風に吹かれて旅ごころ

はんなり旅を楽しむはずが、気づけばいつも珍道中。

愛媛-大分、海の道 4-(2) [最終回]

2015-12-17 | 九州
その1からの続きです。

○ 人の名みたいな真木大堂



食後、のどかな田園風景の中を、バスは真木大堂(まきおおどう)に向かいました。
(真木といったら、マイク、蔵人、よう子...人の名前みたいなお寺だなあ)なーんて思っていたのは、バスの中で私くらいだったかもしれません。
この日巡るお寺は、すべて天台宗。国東半島では密教が盛んだったようです。
ミステリアスね―。
入り口には、どことなくユーモラスな仁王さんがいました。
おなかにはめ込まれたご意見箱は、ちょっと前までは公衆電話だったそうです。
仁王を見上げながら電話したら、迫力に気おされて、話したいことを忘れてしまいそう。



先程訪れたばかりの富貴寺のような古めかしいお寺を連想していましたが、シェルターのような近代的な建物に保管されていました。
中に入ると、ガラス張りの向こうに仏像が安置されています。
保存上の問題で、数年前に改築した時にガラスの仕切りを入れたのだそう。
国東半島には無人のお寺が多くて、仏像ブームの今は、盗難に逢うものが多いのだとか。
ここは市が管理しているため、その問題はないそうです。



この地方では、宇佐神宮を中心とする八幡信仰と山岳信仰が融合して、神仏習合の山岳仏教文化が形成されました。
かつて国東半島にたくさんあった寺院の中でも中心格のお寺が所蔵していた仏像が、ここに安置されています。
藤原時代に作られた9体の大きな仏像は、すべて国宝級の国指定重要文化財。
どれもすばらしい出来で、見とれました。

ご本尊は、東西南北に四天王を従えた阿弥陀如来坐像。
その両横に明王像が2体あります。
片方には白い水牛にまたがった、六面・六臂・六足、つまり手足と顔がたくさんある大威徳明王像。
頭から湯気を出していそうなほどに、怒った表情です。
見ているだけで「すみません」と謝りたくなります。



日本一大きな大威徳明王の像で、乗っている水牛は、富貴寺を建てたカヤの木の残りで彫られたと言われているそうです。
動物の木造彫刻としても珍しいくらいの大きさだとか。

反対側に立つ不動明王像は、大火焔を背に立ち、燃え盛っていました。
両脇の2人の童子と共に、存在感たっぷり。
とても見がいがありました。

○ カカシだらけ



敷地の外には、たくさんのカカシがありました。
私が見ただけでも、20体くらいあったでしょうか。
どれもなかなかのクオリティ。上の画像なんて、本当に畑帰りの人かと思っちゃいました。



ゴルゴ30や峰富士子もいましたが、中でもお気に入りは、これ。
竹久夢二の「黒船屋」だと、一目でわかりました。黒猫は黒くてよくわからなかったけど…。



バスでの移動中に「この道の先には双葉山の実家があります」とガイドさん。
この辺りから横綱が出たんですね。
しかし私は、双葉山と二子山の区別がついていないレベル…。(似てますよね!?)
大分の力士は、ほかに佐伯市出身の嘉風(よしかぜ)雅継がいるそうです。

国東半島のお寺の前には、石製の仁王像がいるのが特徴的。
仁王といったら、仁王門の中にいるものというイメージが強いもの。
吹きさらしの外に立つ石の仁王像は、ほかに星の井観音(座間)との岩瀬不動尊(千葉)と鬼子母神(雑司ヶ谷)で見たことがあります。
珍しいので覚えていましたが、この辺りはこのスタイルがメジャーなんですね。

○ 鬼の作った石段

次に向かったのは、熊野磨崖仏。
二日前に、アカネちゃんに臼杵の磨崖仏を見せてもらっている私は、(もう国宝のすごいのを見ちゃったからねー)と、こちらは正直チェックしていませんでしたが、実は今回の隠れたハイライトと言えるほど、えらくハードな場所でした。

「みなさん、荷物はなるべく少な目に!上着もバスに置いていきましょう!」
「女性も、服は脱いでいけるだけ脱いでいきましょう。誰も見ている余裕なんてありませんから、だいじょうぶ!」
「貴重品とタオルだけ持って降りて下さい」
と重ねてガイドさんは言います。
バスツアーでそこまで念押しをされたことがないため、(なぜ?)と、なにやら不安になってきます。

「入り口で杖を持って行きましょう」と言われても「邪魔になるからいいわ」と持たなかった人たちもいましたが、バスガイドさんの様子を見て(この先何がどうなるかわからないから)と感じた私は、受け取りました。



初めのうちはなだらかな山中の道で、それほどでも大変ではありませんでしたが、じきに傾斜がきつくなり、大変な行程にがらりと変わりました。
ごつごつとした、登りにくい石段を登っていきます。



不安定な石を避けて、登りやすい足場を探すため、石段の傾斜を確かめながら、一足一足登って行きます。
ヒールの人は、もう引き返すしかありません。
はじめは一列になって歩いていたツアーメンバーでしたが、体力の差で、次第に間隔があき、バラバラになっていきます。



登っても登っても、まだ石段は続きます。
みんな息が上がっていますが、石段は延々と続いて、どこまで続くのかもわからないほど。
じきに先のことは考えられなくなり、ひたすら目の前の石に足をかけて、うんせうんせと登っていくだけ。
もはや修行でしかありません。

足場が悪く傾斜が厳しい乱積みの石段。
杖と手すりを頼りに上っていく、険しく長い道のりです。
杖が無い人は、両手で手すりにすがりつきながらそろそろと上がっています。

これは鬼が一夜で積み上げた石段だと言われているそうです。
たしかにこの荒ぶりようは、鬼が作ったっぽい感じ。
でももうちょっと歩きやすく作って~。

みんな必死に登っているため、前を歩く人がバランスを崩して落ちてきたら、支えきれずに重なり合って一緒に落ちてしまいそう。
持っている杖で、よろめく身体をなんとか支えます。はじめにもらっておいて、本当によかったです。

○ 豊後の磨崖仏

250m登ったところに、ようやく磨崖仏がありました。
そりゃもう、ドドーンと!



