大塚利恵オフィシャルブログ 彩彩日記

シンガーソングライター、作詞作曲家、ピアニスト、パーソナリティ、セラピストとして活躍中の大塚利恵の自由奔放な日記。

北茨城・復興祭〜水戸・偕楽園へ♪

2012-03-27 15:02:23 | 地震
25日の日曜日、北茨城・復興祭に行ってきました。
沢山の人で賑わう、会場の五浦観光ホテル。特産品無料配布には、ものすごい行列ができていました!


会場では、第4版となった「きたいばらき震災記」の販売も。

同じテーブルでは、私もサポーターをさせてもらっている「茨城はらんべプロジェクト」のブレスレット販売も。

なんと、はらんべーストラップもお目見えしているではありませんか!

カバンなどにつけても可愛いこのストラップ、ひとつひとつ手作りなんです☆ 震災記編集委員としてもはらんべープロジェクトでも大活躍の及川さん(恥ずかしがり屋さん)の愛のこもった手作り!


平潟港のお祭りでライブをさせて頂いた時も、いつもPAをしてくださった荒川さん(右)、この日もイベントのPAで大忙し!地元では知らない人のいない、印刷屋さんです。震災記でも大活躍。
いつもお忙しいから疲れで顔がむくんでるのかと思ったら、前日飲み過ぎだったそう。ま、でも、疲れと両方ですよね。顔を隠して記念写真☆


震災以来、はじめてお会いする方も多くて、ほんとに行ってよかったです。
北茨城の明るくタフなパワーを改めて感じた一日でした。

翌日は、水戸に寄って偕楽園へ。見頃の梅を鑑賞してきました。昨年、行くつもりだったのだけど、震災で行けなかったので…。
最初、偕楽園隣の常磐神社へお参りに行くと、太郎次郎一門のお猿さん、アポロくんが営業してました。月曜なのに、すごい人出だった!


予報は晴れだったのに、どんより曇り空で、肌寒い空気。
でも梅はとても美しく咲いていました。色々な種類の梅。白〜濃いピンクまで、見事な色のバリエーション。

梅の木の間を、ずっとずっと歩いてゆきます。いい匂い!!!

きれい。お気に入りの枝を見つけて、しばし佇んでみたり…。


よく、春っぽい歌詞で「桜」に飽きたからって「梅」を使ってみようとする生徒がいるんだけど、その意義が感じられないことがほとんどだったりします。
ちゃんと梅を観たり、嗅いだり、感じたことがないのかも知れないな、と思いました。

桜はふわっと幸福そうに咲き、梅はぎゅっと上品なものが詰まったような、‘和’な咲き方をするように感じる。
なんか、秩序がある。見つめていると背筋がぴんと伸びちゃうような、美しさ。
特に、きちんといくつかの花が並んでいるような枝を見ると、なんとも言えない。
桜は‘咲き乱れる’けど、梅は決して咲き乱れない。軟質と硬質。陽と陰。

ついに、雨がぱらついて来ました。晴れてたらよかったのになあ。。

と、思いながら、好文亭へ。
好文亭は、震災の被害が大きく、2月に復旧工事を終えて公開再開されたばかり。

窓から偕楽園の梅を一望できます!三階からの眺めは最高◎

見学しているうちに、晴れてきました。帰り際になって、ぽかぽかしてきた!


そしてそしてなんと、帰りのバスに揺られている間、今度は雪が降ってきました。。この日の水戸滞在中、天気は曇り→雨→晴れ→雪、の、全部入り!!
昔、ワンマンライブの日に大嵐で、リハーサルに辿り着くまでに全身ずぶぬれ、赤信号で立って待っていられない状態で、中止かと思っていたら夕方ぱっと止み、虹が出たことがありました。ライブは決行され、お客様もキャンセルせずにみんな来てくださって、嬉しかった。
私はちょっと、変な天気に振り回される運を持っているようです。ドラマティック天気運。

水戸の梅は、今、ほぼ満開!桜もいいけど、梅をじっくり観るのもとてもいいですよ!
水戸・梅祭りは3月31日まで。
梅祭り期間中だけ、水戸駅の手前の「偕楽園駅」でスーパーひたちが停車するんですよ。新型車輛のスーパーひたち、とっても快適です☆ 上野から一時間。
とてもいい春に出逢えます。
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ちょこっと帰省してきました。

2012-03-22 16:05:39 | 地震
先日、日立のラジオの帰りに久しぶりに帰省してきました。
両親とお隣いわき市勿来(なこそ)の海の前のレストラン「ジョイ」で夕食。
ドリアやハンバーグやピラフなど、結構食べた後に、今年還暦を迎える両親、まさかのパフェ。

