独仏の選挙がもたらす「EU崩壊の危機」
欧州では今なお、極右政党や急進左派政党の躍進が続いています。フランスの「国民戦線」やスペインの「ポデモス」などは既存の二大政党制をすでに揺るがしていますし、ドイツの「ドイツのための選択肢」やイタリアの「五つ星運動」、英国の「独立党」なども勢力を伸ばしてきています。欧州経済の長期低迷や失業率の高さは、移民や難民を排斥する運動と結び付き、とりわけ極右政党にとっては強い追い風が吹いています。
私は2017年、欧州の政治的なリスクが一段と大きくなり、正念場になると考えています。同年4~5月にフランスの大統領選挙、6月にはフランスの国民議会選挙、9月にはドイツの連邦議会選挙と、欧州統合を推進してきた二大国の選挙結果が、政治的なリスクとして非常に心配されているからです。
EUやユーロ圏崩壊の危機に?
中東からの難民流入がコントロールできないうえに、これからもテロが繰り返し起こるようなことがあればどうなるか。フランスやドイツの国民には極右政党や極右政党候補者に投票する人々が増えてくるでしょう。そのようなことになれば、EUまたはユーロ圏の崩壊というシナリオが現実的になってくるというわけなのです。
フランスで4~5月に行われる大統領選挙は2回の投票制であり、1回目の投票で過半数を得る候補者がいなければ、上位2候補者が2回目の決選投票に進む仕組みとなっています。1回目の投票が4月23日に、2回目が5月7日に予定されています。続く6月の国民議会下院選挙も大統領選挙と同じ2回の投票制であり、6月11日と18日に投票が行われる予定です。
就任から5年目を迎えるオランド大統領の支持率は、失業率の高止まりもあり、低迷しています。フランスの失業率はオランドが大統領に就任した2012年5月の9.7%から2016年7月時点で9.9%と、EUやユーロ圏の失業率が緩やかに低下しているなかで、まったくといっていいほど下がっていないのです。
フランスの雇用情勢が一向に改善しないのは、前のサルコジ政権時に行政部門で雇用を拡大する政策が見事に失敗したにもかかわらず、オランド政権になっても同じことをやっているからでしょう。
そのような状況下で、2015年11月のパリに続いて、2016年7月にはニースで大規模なテロが起こり、極右政党である国民戦線への支持がいっそう広がっています。国民戦線の主張によれば、フランスが苦境に陥っている原因は、すべて国外からもたらされているといいます。だから、国民が痛みを伴わない方法で、フランスは再び偉大な国家に復活できるというのです。このような詭弁が多くの国民を惹きつけているのは、非常に憂慮すべきであると思われます。
国民戦線の描く偉大な国家復活への道筋は、ユーロ圏からの離脱から始まります。離脱に伴う混乱を回避するために、フランス銀行が積極的な金融緩和を行い、復活した通貨フランを安く誘導、輸出が伸びて景気が回復するといいます。
その一方で、債務危機以降続けてきた緊縮財政を取りやめ、最低賃金も引き上げるというのです。荒唐無稽な道筋であるのは少し考えただけでも一目瞭然なのですが、今の経済的な苦境から抜け出したい国民からすれば、とにかく既存の二大政党には失望しているというのが本音なのでしょう。米国の大統領選挙で起こっているトランプ現象と、非常に似通っているところがあるように思われます。
ルペン党首が次の仏大統領で欧州が大混乱に?