山肌に彫りこまれた、8mもの巨大な不動明王(画像)と、6.8mの大日如来像。
普段だったら怒った顔つきをしている不動明王が、穏やかな柔らかい表情をしていました。

ハーハーと息を整え、汗を拭きながら見上げます。
平安末期の作だそうですが、保存状態がいい、すばらしいものでした。
豊後磨崖仏の代表的な作品だそう。
臼杵もすごかったですが、豊後も負けていませんね。

○ 石段を登りきったら

石段はさらに上へ続いているため、ひと休みしたのちに再び登っていきました。
一番上には、熊野神社がありました。



木を組んだ簡素な祠。みんなが「がんばって登った割には…あれれ」と拍子抜けした様子で、あっさり降りていく中で、私は辺りをちょっと散策してみます。
すると、先ほど正面を見た大日如来像の横顔が、木立の先に見えました。
わあ、巨大石仏の斜め上からのアングルなんて、貴重だわー。
みんな、すぐに下りちゃわないで、辺りを探検しようよー。
でもそこは崖が近い、足元注意の場所だったので、声は上げずに一人でひっそり見るにとどめました。



○ ガクガクの下り道

さて、石段を全て登り終えたので、後は帰るだけ。
帰りは下りになるので楽だわ~。って、そんなことはありません。
下りの方が脚は疲れるんですよね。



石段の石が平坦ではないため、バランスを崩しやすく、帰りも杖は離せません。
登りでずいぶん脚力を使ったため、疲れも出るのか、下りの方がよろめく感じ。
緊張しながら一足一足進むため、下りもおっかなびっくりです。



日光をさえぎるほどに木立が深い山の中なのに、登山ですっかり暑くなりました。
「わあ、もう無理かと思った!」「こんなにキツいなんて知らなかった!」
ツアーの初めはみんな静かでしたが、一緒に声を掛け合いながら登山をした後は、参加者同士でうちとけた会話をしています。

○ ピカピカの仏像たち



石段を下まで降りきって、杖を戻したところに、石の仁王が立っています。
718年開基という古い歴史を持つ胎蔵寺。
12世紀頃にここの住職が熊野を訪れた後に、山肌に磨崖仏を彫ったことから、ここのお寺を今熊野山胎蔵寺、山腹の石仏を熊野磨崖仏というのだとか。

お寺には黒い袈裟姿の尼さんがおり「これを自分の干支に貼って」と、爪ほどの小さな金のシールを数枚もらいました。
梵字が印刷されています。



境内を見回すと、日の光を受けて、なにやらそこかしこがピカピカまばゆく光っています。
わー、まぶしい!なにこれ?
金銀のシールを貼られた金ぴかの仏像がずらりと並んでいました。
龍神も干支もいるし、七福神もいます。
初めて見る光景に、あっけにとられて固まりかけましたが、ミャンマーなどで、金箔をお布施として仏像に貼る習慣と同じことかなと考えて、我にかえりました。

うーん、どれに貼ろうかな。
自分の干支と、本堂前の大きな不動明王の心臓部分、あとは鰐口などに貼ってきました。





○ 両子寺じっくり散策

その後、両子寺(ふたごじ)へ。国東半島で一番高い両子山の中腹にあるお寺です。
山門に続く石段の両脇に、立派な石造の金剛力士(仁王)像が立っていました。
とても絵になりましたが、撮影者が大勢いたので私はパス。ツアーだとみんな一緒で順番になってしまうんですよね。
(あれ、ふたごじって?)とふと思いましたが、別に二体の仁王様が双子というわけではなさそうです。



ここの絵馬は、身体守護絵馬といって、人型をくりぬいて飾る仕組み。
自分の身体の調子の悪い部分を、くりぬいた型にチェックして奉納すると、護摩炊きでご祈祷してもらえるそう。
グリコのガムみたいですね。(わかる人、いる?いて~!)



奥の院には千手観音像が祀られていました。
この観音様は、九州西国三十三箇所にも選ばれているんだそう。



奥ノ院の奥の洞窟では湧き水も飲めると聞いて、洞窟内に入ってみましたが、暑い日だったからか、残念ながら水は湧いていませんでした。
自然の恵みは、そういうこともあるものです。



こちらの仁王像は、境内最古のもの。
仁王らしからぬ小ささが、なんだかかわいらしさも感じます。
まさに小さな巨人!



○ 風吹きぬける参道

自由行動時間中に、境内から出て、ひとり参道に戻ってみました。
先ほどみんなで通ってきた道ですが、この時はもう誰もいません。
静かに風が吹き抜けていき、サラサラとした風の音が聴こえるだけ。



まっすぐな雰囲気のある参道に、ひとりきり。
こんな広々とした空間を独り占めできるなんて。
静かに目をつぶって深呼吸すると、緑の香りが身体の中に入ってきて、安らいだ気持ちになります。
このまま風景に溶け込みそう…。千の風になって~♪(まだ早いか)



今回の旅はけっこうダイナミックに動きましたが、最後にこんなおだやかな時間を体感できるなんて。
明日からせわしない都心に戻って、ちゃんと復帰できるのか、心配になってしまうほどでした。
今は、青々とした紅葉が日光に照らされて輝いていましたが、もう少ししたら紅葉が見事に映えることでしょう。

○ 空港でサヨナラ

バスに集合して、そこから30分ほどで、大分空港に到着。
飛行機に乗るために降りたのは、私を含めて3名。
残った人は、別府や大分に戻って旅を続ける人たち。
誰もが旅行者で、ツアー中、楽しく会話を交わしたので、皆さんに挨拶をし、バスに手を振って、お別れしました。



さて、これで今回のすべての旅程が終了。あとは帰るだけ。
ただ、フライト時間とうまく合わず、4時間ほどこの空港で過ごします。
アカネちゃんには「大分空港、なんにもないけど、そんなに長い時間いて大丈夫?」とかなり心配してもらいましたが、「空港内を探検するから、大丈夫」と笑って答えました。
しかーし、空港内探検は、ものの20分程度であっさり終了!
思ったよりもはるかに小さ・・・いえ、コンパクトでかわいらしい空港だったんです。

○ 大分空港で過ごす

せっかくの待ち時間を使って、どこかを観光したい気持ちにもなりましたが、この空港は市街地までずいぶん離れた場所にあるため、無理に動くのはやめて、のんびり過ごすことにします。
ふたたびじっくり探検再開。
お土産屋さんでおもしろいアイテムを見つけたので、撮らせてもらいました。
諭吉さんの学習帳。勉強の効果よりもなぜかお金がたまりそうな気がします。



地獄の閻魔帳と書かれているのに、全く怖そうじゃないのがツボでした。
しかも閻魔って書いているのに、描かれているのは赤鬼。ちょっと関係ないんじゃなーい?

