あぁ・・・このままでは終われない!脳内出血奮戦記

ひとり暮らしを突然に襲ってきた脳内出血 なんとかしなければ!
毎日わくわくキラキラを発見しながらのトレーニング記録 

♪これっきり これっきり これっきり~ですか~ アラッ?! 音痴になってる・・・

2015-03-28 10:25:32 | 脳の神経回路
雲が多いものの20℃予報がでている東京。
そのせいか いつもの朝より早いペースで身体が動けている(嬉ッ)

脳卒中には病名がつかなくとも いろんな弊害がでてくる。
そのひとつ、
音痴になった!
もちろん自己診断である(苦笑)

歌詞カードを見ないで歌える唯一の コレ、
♪ 横須賀ストーリー ♪ 百恵ちゃん世代である。
カラオケに通い詰めることもなかったけど1曲くらい歌えるものを的な(笑)
♬音・・
ラジオッコゆえ(ラジコとラジオと呼ぶらしい)目覚めから眠りに落ちるまで聴いている。
ある時 流れてくる曲に ごく自然に口ずさんだのだ・・・けど・・
あまりにも音程がくるっていて自分が一番驚いてしまった。

ええぇっ! 大好きな唄が歌えなくなっちゃったのか?!!
たぶん発症してから初めての 歌を唄うこと だったと思う。
ごくごく普通の歌唱力と思っている。
で、きょうは 試して見ることにした。

ラジオの録音機能で 話す、しゃべる ということはすでに実証済みだ。
まぁ 聞き取れるレベルである でも歌となると・・・。
3年ぶりに ゆっく~りと小さな声で コワゴワ 口ずさんでみた。
あの時よりは マシになってる(笑)
やはり音程をとるのが難しいなぁ。

季節は春!心もウキウキするだろう。
きっと無意識に歌を口ずさむことも増えてくることを期待しながらも
今は 歌う ことよりも  聴 く ことに軍配。
YANAKA COFFEE で至福のひととき~♪~


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自然治癒力に  かける!!

2015-03-26 13:35:36 | 筋肉関節の痙縮との闘い
日中は、ポカポカでうれしいが、
朝晩の急激な冷え込み予報がでている。
気分屋の筋肉群も おとなしくしていてくれる。
そうそう!欺されろ!だまされててくれ!と脳へ。

脳卒中は(脳内出血、脳梗塞、くも膜下出血) 発症箇所と発症時の処置で
 どこまで回復できるかがだいたい決まってしまうのだという。

手術不可能と診断されたくらい時間が経過していたのだった。
が、いくつもの幸運で助けていただいた。

リハビリ病院では、職場で とか、家族といるときに倒れたという方々。
みなさんの何倍も努力をもってしても難しいのか?!
倒れた時点でもうすでに回復見込みレベルが決まってしまうのなら
この身体はこのまま?と、愕然としたことを思い出す。

が、その後に続いた言葉・・・
「・・・ですが、人間にはその人が持っている自然治癒力というものがあります。
その人がどのくらいの治癒力をもっているかは 我々にもわかりません」とH氏。
発症数ヶ月後のフニャフニャの脳でも真っ先に「 それだ!自分の自然治癒力にかけるぞ!」
と瞬間に決めていたのだ。

助かったとしても一生車イス生活でしょう と宣告されたこの身体。
自分でもどこまで回復できるかを見てみたい し、このままでは終われない!

ようやく自立へ向けて明るい光がが見えてきた矢先の脳内出血。
このまま終わってたまるかっ!
病気に対するこの無知さ と がむしゃらな思い と支えてくださった みなさま、
この脳内出血でめぐりあってきた皆さまのおかげで今がある。

3年間経過した現在、まだ高齢者の方々についていくのにもやっとの身体ではあるが、
こうして会話が まぁ できてるし、PCにも15分間くらいなら向かえるようになってきている。
きっと 切れた箇所が幸いしたのかも知れない。

どうしてこんな身体になってまでも助けたんだよぉ 神様ぁ・・と、
思ったこともあったが、
今は使える機能を残してくれててありがとぅ 神様!!
信仰心には無縁のくせに 都合の良いときだけ神様がでてくる(笑)
自分の持ってる自然治癒力を信じ これからも進む。

 

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自主トレーニング派  リハビリ難民なんかにならないぞ!

