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今週の一枚:「チャーリーフロイドのように」田中研二 1974

2007年02月26日 | Fuku-music
【Fuku】

前回のウディに続いて、今回もまたフツウでは誰も知らないフォークシンガーの登場。真の意味でフォークシンガーと呼ぶに相応しいと一部では大変評価が高かったシンガー田中研二氏が1974年に唯一一枚だけ残した自主製作盤「チャーリーフロイドのように」です。

田中研二氏と言っても、おそらく殆どの方はご存知ないと思います。まあ所謂70年安保世代の生き残りの方ですが、長野の松本市で歌いはじめて、その後関西に移動しフォークパルチザンとして活動し、学生運動系の集会などでは、そのシニカルな歌といつも上ずった声で忙しく唄うそのスタイルが人気を博して、一部では非常に熱狂的なファンを集めた方でした。しかし、彼は1980年頃に歌の世界から足を洗い、自分の居場所を南半球に求めて、ニュージーランドをバイクで長期に渡って旅したり、その後1988年にはオーストラリアに渡り、そのまま現地で翻訳の仕事をメインに文筆活動を続けて、今ではご本人のページで近況や過去の作品について情報発信しています。

このアルバムは、田中氏とその仲間の方々(とっても超豪華メンバーで、友部正人、古川豪、林亭、貧゜苦巣(ぴんくす)などなど)が兵庫県の猪名川上流にあるキャンプ場で合宿し、殆ど一発採りで製作したもので、その模様は大塚努氏によって当時のアサヒグラフに掲載されました。

これはオリジナルのアナログ盤で、700枚限定で自主制作でリリースされたものですが、ライナーに掲載された画像は当時の若者のコミュニティ活動一段面を切り取ったような非常に瑞々しいもので、それもあってかこのレコードは私の中でも非常に貴重な愛聴盤として大事に保存してきました。

田中研二氏の一番の特徴は、一見するとコミックソングかと思ってしまうほどのシニカルなウィットに富んだ詩を、投げやりに調子っぱずれに唄うところなんですが、その詩の世界は非常に文学的であり、このアルバムの愁眉ともいえる大阪における最も禁句な3文字を連発する「わいせつを語るブルース」では、言葉狩りの空しさや今でも通用する"わいせつ"の判断基準の曖昧さなど、愉しげに歌っていながら、その中身は非常に奥の深い味わいを持った詩が多く、そんなところからも彼を
信奉するフォロワーは意外なほど多くて、彼がオーストラリアに移住して、音楽の世界からその名が消えかかっていたところを、当時の関係者やファンの後押しによって1999年にSealsRecordsからCDで復刻されました。

田中氏の一見投げやりで、ひねくれたような歌の数々は、当時の社会情勢を反映し、これから自分がどこに転がっていくのか分からないという漠然とした不安を切実に表現しています。聴けば聞くほどにその歌の軽さとは正反対の深さや重さを感じさせてくれて、世に出した作品は一枚なれど、その一枚は非常に影響力のある名盤と呼ぶに相応しいもので、今の時代の若者がコレを聴いてなんと感じるのかぜひとも聞いてみたいところです。

チャーリーフロイドのように  田中 研二

第一面
1.日本沈没
2.欲求不満のラグ
3.市街電車
4.インスタントコーヒーラグ
5.臆病な町
6.すすき川の流れる所
7.食卓
第二面
1.わいせつを語るブルース#2
2.女鳥羽川
3.憲兵伍長の伝説
4.今朝も来た
5.ごきげんよう
6.長居をしすぎたようだ

GYPSUM001 コジマ録音 1974

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