さらに「毎日地獄です」Tシャツを発見!
人気なのか、色違いシリーズになっていました。
これ、別府だったらウケ狙いで着られますが、都心で着たら、みんなに気の毒がられちゃいますね。
よーし、たくさん買って帰ろう。(いえ、やめておきましたよ)



屋上の送迎ゲートからは、海がすぐそばに見えました。
私がやってきた愛媛の佐田岬も、佐賀関港も、一望できるはずなのですが、この日は水平線が霞んでいて、目を凝らしても見えませんでした。
確かにあの辺にあるんだけれど。



そういえば、私が九州に初めて降り立ったのは、ここ大分空港だったなあと思い出しました。
誰かに「大分空港は板張りなんだよ」と教えられて、素直にそう信じていたら、アカネちゃんに「ちょっと、そんなはずないでしょ!!」と言われたことを思い出します。
私としては板張りの空港が、楽しみだったんですが。
大分のホバークラフトにも、一度乗ってみたいと思っていましたが、もうなくなってしまったと聞いて、残念でなりません。

九州にはハキハキとした人が多いようなイメージですが、大分と佐賀の人はおっとりしているといた印象を勝手に持っています。
夕焼けが見え始めてきた空港から飛び立って、帰途につきました。



○ epilogue

今回は、四国から佐田岬を通って九州へ海路で渡るという目的に加えて、愛媛と大分の気になる場所を訪れた旅になりました。
行き帰りのフライトは一人でしたが、愛媛の宿ではシシ鍋を囲んで知り合いが増えたし、大分では友人にガイドをしてもらい、最終日にはバスツアーの参加者同士で交流したので、旅行中寂しい思いはしませんでした。

以前は、ツアー旅行がメインでしたが、最近ではフリー旅行ばかりしています。
観光地を巡ることだけが、目的ではなくなったからです。

今回も、アカネちゃんに何度も「普通とは違うリクエストするね」「観光客が行く場所じゃないところばっかり」「パワースポット巡りとも言いきれないよね」などと言われ、そのたびに「そうかなあ、あはは」と笑っていました。

松山と大分、気づけばどちらも温泉どころ。お湯に困ることはありませんでした。
海あり山あり、食も充実しており、葉が色づき始めた初秋の自然を楽しめました。
ゆっくりした時間を味わうには、温泉地がいいですね。
天候にも恵まれた、思い出に残る旅でした。


愛媛-大分、海の道 4-(1)

2015-12-14 | 九州
3日目からの続きです。
○ 国東半島バスツアー

4日目の朝、宿をチェックアウトして、別府駅に向かいました。
ここから、大分交通の「国東半島史跡めぐり」バスツアーに参加します。
平日なので、参加者は数名くらいだろうと思ったら、総勢20名ほどのちょっとした大所帯。
普段よりも人数が多いため、急きょ大型観光バスで巡ることになったそうです。

一人参加はあぶれものになって寂しいかな、と思いましたが、おひとりさま参加者はほかに何人もいたので、大丈夫でした。
渋いテーマなので年配の方ばかりじゃかなとも思いましたが、意外にも年齢層は幅広く、すっととけこめます。
みんな精力的に写真を撮りまくっていました。



はじめは海沿いの道を通っていきます。
パームツリーが生えていて、南国ムードたっぷり。



別府には港もあるんですね。桟橋から乗り込む参加者のために、バスはコンコースをぐるりと回ります。
ちょうど、さんふらわあ号が入港停泊中でした。
実際に見るのはこれが初めて。大き~い。



○ 地獄じゃなくて温泉天国

山の方から上がっている煙は、鉄輪温泉だと教えてもらいます。
かんなわという名前が特徴的で、印象に残っていました。
「鉄輪」といったら、能の演目を思い出します。
幽玄というよりもおどろおどろしい丑の刻参りの話ですが、この場所にはそんなイメージはありません。
能とは関係ないんでしょう。ひょうたん温泉の砂湯に行ってみたいな。



わ、なんかいる!
ガラス越しに撮ったら、自分の影が映ってしまいました。
山の陰になっているのは、でいだらぼっちではなくて私の頭ですー。

アカネちゃんにも、ドライブ中にいろいろな温泉を紹介してもらいました。
たくさんあって、覚えきれません。
大分は、日本一の温泉天国なんですものね。

快適なシーサイドドライブにウキウキ。
「でも海はここまで。今日は山をメインにまわります」とバスガイドさんが言った通り、バスはどんどん海を離れていきました。

○ 八幡宮の総本社



まず最初に訪れたのは、JR宇佐駅。
神宮を模した、朱塗りのアクセントのきいた駅舎です。

宇佐神宮は前々から訪れたかった場所です。
普段身近な鎌倉の鶴岡八幡宮は、もともとは京都の石清水八幡宮から勧請したお社。
石清水八幡宮は、さらにこの宇佐神宮から勧請したお社です。
時代によって政治の中心地が変わったため、八幡の神様を祀る大きな神社は日本中にいくつかありますが、全国にある八幡宮の総本社は、ここ宇佐神宮。
その割にそんなに知られていない気がしますが、それは私が関東に住んでいるからでしょう。

そういえば、アカネちゃんの曾おじいさまは、宇佐神宮の宮司だったそうな。
アカネさんって、華麗なる一族なんじゃない?(いきなりサン呼びしてみたり)

○ 和気清麿呂も神様に

バスガイドさんが、和気清麿呂の話を教えてくれます。
宇佐の八幡神の神託を受けに来て「道鏡を天皇にしてはならぬ」という神のお告げを持ち帰った彼。
怒った道鏡が清麿呂の名前を変えた話は知っていましたが、怒り任せに彼の足の筋まで切った話は知りませんでした。
それはやりすぎー!神様のお告げなんだから、神様を恨めばいいのに。
島流しにされた清麿呂が宇佐の地にたどり着いて、神のお告げにより温泉に足をつけたら痛みが収まったという話も初めて聞きました。

ここには清麿呂も神として祀られているそうです。
ちょっとドサクサでは?
でも彼の活躍で、天皇の歴史が変わらずに済んだので、皇室としては大きな存在ですね。
鳥居には屋根がついており、仏教を初めて取り入れた神仏集合のスタイルを保っています。



宝物館前の木のところにサギがいました。
池に棲みついているのでしょう。



○ 広大な境内

境内は自由行動で、思い思いに参拝します。
大手旅行会社のように行動をきっちり管理されているわけではなく、バスを降りたら基本自由行動なのが気楽。



それにしても広い境内です。春日大社も広いと思いましたが、結構起伏もあるし、敷地面積はそれ以上のようです。



そしていよいよ、八幡の神様にご挨拶する時がやってきました。
宇佐の神様には、どんなお願いをしてもいいけれど、「天皇になりたい」というのはNGだそうです。
道鏡ショックが今も続いているんですね。



拝殿は祀られている神様ごとに3つに分かれており、すべてに参拝してきました。
境内には大楠の木があり、みんなで撫でます。ナデナデ・・・。



大人気の大楠ですが、人間だけでなく、オオカマキリも近くにいました。
なにかお告げをもってきたの?



