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内なる指標

昨日も行の話をさせてもらいましたが、行は荒行することに意味があるのではありません。そうであるならば我慢競争みたいになってしまってどれだけ我慢したかで人格ぬきに優劣がきまってきてしまいます。

よく僧侶の間で「行に行される」という言葉があります。意味は行をすることばかりにとらわれてしまって肝心のその意味から遠ざかってしまうことです。私も今まで荒行をしてきた人の何人かにお会いしてきましたが、正直人として魅力的であったかい人と荒行をしてきた経験がうまく合致していないと思われる人もいました。

だからといってその人の忍耐力と苦しみを克服した精神力と信仰心を否定しているわけではありません。それをしたことのない自分がどうこう言うのも間違っているとも思います。ただ荒行をしていなくても素晴らしい人はこの世の中にいくらでも存在することも事実です。

この世に生まれる前からのことが重要なのだと思います。前世からどれだけ持ち越しているかでこの世のあり方が変わるのです。つまり今世でどれだけ頑張っても前世で頑張ってきた人には届かないことがあるということです。

私自身の魂の遍歴が今世でどうだかということは私にも詳しくはわかりません。しかしすべきことは魂のどこかで内臓チップみたいに静かに作動して導いているような気がします。
皆、内なる心のその声に耳を傾ければ荒行をしようがしまいがすべきことはおのずから決まってくるのだと思います。
コメント ( 1 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
一生懸命頑張ります。 (麗華)
2017-05-16 23:47:42
とっても難しいですね。

前世でどれくらいの事を持ち越せて今世を生かさせて頂いてるかわかりかねますが今を一生懸命頑張りたいと思いました。

まともなコメントお返し出来ませんが少し早めに上がれてテンション高めです。

本日も1日お疲れ様でございます。
 
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