俺は泣いた。涙が止まらなかった。
うっかり水分を補給することを忘れて泣き続けたせいで、新聞に広告を挟んでいる最中、前後不覚に陥り、病院に担ぎ込まれた。
しばらくして、お母さんの弁護士から連絡があった。
お母さんが遺産を少しわけてくれたのだ。
お母さん的には少しだが、俺的には結構な金額だった。俺はその金で、新聞配達をやめて、民間の学生寮に入り、高校の学費と大学の入学金まで払うことが出来たのだから。
高校二年の夏休みから猛勉強の日々が始まった。うっとうしい経済活動から自由になった俺は、勉強と食事と排泄以外何もしなかったと言っても過言ではない。俺はフケまみれ垢まみれになりながら勉強に没入した。その挙句、クラスで付いたあだ名は『岩窟王』。友達は一人も出来なかった。今でも級友の顔をまるで思い出せない。級友どころか、教師も、校舎も、通学路すらも……だ。
俺は東大法学部に入学した。
駒場の寮に入り、最初の1年は家庭教師のアルバイトにあけくれた。
家庭教師といっても自分で教えるのではなく、東大生を集めて、家庭教師の派遣グループを作り、高校時代に使ったノートを整理して、『東大必勝マニュアル』なるものを作成し、その元締めになり、上前を撥ねたのである。
このマニュアルは大評判となり、大手出版社から版権譲渡の以来が再三再四あったことを記しておこう。
これで、4年間にかかる生活費の全てを1年で稼いだ。
2回生になった俺は会社をさっさと知り合いに譲り、本格的に司法試験に向けての勉強に入った。
とりあえず、肩の荷が下りた。
それは、金がないという現実からくる不安とつらさから距離を置けたという『とりあえず』だ。
19歳か……、
ちょっぴり、他人よりはつらい人生なのかな……まあいい、しょうがない、何を言ったところで過去は変えられない、ここまできたんだ、一年で六法を暗記してやるぞ!
と意気込んだ矢先、
六法が四季報に変わってしまった――という、我が人生最大の『出会い』があった。
さて、
奇妙なことに小さな劇場まであったぼろぼろの寮には、全国からいろんな奴が集まったきたが、共通なのは、東大生には珍しく金がない家庭に育った中流以下の貧乏人、ということだった。ところが、一人だけ鶴がいた。
山梨と長野で造り酒屋とワイナリーとホテル業を営んでいる家のぼんぼんで、富田という男だ。そう、掃き溜めに鶴。なにしろ、このぼんぼんの父方の祖父の一族は甲州財閥の流れを汲み、明治以降、有力政治家も多く輩出している、いわゆる名門一族だった。
やつは、筋金入りの『ぼんぼん』だったのだ。
ぼんぼん冨田は変な男で、そう、学生の身で株をやっていた。ぼろぼろの四季報と手帳を何時も持ち歩き、授業の合間になにやら書き込んでいた。
ついた渾名は『ボン場師』。
この男のことが入学当初は苦手だった。いかにも育ちがよく、おっとりしていて、それでいながら、切れ味鋭い論理という名のナイフをいつでも懐の中に隠し持っていたから。
この男を論破できる者は皆無だった。なにしろ知識が半端ではなかった。古今東西の歴史、哲学、数学、科学、芸術。
まるで歩くブリタニカだった。
このボン場師と、2回生から同室になった。
同室となって知ったのだが、ボン場師は地検の特捜検事を目指していた。それなのに、なぜ、株なんてやっているのか? こいつは金の亡者なのか? 途端に、懐かしくもおぞましいあいつの顔が浮かんで、俺は思わず顔をしかめた。
ある日、思い切って聞いてみた。
「なんで株なんてやっているんだ?」
「義務さ」
「義務?」
「そ、高1の時からやらされている。将来性のある会社をピックアップして、同時に7、8社の株を運用するんだ。で、大学卒業までの4年間の学費と生活費をその利益で賄わなければならない」
「嘘だろ?」
「嘘なもんか」
「それがもし赤字になったら?」
「バイトするしかないな」
「本当に?」
「ああ。一族の子弟は例外なくこれをやらされる。特捜検事を目指している俺も、サッカー選手を目指している弟も。俺はいいんだ、この手の知識は特捜検事には必須だから。弟は、サッカー選手だぜ、かわいそうに」
ボンバ師は豪快にかっかと笑った。
おっとり見えて、内面は随分と豪快な奴だ。私はすぐにボンバ師、いや、富田のことが好きになった。お母さんに性格が似ているのだ――クールな表情の裏に、マグマのような情熱を持っている人……。
