樵(きこり)の日記

福岡県の奥八女に棲む一人の樵が、田舎から発信する「自分発行き先不明」の情報切符。

今更、ヱヴァンゲリヲン

2017年05月05日 | Weblog

チェンソー・カービングで、何か面白い素材あるかなァ~…って考えたとき、ふとヱヴァンゲリヲンを思い出してしまった。以前初号機の頭部だけ作った事があり、その際友人に「全身像作ったら面白いよね?」と話したことがあったのだが、そのままになっていたのを急に思い出した(笑)

しかし…

ヱヴァンゲリヲンって、ホントに面白かったのかなァ…という思いが未だにボクの中にある。話は謎だらけだしシンジは弱っちぃし…。物語も分かりやすくハッピーエンドに終わるってゆーものでも無いし。
ただし、出てくるヒロイン、綾波レイと惣流・アスカ・ラングレーがメッチャ可愛らしく、シンジとの関係性に興味が沸いたのが、最終話まで惹きつけた大きなファクターだったように思える。

それをハッキリ認識させたのが新劇場版エヴァだ。
「Q」において綾波レイはすでに存在しない。レイみたいな存在はいるが、彼女はレイ本人では無い。その事がエヴァへの興味を大きく損ねたのは間違いない。実はボク、エヴァの中にロマンスを求めていたのかもしれないと、この時ハッキリ認識したのである(笑)

特にコミックを読んでるボクや他の読者にとって、綾波レイとシンジの、少しずつ縮まってくる距離感にドキドキし、レイが自爆して居なくなった時の絶望感はハンパなかった。そう、三国志を読み続けて、孔明が死んだ後の喪失感に非常に似ているなと(笑) コミックではレイの魂と再び出会い本当の別れと共に、再構築された世界が待っていた。自分の足で力強く一歩を踏み出すシンジを見た時、エヴァの本当のエンディングを見た感じがしたのである。

そう。コミックの最終刊によってエヴァファンは、アニメ版や劇場版の消化不良を解消し、その物語を完結させたと思っているので、新劇場版などはスピンオフを見てる気分なのだ。

・・・・・・。

ということで、エヴァを作ってみようという気持ちは昔みたいに熱を帯びていない。作ってみればそれなりの反響はあるだろうが、作り手がそこまで熱を上げてない以上意味があるとも思えない。まぁ~そこまで熱くなって作る必要も無いけど…(笑) 造形的な面白さは確かにあるし、いつか挑戦したい素材であることは間違いないだろうなァ…。 

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