とーばー(ご存じちーこの妹。私の叔母)入院 
全く病院へ行かないとーばーは限界的に入院した
なもんで、かなり体内はガタガタ 
そんな話を病院から聞いたゆたじぃは(とーばーの旦那。私の義理の叔父である)
かなり動揺したようで
「もう長くないかもしれない
」と連絡が入った。
それを聞いて、ちーこは特急で2時間半の静岡某所へ飛んで行った。
しかも「今行かなきゃ、もう会えないかもしれない
」と。
私は次の週末に行く事を伝えると「このまま会えなくなってもいいのか
」となじられた。
ええっ?何やら、思いっきり危篤的な話になっているが
はて?医者から「余命○○です」と言われたのか?そんな話は伝わってきていないのだが・・
確かに、かなりの進行具合で本人に生きる意志があまりなく
危ない橋を渡っている気はするのだが、でもそれは早急過ぎやしないか
?
逆に「そんなにすぐに死ぬ訳ない!勝手に殺すな
」と反論した。
しかし、そんなパニック状態のゆたじぃとちーこの話は親戚中を駆け巡り
叔父叔母、従兄弟たちは次々とお見舞いに静岡へ。
ちーこは勿論、先々週よりとーばーの家に寝泊まりし
病院へ通っていた。
そして私も、月曜日に休みを取り行こうと考えていたが
ダーは研修の為、今回休みがなく
となると、りりとたろぼーと私。
の3人で行く事になるのだ
しっかり長女はいるが、怪獣長男もいる 
特急2時間半・・だ、大丈夫かいな?
まーそんな事を言ってる場合ぢゃない。さすがに危篤だとは思ってないが
「生きよう」と思ってない以上、どーにか渇を入れに?励ましに?行かなくちゃならない。
子供たちと会って、少しでも「生きたい
」と思ってくれれば嬉しいしね。
病名
「肝炎」
「糖尿病」
「ネフローゼ症候群」
「多発性脳梗塞」
まだ予断は許さないが、インスリン・飲み薬・食事療法等々。にて、しばらく様子をみる事になった。
時間はかかりそうだけど、ちゃんと治療をしていけば大丈夫そうなんで
取り急ぎホッとした。
ゆたじぃも「退院してからの糖尿病用メニューを調べておいて」なんて頼んできて
「もう長くないかも
」と言っていた人とは思えない 
でもそれだけパニクってたって事だよね。で、だいぶ落ち着いてきたって事だ。
よかった。
で、本当は親戚の多い下町に病院を移ってもらいたいし、退院後もこっちに住んでほしい。
その方が人手は多いし、治療やら諸々・・適してると思う。
しかし、ゆたじぃはガンとして首を縦に振らない。下町にはやらん
とな。
おまえは年頃の娘の父親か
?
まぁね。気持は分らんでもないが、やっぱりこっちの方いい気がするんで説得してみた。
最後には「ゆたじぃだけのとーばーぢゃないんだからね
」と私。
「えっ?俺だけのとよぢゃなかったの
?ショックぅ 」なんて、冗談バトル。
攻撃的な話口調はなく、元々あたりの柔らかいゆたじぃは何とな〜く流すのが得意。
負けた
そして、やはりゆたじぃに託す事になったのだ。
とーばーの病院には2日間見舞った。
1日目はマッサージなどをしてあげ、ゆっくり出来たけど
2日目は子供達もいたし、ゆたじぃに早々に帰された
「また来るね」と言うと「いつ?明日?」
「
下町に帰って、またすぐ来るよ 」
かなり、後ろ髪を引かれていたが静岡を後にした。
とーばー、負けないで生きて。

