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いいか悪いか

見えないけれど存在する。見えているけれど見えていない。

私達は自分の目にうつるもの、そして大勢がそうだとしているものを信じ込みがちです。そんなことあり得ないだろうということに関してはなるべく考えたくないのです。とにかく現状維持。それが本音です。

しかし、本当に私達が物事に対する智慧を身に着けることが出来たならば世の中はもっと住みやすくなるに違いありません。智慧と知識は違います。知識は膨大な情報を脳に焼き付け記憶し、それに照らし合わせて実務をこなすことを言います。しかし、智慧は脳よりも丁度、心臓付近の真心に行動の基準をおきます。そこにはどんな己れによって有益なことも真心からくるエネルギーに同調しなければ無益だと判断できる回路がそなわっています。いいか悪いかを理屈で判断するのではなく直観で感じる光の明るさが度合いで見極めるのです。

時には情がないのではないかということも大きな視点にたてば決断しなければいけないこともあるし、あまりにも優しすぎるのでは、自分にとって不利益すぎるのではないかということも甘んじて受け入れなければなりません。
ここで難しいことはそれがけがれなき心の鏡にてらしあわせてのことなので、鏡を曇らせてしまっていては判断力が鈍ってしまします。あくまでも無私の境地からが求められてくるのです。

特別な修行をしなくても、日々自分に対して偽りなく真っすぐに生きている人には自然とその能力は備わるし、その反対であるならば自分だけよければいいというよどんだ考えに陥ってしまいます。ただこれでこれで大丈夫がないことなので日々、心の鏡は磨き続けなくてはなりません。

私達は今もその最中であることを忘れてはなりません。
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