Dear You

Seriously:fou you

2010-04-25 | 
かならず おとずれてくる
まどを あけたら
ことりの声と いっしょに
げんかんのインターホンをならして
ドアをあけたら
なに色ともいえない服を着て
ちいさく おはよう、と
ひらいたばかりの はなびらに
こしかけて すきとおる
ひとつぶの露になって
あいさつしている
ひきたてのコーヒーの薫りをつれて
やきたてのパンの匂いに
マーガリンのように よりそって
ジャムのあまさに
てをあわせ ぶじを祈っている

そらのてっぺんに 陽がのぼると
昼と なまえをかえて
やまのかげに 陽がしずんだら
夜と ふたたびなまえをかえて
まるいてんじょうを ひとめぐりして
また おとずれてくる
だれの ところにも
くらやみの幕をあけ
約束していなくても

こんなにりちぎな あなたを
いつか うらぎってしまうのは
わたしなの……

いつか かならず
あなたを むかえられなくなる
あしたの約束できなくて
ごめんなさい

ねむりから 覚めると
あなたのひかりが 射している
あちらの世界で 目覚めても
いまのすがたで おとずれてくれますか?

思考も 
鼓動も
焼きつくされた 灰の粉に
なにも なかったように
にんげんだったころのように
にっこり ほほえんで





待ち人

2010-04-24 | 
バスを待っている。いつものようにバスは遅れてくる。それでも、一度もあやまらない。そんなバスを待っていた。

列車を待っている。ほぼ時刻通りに到着する。遅れるときは「何分遅れです」とていねいに連絡があるわりには、レールが破損するとパニックに陥り、到着しない。そんな列車を待っていた。

めんどうだから車を運転する。自ら向かう方角に道は渋滞する。居座る赤信号とあっという間の青信号に追いたてられ目的地を
見失ってしまいそう。

いじわるな交差点で右と左をまちがえて袋小路につきあたり、待っている人を待たせたまま冷や汗をかいているうちに、待ち人は待ち人であることを止めてしまうだろうか。

たちどまる朝もあるきだす午後も今日は笑って明日は泣いたとしても、乗り物を待っているのではなく、待ち受けているものに向かうために待っている。

たとえ逢えなくても待ち続けていると、記憶の風が吹きぬける。時を待ちながら時に待たれているよと、よみ人知らずの歌が風に答えていた。終点は眠れる夢のあなただから。そこから先の行く宛ては、誰も知らないところ。

いつのまにか、バス停のベンチになっている。
アスファルトに舞い立つ砂埃に咳こんで、
見知らぬ顔の過ぎゆく人に声もかけられず。
たまに落ちてくる鳥の糞を「運」に塗り変える。くたびれたら命を洗濯して、バスを待つものを待ちわびていた。

あなたのまどろみがこしかける瞬間を
からっぽにして





華化粧

2010-04-21 | 
ほのめく ひとときに
氷雨に濡れた 肌と肌
こすり合わせて 熟れた身を
ゆびのはらに 焼きつけて

すべらせたくちびるの
薄紅散らせ あなたの首筋に
吐いた息から 白い血潮があふれだし
秘めた蜜を むすび合う

からだの輪郭を うばい合い
越えられない境界に 埋もれて
氷柱の距離を たしかめ合う

やがて あわいひだまりの光射し
もたれる重みを 受けとめて
はらはら あつい涙がすべり落ち
もつれた髪が ほどかれる

まばたく睫毛のゆれる ひとときに
からめた あなたのゆびさきの
ちいさな華に なれたなら
遊女に 生まれたことに
悔いは ないでしょう

愛も命も えらべずに
艷色の衣を ぬぎすてて
抱かれて にぎりしめたぬくもりに
こぼれて亡くなる 雫のひとつぶは

あなたに捧げた 雪の華





雪化粧

2010-04-20 | 
雪は
舞い堕ちる瞬間から
重なることを 知っています

冬枯れた
地上のノートブックに訪れて
色あせたことばに よりそい
白いガーゼで 塗りかえる

雪は
舞い堕ちる瞬間から
手離すことを 知っています

わすれたいことの
ひとつやふたつに 降りつもり
氷雨に 身をゆだね
とうめいに 色彩を濡らします

雪は
舞い堕ちる瞬間から
失うことを 知っています







カビにしてみたら

2010-04-19 | 
はこのなかの みかんを
ひさしびりに あけてみたら
はんぶんくらい
カビが はえていて
はんぶんくらいしか
たべられなくなっていて

このまま おいていたら
ぜんぶ カビが
はえていきそうだったから
カビの みかんを
おしみながら すててみる

おなじみかんを すきなのに
どうして カビと
はなしが できないのだろうと
でんわを かけてみたけれど
いつも ふざいのおとが
なりひびき

おなじみかんを すきだけど
いきている せかいが
ちがうのか、と
みょうに なっとくもしてみたけれど
カビは ふつうに
みかんを たべただけ
そんなみかんを たべられないわたしが