食欲があるって素晴らしい。頼もしい。

実家は、いまだ改装中。朝から工事の音が鳴り響いています。
お風呂も壁紙も何もかもリニューアルされているので、私の知る実家とは別物になりつつあります!
祖父母の代から増築を重ねに重ねて来た実家。今は祖父母も私たち兄弟3人も実家を出て別々に暮らしているので、色々整理されるにつれ、がらーんと空いた部屋が増えて、何かに使わないともったいないなーと思ってしまうくらい。
埃アレルギーの私は、滞在中に鼻がぐしゅぐしゅ。
せっかく大掛かりな工事をしているので、もう大きな地震、津波が来ないことを祈るばかりです。

茨城は東北に比べると補償が少なくて、みなさん大変そう。。
福島の県境を越えるか越えないかで大きな違いが…。
世界中の愛が詰まった義援金、支援金。
管理する側の都合だけでなく、愛を持って、線引きしないで、最大限活かしてほしいですね。

お隣の民宿相模屋さんで、震災後に飼い始めたチャメちゃんにも会いに行きました。かわいい。。いっぱい遊んでもらいました。

相模屋の女将、恭子さんも、震災記に寄稿されています。ネコが大大大好きなご夫妻なのですが、民宿さんなので、ずっと飼うのを我慢していたそうです。
でも、震災があって、「好きなことをしよう!」と考えが変わったそうです。震災記にも「守るべきものが増えました。」と、書かれています。
チャメちゃんは、すでにご近所やお客様のアイドル☆ 母も、窓辺に佇む姿に癒されているそう。

25日の復興祭、私も行く予定です!寄稿させていただいた「きたいばらき震災記」が販売されます。
露天風呂無料解放!特産品無料配布!など、出血大サービス、超盛りだくさんです。みなさま、この機会にぜひ、北茨城へ☆

【北茨城 復興祭】〜100年先への第一歩〜
●日時 3/25(日)9:00〜17:00
●場所 五浦観光ホテル別館大観荘

詳細は、北茨城市商工会HPをご覧下さい。
こちらのHPで、『ぼくのゆめ わたしのゆめ〜こどもたちからのメッセージ〜』(動画)もご覧頂けます。
北茨城の子供達からのとってもピュアで心に響くメッセージです。ぜひ見てみてくださいね!


〜おいしいオマケ〜
最近は、油みそにはまっています。生姜多めが好き。やっぱり味噌って素晴らしい。
作り置きして、ごはんに乗せれば何杯でも食べられちゃうし、うどんに生玉子を絡めて、これを和えて食べるのも美味しい。酒の肴にも。万能!
質素なのに、ものすごく満たされます。栄養のバランスが良いものって、そうなんだと思う。
この日の食卓は他に、新たまねぎサラダ、しめじと春菊と人参のマヨポン炒め、春菊のみそ汁など。あ、あとビールね。
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『きたいばらき震災記』第4版700冊増刷決定☆『北茨城 復興祭』開催!

2012-03-17 01:16:01 | 地震
おかげさまで、沢山の方にお求めいただき、嬉しい気持ちでいっぱいです。
ご家族や大切な周りの方々と、末永く、シェアし続けていただければ幸いです。

増刷が終了となっていた震災記ですが、編集委員である母から今日連絡があり、700冊の増刷が決定したとのこと!
北茨城復興祭で販売されるそうです。

【北茨城 復興祭】〜100年先への第一歩〜
●日時 3/25(日)9:00〜17:00
●場所 五浦観光ホテル別館大観荘

詳細は、北茨城市商工会HPをご覧下さい。
こちらのHPで、『ぼくのゆめ わたしのゆめ〜こどもたちからのメッセージ〜』(動画)もご覧頂けます。
北茨城の子供達からのとってもピュアで心に響くメッセージです。ぜひ見てみてくださいね!

復興祭は、露天風呂無料解放!特産品無料配布!など、出血大サービス、超盛りだくさんです。
ぜひ、この機会に、北茨城へ遊びに来て下さいね☆
上野から、かの有名な常磐線・スーパーひたちで2時間半くらい。
高速バスだと、ちょっと時間はかかるけど格安です。東京駅から日立駅まで高速バスでたったの2000円程度。→日立駅か高萩駅で降りてJR常磐線に乗りかえ、北茨城(雨情生家は磯原、平潟町や五浦は大津港)まで、とか。

