風に吹かれて旅ごころ

はんなり旅を楽しむはずが、気づけばいつも珍道中。

御柱祭期の諏訪・松山‐2

2016-09-15 | 中部(甲信越)
その1からの続きです。

○ 諏訪の浮城

まずは、氏子たちの熱気がはじける御柱祭期の上社を2社参拝しました。
圧倒されながら、神社を後にしました。

次に寄ったのは、諏訪高島城。
ぐるりとお堀が取り囲んだ、絵になるお城です。
かつては諏訪湖がこのお城のほとりまで来て、壕の役割を果たしたことから、難攻不落を誇り「諏訪の浮城」とも呼ばれていたとのこと。
松江城(島根県松江市)と膳所城(滋賀県大津市)と合わせて日本三大湖城の一つとされています。



築城主は日根野高吉。戦国時代の武将で美濃斎藤氏→織田信長→羽柴秀吉と仕えていき、信濃諏訪藩(高島藩)の初代藩主となった人。
城は1598年(慶長3年)に完成し、葛飾北斎の『富嶽三十六景』などに描かれましたが、明治期に廃城となりました。
現在の天守は1970年(昭和45年)に復元された鉄筋コンクリート製ながら、辺りの緑にしっくり合って、いい雰囲気です。



お堀の中は公園になっており、春の花が咲いていました。
5mほどもあろうかと思われる椿の木。
こんなに育つんですね。



隣には諏訪市役所が。
池もあり、散策にいい場所です。



敷地内には、諏訪護国神社がありました。
明治~昭和期の諏訪出身の戦没者を祀っています。



神社の上に目を向けると、鳥の巣がたくさん。
にぎやかで楽しそう。



こういうお城の公園が近くにあったらいいのになあ。
お城がない横浜人は、城下町ライフに憧れます。

○ アンと少年

上諏訪駅前近くで、お店の前に顔はめパネルがあるのを見かけました。



店名からして、少女は赤毛のアンだとわかります。
ただその隣にはハッピ姿の少年が。
御柱祭にあわせて登場させた、氏子でしょうか。

背丈は一緒ですがバランスが違う2つの絵。
世の中にはいろんなデコボコカップルがいますが、この2人はとてもそうは見えませんでした。

○ 上社と下社、春の宮と秋の宮

上社が2つあるように、下社も2つあります。
ただ、上社と下社とではずいぶん雰囲気が違っています。
上社は、自然そのままの荒々しい荒神を祀っているようなところでしたが、下社は洗練されたお上品な感じ。

私が怖がっている御頭祭を行うのは上社のみで、下社では行わないのだそう。
さらに、上社は出雲系で、下社は伊勢系だそうです。
同じ神様を祀っているのにそんなに違うなんて、ますます謎めいています。

春の宮と秋の宮なんて、ロマンチックですね。
諏訪は盆地で、夏と冬の気候が過酷だから、春と秋にしたのかな?

○ 親切なパーキングの人

諏訪湖に沿ってぐるりと半周し、湖を挟んで向こう側にある下社へと向かいました。
まずは秋宮へ向かいます。
神社の前にある駐車場が満車だったので、参道の下の方まで下がり、そこにあった駐車場に入りました。



パーキング内にびっしりと飾られていた、鯉のぼり。
貼りつけられているので、少しはためく程度で泳いではいません。
こういう飾り方も、あるんですねー。

係のおじさんに「どこに行くの?」と聞かれて「諏訪大社に」と答えます。
「それなら、参道を登って鳥居を抜けて、入り口を入って右の奥に行ったところにあるから、そっちを使ってー」と言われました。
(上のPは混んでいたから、ここでもいいのに~)と思いながらも、言われるがままに再び道を戻ると、前を走っていた車がそのままスーッと神社の中に入って行きます。
車で神社に入っていいの?
驚きながらもその後に続いていくと、たしかに奥まったところに無料駐車場がありました。
これは知らない人にはわかりません。
おじさん、教えてくれてありがとう。

○ 喧騒の渦

車から降りて、手水舎へ。
なんと、お湯が出ると書いてあります。



どれほど熱いお湯が出てくるのかと、こわごわと龍の口の前に手を出してみますが、お湯どころか水も何も出てきません。
後ろにいたおばさんが、私の後に同じくやってみましたが、やはり出ずに「どうしてかしらね?」と言っていました。

それから社務所へ向かうと、大きな人垣ができていました。
観光バスの乗客たちで、みんな集合時間を気にしながら、御朱印やお守りなどをいただこうと、我さきにと押し寄せています。



