーさんの「もういらない」に話を戻していきます。


・信用されることはなかった。
彼女の生活の中で、自分自身を完全に信用されるという体感を得ることは出来なかったのです。
この心がある限り、むしろ体感出来ないのです。現実は、常に心の思いとリンクし合って繋がっています。
現実を見て、傷つくのではなく、傷つく想念が既にあるから傷つく現実を生み出して傷つくという構図です。


・任せられていることに気づいていなかった。
信用されていても、それが信用されている姿とは気づけません。
任せられているということは、信用されなければ起きません。しかし、完全に信用されるということは、自分に取って何でもうまく行った結果の姿であり、はじまりや過程の姿を想定していません。緻密に積み重ねて修練していくことは想定されていないのです。
その為、出来ない自身の姿を結果として現実で目撃すると、「任せてもらえてない」「信用されていない」と感じてしまうのです。
その寂しさを感じることが出来ることそのものが、任されている、信用されていたという証拠なのですけど、心は常に逆を見たがるものです。


・育つまで待たれることが嫌だった。
自分の出来なさ加減を知ると、自分なら見捨ててしまうと思って至る為、関わる周りの人がその通りに動いてくれないことが嫌でたまらないのです。
「なんで見捨てないのよ」ってな具合に。未熟な段階から苦労して熟達してきた人は、その苦しみを知っているから耐えて待つことが出来るのね。その耐えて待つ姿が許せないの。鼻で笑われているように思えて、馬鹿にしているってしか感じられないの。
そうとしか、感じられないんですよ!!
だから、相手が自分の苦しみ全部わかっているだなんて実感しないし、したくもないのね。
それ実感したら、自分がやりたいことなのに、やろうとしていない自身の姿に気づいてしまうから。
「本当はやりたかった」「そのまま突っ走りたかった」「邪魔などされてなくて、背中を押され続けてくれていた」だなんて気づいたら、泣けてしまうもの。


・自分が自分をバカにしてダメにしていた。
創り出された未熟な姿を見た自分が、これは使い物にならない。芽は出ないから、他にやりたいこと探そう。とやりたいことをはじめても、困難の壁にぶち当たると、それを切っ掛けに投げ出すことを覚えてしまった。一度覚えると繰り返してしまう。負ける前に放棄することもするようになると、取り組むことそのものを避けるようになる。「どうせ」「私なんて」が口癖になってしまう。
才能がないから、次の道を探れというのはあります。
けれども、才能があるのに、ダメ出しされて次の道を探れと言われるのは苦痛以外のなにものでもありません。
理不尽さを覚えつつも、従わなければならない力のなさがあります。
撥ね除けるなら、現実に出来るようになってみせろと言われると、出来ない自分を認めるしかなくなるので、ふて腐れるしかなくなります。
それでも、言いたいように言わせつつも、歯を食いしばって頭を下げて、出来るように教えを請えば良かったのだけれど、莫迦(ばか)にしてくる相手が自分の味方になり、手取り足取り教えてくれるとは想像がつかないため、その選択肢を思い描くことが出来ません。故に、その場から立ち去り、やりたかった夢を次々と捨て続ける生き方しか出来なくなってしまうのです。



・「お前は正しい」と言ってほしかった。
その通りです。あなたは正しいのです。
確かに自分でやりたい道を閉ざして来たものの、それにより人当たりが良くなり、困っている人には懇切丁寧に教える力を身につけた。自分は頭を下げられなかったけれど、頭を下げてこない人にも手を差し伸べられるようになっている。ミーさんの関わりで救われている人はたくさんいる。実感はないようだけど、助けられている人はいる。かつて自分は諦めて捨てた心によって、その心で救えている人たちが居る。
「正しい事をしているよ」と自分に言ってあげたら良かった。



・話し相手になってあげたかった。
自分の目的はそれだった。辛いとき、苦しいとき、道が塞がれているときに聴いてあげる人で居たかった。冷たくも暖かくもどっちも惜しげもなく与えてくれる人で居たかった。救おうなんて思っていない。それがまた良かった。
諦め続けても、生きて行ける道を示したかった。
それは道を切り拓いてきたものには決してわからない思いだった。