全く病院へ行かないとーばーは限界的に入院した
なもんで、かなり体内はガタガタ 
そんな話を病院から聞いたゆたじぃは(とーばーの旦那。私の義理の叔父である)
かなり動揺したようで
「もう長くないかもしれない
」と連絡が入った。それを聞いて、ちーこは特急で2時間半の静岡某所へ飛んで行った。
しかも「今行かなきゃ、もう会えないかもしれない
」と。私は次の週末に行く事を伝えると「このまま会えなくなってもいいのか
」となじられた。ええっ?何やら、思いっきり危篤的な話になっているが
はて?医者から「余命○○です」と言われたのか?そんな話は伝わってきていないのだが・・
確かに、かなりの進行具合で本人に生きる意志があまりなく
危ない橋を渡っている気はするのだが、でもそれは早急過ぎやしないか
?逆に「そんなにすぐに死ぬ訳ない!勝手に殺すな
」と反論した。しかし、そんなパニック状態のゆたじぃとちーこの話は親戚中を駆け巡り
叔父叔母、従兄弟たちは次々とお見舞いに静岡へ。
ちーこは勿論、先々週よりとーばーの家に寝泊まりし
病院へ通っていた。そして私も、月曜日に休みを取り行こうと考えていたが
ダーは研修の為、今回休みがなく
となると、りりとたろぼーと私。の3人で行く事になるのだ
しっかり長女はいるが、怪獣長男もいる 
特急2時間半・・だ、大丈夫かいな?

まーそんな事を言ってる場合ぢゃない。さすがに危篤だとは思ってないが
「生きよう」と思ってない以上、どーにか渇を入れに?励ましに?行かなくちゃならない。
子供たちと会って、少しでも「生きたい
」と思ってくれれば嬉しいしね。
病名「肝炎」
「糖尿病」
「ネフローゼ症候群」
「多発性脳梗塞」
まだ予断は許さないが、インスリン・飲み薬・食事療法等々。にて、しばらく様子をみる事になった。
時間はかかりそうだけど、ちゃんと治療をしていけば大丈夫そうなんで
取り急ぎホッとした。ゆたじぃも「退院してからの糖尿病用メニューを調べておいて」なんて頼んできて
「もう長くないかも
」と言っていた人とは思えない 
でもそれだけパニクってたって事だよね。で、だいぶ落ち着いてきたって事だ。
よかった。
で、本当は親戚の多い下町に病院を移ってもらいたいし、退院後もこっちに住んでほしい。
その方が人手は多いし、治療やら諸々・・適してると思う。
しかし、ゆたじぃはガンとして首を縦に振らない。下町にはやらん
とな。おまえは年頃の娘の父親か
?まぁね。気持は分らんでもないが、やっぱりこっちの方いい気がするんで説得してみた。
最後には「ゆたじぃだけのとーばーぢゃないんだからね
」と私。「えっ?俺だけのとよぢゃなかったの
?ショックぅ 」なんて、冗談バトル。攻撃的な話口調はなく、元々あたりの柔らかいゆたじぃは何とな〜く流すのが得意。
負けた

そして、やはりゆたじぃに託す事になったのだ。
とーばーの病院には2日間見舞った。
1日目はマッサージなどをしてあげ、ゆっくり出来たけど

2日目は子供達もいたし、ゆたじぃに早々に帰された

「また来るね」と言うと「いつ?明日?」
「
下町に帰って、またすぐ来るよ 」かなり、後ろ髪を引かれていたが静岡を後にした。
とーばー、負けないで生きて。
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やはり震災の特集が多かった。



なんて、ちーこと話つつも
?
・・
?
・・スマフォが勝利した。
」とバッサリ。
掲げられていたお知らせ。
と、慌てずにすんだ。知らなかったら、ビックリするよね。
をスルーしてしまった 


祝 ○○歳 

何とかなるだろう。

チャリと私、転倒寸前。

」と声をかけてしまった
」と呆れられました。
疲労困憊だ。
謹賀新年 
鏡開きも
終わってますがな。
月曜日から両鼻が詰まる。
そのまま発熱した 
?
って事になるのだが・・
夜遊び班である。
」と。・・何回でも 



アメリカインディアンの教え
いいね〜
止んだ後でも湿気だらけ 
」
そして・・
今のうっちやで〜〜
」
きつ過ぎているのだが
どぎゃんしたらよかと
飲まなきゃいいんだよ
?
超ウルトラ運動不足の私が
「ママ〜痩せたね〜
「ええっ、な、なんで?」









