おかずブログ

ここでは主に撮影画像を発表します。
近場で撮影した植物などがメインとなります。

170325奈良桜井

2017年03月26日 | 京都


17.03.25

近鉄京都→→近鉄桜井→→安倍文殊院→→JR桜井駅→→JR三輪駅→→大神神社→→
佐井神社→→大美和の杜→→JR三輪駅→→近鉄桜井駅→→近鉄京都駅

一週間前の18日、二上山の麓の香芝市に行ってみた。
目的は二上山の雄岳と雌岳の間に落ちる夕日を撮影するためだった。
ところが天気が良くなくて太陽は見えたり隠れたりであり、しかも
落日の位置は二上山のはるか南であった。
事前にある程度の位置予測をしていて、外れるのは承知の上だった。

こういう時は何日間か通ってみなければならない。当然にそうする
気持ちはあったのだが、京都から奈良まて日参するには無理があると
いうものだ。下は近鉄京都駅のセント君。



25日、太陽の位置はどうなっているのか実際に見てみると、今度は
二上山のはるか北に入った。つまりは太陽は一週間でかなりの距離を
移動するということだ。一日当たり太陽一個分の幅だけ移動するという説も
どこかで読んでいたが、それが間違いであることに気付く。

二上山に夕日の入る日は一年に二度ある。たいていは春分の日頃と
秋分の日の頃。
正確に両岳の真ん中に入る日は数年に一度くらいの物だろう。
当日に雨が降ったり雲がかかっていたりしたら当然にきれいな夕日は撮れない。
かくして二上山の落日撮影は今後数年間にわたっての私の宿題としょう。

もう30年か40年ほど前に購読していた「歴史読本」の表紙に二上山の間に
入る夕日が印刷されていた。写真だけなのに、ちょつと感銘を受けたことを覚えている。
そのことが頭にあったのか、夕日を撮影できる環境が整っている現在、
自分でも撮影してみたいという思いが、ふつふつとたぎってくる。

二上山は俗物的な言い方をすれば「聖なる山」とも言える。
一度は雌岳も雄岳にも登っている。15年ほど前のことである。
むろん雄岳山頂にある大津の皇子の陵墓にも詣った。
古代国道一号線でもある竹内街道も自転車で通った。

「うつそみの人なる我や明日よりは二上山をいろせとあが見む」

という姉の大伯皇女の絶唱も忘れ難く私の中にある。
古代の歴史も悲劇性に満ち充ちているのだが、大津と大伯の同腹の兄弟も
皇統に連なるが故の悲劇性にあふれている生であった。

初めに行ったのは「安倍文殊院」。古代豪族の安倍氏の本貫地。
桜井には何度も行きながら文殊院は初めてということも不思議だ。
この安倍・安部・阿部という姓氏も日本の歴史を担ってきた豪族だとも言える。



文殊院の展望所からは二上山は良く見えるのだが、17時頃には閉門だから、
それ以後はとどまることができない。
早めに文殊院から「大美和の杜」に行く。







大美和の杜の実桜は満開だが紅枝垂れはまだまだである。満開にはあと10日以上かかると思う。
昨年は4月5日にここにきている。感じとしては今年は4/5の咲き具合はどうだろう?

さて落日は天気が悪くて太陽は雲に隠れたままである。
それであきらめて帰路につき、10分ほど道を歩いていたら、なんと急に空が
明るくなる。見上げると夕焼け発生。
一目散に大美和の杜まで引き返して、撮影準備もそこそこに夢中という
感じでシャッターを切る。

でも結局は雲にさえぎられて太陽はまん丸い形を見せない。
とても残念なのだが、しかしきれいな色の夕焼けを見られたことで
及第としょう。
かくして私の25日が終わった。まずまず楽しめた一日といえるだろう。

例のようにOnedriveに出しています。スライドショウが推奨です。

170325奈良桜井



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170322植物園

2017年03月23日 | 京都

そろそろ春の花が咲きだしているのではなかろうかと思って、
22日に植物園に行ってみた。

先回記事で「観梅終了」としたためたばかりなのに、植物園ではなんと
まだまだ梅が見頃である。
残り物に福があるのかどうかは知らないけれど、予想外のことで
なんとなく得をした気分でもある。