2015-03-24 12:44:41 | 筋肉関節の痙縮との闘い
サクラ前線北上もついに きのう都内にやって来た!
まってたよぉぉぉ!
喜びもつかの間、今朝の冷え込みに警戒!ケ・イ・カ・イ!
故郷は雪が積もったようだ。

お風呂のない日は応急手当だ。
ホットパック、蒸しタオル、そして 秘密兵器の あずき豆!!
レンジでチンして 肩 前腕 足首 そして 丹 田(たんでん)を温める。
リンパ系ね。するとジワ~ッと芯から温まってくる。
温まってきたところで 筋トレ・ストレッチを開始。
外からも身体の中からも筋肉をほぐし、
血行をよくすることに専念すること 1 時間あまり。

呼吸、特に ゆっくりと息を吐くことを意識する。
ゆっく~りとやるのが この身体のコツ。筋拘縮がはんぱないから。

入院生活も後半こ入ったころから、
リハビリが終わると忘れないようにメモできるようになってきた。
といっても数字文字。記号みたいなものだ(笑)
1月に購入したスケジュール帳は、新緑のころにはリハビリ日記帳となったわけだ。
今でも時折 ひっぱりだしている。

通所リハビリへ行けるようになったのは退院してから1年後にようやくのこと。
時々マッサージ師さんや療法士さんにチェックしてもらいながら今でも自主トレがメインだ。
自分の身体を良く知るということが大事であると思う。
観 である。
あれっ?!きのうと違うなぁ と良くも悪くも早く気がつけるということ。
この3年間で 筋肉 関節の名称をいくつか覚えた。すると意識できるようになってきたのだ。

肩甲骨って?天使の羽根のことですかぁ?
というレベルだった自分が恥ずかしい(笑)
きょうは ハムストリングをかわいがってやろう!


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あっ 指がうごいたっ!  記念の日

2015-03-19 14:44:23 | 発症から退院まで
ここ数日 暖かい日が続いてる。
なんと言っても最低気温が2桁台というのがとても うれしい!
それに加えて この日は感動の日であるから当然 
ゴ・キ・ゲ・ンな筋肉群。

2012年2月に倒れ救急車で即!集中治療室へ( I C U )そして一般病棟へ。
その後リハビリの専門病院への転院。
この時でさえも 働けない身体になってしまっていることなど思ってもいない自分。
働くどころか命もあぶなかったと知るには、まだ少し先のこと。
まったく無知とは恐ろしいと今でも思う(苦笑)

元の身体に戻ることはありません!と言われてもそうですか・・・
なんて言えるはずがない。
「 どんな努力でもします!1%の可能性もないのですか?
1%くらいありますよねェ?!」とDr.に食いつく(苦笑)

この時はまだ顔のシビレも現れておらず、内反足も尖足症状も現れてない時期。
亜脱臼で激痛の肩、ズッシリ重い上肢、左片麻痺であるが
幸い会話は限りなく普通に近かった・・・と思う。

足に比べ、手の神経はとても複雑で回復に時間がかかると知ってからは 
ますますリハビリに!自主トレに!励んでいた。
温めるといいよ いう言葉がある時耳に留まったのだ。
どなたから聞いたのか覚えていないが なぜか脳にピッヒっ゜ピっ!!!

