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かりそめの気持ちよさ

人はどうしても自分のことはさておき人の悪口を言いたがります。それは悪口を言っている間だけまるで麻酔のように自分の今すべき様々な事柄のプレッシャーから解放されるからです。

自分以外の他の人がそれに同調してくれるのならなおさら気持ちがよくなってきます。他人が今の自分のこの行いを認めてくれるように感じて大丈夫という偽りの勇気をもらえるからです。

しかし、何故だかその気持ちよさは長くは続きません。麻酔と同じです。すぐに切れてしまいます。
結果として悪口を言っている間は何も発展的なことが起きずに今すべき棚上げされた問題をあらためてテンションの低いままとりくまなくてはならなくなるのです。

だったらその時間に真面目に自分のやるべきことをしていればもっと今楽だったのにと内心感じ取ります。
でも辞められません。

難しい努力をするくらいならわずかな気持ちよさを選んでしまう、楽になりたい、楽になりたいという人間のあさましい心。

人は何でも自分の都合のいいように現実を歪曲していきます。でも本当に遺るものはすべきことをしっかりと行じた自分自身の足跡の痕跡だけなのです。
そして一番、退屈でつまらなくて、地味で面白くないものだったありきたりの毎日が「思い出」として輝きを放ってのこるようになります。

すべては逆に働いていきます。かりそめの気持ちよさを求めてはこの世は気持ちよくは生きられないのです。
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コメント
 
 
 
人は人、自分は自分 (麗華)
2017-05-18 23:43:18
わたくしも毎日の生活の中で、他人の批判をしてしまうことあります。

悪口ではないと思っていますが、いずれにしてもよくないことです。頭ではわかっていても気持ちが思うようにいかないのが本音です。でも..

I am myself and others are thereselves

もっと余裕を持ってスマートな自分になりたいと思いました。

本日も1日お疲れ様でございます。
 
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