山桜やソメイヨシノ以外の桜のうち、オカメ桜、椿寒桜、寒桜、河津桜、
唐実桜、不断桜、近畿豆桜、十月桜などが咲いている。
なかでも河津桜、唐実桜などは花数も多く見ごたえがある。
来月になればソメイヨシノも山桜も満開となる。その壮観ぶりを見に
行くことにしたい。

その他の春の花はまあぼちぼちという感じである。
たいていはOneDriveに出していますので興味のある方はご覧ください。









18日には奈良に行ってみた。二上山の両峰の間に入る夕日を撮影するためである。
ところがなんと、二上山のずっと南に落日。
彼岸頃には雌岳と雄岳の間に落ちるというのは、どうやら俗説?かもしれない。
よくわからなくて「日の出日の入り」というソフトをインして調べてみたが、
調べ方が悪いのか正確な落日の時期がさっぱりわからない。

ともあれこれからの1か月ほどのうちに数度、奈良に行くことにしたい。
奈良の桜も撮りたいし万葉植物園にも行こうと思う。





当麻寺に寄ってみた。今までにおそらくは4度は行っている。
そのうち2度は京都から自転車で行ったもの。
こちらではいまだに見かけないゲンゲソウも見かけたので記録として出します。

下はOneDriveのリンクです。

170322植物園

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観梅終了

2017年03月17日 | 京都


昨日の16日は「千本釈迦堂・北野天満宮・平野神社」に行ってみた。
千本釈迦堂にも平野神社にも梅はないが、天満宮のついでに
桜の具合を見たいという気があって行ってきた。

もちろん桜はまだまだ固い蕾。今年は予想通り少し遅れるのでは
なかろうか?
桜はこれからだが梅はそろそろ終焉。北野天満宮でもそうであったし、
12月の末、遅くとも1月になれば咲き始める梅は、もう十分に咲き切った
はずだろう。私も心行くまで楽しませていただいたという感じだ。
感謝と哀惜を込めて今年の梅の花を見送りたい。











そして本日17日、隠れた梅の名所である大原野の「正法寺」で最後の観梅。

ここはそこそこの梅園があるのだが、街中から外れてもいるし交通の便も悪いので、
行ってもたいていは貸し切り状態。

もう10年ほど前からになるのか梅のシーズンにほとんど行っている。
ほかには正法寺にまで見に来る人はほとんどいない。
地元の人が数人という状態だと思う。







正法寺で今年初めてのツクシを見る。あまりきれいな方ではない。きれいなのは稀だ。

かくして私の今年の梅は終わりである。大阪城や長岡天満宮にもついに行かずじまい。
年齢が年齢だし行動半径も狭くなっているのだろう。仕方がない。
週に4度か5度の卓球をやめれば時間は捻出できるのだが、卓球もやりたいしで、
なかなかうまくは行かないものである。

例よってOnedriveに出しています。

170316 北野天満宮・平野神社

170317 正法寺

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服部緑地・大阪港・淀緑地・流れ橋・伏見界隈

2017年03月15日 | 思い出


時制の順を追って記述します。

03月12日 服部緑地と大阪港

決して出不精ではないとは思うが、とはいえ、いつも閉じこもりがちな
生活をする性分ではない。
それはまああまり自覚することもないのだが、長く行きたいと思いながら
これまでずっと行かずにいた。なんだかんだと理由付けしたわけではないのに、
なんでこんなに行かずにいたのだろうと自分でも不思議である。

場所は「服部緑地」。割合良い植物公園であることはネットで知っていた。
春まだ浅き12日、天気も良いことだし思い切って行ってみる。12時過ぎ着。

出迎えてくれたのは「まず咲くマンサク」。人も予想以上に多いのは
天気が良いからだろう。
一通り巡ってみる。広さは京都府立植物園と同程度かあるいは広いのか、狭いのか
ちょっと分からない。見ごたえのある植物園であることは確かだ。
アトラクションなどもあって子供連れでも楽しめる施設を目指していると感じる。
専門的になりすぎず、より広範にニーズを考えてのことだろう。







今の季節だからマンサクの花が多い。マンサクも種類が多いそうだが、ここでは
4種類ほど見られた。
木本ではなくて草本の植物も多いようだが、今の時期は当然に開花しているのは少ない。

一日時間をつぶそうかとの思いもしたが、またいずれ来ればよいのだから、
今回は15時半には辞して大阪港に行く。
夕日撮影のためだが、大阪港は初めてではなかろうか。
天保山や南港は移動のために何度か行った。が、遊びのため、
それも撮影のためなどというのは初めてのことである。海遊館近くの場所。
初体験ながら良い位置を確保して夕日を待つ。