北茨城の観光スポットについて☆ 遠方から訪れる人も多い、とても立派な美術館、県立天心記念五浦美術館。一日居ても心地よいと思います。岡倉天心は亡くなるまで五浦に住んでいたそうです。五浦=いずら(いつうら)と読みます。
そして、北茨城といえば童謡詩人の野口雨情。野口雨情生家・資料館が磯原にあります。生家には雨情のお孫さん・不二子さんがいらっしゃって、お話を伺えるかも知れませんよ。
大震災から1ヶ月〜北茨城「野口雨情生家」/野口不二子氏インタビュー
昨年4月のインタビュー。震災の時、生家も1.5mの津波が来たそうです。大切な雨情の資料をぎりぎりまで時間を使って2階に上げたとのこと。それでも水に浸かってしまった沢山の資料、何日も陰干ししたそうです。
数年前、国民文化祭が茨城で開催された時、雨情記念作詞コンテストの審査・作曲・披露コンサートを担当させて頂き、その頃不二子さんと会場で何度かお話する機会がありました。とても知的で愛に溢れる、素敵な方です。

北茨城では、各民宿で入る温泉も、格別です。私の出身地の平潟町にも沢山の素晴らしい民宿・旅館があります。
北茨城に遊びに行くことを決めたあなた!色々オススメを知りたい方は、コメントかtwitterでメッセージ下さいね。レア情報もお伝えしますよ♪
北茨城市HP
北茨城市観光協会

お隣のいわき市のスパ・リゾート・ハワイアンズ、日本有数の素晴らしい水族館であるアクアマリンフクシマと合わせて観光するのもオススメ☆ 北茨城といわき、両方観光しても、がんばれば1泊でもかなり満喫できると思います。
何でもご相談下さい(笑)。故郷を訪れてもらえるのは、本当に嬉しいので。




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3月11日

2012-03-15 07:30:00 | 地震
とても気持ちよく晴れた日曜日。
14:46、窓を開けて、庭から入る光と風を感じながら、祈りを捧げました。
冷静なつもりだったけれど、自分でもびっくりするくらい涙が溢れて来ました。
静かな住宅街を、廃品回収の車のアナウンスが通り過ぎて行きました。
一台去ったと思ったら、また一台。いつもの日曜のように。
この時間だけは車を端に寄せて、祈らないのかしら?
黙祷している人達のことを考えて、止めたりしないのかしら?
そんなことが頭を過りましたが、
あの震災があったからこそ、「誰も責めないことから始まる希望がある。」と、自分で決めたんじゃないか、と自分に言い聞かせました。
今日が仕事の人は仕事をする権利があるし、今日が誕生日の人は思い切り祝う資格がある。
私は祈りたいから祈る。

震災以来、テレビで観た様々な遺族の方の痛みや、家をなくした方、故郷に戻りたくても戻れない方の想いを、
何度も自分の胸の真ん中にぶつけてみたけれど、
とてもじゃないけど「お気持ちわかります」なんて軽々しく言えるものじゃないのだと、思い知るだけでした。
悲しみは数じゃない。痛みは規模じゃない。
命はみんなたったひとつなのだから。

震災の犠牲となった方々に、改めて哀悼の意を表します。


夜は、渋谷のアップリンクという映画館に、『立入禁止区域・双葉 〜されど我が故郷〜』を観に行って来ました。

「この映画は、3月12日に、気が付いたらカメラを持って、いわき(実家所在地)に向かったところから始まりました。その後、同級生を探し出し、当時のいきさつをやり取りするうち、「現場」を一番知らないのが双葉の人たちであることが判明しました。4月16日には「現場」に入り、そこからこのドキュメントは始まります。そして、最初に避難した双葉の人たちが“原発のその後”を知らないことに気づいたのです。科学的、医学的なことは僕には知識がありませんが、それよりも、その後の日常が最も大事と考え映像に取り組みました。」―佐藤武光監督


双葉出身の方も沢山、いらしていたようです。双葉も浪江も、あのあたりは私も馴染みのある地名。
今でも、昔一緒にバレーボールの試合をした子達や高速バスで仲良くなった双葉の子の故郷がそんなことになっているなんて、どこか信じられない気持ちです。
トークイベントでは、佐藤監督と、双葉のご自宅の線量をずっと計り続けている天野さん(決して他より高い線量が出ているワケじゃなかったりするそうです)のお話を聞くことができました。
盗難などの犯罪防止の為に立ち入り禁止とする…管理はしやすいだろうけれど、「ここまではOK。ここからはダメ。」と線引きされても住人の気持ちに線が引ける訳がない。
震災の直後、助けに入っていれば助かったかも知れない、助かったに違いない、という後悔。
もう二度と戻れないと言うのなら、せめて人のお役に立てるように…故郷への中間貯蔵施設の設置に賛成しているんです、という天野さんのお話。
茶碗などの生活用品を取りに帰ることも許されなかった、と話して涙する女性。愛着を持っていた日常の品の数々…。

