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鹿児島 小里貞利元総務庁長官が死去-86歳

2016-12-20 23:45:31 | かごしまロマン-歴史・人・風土を巡る

鹿児島 小里貞利元総務庁長官が死去-86歳

 ◆JR鹿児島中央駅 西口に建つ胸像

 元衆議院議員の小里貞利さんが,12月14日夜,肝不全のため鹿児島市立病院で亡くなった。86歳であった。

 霧島市出身の小里貞利さんは,1979年に衆議院の旧鹿児島2区で初当選,連続9期当選し,この間,自民党の国会対策委員長や総務庁長官などを歴任した。
 1995年に阪神・淡路大震災担当大臣に就任した際は,被災地の復興に奔走した。
 また,九州新幹線をはじめ整備新幹線に取り組み,「ミスター新幹線」とも呼ばれした。
 2005年,長男の小里泰弘衆議院議員に地盤を引き継ぎ,議員を引退した。


 小里貞利氏 調整力,決断力,実行力を備えた「野武士」
               
出典:産経新聞 2016年12月19日 5面

 故郷の鹿児島県霧島市で18日,葬儀が執り行われた。自民党小里派の流れをくむ谷垣グループの逢沢一郎代表世話人は「旧大蔵省出身が多い宏池会の中で,異彩を放つ野武士のような存在だった。緊急時にこれほど頼りにされた政治家はいなかった」としのんだ。

 平成9年秋,橋本龍太郎首相(肩書はいずれも当時)から直々に要請されて総務庁長官に就き,党内外の抵抗で瓦解(がかい)しかかった中央省庁再編の取りまとめに奔走した。そのとき,言い聞かせるように語っていたのが次のせりふだった。

 「耳をそばだて,嗅覚鋭く,刮目(かつもく)し」

 「耳しげく,足しげく」

 何よりも調整力にたけていた。方々の意見を聞き回って落としどころを探り,水面下の不穏な動きを察知すれば直ちに対策を練った。決断したら一気に突き進む実行力もあった。

 7年の阪神・淡路大震災のときも,村山富市首相に請われて発生から3日後に震災対策担当相に就任。初動の遅れを取り戻すことが課題だった。

 仮設住宅の資材は海外からも手配し,兵庫県の要望よりも数多く建設した。がれきの処理をほぼ全額公費負担にしたことや集積所の決め方については後に「超法規的措置だった」と明言しているが,「現地の悲惨な状況を見て『これは命がけでやらないかん』と思った。村山さんが『人事も予算も一切任せる』と言ってくれたからすぐに実行できた」と振り返っていた。

 今年5月,東京都内で開かれた長男の泰弘衆院議員のパーティーでは元気な姿を見せていたが,夏頃に体調を崩したという。

 葬儀が終わり,バイク仲間が運転する愛車のハーレーダビッドソンが最後の旅立ちを先導した。


 

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