だが情けないことに夕日撮影はむつかしい。一度はきれいに撮れても、
ちょつとした設定ミスできれいに撮れない。天気や光の強さなどで設定は
常に変えなくてはならないが、その時にちょっとした変更ミスをする。
そのまま気が付かなかったり、気が付いてもああでもない、こうでもないと
いろいろいじっているうちにすぐに陽は落ちてしまう。
わずか数分。長めに見ても20分もない時間の中での競争である。

どうにもならないので提示画像は彩度・コントラストなどを改変して
調整しています。

3月14日。

参加させていただいているカメラの同好会の方々と伏見の「淀緑地」、
八幡の「流れ橋」に行く。

淀緑地は5年か6年前から毎年行っており、今年も2月26日に行っている。
その時からみたら、ちょうど満開で花数も多く、その分、人も多い。
5.6年前は貸し切り状態に近い感じもしたものだが、いつの間にか
多くの人にも知られるようになってきた。良いことかどうか・・・・。
でも多くの方々に楽しんでほしいとは思う。





みんなで淀緑地から流れ橋まで移動。
橋は今の橋以前には3回ほどか毎年流れていたように記憶する。
渡れる期間よりも修理などで渡れない期間の方が長かったような・・・。
それで私の足も当然のように遠のいて、以前に見たのはいつだったか、
記録を見ないと分からない。でもこれまでに5回は行っているはずだから、
結構行っている部類だろう。
2011年に流れた直後の橋と現在の橋。







私一人が皆さんと別行動を取り、京阪中書島駅下車。

長建寺の糸桜と陽光桜の具合はまだまだ冬眠から目覚めようとはしていない。
固い蕾である。ここも昨年よりはかなり遅い。でもまあ自由に目覚めたらよいだけの
話で、私などがやきもきするのも筋違い。

宇治川派流を歩いてからJR桃山駅。ここの寒桜が見たかったのである。
すでに盛りを過ぎてはいるが、まだまだ見頃で堪能する。
寒桜にしては赤みが強くて、きっと緋桜系が混じっているのだろう。
毎年見ているこの桜を見ただけでも、良かったと思う。





かくして12日と14日が過ぎて行ったけど、まずまず納得できる時間であった。

画像は例によってOnedriveに出しています。

17.03.12 服部緑地と大阪港

17.03.14 淀・流れ橋・伏見

2011年石清水八幡宮と流れ橋のブログ








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170307 山科~

2017年03月08日 | 京都


 JR桂川駅→JR山科駅『毘沙門堂→山科疎水→三条通り→日向大神宮→インクライン
 →北白川丸太町』→堀川丸太町→『二条城→神泉苑→二条駅前バス停』→
 阪急四条大宮駅→桂駅→最寄りのバス停→『帰宅』『』内は徒歩。

ちょっと目的があって山科方面を歩いてきた。行った寺社は毘沙門堂と
北白川大神宮。
今の季節は毘沙門堂も梅が少しだけ。ようやく長い冬眠から目覚めようとして
いる感じだ。来月9日から桜祭りのようだ。その頃にはたくさんの満開の桜が
見られる。とはいえ今までにも桜の頃に行ったことがあるが、何分敷地が狭い。
これは致し方ない。





毘沙門堂の近くにミツマタとジンチョウゲの花を見つけて撮影。
どちらもきれいである。





毘沙門堂から山科疎水べりを西に向かって歩く。距離は2.3キロと短く
ゆっくり歩いても30分程度。残念ながら疎水には水が流れていない。
桜の頃には流すはずである。

疎水べりを歩いている時に雪がちらつく。降っている状況を撮影したがうまく撮れない。
夜はともかく昼間の降雪を撮るのは難しい。ストロボを焚くのも忘れる始末。

疎水の地上部分が終わってトンネルに入る所で三条通りまで下り京都方面に向かう。
約30分で日向大神宮。蹴上浄水場の真北、インクラインの東隣である。

日向大神宮は素朴な社である。見るべきものもあまりないのだが由緒のある神宮。
桜も梅もないので歴史に興味のある人以外はあんまり楽しめないかもしれない。



大神宮を出てインクライン。ここの桜も今の季節は当然のように枯れ枝と見まがう
ばかりだ。しかし開花に備えて内部では活発な活動をしている。

インクラインから北白川丸太町まで歩いて、バスで堀川丸太町まで。
二条城に入る。梅園の梅はまずまずの見頃と言えそうだ。
でも梅の撮影には難渋する。梅は枝先を撮るのが鉄則なのだが・・・・
見栄えのしない画像ばかりである。二条城から神泉苑。