誰もいない食料品店で食べ物を漁る沢山の豚。
野生化した牛たち。犬も、ネコも。彼らはどうなるの?
餌をやりに行ったり保護したりしているボランティアの方々も、断腸の思いでしょう。

線引き。
それは、管理する側だけのことを考えたやり方。
こんな大変な震災、原発事故だったからこそ、線引きはやっぱりだめだよ。そう思います。

この映画は、テレビで観る震災番組のように、観やすい映像や納得しやすいインタビューでまとめられたものではありませんでした。
もちろん、監督が体を張って撮って来た膨大な映像の中から、時間をかけて編集されたものだけれど、(映像を観るだけで一ヶ月、編集に一ヶ月…とおっしゃっていました。)
割り切れない想いを、割り切れないまま、剥き出しのまま、作品にされています。
そこを故郷とする方々の、目線です。


故郷・北茨城の母からは夜メールが来ました。
「今日は防災訓練に参加して、平潟小(両親、私の母校)に避難。
午後は東(平潟町の東地区。津波で沢山の家が流されました)の光枝さん(津波で亡くなりました)の冥福を祈って自宅跡地にお花とお線香とお水を備え、2時46分に防災無線のサイレンに合わせて黙祷してきました。
娘さん夫妻が来ていて一緒にお線香出来ました。
震災記の編集仲間も二人で来てくれました。
複雑な思いの一日でした。」
北茨城では、あちこちで防災訓練が行われたそうです。
まだまだ余震の多い地域。心配は絶えません。
そして、東京にいるわたしたちだって、全然他人事じゃないのだと、つくづく思います。


昨年の3月11日14:46は、私は大好きなACO先生のヨガのクラスに出ていて、バタフライのポーズで前屈をしていました。
ACO先生は、その後動物ボランティアとして活動されたり、最近、いわきでWSも!!心から尊敬する方です。
ACO先生のブログ
9日の金曜、先生のクラスに行きました。
「あともう一呼吸したかった」と思いながら旅立った魂の、その呼吸、その想いを引き継ぐように、呼吸して…
という言葉に、大きく頷かずにいられませんでした。
毎日、そういう気持ちを忘れずに生きようと思います。


冬の間殺風景だったうちの庭に、春がやって来ました!よく見ないとわからないような影のほうに。

種蒔きが遅れたせいか、冬に入りずっと成長が止まっていたプランターのレタスは、これからぐんぐん大きくなるのかな。
少なくとも、枯れなかったことが単純にすごいと思ってしまう。


バタフライ。。
蝶たちも、庭に訪れる季節。カラフルな訪問者。とても楽しみです。
希望を持って、沢山感謝をして、この春を過ごそうと思います。











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『きたいばらき震災記』第三版で増刷終了。『るるらら空空』売上を寄付させて頂きました。

2012-03-09 11:21:38 | 地震
きたいばらき震災記、沢山の方にご購入いただいているようで、本当に感謝です。
現在、残りわずかとなっている第三版を持って、増刷終了となるそうです。
今のところそれ以降の増刷予定はないとのことなので、ご購入希望の方はぜひ、お早めに!!
諸経費を差し引いた収益は震災復興支援として北茨城市に寄付されます。
現在販売中なのは、北茨城市大津町のヤマサン(書店)さん、大津港駅前の喫茶店茶夢さん、磯原町はまや書店さん、大津町と磯原町の三國屋(みくにや)さんだそうです。

震災記について、詳しくはこちらの記事をご覧下さい。
毎日jp
茨城新聞

周りで購入いただいた方によく言われるのが、「ゆっくり、ゆっくり読んでいます。」という言葉です。
私自身そうなのですが、一人一人の体験が重くて、ゆっくりしか読めないですね。
あの時のことを忘れないで欲しい、忘れたくない、という想い。噛み締めながらこれからも読んで行きたいと思っています。

それから、遅くなってしまいましたが、昨年3月16日にリリースした私の配信限定アルバム『るるらら空空』。
売上を全額北茨城市の支援金として寄付させて頂きましたので、ご報告させて頂きます。
引き続き、このアルバムの売上は、市が寄付金を募っている限りは北茨城市へ、その後も県や他の市町村などに震災の義援金、支援金として寄付してゆきます。
お買い上げ頂いたみなさま、本当にありがとうございました!
そして、今後もどうぞ宜しくお願い致します。
るるらら空空