顔を洗うことができないため病棟に用意されていた蒸しタオル。
顔を拭いたあと左の手の平を包み毎日温め続けた。
と 同時に上腕から前腕、手の甲、手の平を健手で(右手)すりすりなでなで。
脳は1万回教えこまないと覚えない!のだそうである。
1万回って何回よぉ と途方にくれるも あっ そっか!
朝昼晩で 100回×3×30(1ヶ月)・・・
なんか出来そうな気がしてくる。

タオルで温めていたのは どうやら自分だけ?!
シビレのない方もいらしてて。
ここで初めて同じ脳内出血、脳梗塞でも後遺症に違いがあると知ったのだ。
思う存分蒸しタオルを使ったのは はい 私ですっ!
看護師さん ごめんなさ~い。

と ある日、包まれた手の平がビリッと痛いっ!
まるで針で刺されたかのような感触。
そう タオルの目が刺さってるのである。
こんな表現しかできないが 超敏感と超鈍感が混在。

温かいという感覚はあったものの 手が触れても全然分らない。
毎日いっぽん、1本ていねいに指のリハビリをしてもらっているというのにも関わらず
感触がまったくない!
あぁ~残~念~と、今なら思える(笑)

ジッと見ていないとわからないくらいの1ミリ2ミリ 人差し指がかすかに動いたのだ。
もう飛び上がらんばかりのうれしさ!
もうこれはサプライズしかない。
リハビリの時間が早くこないかと心待ちにしたものだ。

ご指導くださった療法士の H 氏 ありがとうございます。
そしてもうひとり 一度の担当ではありましたが T 女史 ありがとうございます。

この日をきっかけに更なる意欲をもってリハビリに向かうことができたのである。

同時にこんな症状が・・
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倒れた時のこと  その2

2015-03-18 13:51:38 | 発症から退院まで
2012年2月1日 夜8時ころ 
親戚との電話を切り、イスから立ち上がった瞬間に、
いきなり倒れたのだ。ヨロヨロとかでなく ドサリッ!という感じ!

床にころがったのだと認識したと同時に目の前には家具の角が目に入る。
今思うとよく避けて倒れたものだと運の良さを感じる。
吐き気が襲ってきたので 目に入った買い物袋に右手をのばす。
数日前に買った本だった。
出てくるのは、黄色い汁ばかり・・・。
きっと食べていなかったんだと思う。

食欲がなかったということは
やはり具合が悪かったのだと今ならそう思える。
いつもはしっかり食べる人間だからなおさらだ。
トイレにも行きたいから必死で動こうにもビクともしない身体。
記憶にあるのはここまでである。

どのくらいの時間が過ぎていたのか、
まったく分らないがドンドンとドアをたたく音でハッと目が覚めたのだ。
ありったけの声を出して助けを呼んだ!

ワンルームの狭い部屋。
玄関はすぐそこ。

ここでまた、幸運が!
異変に気づいてすぐさま管理人さんへ走ってくださったのだ。
それからは 早い早い。
救急車で近くの病院へ。

昔、病院勤務の経験から救急隊員の方に
「ここの病院へ運んでください」とお願いしたのだ。

自分では意識もあるし、会話もできてたし(と、自分では思っていた)
命にかかわるなどとは・・・。
周りの方々は熟知していたというのに 知らぬは本人ばかりなり(苦笑)

このドアをたたいてくださった宅配さん、
家族に脳卒中の方がいらして「とにかく時間が勝負」と
すばやい判断。
お昼ころ救急車へ。

夜に倒れたから翌日とばかり思っていたのだが
どうやら翌々日では?と分ったのはずっとずう~~っと後のことであった。

かなりの時間が経過していたため出血は広がり手術できない状態だったと後になって知った。

最初に発見していただいた コねこの Oさん 本当にありがとうございます。
管理人さん 迅速な対応誠にありがとうございます。

運ばれた先は先輩の職場。
すぐさまストレッチャーまで来てくださり
「大丈夫!大丈夫だからね!」という必死な顔を覚えている。

こうして沢山の方々の手により助けていただいた。
今生きていることに感謝します。
Oさんにお礼を言うことができたのは暮れになってようやくのことでした。
この後 リハビリの壁に挑むこととなる。

