12月24日
のち
常寂光寺を抜けて落柿舎へ。
落柿舎は蕉風の俳人、向井去来の庵とした場所です。まぁ、当時の庵は火事だかなんだかで今はなく、規模も相当小さいものとなってしまったんだそうですが…
嵯峨野を訪ねるのは今回が初めて。嵯峨野さやさやなどといつの時代だったかの懐メロを口ずさみながら歩いておりました。
この時間にもなると、粉雪なんかも止み、空一面雲ひとつ無い快晴なわけでして…
まさに蒼井そらとはこのこと、みたいな感じです。
京都とは思えないような田園風景の中にたたずむ1軒の庵。そこになる柿がなんだか切なくて。この柿を見て今はもう天橋立へと足を運んだであろう、彼女のことを思い出して…なんだかやるせない気持ちになって。藪の茶店から手紙を書きたくても書けなくて。
粉雪の はらはらと舞う あらし山
文も届かぬ 我が思ひかな
などと何の趣向もない歌なぞ詠んでみては、気を紛らわしてみて。
落柿舎を抜けて二尊院へ。
どこかただ広い、という印象しかなかった気がします。その時の頭の中が彼女のことで一杯だったから、ということは否定しませんが。
二尊院を出たところで昼食を食べ、もう一度嵐山に戻り地蔵院へ。
地蔵院は京都でもお気に入りの場所の1つ。理由はなんだかわからないけれど、心が落ち着くのです。心が洗われるような、洗練された気分になるような。
けれど、最初に来た時ほどの印象は正直なかったような気がします。それが2度目のジンクスと言うのか、それとも雑念が入っていたからなのか…それは解らないけれど。
抹茶を飲みながら庭を眺めても、最初に来た時ほど物思いに耽ることもできなかったし、逆に無心になれることもできなかった。自分が変わってしまったのか、もしかしたらそうなのかも知れぬ。
地蔵院を降り、嵐山から京都駅へ。この日は川口と飲む約束をしていたのです。
予想外に道路が混んで、遅刻してしまったけれど、駅近くの飲み屋へ。
大学の話とか、勉強の話をする以外、ずーっと彼女のことを話していたような気がする…クリスマスイブに男2人で飲む、ってのも変な感じでしたが。まぁいいんでないかい?
こうして京都の夜は更けていくのでした・・・
(次回に続く)




(本当は違います)
それが男の性ってやつです。

心の中はUha-Uhaです!!


時々

