○ 元宮は山の上

遠くの山の遙拝所もありました。宇佐神宮の元宮は、南東4Kmにある御許山の9合目にある大元神社になります。
神代の昔、この山頂に三柱の比賣大神が降臨されたと言われています。
御神体の巨石が三つあるそうですが、大元神社から上は禁足地で、立ち入ることができないそうです。



御朱印もいただきました。美しい字で書いていただきました。
結構な傾斜の階段を上って拝殿に行ったので、今度は降りていきます。



普通の絵馬のほかに、きれいに塗られたひょうたん絵馬も奉納されていました。
ご祭神の神功皇后がひょうたんに母乳を入れて、息子の応神天皇に与えられたといわれているからで、願いを書いてひょうたんに入れて奉納するため、他の人に見られずに済むそうです。



帰り道、長く続く階段を下りて振り返ると、ほかに人はおらず、漂っているのは聖域ならではの住んだ空気。



境内には神宮仕様のポストがありました。
宇佐神宮のスタンプが付くのかしら?



帰りは別ルートを通ってみました。
行きに通った朱塗りの橋を眺めます。



○ SLクラウス号

神社の境内には。SLクラウス号が展示されていました。
昔は宇佐参宮鉄道としてこの辺りを走っていたそうです。
神社とSLの組み合わせは、不思議ですが、クラシカルなところでは共通しているのかも?



現在、このクラウス26号と同じ形式のものは、北海道沼田町(15号)と岩手県遠野市(17号)に保存されているものだけ。
チョロQもあるそうです。ちょっと欲しいな。

○ 秘密結社ねぎねぎ団

参道にあったねぎ焼きのお店に吸い寄せられました。
世界中にねぎ好き人間の増殖を企てる秘密結社、ねぎねぎ団!とっても気になるわ~。
でもまだ準備中のようでした。
ああん、ねぎねぎ団に入団したかったのに~。イラストを見るに、ショッカーっぽい団員のようです。



念願の宇佐神宮を、この日いの一番に参拝できて、とても満足。
突き抜けるようないい天気の日で、神様に願いがまっすぐ届くようでした。

○ もうすぐ収穫期

バスの外はのどかな光景。
時が止まったような景色に心癒されます。
なにもないのが、いいんですよね。



○ 富貴寺の住職の法話

それから次に、富貴寺を参拝しました。
平安時代に宇佐神宮大宮司の氏寺として開かれた、由緒ある寺院。
石でできた仁王像はどっしりとしており、木造とはまた違う存在感を放っています。



仁王門をくぐり石段を上がって行ったところに、国宝のお堂がありました。
福岡出身の知人が「ここの屋根のカーブが最高に美しい。日本一だ」と絶賛しているので、じっくり見入りました。
均整のとれた美しさがあります。
ただ日本一と言われると、どうかしら。そこはもう好みの領域です。



お堂の中で、住職のお話を拝聴します。
まず、「ここは富貴寺ではありません」と言われました。
え?どういうこと?
富貴寺は石段を降りたところにあるお寺で、今いる場所は大堂(阿弥陀堂)だそう。
でも、富貴寺と言ったらこのお堂の写真が出てくるので、あれれ?ですね。

国宝指定されているのはこちら。正確には富貴寺ではなく大堂でした。
九州に現存する、最古の木造建築だそうです。
平安時代後期の建築で、大堂とご本尊の阿弥陀如来像は一本のカヤの木で作られたものだそう。

いろいろと歴史を交えた法話をしていただきました。
「おがむ」とは「挨拶する」こと。
インドで「ナマステ」(帰依する)と言っていたのが、「南無」(+相手の名前)となっていったそうです。
「なむあみだぶつ」の「なむ」は、「ナマステ」から来ていたんですね。

石清水から鎌倉に八幡宮を勧請し、八幡の神を全国に広めたのは源氏。
神宮を管理していた宇佐一族はこの地で繁栄していましたが、平家方だったため、源氏に目を付けられたそうです。
援助を失い落ちぶれてしまった宇佐神宮を、富貴寺が管理していた時代もあったのだそう。

1052年には末法年として終末思想が日本を覆いました。
少し前に、私たちも世紀末を体験しましたが、情報の少ない時代ではそれ以上の深刻さがあったでしょうね。

比叡山の源信が「世の中が末法となるのを防ぐには、阿弥陀如来像を作ってすがるしかない」と本に書いたため、当時のお金持ちは、こぞっって阿弥陀堂を作ったそうです。
源信は、源空(法然)の師匠。
このお堂も個人が作ったもので、平泉中尊寺金色堂、宇治平等院鳳凰堂と並ぶ日本三阿弥陀堂のひとつとされているのだそう。
その二つ、そして京都大原の三千院と同じ建築様式で建てられているそうです。

くすんだ壁には白カビのようなものが見えますが、それは経年劣化で色落ちした重要文化財の仏画だとのこと。
うっかり落とすわけにはいきません。

当時は"のこ"がないため、かやの木目がまっすぐではないのだそう。
そういうことを考えてみたことがありませんでした。
昔は、よくまっすぐに近い形にしてお堂を建てたものですね。



法話を終えて下のお寺に戻って行く住職。
大木の茂る境内の中で、雰囲気がありました。

○ 声聞くときぞ秋は悲しき

そういえば、法話中に「ピーー、ピューー、キュウウウ」という気になる声が森から聞こえてきました。
鳥の声かなと思っていましたが、あまりに鳴き続けるため、住職は法話を中断して「あれは鹿の鳴き声です」と教えてくれます。
かしこまって正座をし、静かに聞いていたみんなは、「えーっ?」と驚いて少し腰を浮かせる人も。
おそらく鹿の声を聞いたのは、みんな初めてだったんでしょう。薄暗いお堂の中はざわざわしました。

鹿の鳴く声といったら、百人一首の猿丸大夫の名句「奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の声聞くときぞ秋は悲しき」ですね。
どんなに心にしみわたる、物悲しい切ない鳴き声なんだろうと思っていたら、叫んでいるような落ち着かない高い声でした。
思ってたのと違うー。あんまり聞きたくないわー。

パートナーを探す、雄の鹿の求愛の鳴き声ですが、この声で雌ジカは惹きつけられるのかしら。
うーん、鹿の世界はよくわかりません。

○ この日もだんご汁

参拝後には、お寺の向かいにある「カヤの木」という食事どころで、昼食をとりました。
蕎麦定食かだんご汁定食かで、だんご汁の方を選びます。



昨日の夕食にアカネちゃんと食べたばかりですが、おいしかったので。
わーい、平麺続き。ヘルシーな食事でした。

その2に続きます。


愛媛-大分、海の道 3-(2)

2015-12-07 | 九州
3-1からの続きです。

○ どこに行く?

