信号は再び赤になった。俺と増岡は並んで立った。信号待ちしながら、俺は頭の中でシュミレーションしていた。
横にいるこいつの喧嘩をたまたま見たことがある。それも、複数のヤクザ相手の。安楽天横の路地で。
こいつの身体能力は半端なかった。まるで、琉球唐手の達人のような身のこなしだ。どっしりとした下半身と自由自在に動く上半身。勘だけで、日本武道の極意である合気を掴んでいるのだろう。こいつがアカデミックな武道を始めたら、間違いなく世界チャンピオンになる器だ。あの時も、見るからに百戦錬磨のヤクザ相手に秒殺だった。立ち技で対峙したらいくら俺でもどうなるかわからない。しばらく組み手で様子を見て、タックルで寝技に持ち込もう。
だが、一つ困ったことがあった。実を言うと、俺はこいつがきらいじゃなかった。多分、こいつも俺のことが嫌いじゃないだろう。話したことも無いのに、というか、なにかしらの本能で、3年間お互いを避けてさえいたのに、俺はこいつのことを認めていた。
しかし、武人が一端やると決めたからには、相手が熊だろうが、トラだろうがこいつだろうがやるしかない。
信号が青になった。俺たちは横断歩道を渡り始めた。
後ろから、血の気を失ってブラックアウト寸前の宗田君がよろよろついてくる。
程なく、正覚時裏の資材置き場に着いた。
俺と増岡は、一間程の間で対峙した。事を始めるに当たり、俺は当然の疑問を口にした。命のやり取りをするからには、お互い納得ずくでなければ遺恨が残る。
「宗田とお前の妹に何があったんだ?」
「このチンカス野郎は、妹を手篭めにしやがった」
「手篭め?」
「2年の増岡知子だ……。こらっ!」
後ろにいる宗田君の肩がびくんと跳ね上がったのが気配でわかった。俺は振り返り、宗田君の目を見た。
「……宗田君?」
「クラスの後藤君が、2年5組の増岡知子に頼めば出来るって言うんで……」
「まさか、本当に……やったの?」
「だって、直ちゃんが……、うん、でもね、ちっとも……」
次の瞬間、俺の鉄拳が宗田君の顔面に飛んでいた。何発も何発も。みるみるうちに宗田くんの顔はぱんぱんに膨れ上がっていく。
ええ!?
なんで俺は宗田君をぶんなぐっているのだろう、こんなにか細く、か弱い、カゲロウの様な宗田君を、自分で自分がわからなかった、だが止まらない、あっという間に、彼の顔は、紫色の、呪いのブードゥー人形に早代わりした。
「ばか、それ以上やったら死ぬぞ、おいっ、おいっ!!」
増岡の奴が俺を羽交い絞めにして叫んでいる。
ようやく俺は自分を取り戻した。そして、増岡の呆然としている顔を尻目に、宗田君をさっさとおぶって病院へ向かった。
「……ううう、どうしてなの?」
背中で宗田君がうめきながら聞く。
「……」
俺は小刻みに首を左右に振るしかなかった。
俺は激しく動揺していた。人は自分の行動を理解できないときほど動揺するもんだ。そして、それが今だった。
俺は何をしてるんだ?
走りながら何度も自問したが、自分の心相手に暖簾に腕押ししているような、なんとも言えない収まりのつかない感覚に襲われた。おぞましいだけのスプラッタ映画を見たときのような気色悪さが、下腹から這い上がってきた。
稲荷町の永寿病院に1分で到着した。
「急患です。整形の先生をお願いします」
俺は、たまたま玄関にいた、あき竹城似の看護婦さんに向かって叫んだ。
あきさんは、あわてて医務局へ飛んで行った。おれは受付のベンチにそうっと宗田君を下ろすと片膝をついて言った。
「本当にごめん。なぜ、こんなことしちゃったのか、自分でもわからないんだ。さよなら宗田君、さようなら……」
俺はやおら立ち上がり、病院を出ていこうとした――
途端、首をぶんぶん振り、血を四方に撒き散らしながら宗田君は俺の腰に抱きついてきた。
「僕が女の子とやっちゃったから、ショックだったんでしょ、ね、そうなんでしょ、直ちゃん?」
いや、それはその通りなんだけど、そういうことじゃないんだ。
ややこしいな……
俺は、身を屈めて宗田君をやさしく抱きしめた。そして、
鼻と口から、だらだら血を流しながら追いすがるブードゥー人形、じゃなかった、宗田君を静かに振りほどき、病院を出た。
ああ、なぜこんなに胸が痛むんだ……俺の中で、一体何が起こっているんだ?