下は歩いた距離とキロ数。久しぶりに歩いた方かもしれないが、写真を撮りもっての
よちよち歩きなのだし「疲れた」という感じはしない。
距離も短い。一度、四条河原町から琵琶湖の浜大津に出て、浜大津を少し歩き、
山科まで戻って山科から電車ということがあるが、その時から見たら歩数も距離も
半分程度ではなかろうか・・・。





例によってOnedriveに出しておきます。

170307山科~






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170305植物園と御苑

2017年03月06日 | 京都


緩慢ながら季節は移ろい、日ごとに春めいてくる日常。
陽気に誘われたわけではないのだが、春の花たちを求めて
植物園に行く。

今年4度目の植物園。
考えてみるまでもなく、頻繁に植物園に行くなんていうことは
情けないことかもしれない。ホームページ用に撮影しに行くという理由はあるのだが。
ともあれ「早春の草花展」第二弾ということで、それを楽しみに行く。
それ以外は植物園といえども花はまだまだである。

梅は早咲きの樹は満開であるが、遅いのはこれからである。
桜ももちろん「枯れ枝ほきほき折るによし」という感じだ。
ただし桜というのも夏期以外は花を見られるので、山桜や
ソメイヨシノの話。今回も河津桜などが咲いていたが桜は一枚のみ撮影。

それにしても咲いた梅の木は折り取るのが礼儀でもあったのに、
いつの時代から折ってはダメになったのだろう?
現在では器物損壊で犯罪に相当するというのも時代のなせる業だろう。









植物園から京大に行く。イヌノフグリ撮影のためである。なんとか発見。
もう5年は通っているのだが、絶滅危惧種のこの花をいつまで見ることができるのか、
心もとない限りだ。京都でも自生地は極端に少ないようだ。
なんでも、風や鳥によって受粉がなされるというよりも、アリが媒介するらしい。
もともと繁殖力が弱いのに、それではこの先、花を見ることができるかどうか。



外来種のオオイヌノフグリの半分以下の大きさ。ブルーではなくてピンク色である。
イヌノフグリ類はこれまでゴマノハグサ科であったが、オオバコ科に変わったという
ことなので、それに習う。

以後は御苑。御苑には今はまだ梅くらいしかないが、すぐにハナモモ、
モクレン、ユキヤナギ、そして桜と開花する。
楽しみではあるのだが・・・。

4日には紅枝垂れ梅を見たくて城南宮。
どこからこんなに人が蝟集するのか、超満員である。「曲水の宴」の日などよりは
はるかに人が多い。
城南宮にしてもたくさんの人々に見られる以上は管理に
力が入ると思う。あの景観は宝物に等しいし、頑張ってほしいものです。



下はOnedriveです。

170305植物園

170304城南宮




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170228 中山寺観梅と飛行機撮影

2017年03月02日 | 思い出


結局、生地から出ることのなかったカントほどではないが、私も
住居地の京都から出ることはあまりない。
とはいえ、これまでには北は岩手県の平泉、南は鹿児島も長崎も
行っているのだから、それほど閉鎖的な人生だとも言えないだろう。

二月如月の最終日、二月尽に兵庫県宝塚市の「中山寺」に出向く。
連れて行っていただいたという方が正確である。
今年になって初めて他府県に出向いたことになる。

属している同好会の撮影会として行った。
中山寺は初めて行く寺である。梅の名所ということさえ知らずにいた。
梅園は狭くはない?のだが、梅はまだ3分咲き程度。
むろん早咲きの樹は満開であり、馥郁とした香りを放っている。

この中山寺については、その由緒を全く知らない。それが残念。
これからしっかりと勉強するだけの時間は許されていないだろう。

境内、梅園の一応の撮影をしてから詳しい方の発案で近くの伊丹飛行場の
飛行機撮影に行く。飛行場の東側に千里川が貫流しており、川の両サイドの
散歩道で撮影。川幅が広くはなく、着陸・離陸も見えるのだが、私の
眼ではしかとは見通せない。
飛んでいる飛行機を数葉撮影。背景が空だけ、写っているのは飛行機だけと
いうことになってしまって絵にならないのだが、これはこれで仕方ない。
夜ならまた違った写真になると思いつつも納得するしかない。

