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減産しないサウジの真意 30年前の「痛恨の記憶」 編集委員 松尾博文

2014年12月21日 17時57分01秒 | 

原油価格の下落が止まらない。市場の調整役をつとめてきた石油輸出国機構(OPEC)は11月の総会で減産を見送り、盟主サウジアラビアはその後も動く気配はない。サウジの意図はどこにあるのか。手掛かりは原油市場の覇権をめぐる過去の攻防にある。

■1985年、シェア失った痛恨の記憶

 

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 サウジアラビア国営石油会社サウジアラムコは今月上旬、来年1月積みの原油について調整金を引き下げると日本の石油会社に通告してきた。事実上の値下げだ。

 「サウジはシェールオイルを抑え込むために価格戦争をしかけた。手を緩めるつもりはない」。こうした市場の見方を裏付ける材料として、相場は下げ足を速めた。

 実は原油の輸出入に携わる石油会社は冷静だ。指標原油に加減する調整金は油種ごとにアラムコが決める。「純粋に市況に従った」(コスモ石油)もので、需給の動きを見れば調整金の下げはある程度予測がついていたからだ。

 ただし、サウジが原油市場で力の源泉としてきたのは自在に増減できる生産余力。これを使うかどうかは需給に加え、国際政治・経済に与える影響を考慮した国家戦略がからむ。今回の使わない判断に思惑があるのではないか。そこに市場は反応する。

 サウジには痛恨の記憶がある。第2次石油危機後の1985年に原油価格が急落した際、価格維持を狙いサウジが減産を一手に引き受けた結果、市場シェアを大きく失った。

 日本エネルギー経済研究所の小山堅首席研究員は「サウジには記憶が引き継がれている。減産見送りは、自分が犠牲になって他を助けることはしない。市場から退出するのはシェールだというメッセージだ」と語る。

■石油の時代を1日でも長く

 「2000年代前半の状況が参考になる」というのは、帝京平成大学の須藤繁教授。当時、ソ連崩壊による原油生産の低迷期から回復しつつあったロシアは急速に原油生産量を増やし、減産で原油価格の下落に歯止めをかけようとするOPECとの溝が広がった。

 このときは、その後の中国など新興国の需要増大が、ロシアとサウジの主導権争いを飲み込んだ。サウジの80年代と2000年代の攻防に共通するのは、調整力の行使に“ただ乗り”する他の産油国を許さない姿勢だ。

 シェールオイルの大増産で、米国の原油生産量は3年間で日量300万バレル増えた。減産しても供給過剰の解消は難しい。むしろ、原油安を容認してシェールなどの高コスト油田の生産量を抑え、失った調整力を取り戻そうとする戦いだ。

 サウジの基本戦略は石油の時代を一日でも伸ばし、国家が得る石油収入を最大化することだ。73年の第1次石油危機を主導し、OPECの時代を築いたサウジのヤマニ元石油相はかつて、「石器時代は石がなくなったから終わったのではない。石器に代わる技術が生まれたから終わった。石油も同じだ」と語った。

 立場は変わっていない。1バレル100ドル超の原油価格が代替エネルギー開発を促し、消費者の石油離れを招くなら調整が必要だ。そのためにはサウジが調整力を握り続ける必要がある。ただ、サウジが急速に進む市場の変化を乗り越え、調整力を取り戻すことができるかどうかはわからない。

 

[日経産業新聞2014年12月18日付]



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