ランチを済ませ、お茶を飲みながら「これからどうしようか」とアカネちゃん。
私のリクエストした場所には、すべて連れて行ってくれました。
どうもありがとう。とっても満足しています。
だから「ほかにどこか行きたいところ、ある?」と聞かれても、すぐには出てきません。



「じゃあ、さっき通ってきた由布院はどうかな」
すっきりとした形の由布岳も、高速から見えた山間いの町も、とてもすてきでした。
「それなら、無量塔(むらた)に寄ってみようか?」
一泊7万円もするという高級旅館ですが、仲のいいお友達が勤めているので、時々お茶をしに行くと、さっき聞いたところです。
「なんとかっていうロールケーキが有名なんだよね」とアカネちゃん。
「Pロールじゃない?」と言うと、「そう、よく知ってるね」と驚いた風。
たまたま雑誌かなにかで知っていて、いつか食べてみたいなと思っていました。
「それじゃあ湯布院に行こう。友達に連絡しておくわ」

花が咲いているかわいいトンネルをくぐりました。
ルルルン・ルンルン♪



先ほども見た由布岳が近づいてきました。
きれいな形に、やっぱり見とれます。



○ 山荘 無量塔

静かな高級別荘地に入り、駐車場に車を停めていると、アカネちゃんのお友達の琥珀さんがわざわざお出迎えしてくれました。
突然行ったのに、にこやかに挨拶してもらって、ありがたいなあと思います。
「十三曲、大変だったでしょう」
アカネちゃんが東京からこちらに戻ってきた時に、運転の練習につきあったんだそう。
つまり今回アカネちゃんが十三曲を無事クリアできたのは、琥珀さんのおかげだということになりますね。
乗せてもらった私も、感謝しなくちゃ。
広い敷地内を散策がてら、建物まで歩いて行きます。



琥珀さんに教えてもらった通りに、門を入りますが、それからもまだ道は続き、歩いていきます。
敷地の広さをまったく把握できていません。
そのうちに、緑に囲まれるようにひっそりとたたずむ建物が見えてきました。



数名のスタッフが入り口前で出迎えてくれて、案内のもと、すんなり中に入れてもらえました。
琥珀さんが、宿に連絡を入れてくれたようです。
さすがはサービスの質を誇る高級旅館だわ。



渋い古民家風の入り口をくぐると、中にはいろりのある土間がありそうでしたが、まったく違ったシックで重厚な西洋建築のつくりでした。

○ Tan's Bar

案内されたTan's Barは、オーセンティックな雰囲気。
石の暖炉の上には、巨大なスピーカーがありました。
1930年代のアメリカ製劇場用スピーカーだそう。時代ものです。



宿泊客を主体にしたラウンジで、ティータイムはカフェになります。
敷居が高くて、知り合いでもいない限りは、まず入れそうにないところ。
今回は、正にその知り合いがいたので、来ることができました。
貴重な機会だわ。
重厚な調度品に木漏れ日が差し込み、絵の中に入り込んだような濃い陰影の中でのお茶となります。



静かに流れるクラシック。時が止まったよう。
男性が一人、お茶をしながら、静かに読書中でした。
絵になります。こういうことがさりげなくできる人って、すてきだわ。



○ ふわふわPロール

九重夢吊り橋のそばでランチをすませた後にまっすぐここを訪れたので、まだおなかは空いていません。
でも、本家本元でPロールをいただけるチャンスを外したくありません。
なので、紅茶とPロールを注文します。
このあとの夕食が入らなくならないように、アカネちゃんと半分こしました。



フワリとしていて、思ったよりもすいすい食べられます。
深みがありながらも、食べやすい味。
本当においしいわ~。ファンが多いのも、うなずけます。



穏やかな時間の流れるひと時。
ずっといたい場所でした。

○ 縁は味なもの

今回、由布院は旅程に入っていませんでしたが、たまたま九重から別府までの移動ルートの途中にあり、たまたまアカネちゃんのお友達が働いており、たまたま私がPロールの噂を知っていたことで、このお宿を案内してもらえました。
そうして味わった、極上の時間。
縁はまったく、味なものだなあと思います。

無量塔を出る時にもまた、数名のスタッフがお見送りに出てくれ、おそらく連絡がいったと思われる琥珀さんが、帰りがけにもまた、駐車場までお見送りしてくれました。
本当に、至れり尽くせりの丁寧なサービス。
ああ、いつかまた、ここに来たいものです。
今度は泊まりに来れればいいな。

日はゆっくりと傾き、由布岳が赤く燃えるように輝いていました。



○ 夕焼けドライブ

車に乗り込み、次は夕食のお店に向かいます。
つまり、ランチ→ティータイム→夕食と、移動しては食べ続けているため、おなかは減っていません。
気づけばグルメな一日です。
まあ、ランチはヘルシーだったし、暴飲暴食していないし。(とあっさり自分を許す)



この日はいい天気だったので、夕日もとてもきれい。
夕焼けが光り輝くように、山の向こうへと沈んでいくと、やがてあたりはかげってきました。



○ 阿蘇の雪解け水

真っ暗になる前に、市街地まで戻っておきたいところですが、途中で通りかかった霧島神社に寄ってもらいます。
一旦通り過ぎたところを、わざわざUターンして戻ってくれました。
境内から山からの自然の水が出ているのだそう。

画像ほど暗くはなく、まだ灯りはいらないくらいの境内。
ここでお水をいただきました。
湧き水かと思ったら、阿蘇の雪解け水なんだそう。
阿蘇山は、熊本だけでなく、大分の方にも自然の恵みをもたらしているんですね。



標高が高い場所におり、帰りの道すがら、遠く下の方に別府湾沿いのイルミネーションが瞬いているのが見えます。
「湘南平みたい」と口に出して言ってから「あ、神奈川にあるところだから、わからないかな?」と付け足したら「わかるよ。私も行ったことがあるから」とアカネちゃん。
「おや~、あそこは車でないと行きにくい場所なのに、一体誰と行ったの~?」とすかさずつっこんだら、「そういうリカちゃんこそ!」と反撃がきました。
会話はどこへ転んでいくかわかりません。油断禁物(笑)。

○ 茶寮 森澤

車から降りたのは、山の中腹あたり。
眼下にも光が見えるし、高い山の尾根沿いには、青い光がいくつか見えます。
ロープウェイが通っているとのことなので、その明かりでしょう。