仲が良くなるにつれ、消灯後の四方山話が二人の日課になった。しゃべっているうちに、いつの間にか寝てしまい、あっという間に朝が来た。
5月のある夜。二段ベッドの上下に於いて――。
「俺は平凡な人間だよ」と富田はおだやかに笑いながら言った。
「富田はなんでも知っているじゃないか」
俺は真上の天板に向かって言った。
「単なる教育さ。家にはちょっとした図書室があってね、そこで読書をするといろいろなご褒美がもらえたんだ。一番の褒美は、ホットミルクとビスケットと祖父の昔話だった。祖父は話がうまくてね、その話聞きたさに、弟と一緒に、夢中で読書をした。それが、勉強するように仕向けられた、ちょっとしたトラップだと気付いたのは中学生になってからだけど……ふふ……ま、確かに知識は持っている。でも、知っているのと創造するのとでは天地の開きがあるんだ。そう、謂わば俺は哲学研究者であって、哲学者ではない。だから、コペルニクス的転回を発明することは出来ない。高校生になって、そのことに気が付いてえらく落ち込んだけど、十台、二十台で獲得した博覧強記は人生の宝だと祖父に諭された。凡百のアイデアの源泉になるし、交渉事の糸口にも、コミュニケーションを深めるツールにもなる。知識において穴がないというのは、この社会では大きな武器になると言うんだ。ま、それはその通り……うん、こういう自分を生きるしかないわけだしさ……。(欠伸)。もう、駄目だ、おやすみ……」
そう、富田の愛読書は、「純粋理性批判」。
6月のある夜。
「なぜ、カントを読むのかって? 自分との戦いさ」
「なんだそれ?」
「退屈との戦いだ。カントには失礼だが、冗長で退屈なセンテンスを読み込む訓練をしているんだ。読み込んだ末にわかるのは、カントの思想ではなく、カントの人となりそのものなんだよ。いらいらしたときなんかは、気持ちがいい具合に落ち着いて、平静になれたりもするし――。四季報の読み込みはその応用だ。退屈に打ち勝ち、何年も読み込んでいけば、一読しただけでその会社の個性、将来性が見えて来るんだ。退屈との戦いが、人生における最大の戦いであるというのが祖父の思想でね」
「……」
「谷内?」
鼾。
「寝てるし……」
7月のある夜。
「投資はするが投機はしない。これが、じいさんのこだわりなんだ。だから、証券会社とも深い付き合いはしない。志を持った企業を育てて社会に貢献する。この趣旨から外れた投機は、ただの博打だ。勿論、そういう生き方であっても他人の自由だが、その生き方の問題点は、他人の不幸と引き換えに自分の幸福を手に入れる手法であるという点にある。我が家は代々、熱心な真宗信徒だから、そういう生き方は許されない」
「宗教を信じるてるのか?」
「宗教を信じているのではない。信じるという行為そのものが、すなわち宗教の本質なんだ。結局のところ、世界は、『我思う、故に我ありを、我信ず』と、そこまでいかないと成立しない。それに……」
「それに?」
「人間は結局弱い」
「だから宗教が必要なのか?」
富田の以外な言葉に私は少々言葉を荒げた。私は私という他者だけを信じてきた。駄目になったら死ぬだけだ。それだけだ。
「生きていれば、色々ある」
富田という奴は、激しく議論をすればするほど穏やかになる。ここがこいつのすごいところなのだが、相手にしてみれば本当にむかつくところでもある。俺はすかさず噛み付いた――
「当たり前だ! だからこそ自分を鍛えてそれに備えるんだろ?」
「弱いという表現は適切ではないかもな。生活云々ではなしに、人は人を愛さずには生きられないということさ。一人では決して生きられないという点において人は脆弱なのだ。愛と信は、同じものだ、形相が違うだけで」
「……」
「これは、体験して腑に落ちれば、あまりにも自明なことなのさ」
「いつわかるんだ?」
「必ず出会うよ」
「女か?」
俺はお母さんを思い浮かべた。
「谷内がストレートならな」
そして、今度は宗田君を。
「ばか……。……待てよ、ということは、お前にはいるのか?」
「ああ、妻がいる。1歳になる息子も」
私は絶句した。
つづく
うっかり水分を補給することを忘れて泣き続けたせいで、新聞に広告を挟んでいる最中、前後不覚に陥り、病院に担ぎ込まれた。
しばらくして、お母さんの弁護士から連絡があった。
お母さんが遺産を少しわけてくれたのだ。
お母さん的には少しだが、俺的には結構な金額だった。俺はその金で、新聞配達をやめて、民間の学生寮に入り、高校の学費と大学の入学金まで払うことが出来たのだから。