間もなく、あれから一年ですね。
みなさん11日は、どのように過ごされるのでしょうか?
北茨城市では、避難訓練が行われるそうです。
私は、震災、原発関連の映画を観に行ったり、震災の時と同じ玄米とみそ汁のシンプルなごはんを食べたり、瞑想したり…自分の中で風化させないように、そんな過ごし方をするつもりです。
この日が、沢山の尊い命の命日であること、数え切れない方の人生が突然大きく変わった日であること、決して人ごとではないということ、改めて胸に刻み込みたいと思います。
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きわ。

2012-03-04 20:42:43 | Weblog
おかげさまで、姪っ子はぽにょんぽにょんに育っております。洋書のセールで見つけたかわいい本をプレゼント☆ 思えばわたしも小さい頃、叔母から素敵な本をいろいろプレゼントしてもらっていました。当時まだ珍しかった、飛び出す絵本とかね。そういう本たちが自分の感性を養ってくれたと思います。

色々な形で受け取ってきた愛情を、自分も下の世代にできるだけ返してゆきたい。
それはある意味、自分が受け取るよりも幸せを実感できることだったりします。

さて、3月からFMひたちの番組は新しいアシスタント、まなちゃん(高1)を迎え、春らしいフレッシュな雰囲気!シンガーソングライターを目指すまなちゃんの曲作りの悩みにわたしが応えてゆく…なんてこともあるかも?!
「Music Of Dreams!」、今後もますます、よろしくお願いします♪

3月はわたしの大好きなアーティストが続々と来日!ということで、今日の放送は今月来日するアーティスト3組をピックアップしました。
月末に恵比寿で単独公演するFountains Of Wayne、震災後わたしたちを励まし続けてくれたCyndi Lauper、そしてもうこんなヴォーカリストは現れないのじゃないかと思うような世界の宝、Al Jarreau!
全部観たいけど、チケットが高過ぎるわ〜。なんとかならんのかね(笑)??ほどほどにしておかないとキリが無い…ってことで、FOWだけチケット取ってあります(^^)

ラジオは、デビュー直前だった98年の4月にFMヨコハマで「さかなの夜」という30分番組をやらせて頂いてから、FM福岡、Kizzna FM、そしてFMひたち、と、ありがたいことに沢山の番組でしゃべらせてもらってきました。
でも、話すこと…一番コンプレックスが強いとこなんですよ、今でも。

「さかなの夜」の時は、まだデビュー音源ができあがる前に番組が始まっちゃったので、自分の曲もOAできず、何をしゃべればいいのやら試行錯誤でした。しゃべりを録音したテープを持って帰って、家で研究してみたり。歌うのもしゃべるのも同じ声を使った表現だけど、やっぱり違うんですよね、全然。

ラジオでしゃべってるわたしは、そのまんま等身大のわたし。うまく伝えられなかったり無理しちゃったり、見栄張ったり気を使い過ぎたり、そういうのも含めてそのまんま。
だから、ラジオでしゃべりを鍛えられるにつれて、日常の人付き合いがちょっとマシになったかも?

対して、わたしの歌はわたしの「極」。
好きなアーティストもみんな、極にいる人たち。いろ〜んな「極」。

極だけで生きてゆける!と思ってたんだけど、まんまと違ったワケですよ(笑)。
ラジオのおかげで、そしてリスナーさんたちのおかげで、わたしは今もずっと、人として成長させられています。まだまだですけれども。。

ところで、今日は祖母の命日でした。
なんとなく、昨夜は夢に出てくるような気がして、「おばあちゃん、いらっしゃい!」って気持ちで眠りについたのですが、おばあちゃんは登場せず。代わりに、同年に亡くなった従兄弟が出てきました。
「わたしはいいから、◯くんのこと思い出してあげて。」祖母からの、そんなメッセージのような気がしました。
地元で撮影した「笑わせてあげる」という曲のPVに祖母が登場していて、そのうちYouTubeにでもアップしようかなと思ってるのですが、PVに映っている平潟の港も街並みも、昨年の震災で大きく変わってしまいました。祖母の家は余震の被害が大きく、もう誰も住んでいなかったこともあって、取り壊されました。
埃だらけの表札を取り外して持って帰りましたが、どうやら祖父の手書き。いつ書かれたものなのか…沢山の思い出の匂いがしました。

祖父母から受け取ったものも、目には見えないけど、
見えないからこそ、確かに自分の中にあるなあと、最近ますます実感します。
それをこれから優しく放ってゆきたい。
受け取って、放って、
放った分だけきっとまた受け取って…。
日常にも、歌の中にも…と欲張りたいところだけど、やっぱりわたしは「極」の部分に出してゆけないとな。
極。きわ。
いい言葉だなあ。
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