夕食は、別府の丘にある、古民家を改修したお店で。



茶寮 森澤という看板がかかっています。
別府 森澤としてお店が数件ある中の茶寮だそうです。



大きなお屋敷を改修したようなお店。この建物にはくぎを一本も使っていないんだとか。
なのにちっともミシミシ揺れませんでした。昔の日本家屋って、すごい。



江戸川乱歩の小説に登場しそうな、なにか物語が始まりそうな、雰囲気たっぷりの建物です。
「磨き抜かれた床」というのは、こういうことなんだろうなと、ピカピカの木張りの床を見て思いました。

画像左の小部屋に案内してもらいます。
掘りごたつの個室。ひっそり密談ができそうです。



○ 大分の郷土料理

私たちもひそひそと密談しました。
「とり天、まだ食べてないよね」「うん、まだ」「じゃあこの辺りの郷土料理を頼もう」
声を潜める必要なんてないのに、雰囲気がそうさせるんですねー。
とり天とだんご汁を頼んで、また二人でシェアしました。



だんご汁は、前にアカネちゃん宅でごちそうになったので、これが2回目になりますが、とり天は初めて。
「鳥を天ぷらにしてもおいしいと思うんだけど、東京ではみんな唐揚げにするからねえ」
確かに、お肉の天ぷらって食べたことがありません。



たれは二種類。お好みで味わえます。
どちらにつけても、おいしかったです。



サクサク・ヘルシー。
全国レベルで人気が出そうなのに。

平麺が好きな私は、だんご汁がお気に入り。
味がよくしみ込んでいて、こちらも箸が止まりません。



両方ともおいしくて、残さずいただきましたが、さすがに満腹で、おなかをさするばかりの私たち。
めずらしくも、デザートの別腹はありませんでした。

○ 観光地じゃなかった?

幸せな気持ちになって、お店から出て、海に向かって山を下りていきます。
別府の町は、碁盤の目になっているのだそう。
それならさぞ運転しやすいだろうと思いますが、一方通行の道路が多いので、逆に運転しづらいとか。

どんどん坂を降りていき、ほどなくして別府駅に到着。
ここでお礼を言って車を降り、アカネちゃんとお別れしました。
アカネちゃん、二日間、車でないと行けない場所に連れて行ってくれ、ガイドをしてくれて、どうもありがとう。
おかげさまで、とっても楽しく、いい思い出ができました。
大分、素敵なところばかりだったなあ。

行きたい場所を伝えた時に、「リカちゃんって、普通の観光とは違う場所に行きたがるね」と言われて、鋭い考察にドキッとしました。
観光地を巡ってもらったつもりだったけれど、そうでもなかったのかしら?
たしかに、この2日間、他県ナンバーの車が集まっていたのは、夢吊り橋くらいでした。
観光客は、普通はどこに行くものなんでしょうね?逆に気になるわー。

アカネちゃんの車を見送った後、少しセンチメンタルになりながら歩き出すと、そこには夜も勢いのある手湯が、ゴボゴボと活動しており、なんだか元気が出ました。



○ 別府温泉めぐり

宿にいったん戻って入浴グッズをかかえ、今度は市営温泉へと向かいました。
別府といえば地獄めぐりが有名ですが、地獄の温泉は見るだけで、入浴はできません。
その代わり、別府の町の中には、いくつもの市営温泉があり、別府八湯と言われています。

もう夜なので、宿から歩いて行ける近場を巡ってみました。
巡るといっても、のぼせやすいので、温泉すべてに入るわけではありません。
不老泉と駅前高等温泉、そして竹瓦温泉に行ってみることにしました。

まずは、不老泉。
名前がいいですね。若さの泉!みたいで。



モダンな建物から、湯上りの浴衣姿の女性が出てきて、夜の中に消えていきます。
なんとも風情がありました。



駅前高等温泉は、レトロな外観が特徴的ですが、残念ながら目下外装工事中。
でも中は営業中でした。



海側にある竹瓦温泉は、大きな古めかしい建物。
数日前に訪れた別府の道後温泉本館に雰囲気が似ているなと思い出します。



ただここは、桃色通り(森見登美彦風に言うと)に面して立っており、こわもての男性たちが店の前に立って、道行く人に鋭い視線を送っています。
私なんて、見るからに温泉に向かうとわかる格好をしているので、何が起こることもないとはわかっていますが、お風呂グッズをかかえて通るのはかなり場違いなところにうっかり紛れ込んでしまいました。
ボルゾイのような顔つきをした男性たちの前を、身がすくむ思いをしながら、ぎくしゃくと歩いていきました。



建物の中に入ってみると、外観だけでなく、内装もとてもレトロ。
さっとお湯につかっただけでほかほかになります。
さすがは温泉。涼みがてら、海の方まで歩いて行きました。

○ 星空キラキラ



海の近くには、昭和テイストたっぷりの別府タワー。
通天閣に似ている感じ。
車通りなのでにぎやかですが、海まで出るとさすがに真っ暗になりました。
夜の湘南の海のようだなと思いながら空を見上げると、湘南よりもはるかに多くの星がキラキラとまたたいています。
その美しさに、声もなく見とれました。

温泉につかって、海と星空を眺めて、お散歩はおしまい。
宿に戻ってのんびりしました。

4日目に続きます。


愛媛-大分、海の道 3-(1)

2015-12-02 | 九州
2-2からの続きです。

○ 書生か五右衛門か

3日目に入る前に、前日の晩の話を少し。
別府の宿は、夜更けにフロントが閉まり、宿泊客のみ宿に入れるようになっています。
夜更けに、ひとけのない入り口そばのソファで地図を見ていたら、ドアが開く音がしました。
振り向くと、和服姿の男性が静かに中に入ってくるところでした。
薄暗い照明の下で見たその人は、ルパンの五右衛門っぽい格好をしており、内心ちょっと驚いて黙っていると、その人も何も言わずに、スーッと上階へと消えて行きました。
今の人は剣士?それとも書生?非日常的で、夢か幻を見た気分でした。

翌朝、再びその人を見かけました。
今度は普通の格好で、朝の日光の下だと夕べの正体不明の雰囲気は消えてサワヤカでした。
目が合って、挨拶ができたので、勇気を出して「夕べ、着物を着ていた方ですか?」と聞いてみました。
我ながら(変な質問!)と思いましたが、「そうですよ」と答えが返ってきました。

その人はヒッチハイクで日本一周旅行中の学生さんでした。
ほとんど終わりに近づいており、数日後には帰宅するとのこと。
そういう人に初めて会ったので、興味津々。あれこれ話をしました。
語りは尽きませんでしたが、お互いに旅する者同士、この日のプランがあります。
「これから地獄巡りに行ってきまーす♪」という彼を「地獄へいってらっしゃーい♪」と見送ってお別れし、私は別府駅へと向かいました。