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倒れた時のこと  その1

2015-03-17 13:21:32 | 発症から退院まで
朝からグングン気温が上がり20℃とラジオが言っている。
日射しはさほどではないものの 身体は正直で ご・き・げ・ん! 
ここまでくればひと安心。
無事冬を乗り越えることが出来たっ!とうれしくなる。

日ごろは倒れた時のことなど思わないのだが・・・。
そう まだ恐怖心があるからだ。
強者の筋肉群も この気温で和らいでるので 記憶を振り返ってみることにする。

3年前の 2012年2月1日のことである。
この日は朝から友人や親戚と電話やメールで連絡を取り合っていたのだ。
親の介護についてだった。
仕事は、繁忙期も過ぎ連休中だった。

特別 コレといった症状もなく、というより小さな小さな異変にも気づけなかったのだと
今なら思える。すべて「 風邪かな?」 「疲れがたまっているなぁ」で片付けてしまっていたのだ。
夜8時ころ、親戚との電話を終えてイスから立ち上がった瞬間 ドサッ
気がついたら床にころがっていたのだ。メガネが鼻に!痛いっ!!!
一瞬なにが起こったのか理解するのに数分間。。。
普通ならここで 脳をやられた!!と思うらしいのだが・・・。

脳卒中と言う言葉は、もちろん知っていたし 命を奪われた人の話も耳にしていた。
が・・・しかし

どんな風に倒れるのか、瞬間はどんなふうになってしまうのか聞いたことがない。
それだけ怖い病気であるというのになんとも無知な自分。  
動こうにもビクともしない身体。
なんだか吐き気もする。
トイレに行きたくなってくる。
それが どのくらいの時間だったのか 分らない・・。
だんだん意識が遠のいていった。つづく



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あの 北陸新幹線が開業した! 記念の日

2015-03-14 10:26:20 | 世の中の出来事
北陸新幹線の開業だぁ!! 
おめでとうございます!

堀尾さん・長峰さんの声に(♪TBS土曜朝イチエンタ) こちらもテンションが上がる。

この北陸新幹線に縁がある。
当時10名ほどの事務所で第一線で活躍されてる方々の補助業務。
細腕 太い腕 ネコの手・・ 微力ながら関わらせていただいたのだ。
ご一緒させていただいた みなさん 事務所周辺が次々と思い出される。

自立への道構想が頭の中を駆けめぐっていたあのころ(苦笑)
10年後に開業かぁ そのころ どこで何をしているんだろうか・・・と。

・・・その10年後 まさか介護が必要な身になってしまうとは誰が想像しただろう。

いろいろ思い出しながら 
「 は~い 記憶系統~ まず 異常なぁ~し 」(指さし確認風)と自己診断。
感覚障害 運動障害である。
 高次脳機能障害という名はもらってはいないのだが
時々こうして自分でチェックを入れることにしている。

北陸新幹線に乗れるなんて無理だと分っていても この目で見てみたい!
と思ってしまう。

あんなにリラックスできる座席シートなら 耐えられるんじゃないかぁ この身体も。
ま、もっともっと回復したらばのことだけど・・・。
夢は持ち続けようと誓う。
まってろよぉ~!  北 陸 新 幹 線! 上 越 妙 高 駅!!


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体調が ごきげんナナメ・・・な時の応急手当

2015-03-10 12:29:28 | 筋肉関節の痙縮との闘い
春が来た! と喜ぶも また冬へと逆戻りのここ数日間。
こういうのが一番 堪えるんですね 身体がついていけない。
少しでも 被害が小さいうちに手を打たないと!(苦笑)

ヘルパーさんからお風呂に入れていただく。
通常は市販の高濃度炭酸入浴剤を使っているのであるが、
今回はチョット奮発して 薬湯で名高い 松之山温泉の発砲入浴錠(新潟県) にしてみた。

あっ!松之山温泉だ!と発見するなり早速お取り寄せしたのが先月のこと。
そうそう! 塩分が強いから石けんが泡立たなかったっけ・・・ 
子どもの頃の記憶がよみがえる。
ホウ酸と塩分が強く ほんっとに身体の芯から 温まる。
湯冷めもせず ほかほかポカポカ。
筋肉が拘縮しているこの身体にはイイ感じだ。
ヒートショックプロテイン(HSP)気分だ。

