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悩みの変遷

大学時代に信仰の道に入った私はある意味周りから見ても修行僧のようにこの世離れした雰囲気を漂わしていました。その頃のあだ名が釈尊君です。仏教系の大学だったのですが一般学生が多く、まだ僧侶になっていない一般学生である私が僧侶の学生よりも僧侶ぽかったみたいです。

ある日、友達が昨日一晩中、恋愛がらみでもめにもめて生きるか死ぬかみたいな騒ぎで大変だったと学校に行くバスの中で話してくれました。その時の私は正直、「どうしてそんなことでそれほど悩むのだろう。私にはあまり実感のわかない話だ」みたいに心に思いました。いつも一人である意味自己満足の中で自分を追い込んで生きている私はそのような悩みとは無縁だったのです。

しかしその後、沢山の友人とふれあい、関わり、恋愛も重ねるうちにやがてあの時の思いがうそのように自分も必死に誰かとの間でもがいている自分がいました。確かに人間関係は時として人生の一番の悩み事になります。それでは私はそれらのことをどう克服したか。

実際に僧侶になった今も、どうしてそのような悩みを克服したかなんてことは憶えていないというか、多分そのときそのときで必死であって答えなどなかったのが実際のところです。私は年を重ねるだけどこか経験みたいなところから要領がよくなったような気がしますが、やはり人との間で悩むことには変わりがないでしょう。

でも「どうしてそんなことで・・・」と思ったあの日から「そうだよ。やはり苦しいものだ」と同じ気持ちになれる人間、僧侶になっていることは確かだと思います。
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