○ 別府駅前のあれこれ

駅前には、ポコポコと音を立てて水があふれ出している場所があります。
温泉で、足湯ならぬ手湯でした。
手を入れてみると、けっこうな熱さ。
地球は生きているんだなって思います。
このボコボコが時折「ゴボッ!!」と大きく噴出するので、うっかりお湯を頭から浴びそうになりました。



手湯の隣には、風変わりなおじさんの銅像がありました。
両手バンザイして踊ってるの?子鬼がくっついてるの?
どう見ても変わっているこの銅像は「ピカピカおじさん」こと油屋熊八だそうです。

見たことがない突拍子もない銅像なので、遠巻きにしながらじりじりと近づきました(笑)。
別府に亀の井ホテルを創業し、この辺りを一躍観光地にした人なのだそう。
子供に「ピカピカおじさん」と名乗っていたそうです。
こんなユーモアたっぷりの姿の銅像を建ててもらうなんて、今でも地元で尊敬され、愛されているんでしょうね。



別府駅にあった顏はめパネルにも、ピカピカおじさんは描かれていました。
これだけ見ると、歌舞伎美人が入浴しているところに「やっほーい、別嬪さんたち、わしも混ぜてくれー」と飛び込もうとしている、残念な変人にしか見えませんけど(笑)!



一人旅で残念なのは、顏はめパネルを楽しめないことです。
顔が入っていないものを撮りました。

○ 実はシーサイドタウン

この日もとてもいい天気。旅を始めてから、連日暑い日が続いています。
朝は、車窓から見える青い海を眺めながら大分駅へ。
昨夜日豊本線に乗ったときには暗くてよくわかりませんでしたが、別府って海のそばにある町なんですね。
なんとなく、九州の温泉はみんな山の中にあるようなイメージだったので、意外でした。



別府と大分の間には2つ駅がありますが、どちらもとてもレトロな駅舎。
駅前でアカネちゃんに会い、車に乗せてもらいながら聞いてみると「無人駅じゃない?全然乗らないからわからないけど」
県内一大きな駅の隣が、もう無人駅?なんというか、ダイナミックですね。

○ 柞原八幡宮と大友宗麟

まずは柞原八幡宮へ向かいます。(ゆすはら)とも(いすはら)とも(ゆすばる)とも読むそうです。
名前は、だいたい合ってたらいいのかな?
思ったよりも距離があり、けっこうな坂の上にありました。



アカネちゃんは「ここに来るの、中学校の時に学校の行事で来た時以来」と言いながら、記憶を探っています。
「神社まで来た記憶はないから、この辺りで遊んだのかなあ」
長い石段が続く、格式高い立派な古社ですが、近所の人はそれほど来ないんでしょうか。

着物姿のかわいい男の子と女の子が、両親に連れられてお参りに来ていました。
少し早いけれど、七五三でしょう。



ここの拝殿は変わっています。参道を通って神門をくぐったら、拝殿がまっすぐ見えるのが常ですが、ここは目の前は木の塀。
本殿には横から靴を脱いで廊下にあがり、そこから参拝する仕組みです。
つまり中にあがらない限り、靴を履いたまま外からはお参りできないのです。
こんな形式の神社は初めてでした。



大友宗麟が寄進した大太鼓がありました。
あれ、彼はフランシスコという洗礼名を持つキリシタン大名だったはず。
初めは彼が手厚く保護していたそうですが、改宗したことで、この神社は大きな後ろ盾を失い、さびれた時期があったそうです。



○ 大楠とウサギとネコ

ここの絵馬に描かれているのは、樹齢3千年の大楠。
それを見るために参道の石段を降り、途中の楼門まで行きます。



うっそうとした神宮の森の中で、足を止めて周りの景色を眺めていると、カップルがそばにやってきました。
目が合うと「この扇形をしている石を踏むと、幸せになれるそうですよ」と教えてくれました。
私たちの足元に、ちょうどその扇型の石があったのです。
幸せはすぐ足元に~。2人で踏み踏みしました。



楼門までやってきました。
木彫りがとてもすばらしく、ほれぼれします。
彫刻師の本気の技術を見ました。



こういったところに彫りこまれているのは、勇ましい龍や獏が定番ですが、ここには猫が彫られていました。
わあ、珍しい~。



反対側を見ると、こちらにはウサギがいました。
小動物でそろえたんですね。ほのぼのするわー。
これを建てた人は、かわいい動物が好きだったんでしょうか。

楼門の横の大楠の木は、本当に巨大な楠。
こんなに大きな木は、なかなかお目にかかれません。



長老っぽいです。圧倒されます。
なんといっても3000年前ですからね。よく雷が落ちずにいたものだと思います。



二人ともしばらく木の前から動けずに、立ちつくしていました。
自分がリスだったら、自由自在に登ってみられるんですが。

参道の周りには杉が立ち並んでおり、ほかにも巨木があります。
三々五々、参拝者が下から石段を登ってきます。敷地内には駐車場がいくつもあり、お正月には大勢の人がやってくるんだろうなと思います。

○ 高崎のシャーロット

すがすがしい緑の空気をたくさん吸ってから、九重に向かいました。
ここは「ここのえ」と読みます。
近くに九住という地名があります。そちらは「くじゅう」と読みます。
ガイドブックにはどちらも紹介されています。慣れないビジターにはちょっと紛らわしいです。

大分自動車道は、すいていて快適。「ここは高崎山だよ」と教えてもらいます。
「昨日電車の中で、誰かが高崎山の猿の話をしていたけど、群馬の高崎の話かと思った」と言ったら、「違うよ~!」と言われました。

高崎山の猿は、国の天然記念物に指定されているのだそう。
「ちょっとまえ、シャーロット騒動があったでしょう」
ああ、イギリスのウイリアム王子の娘の名前を子ざるに付けて問題視されたのは、ここだったんですね。
あの子ざるちゃん、大きくなったかな。



高速道路の上を歩道橋がかけられており、「あれは猿専用の橋だって」と教えてもらいました。
「人間は通れないの?」「さあ、どうだろうねえ」

雲一つないいい天気です。
ひときわ目立つ形の山が見えてきました。由布岳だそうです。



時折、山腹から白い煙が上っています。
一瞬(山火事!?)とぎょっとしますが、あれは温泉どころ。



うーん、119番したくてハラハラしちゃいます。
こちらの人は見慣れているでしょうね。



山の合間に、湯布院の町が見えてきました。
ひっそりとしたユートピアのような雰囲気がすてきで、思わず「わあ~」と声を挙げました。



行ったことないけど、郡上八幡もこんな感じなのかな?

