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偽りの覚悟と救いの手

これは私の偏った意見かもしれませんが、だいたい自分が間違っていないかのように語る人は自分のことはさておいて最終的いいことしか言いません。

自分にとっても都合のいいこと。またいざ誰かに指摘されても逃げ場をつくるぐらいな範囲でしか物事を語れないのです。

テレビなどのメディアで加計学園や森友学園のことを取り上げる時に安倍総理に対して勇気をもって差し違える覚悟で発言したなどと前官僚の方、前理事長の方を取り上げます。まるで二人には一切の間違えがないような持ち上げ方です。

でもよーく考えてください。二人共なんだか似ていませんか。まるで自分が被害者のようないいようです。

「私は悪くありません。皆〇〇が悪いのです。私はそれを勇気をもって正そうと世間に訴えているだけです。覚悟をもって。人として正直に」


その覚悟とはいったい何でしょうか。そもそももともとの当事者は自分たちではないでしょうか。
万引きしろと命じられたから私はしました。私はそんなことしたくなかったのです。でも上からしろというからと言いながら自分は盗んだものでおいしい思いをしている。おいしい思いをしているくせにいざという時は自分は悪くありません。すべてそうしろというような忖度があったからしたまでですと。

人の悪いくせです。第二次世界大戦もメディアや新聞でさんざ戦争を煽ったのにいざ負ければ、そんなことしたくなかった。私達は悪くない。皆軍部が悪いんだ。

じゃあ、本当にそう思うならば勇気をもって反戦を訴えればいいのにその時は我が身かわいさにそんなこともできないのです。

すべては運命共同体です。責任も共同体なのです。だからまるで自分は悪くないような清廉潔白を気取るのは本当にやめてほしいと思います。


だまって自分の理想を追及したければコツコツとそこから努力すべきです。
厳しいようですが人間はやったことしかかえってきません。本当の覚悟がその人に感じられるのであればいずれ黙っていても周りから救いの手が必ず差し伸べられるはずです。
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コメント
 
 
 
本当の覚悟 (麗華)
2017-06-16 01:19:27
いったいどれだけの方々が覚悟を持って生きているのでしょう。

自分自身の行動に責任と覚悟を持ってこれからも生きて行きたいと思っております。

本日(6/15)も1日お疲れ様でございました。
 
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