タイミングよくお風呂の後にマッサージをしていただく。
今回は大活躍の右側半身を重点に。
もちろん自費であるのだが、施術の30分間は 筋肉講座でもある。

日頃の自主トレでの疑問点の質問タイムは、
くちびる周りのシビレ対策 & 脳細胞の活性化。
と、、、きのうの甲斐もあってか、今朝は持ち直している。

やはり 早め 早め の対応が重要と改めて思う。
小さな小さな異変にも早く気づけるということ。
これも3年間で ひとつ ひとつ 体得してきたことである。
もっと早く 気づいていたならと思うが・・・。
いつも ていねいに 解りやすく指導してくださるマッサージ師のK女史 ありがとうございます。


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わぁ~い!週末だぁ

2015-03-07 12:45:19 | 心コロコロ
雲が多く気温も低い・・・が、
警戒していたほどさほど大きな崩れもなく
これくらいなら  「 ご き げ ん 」の範疇だ。

もっとも 土曜日というのが一番の原因かも(笑)
毎日が日曜日 という生活なのだが、それでも土曜日曜は やはり楽しみである。

開放感!
自主トレ優先の平日に比べ、週末は「リフレッシュ優先」にしている。
好きな時間を過ごしながら合間にトレーニングを挟む程度。

果てしなく続くリハビリ生活 意欲を持ち続けるにはどうしたら良いだろうか・・と
3年間思考錯誤しながら見つけたスタイルである。

ゆっくりと♪ FM局を聴きながら
アールグレイを飲むひとときはシビレも痛みもおとなしくしててくれる。

「う~ん 気持ちいいねぇ・・・」と脳へ盛んに伝える。
緊張気味の筋肉もいくらか和らぐ気がする。

手の甲をほぐす
左手、5本の中でも 「 中 指 」の緊張が特に高い。
健側(右)の手の平をぴったり重ねて揺すること 5分×6回
「くの字」に曲がりたがる肘の力がだんだんぬけ、
にぎり拳になりたがる指先の力が緩んでくるのがわかる。
そうそう その調子だよ!とこれまた脳に伝えるのだ。今日明日おとなしくしててちょうだいな。
 


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大胸筋をほぐす

2015-03-05 11:09:12 | 筋肉関節の痙縮との闘い
きのうは4月並みの暖かさということもあって、
今朝の体調はゴキゲンのようす(笑)

やはり 「気 温」の影響は絶大である。このお天気1週間くらい続いてくれないかなぁ。
まだ無理か・・・。

朝、目覚めるとまず最初にやる事  
そう大胸筋をほぐすことから始まる。
「ん?!大胸筋」と意識するようになってまだ1年たらずである。
肩が上がるようになるには、指がもっと動くようになるには どうすれば・・・そんな日々。

大胸筋~前鋸筋~横隔膜にポイントがあると知った時そうだ!試してみようと思ったのだ。
マッサージをお願いする時も肩甲骨周りと大胸筋まわりは特に時間をかけてもらっている。

健側(右手)で届くかぎり、肩~背中~足裏までスリスリなでなで。
いつも酷使してる健側(右)もこの時ばかりは丁寧にいたわってあげるのだ。
壊れないでおくれょ という気持ちをこめて。

生島サン(♪TBS)聴きながらアッというまの2時間あまりである。
血流が活発になってきたころ、ようやく起き上がるのである。

で、ここからもうひとつ。

ベッドからの立ち上がりをゆっくり20回ほどやってからトイレへ。
3年間続けているのでもう生活の一部となっている。
これをやらないと1日の動きに大きく差がでるので必要に迫られてという感じである。

「筋肉の緊張を少しでも緩める」 毎日の課題である。
どうか1日穏やかでいてくれよぉ!と脳に教え込む。
 

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