○ 十三曲のくねくね道

「高速を降りたら、ちゃんとたどりつけるかなあ」と不安そうなアカネちゃん。
自分の運転で行くのは初めてだそう。苦労を掛けるわあ。
私たちのほかにもたくさんの車が、次々と九重インターを降りていきます。
後ろの車が急いでいるので、路肩に寄って先に通したら、その後を次々と車が続いていきました。
九州各地のいろいろなナンバー。おそらくみんな、吊り橋に行くようです。

急な勾配のくねくね道を登っていきました。
いろは坂を通っているような気分になります。それよりもうっそうとした山の中ですが。
いろは坂と違って、一方通行ではないため、スピードを得て降りてくる対向車とすれ違うのが大変。
さらに、天気が良すぎて、サングラスをしていても日光で視界が白くなり、よく見えないのでこわいです。

この辺りは十三曲というんだそう。もう名前からしてすごいってわかりますね。
昨日は海沿い、そしてこの日は山の中のヘアピンカーブ。
慣れない道に緊張して、手が白くなるほどハンドルをぎゅっと握りしめるアカネドライバー。
せめて励ましたいのですが、延々と続くカーブに酔い、血の気が抜けてぐったりしている私。
真っ青な彼女に、真っ白な私。が、がんばれえー。

「この辺りの九酔渓が有名だって、親に教えてもらったけどね」とアカネちゃん。
「そこは歩き回るんじゃなくて車から眺める場所だって言われたんだ」
確かにきれいかもしれませんが、道はハードで、散策は難しそうです。



途中にお茶屋がありましたが、駐車場がいっぱいだったので、そのまま通り抜けました。
坂を登っているのは、車だけではありません。
バイクもいます。自転車の人もいます。
ドライバーにとっては、彼らの存在がさらに恐怖です。

ハンドルさばきに必死のアカネちゃんとカーブにぐったりした私は、辺りを見回すゆとりなんて全くないままに、必死の思いで絶景名所を通り過ぎました。

○ 日本一の吊り橋

くねくね道をあがってあがって、とうとう橋に到着しました。
つ、ついたわ~。
かなり大変な場所まで来たという意識なのに、車の多さと人の多さに驚きます。
だだっ広い駐車場の向かいに停まっていた車は、静岡ナンバーでした。(ここまでやってきたの?)

ここで入場券を求めて、橋の方へ。
吊り橋の高さは173m、長さは390m。どちらも日本一のビッグサイズです。
この橋も、今回の旅の大きな目的の一つです。



だだっ広い駐車場を歩いて、橋に向かっていくうちに、酔いも少しずつ収まってきました。
吊り橋を渡るのは久しぶりで、わくわく。
この橋を渡るのも、今回の旅の大きな目的の一つです。
あまり得意ではないというアカネちゃんも、つきあってくれました。



渡り始めてみると、全く怖くありません。
橋の真ん中からは下がのぞきこめるようになっていますが、それでも恐怖感はゼロ。



高すぎて実感がわかないのかもしれません。
大勢の人々に続いてぞろぞろと渡ります。車いすの人もいて、驚きました。



コンクリ性の、かなり頑丈な作りですが、写真を撮ろうと立ち止まると、ぐらぐらと揺れているのが感じられました。
こういった吊り橋は、人が少ない方が風を受けて揺れるのか、それとも大勢が歩く方が振動を受けて揺れるのか、どちらなんでしょうね。

この日は天気のいい日曜日ということもあり、橋は大盛況。
だからなおさら怖くはありません。
日本一の迫力なのに「これ以上は進めない~!無理~!」と泣き叫んでいる人は誰一人いません。
思っていたイメージと違うわ。だれか怖がって~。(なにそれ)

○ 白鳥神社

日本一の長さのため、渡りきるまでに結構時間がかかりました。
反対側から、橋の全貌を見渡します。
結構遠く離れた場所から出ないと、全体像は見えません。
山の中にかけられた吊り橋。
十津川の谷瀬の吊り橋を思い出します。あそこの方が揺れたなあ。(遠い目)



さらに進んだところにある白鳥神社をお参りしました。
無人の、こけむした渋い境内。



牛の像がありましたが、天満宮ではなく、ヤマトタケルノミコトをお祀りしています。
近くにはお寺もあり、白蛇を見学できるようでした。



再び橋に戻り、元来た道を戻ります。
瀧が2本、山の岩肌から下に流れ落ちているのが見えました。
ここはヨセミテ、あるいはイエローストーン?
橋の中央辺りには、綜合中央警備の制服の人がいました。
一日吊り橋の上にいるのが仕事って、苦手な人には耐えられないでしょうね。私だったらやりたいですが。

○ 鹿の角、鯨の歯

日本の滝百選に選ばれた「震動の滝(雄滝)」を見られる展望台まで、石段を降りていきました。
ワイルドでダイナミック。



お土産屋さんで、鹿の角を見かけました。
立派な両角が床の間に飾られているのを見たことがありますが、こんな風にお手頃サイズになっているのは初めて見ます。
気になるわ。買おうかしらー。
かなり悩みましたが、結局は買わずじまい。
武器になりそうなほど鋭利で、持っていたら自分がケガをしそうでした。



和歌山の太地町のお土産店で、クジラの歯を見た時にも、欲しくてかなり悩んだものです。
熊本の友人に「九州のほかの県にもくまモンが進出しているか、確かめてきて」と言われていましたが、大分のお土産屋さんは、支配下にありませんでした。
県境を越えたらくまモン王国ですが、やっぱり違うものですね。

○ 木立の中のレストラン

吊り橋を往復して車に戻った時には2時近くになっていたので、ランチにしました。
アカネちゃんが連れて行ってくれたのは、weedというオーガニックキッチン。



車通りに面しており、看板も出ていますが、木立の中にあって見えづらいため、お店を知っていないと通り過ぎてしまいそう。
森の中にいるような、静かですてきな雰囲気です。



2人ともカレーにしました。
「おいしそうだね、いただきまーす」
大きな口で一口食べて「むむ?お、思ったよりも辛いね」と、ハーハーしながら水に手を伸ばす私たち。
有機野菜と聞いて、マイルドな味だとなぜか思ったんですねー。
本格的な辛さで、ちょっと涙を浮かべながら食べました。
野菜は味がきちんと出ていて、おいしかったです。



はじめ、席はすべて埋まっていましたが、私たちが食べ終わる頃にはもう誰もいなくなっていました。
ランチタイムが終わったらしく、キッチンの人たちが出てきて、ガレージのテーブルを囲んで、スタッフでのんびりティータイムをしていました。

その2に続きます。