・取り柄がない。
人に誇るものがないことが、自分の気持ちを萎縮させた。出来ることは他の人も出来ることばかりで嫌になった。代わりが効く。そう信じ込んでいた。まきさんがいくら、「今ここに居るのはお前だ」と必要性と代わりが居ないことを伝えてくれても受け取れない。受け取る気がないから入ってこない。受け取るには、自分に取り柄だと実感してからだと決めていたから。まきさんがやっていることが取り柄と思っていないことだとは知らなかった。取り柄があると見える人は、本人は取り柄とは自覚がないことを知らない。自分に出来ることは、他の誰もが出来ると見てしまう。音楽でも整体でも、手に職を持つ人を見ると「取り柄」に見えるのだ。これは「自信がある人」と同じ原理として認識される。小さな成功体験を重ねると「自信がつく」と思われている。実際はうまく行っている時は気にしなくていい。うまく行かなくなっているときに、小さな成功体験がいくらあっても、それを切り抜く力が備わらなければついた自信なんて消し飛ぶことを誰も教えない。重ねまくった小さな成功体験が消し飛んでいることを「自信持てよ」と軽々しく言う人はわかっていない。自信は他人が見て「あの人自信あるな」と感じさせるもので、本人が自覚する必要のないものです。それがわかれば自信という言葉に縛られなくなります。「取り柄がある」も同じことで、他人が「あの人取り柄があっていいな」と思うもので、当人が自覚する類いのものではないのです。ミーさんの取り柄は「人当たりがいいこと」これがない人からは、どんなに苦労を重ねても得られない類いの人柄というものです。
「采配がうまい」というのも取り柄になります。
「本人が自覚ないことを感じる力がある」というのも取り柄です。
これなどは、感じ取ってもらった側は自覚がないので、感謝の言葉も湧き上がりにくいものです。
それでも、過ぎ去って振り返るとミーさんのお陰でここに居ることを誰もが感じ取ることが出来るはずです。
全てがうまく行くものではないものの、出来ていることは幾らでもあり、取り柄と称して差し障りのないものは沢山ありますが、自覚がいらないということが失念されていました。
同じように、「取り柄がないとダメ」と思い込んでいる人に伝えたい。
「出来ているものは見えないもの」です。出来ない人からはそれは取り柄に見えるし、素敵と尊敬出来る類いです。他に出来る人がいるとか関係なく、自分はなく、あなたにある。その関係性でしか認識出来ないものです。だからそれが出来ない人と付き合わないとわからぬものですが、出来ない人に囲まれると、全部自分が面倒見るハメになるので、それを嫌っている心こそが、取り柄を取り柄として認識させないものとして邪魔立てしていました。


・私が中心になって良かった。
この心が欠けていたものです。自分が中心にならなければ、「面倒見てやらぁ」とはならぬものです。出来ない人に取って出来る人は神さまです。それがどのレベルかだなんて他者と比較する必要はないのです。大事なのは、その人との関係性だけです。
相手にとっては、ミーさんだけが頼りなのです。頼られていることを受け取れない心も邪魔立てしていたのです。


・何でも出来ないとダメだと思っていた。
マルチに出来ないことには、頼られる存在として自覚してはいけないとしていました。
そんなこと言ったら、誰も彼も頼らせることなど出来なくなります。
何でも出来る人などいません。
必要ありません。
違いがあるから補い合う社会を作り上げることが出来るにも関わらず、一人で自己完結出来ることこそが道だと信じて疑わないと、自分を見失います。
「これしかできない」と言って良かったのです。
「そんなこと出来ない」と言って良かったのです。
「したいけど、出来ない」と言い切ってもいいのです。
「今やっている最中」と言えば、済んだのです。
諦めた訳ではないのですから、道半ばです。
マルチになる道さえ、諦める必要はありません。さらに邁進して行けばいいのです。
全力でやってみたとき、はじめてマルチはやらんでもいいな。と思えるものです。
どこかで全力を出すことは格好悪いとしていたのです。
既に全力にも関わらず、斜に構えて余裕ぶっていたのです。
何も出来ない自分を見たくないために。
でも、そんな自分も可愛らしく愛して良かったのです。
強がる自分は、端から見ると構ってあげたくなるものです。
それでいいのです。
愛嬌は大切です。
そして、何かしら出来ていないと、出来ない振りして困った姿を見せられない性格だった。のね。
つまり、余裕ぶっこいていた自分がいるのですよ。
ただ、それに気づきたくなかっただけ。