ともあれ充実した一日になったと思う。同行の方々に感謝したい。
例のごとくにOneDriveに入れています。ご覧願います。

170228中山寺・飛行機










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170226淀緑地

2017年02月27日 | 京都

自宅→桂川駅→東福寺駅(京阪乗り換え)→淀駅

淀駅→京阪祇園四条駅→円山公園→阪急河原町駅→桂駅→自宅

朝の起床が10時過ぎと遅かったので少し躊躇したのだが、淀緑地に
河津桜を見に行く。自転車でとも考えなくはなかったのだが、
なにしろ老体。老骨に鞭打つよりも安全策を採る。

自宅11時発。淀緑地に着いたのは12時半近い。

肝心の桜はというと咲いてはいる。でもまだまだである。
250本あるという樹の内10本ほどしか開花していない。
昨年は2/16日で、もっと良く咲いていたのだし、今年は本当に
遅いと感じる。
梅も定点観測した多くが遅かったという印象である。
もっともこれは昨年が異常に早くて、今年は例年通りのようだ。
この淀緑地の河津桜も多くが満開になるのはまだ2週間ほど
必用ではないかと感じる。

ソメイヨシノも京都の開花予報は3/29日か30日。
昨年よりは4.5日遅い?
そのことを頭に入れて桜の追っかけの予定を立てたいが・・・・。

例によってOnedriveに入れておりますので、ご覧願います。
似たようなのばかりが多いので精選するべきでしょう。

170226淀緑地

草庵の画像は東山の「西行庵」それと「芭蕉堂」。
芭蕉堂はなんとレンタル着物店に庇を貸しています。
どうしてでしょう。?です。祈る女性などは八坂神社。












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170225梅宮大社

2017年02月27日 | 京都


2/25日は官公の「梅花祭」が、ゆかりの北野天満宮で開催される。
官公はもちろん菅原道真のこと。官公が藤原時平によって大宰府に
放逐された当時の歴史も面白い。

年間を通じてみれば北野天満宮には良く行く方だが、25日は近くの
児童館で子供たちに卓球を教える?日に当たっていて、それが15時から
なので、時間は少ない。

それで11時に自宅を自転車で出て梅宮大社に行く。ここも梅の名所であり、
社地は広くはないのだが、かつ、梅の木の本数も少ないのだが毎年のように
梅の花を見に行っている。

当然のように早咲きの樹は満開。遅いのはまだまだ固い蕾。すべての樹が
いっせいに開花するわけではない。
私感だが今年はどうも梅の開花が遅いような気がする。
三月に入ってからの気温次第かもしれないが、桜も遅いような・・・

広くはないのだが結局14時まで鑑賞してから帰宅する。わりと良かったような
気もしている。

ともあれ当日の画像をOnedriveに出していますので、ご覧願います。

17/02/25梅宮大社










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「さびしさに・・・」歌について

2017年02月22日 | 歌稿


「さびしさに・・・」歌について


西行法師の山家集に下の歌が採録されています。(出典は岩波文庫)

 「さびしさに堪へたる人の又もあれないほりならべん冬の山ざと」
      (岩波文庫山家集冬歌103P・新潮山家集141P503番・
       西行上人集・新古今集・西行物語)

新潮山家集の歌番号は「私家集大成」の歌番号に拠っています。

この歌を現在的に漢字を用いて書き変えてみます。

 「寂しさに堪えたる人の又もあれな庵並べん冬の山里」

 さびしさに(初句・一句)
 堪へたる人の(二句)
 またもあれな(三句) 「以上三句までが上句」

 いほりならべん(四句)
 冬の山さと(結句・五句)「四句と結句で下句」

平安時代末期を生きた西行の歌ですが現在の私たちにも労せずして
鑑賞できる歌です。歌の調べなり言葉が現在との長い時代の隔たりを
感じさせないほどに分かりやすい形で詠まれています。言葉も平易
であり、何の補足説明も要しないほどです。