私は早々にその人垣を抜けましたが、ミシェルの姿はおばさまたちの渦の中に見えなくなっていました。
ミシェル~。押されて怪我しないで~。
どんどん人が増えてきて、口々に「あれが欲しい、これを書いて、今すぐに」と自己主張するので、巫女さんはとてもさばききれずに半泣き顔。
みんな、おちついて~。神社の人を混乱させちゃダメ~。

御朱印を書く神主さんを中断させて、なにやら質問をしている人もいます。
神主さんが「本日は上の方の水道管の点検で止めているんです。ええ、いつ復旧するかはわかりません」と言うのが聞こえました。
はたと相手を見ると、それは先ほど手水舎のところで「お湯が出ない」と言っていたおばさんでした。

納得できずに神主さんを捕まえて質問しているなんて~。
相手が見るからに忙しそうな様子なのに、お構いなしです。
しかもそのおばさん、その答えにも納得できないようで、神主さんは何度も言い方を変えて、説明を繰り返していました。
ああ、この間に待っている人たちの御朱印を書けるのに。

上宮では氏子の男性たちが大勢働いていましたが、ここ下宮ではツアー客のおばさんたちが社務所に群がっているという、正反対の状態。

一旦人の渦の中に消えたミシェルでしたが、すぐに抜け出してきました。
「御朱印帳を預けてきたよ」
これで落ち着いて参拝できます。

○ 諏訪大社・下社秋宮

上社は木々の中にあるようなイメージでしたが、下社は明るく開けた印象。
太い注連縄が下がっています。



狛犬は青銅製で日本一の大きさで、高さは1.7m。私よりも大きいんだわ。
太い注連縄といい、ずんぐりとした狛犬といい、迫力がありますね。



頭上の空高く、飛行機が通っていきました。いい天気。



下社 秋宮の御神木(御神体)は、推定樹齢800年といわれるやさしげなイチイの木。
夜中になるといびきをかく「寝入の杉」と言われています。
木のイビキってどんなでしょうね?



先ほど預けておいた御朱印帳を頂きに社務所に再び行くと、周りにはもう誰もいませんでした。
先程の混雑がうそのよう。分刻みで観光するツアー客たちは、嵐のように去っていったようです。
ミシェルが「さっきは大変でしたね」と声をかけると、巫女さんは「はい・・・」と小さな声で答えていました。

○ 後援会バス

最初に満車で停められなかった神社前の駐車場から、大型バスが6、7台続けて出るところでした。
観光バスかと思ったら、「○○氏後援会」と書いてあるのが見えました。
調べてみると、それは知らない名古屋の市会議員でした。
大名行列のように、ぞろぞろとバスは続きます。
「こんなに何台も大型バスをチャーターして、すごい人気なのね」
「女性ファンが多いのかな?」
「見た目は普通~の人だけど…?」

車体の横には「鯱バス」と書いてあります。
「しゃちバス? ほこバス? しゃちほこバス?」
しゃちバスでした。名古屋のナンバーでした。



○ 諏訪大社・下社春宮

諏訪大社の3社を参拝し、最後に春宮に向かいました。
道路の真ん中に、なにやら古い建築が見えます。



これは橋で、御柱祭りの時に通るんだとか。
7年に一度、柱が通るためだけの橋。
「そのために、車は毎回よけて通るんだね」とミシェル。
ドライバーにとっては障害物にしか・・・いえ、なんでもありません。



「春宮・秋宮ってすてきな名前~」とのんきに言う私の横で、「ここは駐車場が小さいらしいんだ」と、停めるのに一生懸命なミシェル。

車道の真ん中近くをおじいさんがトボトボと歩いていたので、「おじいさん!」とつぶやくと、それが聞こえたのか、ゆっくりこちらを振り返ったおじいさん。
「聞こえたのかな」「まさか~」
なんとかすり抜けて進みます。
神社の近くまで来ましたが、小さい駐車場を見逃して見つけられなかったため、ぐるりと大回りをして、また同じ道に戻りました。
すると、まださっきのおじいさんが前をトボトボ歩いていたので、「ああ、おじいさん~」「仙人なのかしら~」と2人で笑いました。

二度目には無事小さな駐車場を見つけて、またあいていた最後の場所に停めることができました。

○ ミシェルコンプリート

秋宮と春宮は、一見区別がつかないほど、かなり似ている造りです。
こちらの境内は静か。ほっとして落ち着きます。
4社とも、境内の木はとても高く、お宮の歴史の古さを伺えます。



先ほどの秋宮はツアー客が押し寄せてクレイジーな状態になっていましたが、ここの社務所は空いていました。
駐車場も小さいし、こちらには観光ツアーはあまり訪れないのかしら。タイミングがずれたのかな。

参拝を済ませ、諏訪大社4社すべての御朱印を頂いたミシェル。
神社から「4社巡りをされた方に」と、特製グッズをいただきました。
御朱印デビューの日にひとつの巡礼をコンプリート!おめでとう!