つづく
横にいるこいつの喧嘩をたまたま見たことがある。それも、複数のヤクザ相手の。安楽天横の路地で。
こいつの身体能力は半端なかった。まるで、琉球唐手の達人のような身のこなしだ。どっしりとした下半身と自由自在に動く上半身。勘だけで、日本武道の極意である合気を掴んでいるのだろう。こいつがアカデミックな武道を始めたら、間違いなく世界チャンピオンになる器だ。あの時も、見るからに百戦錬磨のヤクザ相手に秒殺だった。立ち技で対峙したらいくら俺でもどうなるかわからない。しばらく組み手で様子を見て、タックルで寝技に持ち込もう。
だが、一つ困ったことがあった。実を言うと、俺はこいつがきらいじゃなかった。多分、こいつも俺のことが嫌いじゃないだろう。話したことも無いのに、というか、なにかしらの本能で、3年間お互いを避けてさえいたのに、俺はこいつのことを認めていた。
しかし、武人が一端やると決めたからには、相手が熊だろうが、トラだろうがこいつだろうがやるしかない。
信号が青になった。俺たちは横断歩道を渡り始めた。
後ろから、血の気を失ってブラックアウト寸前の宗田君がよろよろついてくる。
程なく、正覚時裏の資材置き場に着いた。
俺と増岡は、一間程の間で対峙した。事を始めるに当たり、俺は当然の疑問を口にした。命のやり取りをするからには、お互い納得ずくでなければ遺恨が残る。
「宗田とお前の妹に何があったんだ?」
「このチンカス野郎は、妹を手篭めにしやがった」
「手篭め?」
「2年の増岡知子だ……。こらっ!」
後ろにいる宗田君の肩がびくんと跳ね上がったのが気配でわかった。俺は振り返り、宗田君の目を見た。
「……宗田君?」
「クラスの後藤君が、2年5組の増岡知子に頼めば出来るって言うんで……」
「まさか、本当に……やったの?」
「だって、直ちゃんが……、うん、でもね、ちっとも……」
次の瞬間、俺の鉄拳が宗田君の顔面に飛んでいた。何発も何発も。みるみるうちに宗田くんの顔はぱんぱんに膨れ上がっていく。
ええ!?
なんで俺は宗田君をぶんなぐっているのだろう、こんなにか細く、か弱い、カゲロウの様な宗田君を、自分で自分がわからなかった、だが止まらない、あっという間に、彼の顔は、紫色の、呪いのブードゥー人形に早代わりした。
「ばか、それ以上やったら死ぬぞ、おいっ、おいっ!!」
増岡の奴が俺を羽交い絞めにして叫んでいる。
ようやく俺は自分を取り戻した。そして、増岡の呆然としている顔を尻目に、宗田君をさっさとおぶって病院へ向かった。
「……ううう、どうしてなの?」
背中で宗田君がうめきながら聞く。
「……」
俺は小刻みに首を左右に振るしかなかった。
俺は激しく動揺していた。人は自分の行動を理解できないときほど動揺するもんだ。そして、それが今だった。
俺は何をしてるんだ?
走りながら何度も自問したが、自分の心相手に暖簾に腕押ししているような、なんとも言えない収まりのつかない感覚に襲われた。おぞましいだけのスプラッタ映画を見たときのような気色悪さが、下腹から這い上がってきた。
稲荷町の永寿病院に1分で到着した。
「急患です。整形の先生をお願いします」
俺は、たまたま玄関にいた、あき竹城似の看護婦さんに向かって叫んだ。
あきさんは、あわてて医務局へ飛んで行った。おれは受付のベンチにそうっと宗田君を下ろすと片膝をついて言った。
「本当にごめん。なぜ、こんなことしちゃったのか、自分でもわからないんだ。さよなら宗田君、さようなら……」
俺はやおら立ち上がり、病院を出ていこうとした――
途端、首をぶんぶん振り、血を四方に撒き散らしながら宗田君は俺の腰に抱きついてきた。
「僕が女の子とやっちゃったから、ショックだったんでしょ、ね、そうなんでしょ、直ちゃん?」
いや、それはその通りなんだけど、そういうことじゃないんだ。
ややこしいな……
俺は、身を屈めて宗田君をやさしく抱きしめた。そして、
鼻と口から、だらだら血を流しながら追いすがるブードゥー人形、じゃなかった、宗田君を静かに振りほどき、病院を出た。
ああ、なぜこんなに胸が痛むんだ……俺の中で、一体何が起こっているんだ?
つづく
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