それでもあえて言えば字余りになっている三句の「またもあれな」が
説明が必要かもしれません。

また……また(又・亦・復=副詞、接続詞)
    ここでは「再び、他に、もう一度、同じように」という
    意味合いの《副詞》として用いられています。

ーも……も(接続助詞、係助詞、終助詞)
    副詞「また」に付いた係助詞。意味を強める作用をします。 
     
あれ……あれ(助動詞。ラ行変括活用「あり」の已然形。)
    事物や事柄がある空間・時間の中に有ること・在ることを
    言います。

ーな……な(終助詞)
    (・・・てほしい)という自らの願望を表します。  

「またもあれな」で、(他にも誰かいて欲しい)という意味となります。

以上のように「またもあれな」は「また」「も」「あれ」「な」の
4種の言葉の複合語です。
こうして「又もあれな」の言葉から一首全体をみても、寂しさに堪えた
生活をしている人がいて、それは作者自身のことだろうと解釈できます。
寂しいという自覚を持つ作者が、同じような生活をしている人がいれば
隣同士になって住んでみたいなーという願望の強い歌だと言えます。

意訳を下に記述します

(和歌文学大系21から抜粋)

「私の山家も冬になるとあまりにも寂しいから、このような寂しさに
我慢できている人がもう一人いたらいいな。庵を並べて住んでみたい。」

(新潮日本古典集成山家集から抜粋)

「この閑居の寂しさに堪えている人が他にもあってほしいものだ。そう
したらこの冬の寂しい山里に庵を並べて住もうものを。」

(西行山家集全注解から抜粋)

「仏道に入って山里に世をのがれ住み、山里のさびしさに堪え得る人が、
私のほかにもう一人あればよいなあ、そうしたならばその人と一緒に
この冬の山里に庵をならべて住もうものを。」

(安田章夫氏「西行」から抜粋)

「前略。西行は自らを『さびしさに堪えたる人』であるとしている。
『さびしさ』を深く感じさせる『冬の山里』のなかで、彼は独り、
「さびしさに堪え』ているのである。そして、そういう自分と同じ
ような人が他にもおればいいのにと望んでいる。もしおれば庵を
並べて共に堪えようというのである。その激しい願望は「も」「な」
とう感動の意味を表す助詞を二つも含み、ふくらみを持ちつつ強く
切れている第三句の表現によく出ている。そして、そういう第三句を
受けて、第四句でも切れ、結句は体言止めとなっている一首全体の
調べが、その内容にふさわしいうねりとおちつきとを有するものと
なっている」

(西行物語)

「まず剃髪染衣の形とならば、戒儀を旨とし、欲を捨て愛を離るべきに
なほ妻子を帯し、三毒五欲をほしいままにし、五戒十善をも保たず。
ここに無常の殺鬼、貴賤をえらばず、別離の魔業、老少を論ぜぬ習ひ
なれば、事と思ひと違ひ、楽しみと苦しみと共なり。
さればこの時、恩愛の絆を切り、無為の家に住み、俗塵を捨てて、道門
に入る事、うれしくおぼえて、西山の辺に柴の庵を結びて住み侍りけり。」

『さびしさに堪へたる人の又もあれないほりならべん冬の山ざと』

〇西行物語は出家の時の歌としています。もちろん創作です。

次に「あれな」の西行の用例歌を挙げて、この稿を終えます。

01 捨てていにし憂世に月のすまであれなさらば心のとまらざらまし
      (岩波文庫山家集77P秋歌・新潮山家集405番・
                 西行上人集・玉葉集)

02 さびしさに堪へたる人の又もあれないほりならべん冬の山ざと
      (岩波文庫山家集冬歌103P・新潮山家集141P503番・
            西行上人集・新古今集・西行物語)
 
03 松がねの岩田の岸の夕すずみ君があれなとおもほゆるかな
      (岩波文庫山家集羇旅歌119P・新潮山家集1077番・
        西行上人集・山家心中集・玉葉集・夫き抄)

04 我が袖の涙かかるとぬれであれなうらやましきは池のをし鳥
      (岩波文庫山家集恋歌148P・新潮山家集608番)

05 あはれとて人の心のなさけあれな數ならぬにはよらぬなさけを
      (岩波文庫山家集恋歌158P・新潮山家集1276番・
        西行上人集追而加書・新古今集・西行物語)

06 あふと見しその夜の夢のさめであれな長き眠りはうかるべけれど
      (岩波文庫山家集恋歌164P・新潮山家集1350番・
       西行上人集・山家心中集・宮河歌合・千載集)

07 夜の鶴の都のうちを出でであれなこのおもひにはまどはざらまし
          (岩波文庫山家集雑185P・西行上人集)

画像は2005年4月2日撮影の西行庵です。


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