○ 御柱は何本?

「境内から万治の大仏まですぐ」という看板を見て、行ってみることにしました。
「徒歩290m」と書かれており「家からここまで来るのに、このくらいかかったね」とミシェル。
「m(メートル)にk(キロ)がつくけどね」
ああびっくりした(笑)!



少し小さめの柱が、歩道沿いに人に踏まれないように置かれていました。
熊本神社の名前が書かれています。
諏訪大社の4社だけでなく、熊野神社でも御柱祭を行うんですね。
「三の御柱」と書かれているので、もっとほかにもあるんでしょう。
いったい何本の御柱が諏訪を練り歩くのか、さっぱりわからなくなりました。



○ 万治の大仏

標識に沿って向かうと、さんさんと陽に当たった大仏さんがいました。
石でできた阿弥陀仏。まあ、なんてユーモラスな形。
岡本太郎や新田次郎が気に入っていたというのもわかります。

この大仏、ただ眺めているだけでなく、周りを3回ぐるぐる回ると、願いが叶うのだそう。
ぐるぐる、一列になって黙々と周っている人たちがいて、それだけ見ているとかなりアヤシイ様子。
ちびくろサンボのバターになりそう。
私?もちろん、やりますよー♪



周っている間もこの石仏の放つ柔らかい雰囲気に包まれて、ぽかぽかした楽しい気持ちになりました。
うん、この石仏、好きだなあ~。
凛としていながらも、威厳や怖さがなく、パーツパーツのバランスは悪いながらも全体的なバランスは不思議ととれている、温かなデフォルメ具合に親しみやすさを感じます。

ステキすぎて恋してしまいそう~。
でもちょっとマツコに似てる・・・いえなんでもありません(笑)。



存在感がある石仏。お祈りするとどんな病気でも治すから「万治の石仏」なのかと思ったら、「万治三年」と銘があるからだそうです。
でもなんでも治してくれそうな、癒されるルックスです。
途中で、一茶の句を見つけました。



「一番に乙鳥(つばめ)のくぐるちのわ哉」
茅の輪くぐりのことですね。
ホンワカ気分になって車に戻りました。

○ マンホール

この辺りのマンホール。バリエーションに富んでいました。
華やかさのあるお花のデザイン。



消火栓だけに火消しの纏、いいですね~。



シンプルな花形もかわいいです。



4社巡りも無事済ませたことだし、この辺りでランチをすることに。
長野の友人に教えてもらったお店のうち、一番近い丸一に行ってみることにしました。

○ 丸一ランチ
  

車で神社の横の道に入ったところで、ミシェルが噴き出しました。
前を見ると、前方には、先程から何度なく見ているおじいちゃん。
「えー、また?」「まさかまた会うなんて!」

あれから、春宮を参拝したし、石仏も見たし、それなりに時間は立っていますが、おじいちゃんはその間ずっと参道を歩いていたのでしょうか。
それとも、どこか途中の家にでも寄っていたのでしょうか。
あるいは時速100mくらいの歩みなんでしょうか。
謎です。妖精なのかもしれません。(なんの?)

丸一の駐車場は、ちょうど一つだけあいていたので、停めて入りました。
今回はこの「ちょうど一つだけあい(てい)た」パターンが、とっても多いです。
諏訪の神さまのパワーかしら。



ここは分厚いトンカツで有名なお店。
どれほど分厚いのか、この目で確認しようと待っていたら、本当に断崖絶壁のようなカツが揚げられてきました。



まるで、アイルランドのモハーの断崖。
口を大きく開けないと。
すごいボリュームですよ~。
でも油っぽすぎずに食べやすくて、サクサクジュワーっと、全部いただきました!



13時をすぎ、店内のTVでは『真田丸』の再放送が流れました。
同じ県という意味では、ここも地元ですからね。
「今日、上田城に行くのはちょっと難しいかなー」とミシェル。
諏訪からだと少し距離があるし、今年の大河の舞台なので、道も混んでいることでしょう。
いえいえ、今回は、よそ見をせずに松本城を目指します。

とても食べやすかったカツ。
食事が終わって立とうとした時になって、おなかのずっしりさを実感。
「うむむ、どっこらせ~」という感じで、テーブルに両手をかけて立ち上がりました。

その3に続きます。

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