・バレちゃ〜しょうがねぇ。
と悪役登場って張りに、こんな台詞が降りてきましたが、これがミーさんの本性ね。


・取っ替え引っ替えしても居残り続けた黒幕の黒幕は私でした。
黒幕を差し替えては倒されても統合されても居残り続ける存在として君臨してきたけど、今回こそ、やっと自分の姿を見つけることが出来た。わたしは素晴らしかった。何が素晴らしいかというと、自分でも呆れるぐらいの策略家であるということ。自分さえも騙しきってねやるの。狡猾さというのか天賦の才とでも言うべきものなのか、どこまでも一生懸命の振りして楽をすることだった。必死なので全然楽していないし、体はしんどいのだけど、でも隣に居るまきさんの苦労を比べたら屁でもない範囲。どこまでも献身的に尽くす姿勢に呆れかえって、眺めて「真似したくないわ〜」と手を抜いていないけど抜いている自分に仕立てていじめて、あんなことさせられたらたまったもんじゃないと防衛ライン敷いて、抗っていたの。
やらんくていいことしていた。
まきさんは、好きでやっていて、人にやらせる気など毛頭ないし。それぞれの特色を伸ばせばいいってしているだけ。
ミーさんは十分特性に従ってやっているから、それでいい。と言われている。聴く耳を貸さないのは、もっと楽しいことしたいから。これまで積み上げてきた苦しみでしか伝えられない思いがあることを伝えたいから。
そう、ミーさんもカウンセリングしたくてたまらないのだ。
でも、あーはなりたくない。
ならんでいいのにね。
本当にお莫迦さん♡
バレても潔さは持たないのが、ミーさんのいいところ。どこまでも姑息に生き残り続けて、生を繋いで行く。
生きる力が誰よりもある。
わたしは生きている。
うん、それでいいんだよ。



・何かしないとダメだと思ってた。
生きる以上、何か残したいとか思っていたけど、アカシック・レコードに全部記録されている。必要としてくれる人が居ればいつでも思い出せる。
そういうものだった。残せることはやっている。何かしないとではなく、何もしない方が何でも残っていくのだ。


・このままでいい。
そのオチか! ってツッコミが来るけど、エゴに取って何よりの安心感と統合感となる。
これこそが私だ! と認めてあげることだった。
周りと違い過ぎる私。
でも、そんなこと言ったらまきさんのぶっ飛びぷりは私の比じゃない。だから私のような奴が君臨していてもなんら問題ないよね。
わたしの世界のことなのだから。
世界が面白くなってきた!!




ともBの整体を受けてきました。
ミーさんの施術も、「あー、そうじゃなくて、こうしてみ」って指示するとあら不思議、体が曲がらないのに曲がるように様変わりしてしまう。
わたし、整体なんて勉強していないけど、どこをどうすればエネルギーが整うことは見たらわかっちゃうんだよね。
グレードアップしたわたしのセンサーは人智を越えてます。
んで、ボロボロに疲労しまくったわたしに施術をしてくれるのだけれど、「あ、こうして」とやり方を依頼、そして「これ、こうするように変えて」と指示すると、立ち所にエネルギーの通りが激変。
うんうん、これこれ。これ、気持ちいいわ。
さすが、ともB。これ、エネルギーの変化と、意識の繋ぎ方を心得ていないと出来ないから、ともBクラスの人でしか出来ないよ。
「これ、メニューにしや」
と、知れっと置いてきました。
そしたら、あやつめこっそりブログ書いてた。Facebookに配信しないでやんの。
彼なりに思うところがあるんでしょうね。
「知陽庵」
 


他では味わえない領域の整体を体験出来ますよ。

ここで紹介して行くので、気に掛かった方は体験しに伺ってみてください。
東広島市になります。


そんな訳で、スッキリして随分と楽になれました。
帰りにお茶してお家に帰ります。


「三十三宇宙の言霊師/真霊正(ことたまし)-まき- 隣人と共に見つめる今」
Skype&LINEでも遠隔セッション受け付けています。
「green★garden」まきファン用ブログ。
拠点は広島ですが、全国出張承っています。
気軽にご相談ください。
出張先の詳細が知りたい方はご連絡ください。


ホームページでユーザー登録して頂いた方にはセッション枠でキャンセルが出た場合や次の講座予定のお知らせを一斉メールで送らせて頂いております。

「実は、隠し事があるんです」×5回、鏡に向かって呟いてみてください♡
笑いが込み上げてきた人は、うまく隠し事を隠し通せた達人です。

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