高校二年の夏休みから猛勉強の日々が始まった。うっとうしい経済活動から自由になった俺は、勉強と食事と排泄以外何もしなかったと言っても過言ではない。俺はフケまみれ垢まみれになりながら勉強に没入した。その挙句、クラスで付いたあだ名は『岩窟王』。友達は一人も出来なかった。今でも級友の顔をまるで思い出せない。級友どころか、教師も、校舎も、通学路すらも……だ。
俺は東大法学部に入学した。
駒場の寮に入り、最初の1年は家庭教師のアルバイトにあけくれた。
家庭教師といっても自分で教えるのではなく、東大生を集めて、家庭教師の派遣グループを作り、高校時代に使ったノートを整理して、『東大必勝マニュアル』なるものを作成し、その元締めになり、上前を撥ねたのである。
このマニュアルは大評判となり、大手出版社から版権譲渡の以来が再三再四あったことを記しておこう。
これで、4年間にかかる生活費の全てを1年で稼いだ。
2回生になった俺は会社をさっさと知り合いに譲り、本格的に司法試験に向けての勉強に入った。
とりあえず、肩の荷が下りた。
それは、金がないという現実からくる不安とつらさから距離を置けたという『とりあえず』だ。
19歳か……、
ちょっぴり、他人よりはつらい人生なのかな……まあいい、しょうがない、何を言ったところで過去は変えられない、ここまできたんだ、一年で六法を暗記してやるぞ!
と意気込んだ矢先、
六法が四季報に変わってしまった――という、我が人生最大の『出会い』があった。
さて、
奇妙なことに小さな劇場まであったぼろぼろの寮には、全国からいろんな奴が集まったきたが、共通なのは、東大生には珍しく金がない家庭に育った中流以下の貧乏人、ということだった。ところが、一人だけ鶴がいた。
山梨と長野で造り酒屋とワイナリーとホテル業を営んでいる家のぼんぼんで、富田という男だ。そう、掃き溜めに鶴。なにしろ、このぼんぼんの父方の祖父の一族は甲州財閥の流れを汲み、明治以降、有力政治家も多く輩出している、いわゆる名門一族だった。
やつは、筋金入りの『ぼんぼん』だったのだ。
ぼんぼん冨田は変な男で、そう、学生の身で株をやっていた。ぼろぼろの四季報と手帳を何時も持ち歩き、授業の合間になにやら書き込んでいた。
ついた渾名は『ボン場師』。
この男のことが入学当初は苦手だった。いかにも育ちがよく、おっとりしていて、それでいながら、切れ味鋭い論理という名のナイフをいつでも懐の中に隠し持っていたから。
この男を論破できる者は皆無だった。なにしろ知識が半端ではなかった。古今東西の歴史、哲学、数学、科学、芸術。
まるで歩くブリタニカだった。
このボン場師と、2回生から同室になった。
同室となって知ったのだが、ボン場師は地検の特捜検事を目指していた。それなのに、なぜ、株なんてやっているのか? こいつは金の亡者なのか? 途端に、懐かしくもおぞましいあいつの顔が浮かんで、俺は思わず顔をしかめた。
ある日、思い切って聞いてみた。
「なんで株なんてやっているんだ?」
「義務さ」
「義務?」
「そ、高1の時からやらされている。将来性のある会社をピックアップして、同時に7、8社の株を運用するんだ。で、大学卒業までの4年間の学費と生活費をその利益で賄わなければならない」
「嘘だろ?」
「嘘なもんか」
「それがもし赤字になったら?」
「バイトするしかないな」
「本当に?」
「ああ。一族の子弟は例外なくこれをやらされる。特捜検事を目指している俺も、サッカー選手を目指している弟も。俺はいいんだ、この手の知識は特捜検事には必須だから。弟は、サッカー選手だぜ、かわいそうに」
ボンバ師は豪快にかっかと笑った。
おっとり見えて、内面は随分と豪快な奴だ。私はすぐにボンバ師、いや、富田のことが好きになった。お母さんに性格が似ているのだ――クールな表情の裏に、マグマのような情熱を持っている人……。
仲が良くなるにつれ、消灯後の四方山話が二人の日課になった。しゃべっているうちに、いつの間にか寝てしまい、あっという間に朝が来た。
5月のある夜。二段ベッドの上下に於いて――。
「俺は平凡な人間だよ」と富田はおだやかに笑いながら言った。
「富田はなんでも知っているじゃないか」
俺は真上の天板に向かって言った。
