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タイミングと証

人との出会いは不思議なものです。その人がいるかいないか、出会うか出会わないかでその後の人生が大きく変わっていきます。弘法大師様が師である恵果阿闍梨との出会いをこう述べています。

「悟りを開けるか開けないか、そのことはそんなに重要なことではない。この人と出会えるかで会えないか、そのことが一番重要なのだ」

お大師様に恵果阿闍梨様は大切な法を伝授して数か月でこの世の生を終えました。まさにローソクの炎が消える前に大きく燃え上がるような時を二人は一緒に過ごしたと言えます。その出会いがなければおそらくこの日本に真言宗系の寺院は存在していないでしょう。それだけ二人の出会いは日本仏教にとって重要だったということです。
ならばもっと早く出会っていればゆっくりいろいろなことをお大師様は恵果阿闍梨に教われたのにと思うかもしれませんがそうではありません。その出会う時期、タイミングが重要なのです。遅すぎてもダメ、早すぎてもダメ。調度すべてが滞りなくすんなりと一つの器から次の器へと移されるタイミングです。そのタイミングを得るためにお大師様はあらゆる努力をしてその瞬間に備えました。恵果阿闍梨も長年ともに過ごした1000人を超す弟子よりも異国から突如現れたお大師様に自らの法がすべて移せると瞬時に悟ったのも理屈抜きの直観でした。

私達にもその直観は備わっています。そして見えない努力を繰り返しながら、いつか大きく転換できるタイミングを知らず知らずのうちに培っているのです。人との出会いは楽しいものです。そして悦びです。沢山の自分が自分以外の人の器に注がれていければそれが自分の存在の証になることでしょう。
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