フランス大統領選挙の有力候補は、与党である社会党では、再選を目指すオランド大統領とマクロン前経済産業デジタル相の二人で、いずれかが社会党の候補者になる見通しです。野党である共和党では、サルコジ前大統領とジュペ元首相の二人を軸にして、候補者選びが進んでいるようです。そして、台風の目となる国民戦線では、マリーヌ・ルペン党首が候補者としてすでに決定しています。ルペン党首は前回の大統領選挙では泡沫候補と呼ばれていたほどなのですが、今では彼女は2回目の投票に進む最有力候補として見られているのです。
2017年4~5月の大統領選挙までに、フランス国内でまた大規模なテロが起こるようなことがあれば、反EU・反移民を掲げる国民戦線への支持がなおいっそう広がることになり、ルペン党首が次の大統領になる可能性が高まっていくでしょう。
さらには6月の国民議会選挙でも、国民戦線が議席を急激に伸ばすことによって、社会党と共和党による二大政党制を崩壊させる可能性も高まっていくでしょう。ドイツと協力して欧州統合を推進してきたフランスが、新しい大統領の誕生を機に反EU・反ユーロへと政策の大転換を行うようになれば、欧州の政治や経済が大混乱に陥ることは避けられないことになるのではないでしょうか。
一方、2017年9月に行われるドイツの連邦議会選挙でも、2016年に入ってから不透明感が漂い始めています。メルケル首相はこれまで、国民の支持を失わないような政権運営に注視してきました。繰り返されたギリシャ危機に際しても、メルケル首相がギリギリまで妥協しなかったのは、国民の支持率を意識してのことでした。
ところが、彼女は2016年に入って難民の受け入れ問題で大きくつまずき、今では政策転換を迫られるようになっています。国内で難民による暴行事件やテロ事件が相次いだことにより、難民に寛容な姿勢を取ってきたメルケル政権への批判が強まってしまったのです。
2016年8月時点で、メルケル首相の支持率は45%まで落ち込み、過去5年間で最低となっています。メルケル首相が属するキリスト教民主同盟では、今の流れのままでは連邦議会選挙で敗北してしまうというという危機感が高まってきています。
実際に2016年3月と9月の地方議会選挙では、与党であるキリスト教民主同盟と社会民主党が得票率を減らした一方で、極右政党「ドイツのための選択肢」が初めて議席を獲得しています。その後の暴行事件やテロ事件の影響もあり、今では与党にさらなる逆風が吹いているのは間違いなく、メルケル首相の与党内での権力基盤が揺らいできているのです。
連邦議会選挙で大いに躍進するだろうといわれている極右政党「ドイツのための選択肢」は、2013年に発足したばかりの新しい政党です。発足当初は党是として「反ユーロ」を掲げていましたが、「反移民」が票になるとみると極右政党へと衣替えを行い、今やドイツ全域で移民・難民を激しく攻撃し、急速に支持を拡大しています。
独メルケル政権の試練はEUやユーロの弱体化に直結
私が深刻であると思うのは、2016年5月には連邦議会選挙を見据えて党の綱領を採択し、ユーロ圏からの離脱、徴兵制の復活、同性愛者や異教徒の排斥などを唱えているということです。ナチスへの反省を忘れ、愛国心のためならイスラム教徒や有色人種を差別しても許されるというのです。
さらに心配であるのは、そのような綱領を採択した後でも、世論調査での支持率が伸び続けているということです。いちばん直近の世論調査では、二大政党に続く支持率を獲得し、もはや泡沫政党とはいえない状況にまでなってきているのです。ドイツ国民の大半は反移民を否定してはいるものの、年間100万人もの難民流入のペースは速すぎるという反感を持っています。そのように反感を持つ人々を上手く取り込み、「ドイツのための選択肢」が下院議会で第2党にでも躍進することになれば、今のように上位2党で過半数を形成することが困難になるかもしれず、政権樹立のための連立交渉が難航することも考えられるというわけです。
ここで注意しなければならないのは、メルケル政権が弱体化するというのは、EUやユーロ圏の弱体化に直結する大問題であるということです。フランスでは国民戦線が大躍進を遂げる可能性が日に日に高まっているなかで、ドイツでも与党が連邦議会選挙で敗れ、極右やナショナリズムに席巻されるような事態になれば、EUやユーロ圏をまとめきれる人物がいなくなってしまうのです。そのようなわけで、2017年はまさに欧州の正念場になるだろうと考えていますが、選挙結果を左右しかねない凄惨なテロ事件が今後の欧州では起こらないことを祈るばかりです。