「単なる教育さ。家にはちょっとした図書室があってね、そこで読書をするといろいろなご褒美がもらえたんだ。一番の褒美は、ホットミルクとビスケットと祖父の昔話だった。祖父は話がうまくてね、その話聞きたさに、弟と一緒に、夢中で読書をした。それが、勉強するように仕向けられた、ちょっとしたトラップだと気付いたのは中学生になってからだけど……ふふ……ま、確かに知識は持っている。でも、知っているのと創造するのとでは天地の開きがあるんだ。そう、謂わば俺は哲学研究者であって、哲学者ではない。だから、コペルニクス的転回を発明することは出来ない。高校生になって、そのことに気が付いてえらく落ち込んだけど、十台、二十台で獲得した博覧強記は人生の宝だと祖父に諭された。凡百のアイデアの源泉になるし、交渉事の糸口にも、コミュニケーションを深めるツールにもなる。知識において穴がないというのは、この社会では大きな武器になると言うんだ。ま、それはその通り……うん、こういう自分を生きるしかないわけだしさ……。(欠伸)。もう、駄目だ、おやすみ……」
そう、富田の愛読書は、「純粋理性批判」。
6月のある夜。
「なぜ、カントを読むのかって? 自分との戦いさ」
「なんだそれ?」
「退屈との戦いだ。カントには失礼だが、冗長で退屈なセンテンスを読み込む訓練をしているんだ。読み込んだ末にわかるのは、カントの思想ではなく、カントの人となりそのものなんだよ。いらいらしたときなんかは、気持ちがいい具合に落ち着いて、平静になれたりもするし――。四季報の読み込みはその応用だ。退屈に打ち勝ち、何年も読み込んでいけば、一読しただけでその会社の個性、将来性が見えて来るんだ。退屈との戦いが、人生における最大の戦いであるというのが祖父の思想でね」
「……」
「谷内?」
鼾。
「寝てるし……」
7月のある夜。
「投資はするが投機はしない。これが、じいさんのこだわりなんだ。だから、証券会社とも深い付き合いはしない。志を持った企業を育てて社会に貢献する。この趣旨から外れた投機は、ただの博打だ。勿論、そういう生き方であっても他人の自由だが、その生き方の問題点は、他人の不幸と引き換えに自分の幸福を手に入れる手法であるという点にある。我が家は代々、熱心な真宗信徒だから、そういう生き方は許されない」
「宗教を信じるてるのか?」
「宗教を信じているのではない。信じるという行為そのものが、すなわち宗教の本質なんだ。結局のところ、世界は、『我思う、故に我ありを、我信ず』と、そこまでいかないと成立しない。それに……」
「それに?」
「人間は結局弱い」
「だから宗教が必要なのか?」
富田の以外な言葉に私は少々言葉を荒げた。私は私という他者だけを信じてきた。駄目になったら死ぬだけだ。それだけだ。
「生きていれば、色々ある」
富田という奴は、激しく議論をすればするほど穏やかになる。ここがこいつのすごいところなのだが、相手にしてみれば本当にむかつくところでもある。俺はすかさず噛み付いた――
「当たり前だ! だからこそ自分を鍛えてそれに備えるんだろ?」
「弱いという表現は適切ではないかもな。生活云々ではなしに、人は人を愛さずには生きられないということさ。一人では決して生きられないという点において人は脆弱なのだ。愛と信は、同じものだ、形相が違うだけで」
「……」
「これは、体験して腑に落ちれば、あまりにも自明なことなのさ」
「いつわかるんだ?」
「必ず出会うよ」
「女か?」
俺はお母さんを思い浮かべた。
「谷内がストレートならな」
そして、今度は宗田君を。
「ばか……。……待てよ、ということは、お前にはいるのか?」
「ああ、妻がいる。1歳になる息子も」
私は絶句した。
つづく










「俺」の第二の人生はすごすぎてあまり共感できませんが(笑)、宗田くん、お母さんや今回の富田君など、個性的な人物が続々と出てきておもしろいですね。
また次回も楽しみにしております。
一度に全部読んでしまうのはもったいないので、今回は少しずつ、じっくり読みたいと思っています。
感想はのちほど…です。
またすごい人が登場、ですね。今まで関わった人々とは違うタイプの富田に対する「俺」の動揺?も興味深いです。
哲学も宗教も私にとっては難しくて、よく分からないのですが、『我思う、故に我ありを、我信ず』と『愛と信は、同じもの』のことばには、うなずけるものがあるなあと感じました。
…それでは失礼します。