カビにしてみたら
カビでしか なかったね






雪人形

2010-04-17 | 
初雪の夜、ヒーコが訪ねてきた。豹柄の服がヒーコの定番なのに、今夜はわたしの好きな白いワンピース姿だった。傘もささずに髪に雪が溶けて濡れている。蒼白いくちびるが震えていた。木枯らしに雪が舞い踊る。玄関の戸を閉めるとヒーコは部屋に入ってきた。

タオルを渡すとヒーコは笑顔になり髪を拭いていた。暖房のきた部屋に入っても、ヒーコの吐く息は白かった。ファンヒーターをフルパワーにすると「寒くないわ。アイスコーヒーを飲みたいの」とヒーコは言った。作って部屋に運ぶと、ヒーコは暖房を切っていた。

ヒーコがストローをくわえると、わずかのため息だけが吹きぬけるストローの空洞に、ブ
ラックのラインがスーッと曳かれていく。ヒーコの口びるに、コーヒーは音もなく導かれ、ガラスコップは素早く衣装替えをするように透きとおる。

ヒーコが履いていた赤い靴を思い出し、二階の押入れに取りに行く。取り出してきた靴の箱は黄ばんで湿気ていた。「なつかしいね」ヒーコはにこにこして箱を開けた。萎びた赤い靴は久しぶりに蛍光灯の光にあたり、まぶしそうに目を細めているようだった。

ヒーコは赤い靴を抱きしめる。十七歳の少女の顔から少しも変わらないヒーコを一心に見つめてしまった。わたしは一年毎に年老いていくのに、ヒーコの時計は絵画の風景のように動いていない。針はあの日の時刻を呼んでいる。いつまでたっても更けることも明けることもなかった。

「ハル、ありがとう」そう言いながら、ヒーコは部屋の暖かさに耐え切れず、頭から溶けはじめていく。一滴、一滴、汗をかくように。水滴に変わるヒーコの体は、座布団と畳みを濡らしていた。

いつかのその昔。不治の病に罹ったヒーコは、残り少ない命のために恋人を悲しませたくないと思い、病のことを隠して別れを告げた。櫛の歯を通る髪はするすると抜け落ちていく。治療のきざはしを昇る途中の踊り場から舞い墜ちてしまったヒーコは、見知らぬ樹海に落下したきり。踊り場には行儀よくまっすぐに揃えられていた赤い靴。ヒーコの残したものは、この赤い靴だけだった。

冬になると、灰になったはずのヒーコの柩と風のような面影は、鉛色の空に舞い上がる。雪起こしがヒーコのとうめいの体を、粉々の雪の結晶に変えていく。初雪が積もると、ヒーコのひとひらを拾い集めて、わたしは雪人形を作っている。ヒーコが最期に履いていた赤い靴を祀り、がらんどうの柩が真綿に包まれていることを願って。

雪人形の上半身が水になり、ヒーコが座っていた周りが水びたしになっていた。もう、ヒーコの姿でも雪人形の姿でもなくなった雪のかたまりから、赤い靴が濡れている畳に転がり落ちていく。わたしは、雪のかたまりを両腕で包み、冷たい断片に顔を埋めていた。わたしの体温に溶かされていく、ヒーコ。

(ヒーコ、抱きしめられないね)

窓ガラスに粉雪が降りそそぐ。しんしんとちぎれたヒーコの記憶のひとひらが、まっ暗な夜空から舞い降りてくる。


   




かごめ かごめ

2010-04-17 | 
かごめ かごめ

つながれた手の輪が
閉じこめられた かごになる
みえない瞳の鳥が うづくまる
かぶりつづける てのひらのお面
うつぶせた顔が 輪にしずむ
きのうの白は あしたの黒
だれかがひとり 鬼になる

かごの中の鳥は
いついつ出やる

夜明けの晩に
たそがれる月影に
さまよいあるき
よいやみの朝を
さがしはて
あかつきの光は
くたびれて
さじを投げた
時の暮れ

何千年 生きていても
何万年 生きていても
すべってころぶ 鶴と亀
繕ういのちは ひとめぐり
ふたたび ころび
すべって出逢う 鶴と亀

なかよしこよしの 輪の中に
落っこちている 落とし穴
つぎの鬼は だれかと
びしょ濡れの ざしき童子が
ふりむいた

うしろの正面 だあれ?






ゆびきり

2010-04-09 | 
いちばん 
ちいさな
かよわい
ゆびを
むすびあう

ゆびきり
げんまん

うそ ついたら
はり せんぼん

せんぼんの はりの
はてしない きょりを
いちばん みじかな
こゆびと こゆびで
むすびあっていた

たよりなく 
とうめいな
ふたしかな
ひとしずくの
やくそく

ゆびきり
げんまん
うそ ついたら
はり せんぼん

ゆび きった

ふたたび
あうために
ゆびと ゆびを
ほどきあう

またね、と 
みえなくなるまで
ふりかえり
てを ふっていた
わかれぎわ

はなればなれの すきまに
ひとりぼっちの
じかんを たばねて
てのひらに うかべ
まっている
となりに いたこと
つかのま ふれていた
みずたまの きおく

くものいとで
つむいだ ぬくもりを
ゆびさきだけが
おぼえていた

ゆびきり 
げんまん