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直観

本山での修行中の話を少し飛ばします。
修行を終えて山を下りる時はこれからどんな人生がまっているのか期待と不安を抱きながら希望に充ちていました。

「いったい、どうなるのだろう。自分はお坊さんとしてどう生きるべきか」

お師匠さんのお寺に戻ってしばらく働くことになりました。希望としては関西の大きな祈願寺に行こうと思っていたので、少しの間だけいさしてもらおうと思っていたのです。住職さんもそうしなさいと言ってくれていました。やがて4か月くらいたってお寺のお正月の行事がすんだ頃に住職さんからこう言われました。

「この寺も忙しくなってきたし、ここでこのまま働かないか」

私は正直、希望ではそうは思っていませんでした。もっと大きなお寺で同じような年齢のお坊さんと切磋琢磨しながら働きたいと思っていたからです。ここでは住職さんと私のふたりしかお坊さんはいません。なんだか甘えもでてしまうし、窮屈なような気もするし。

人はどんな気が合う人でもべったりと一緒にいるとアラが見えてきます。住職さんは確かに素晴らしい方でしたがだからこそ少し距離をとりながら指導を受けたいと思っていました。しかし、毎日滝行ができて山に囲まれたこのお寺は自分にとってぴったしでした。

「ここの仏様は自分を必要としている」

そう直観で感じた私はここでとにかく頑張るんだと決意したのです。
それとなんだか住職さんとは不思議な縁を感じられたので摩擦が起きることも覚悟できたのだと思います。
コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
必要とされてる場所。 (麗華)
2017-04-04 23:52:55
日々の生活の中で直感てとても大切だと思います。

自分を必要としてくださる方がいる場所で働けることはとても幸せな事です。
本日も1日お疲れ様でございます。
 
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