gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

史跡巡り

2017-07-07 08:26:00 | 受験・学校
7月7日
7月3日(月)に加古川校、姫路校の生徒が姫路市の好古園に行ってきました。

 [好古園の歴史]
 好古園は市制百周年を記念して建造された約1万坪の日本庭園で文化財の保全と活用を兼ねた新しい文化の場として平成4年4月29日に開園しました。整備に先立つ7次にわたる発掘調査で、元和4年(1618)に本多忠政が造営した西御屋敷や武家屋敷、通路跡等の遺構が確認され、これは酒井家時代の「姫路侍屋敷」に記されたものとほぼ合致します。
 [好古園の名称]
 「好古園」の愛称は、藩校「好古堂」に因んで命名されました。江戸時代最後の姫路藩主であった酒井家は、前任地上野国厩橋(現在の群馬県前橋市)において元禄5年(1692)に藩校「好古堂」を開校しました。寛延2年(1794)に酒井忠恭が姫路藩へ移封されたとき、藩校も姫路城内大名町東南総社門内の元藩会所跡に移設されました。
 その後、好古堂は桜町大手前南側を経て、天保13年(1842)に酒井忠学は「好古堂」を大手門西側(現在の好古園入り口付近)に移転拡張しました。このとき、寄宿舎を私学校「仁寿山饗」から移築し、演武場などを新築し、藩校の規模を拡充して文武の基礎を固め、両道の振興を図りました。
 好古園入口の扁額は、酒井藩校「好古堂」の監学であった松平惇典が後に開いた家塾の塾頭であった結城義聞の子息で元東京大学教授・結城令聞氏の書です。
 受講した生徒たちは、夏の日差しの厳しい中、庭園内を40分程度見学しました。
ジャンル:
学校
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 兵庫県高砂市生石(おうしこ... | トップ | 総合学習(アルファジャパン... »
最近の画像もっと見る

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。