梅様のその日暮らし日記

その日その日感じた事や世間で話題の事について自分なりの感想や考えを書いていきます。

梅様、まだ頑張りそう

2017-05-31 14:39:24 | 日記
  ふと気がつくと、前回の投稿から何日もたっていることに気づき、愕然とします。

   先週後半から今週前半にかけては、体調が最悪でした。老人の死亡率が高いのは5月6月という、春から夏へと切り替わる時期だという話を聞いたことがありますが、なるほどと実感しました。いつものような体調不良とは違い、もうダメかも・・・と思わせるような、説得力のある?不調でした。

   それでも生体の適応反応といいましょうか、よく言えば睡眠時間が長くなり、悪く言えば朝普通に起床できないという事態に至りました。当然、始発列車で出掛ける東亜学院の授業は全て休んでしまいましたが、幸い?先生の方もひどい体調不良で休んでしまわれたので、進度に取り残されてしまうことはありませんでした。

   しかし、東亜学院は休んでも、個人レッスンの方は休む訳にはいきません。単価4,000円のレッスンを二コマずつ月、火と組んでいるので、意地で出掛けました。当日キャンセルすると全額没収ということになるのです。一日休めば8,000円也が吹っ飛んでしまいます。

   既に書きましたが、前回のシリーズが終わり、新しいシリーズに入ると同時に、講師の一新を依頼してありました。担当者が忖度!してくれたようで、学生っぽい講師はおらず、いずれもベテランの実力者になっています。メインでお願いしてあったのは、先に行くに従って明るい色になる茶髪の長い縮れ気味の髪をし、青いアイラインを入れて、強烈な印象を残した女性の先生。私はただ一回の臨時のレッスンでこの先生の実力を見抜いて、依頼したのでした。

   別曜日、ちょっと緊張しながらレッスン開始。先生は予想に反してすっぴんに近い薄化粧、髪はきっちり後ろでまとめて垂らしてあるではありませんか。この日はなぜか眼鏡もかけていらっしゃったのですが、どう見ても度など入っていません。どうやら伊達メガネなのでしょうか。しかし、眼鏡のお陰で顔の雰囲気が和らぎ、くつろいだレッスンとなりました。

   熟達した講師とそうでない講師の最大の違いは、相手を見て臨機応変に対応してくれるかどうかですぐに分かります。キャリアの足りない講師だと、忠実にテキストに沿ってレッスンを進めて行き、良くも悪くも脱線することがありません。

   先生は、前回把握した私の実力に合わせて下さったのでしょう、明らかに私の知識よりちょっとだけ上回る質問をしたり、恐らくまだ知らないであろうと判断した表現などを提示して下さいました。また、日本語も交えるものの、多くの時間は中国語で話していただけるので、同じ時間でも比較にならないほど密度の濃いものとなりました。

   火曜日は臨時に別の講師となりましたが、こちらの方も概ね中国語で通してくださったので、自分の聞き取り能力を十分確かめることが出来ました。結果として、レッスンは中国語でOK。ただし先生の方は日本語も熟達しておられるので、たまに日本語も交えて話されます。ごく自然な日本語が出て来ます。それもそのはず、月曜日の先生は日本で某(旧)国立大学の大学院を卒業されており、火曜日の先生は日本人と結婚していらっしゃるのでした。

   火曜日の先生曰く、私の中国語は十分通じるものだそうです。喜ぶべきか悲しむべきか微妙なところですが、私の実力は中国の小学二年生か三年生に相当するのだそうで、それならまあ日常生活には差し支えないレベルと言えるでしょう。できれば一日も早く小学校を卒業して中学生レベル位にはなりたいものです。それでもまあ、通用するとお墨付きをいただいたのですから、良しとしましょう。

   現在思案中なのは、目下の体調・体力では海旅行は難しいので、海外旅行に充てる予定だったお金を回して、個人レッスンの日を増やすかどうかです。せっかくある向上心と意欲には肥料と水をくれてやる必要があると思うからです。
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体育授業に銃剣道は必要なのか

2017-05-28 07:24:00 | 日記
  最近赤ペン先生の添削がないなあ・・・元気してますか!

   この話は既に投稿したかもしれないと思ったのですが、過去の投稿を検索してみたところまだのようですので、あらためて書いてみることにします。

   大分前になりますが、文科省が全国の公立学校で銃剣道を格技の一つとして選択できるようにっするという計画を発表しました。私は、この方針には正直言って賛成できません。

   剣道の竹刀は竹を割ったものを組み合わせて、反ったりしなったりしますし、竹刀自体軽いものですので、あまり危険性はありません。息子二人も10年以上剣道をやっていたのでわかります。実は我が家には昔なぜか銃剣道用の木銃がありましたが、これは一本の固い木から削り出したものです。反ったりしなったりは絶対にしません。状況によっては柔道より危険な場合が確実にあると私は思います。

   まずは現行の格技について考えてみますと、剣道は体育の授業で行っても、防具も完備していますし、面・胴をつけることによる真夏日の熱中症を除けば、危険性はゼロに近いと思います。一方柔道は、体育の授業で行うには習熟するための時間数が絶対的に不足します。私が高校の時に授業で教わった先生は、柔道、空手、剣道等合わせて18段という方でしたが、4月から始めて、全員が投げ技に移れるようになったのは12月でした。それまでは受け身、受け身、受け身、受け身だけの授業でした。

   体育教師でも、柔道の専門家など、まず、いません。皆さん体育教師になってから講習を受けて、付け焼刃で授業を行っているのが現状です。他教科の教師が講習を受け、段位を取得して部活の指導に当たる場合もありますが、この際の合格基準は実に大甘に緩和されます。そうした先生は自分に絶対の自信がありませんから、生徒に不平不満を抱かせずに12月まで受け身だけやらせきるだけのオーラがありません。

   ちなみに達人の先生に投げられると、無重力状態で体が宙に浮いたかのように浮き上がり、畳に落ちた時も何のショックも痛みもありませんでした。一方講習を受けて二段を取った体育の先生が代講でみえた時は、投げられると、叩きつけられたような強い衝撃を受けました。ですから、柔道も、本当の専門家がいない学校では採用すべきではないと考えています。

   銃剣道は、現行では日本全国の体育教師は、ほぼ100%素人なはずです。その証拠に全国で銃剣道を採用している高校は1校しかありません。柔道でさえ経験によってあれほどの違いが生じるのですから、固い木銃で戦う銃剣道など、採用するなどもっての他です。まして体育教師とはいえ、素人が研修で資格取得して銃剣道を教えるなど、もっての他です。万一事故があった場合、柔道で受け身を取り損ねて命を落とすのと、銃剣で突かれて亡くなるのとでは、受け止め方が全く違ってくると思いますが、如何でしょう。うちの息子は授業中に銃剣で突き殺された、と思わずにいられるでしょうか。

   ちなみに銃剣道は自衛隊では必須となっていますが、剣道には無い「心臓めがけての突き」という有効打があり、これを受けて失神した自衛隊員もいるということです。ネット上では銃剣道を採用している唯一の高校の卒業生という人が投稿していましたが、もたもたやっていると、「そんなことで人が殺せるか!」と罵倒されたとのことでした。

   銃剣道を今更採用する位なら、レスリングを正式に採用する方がはるかに安全で楽しいのではないかと思います。大抵の男子は喜んで取り組むと思いますし、女子レスリング世界最強の日本ですから、現在は行われていない、体育授業における女子の格技として、レスリングを採用するという考え方もあり得るのではないでしょうか。実はやってみたかったという女子は、恐らく沢山いると思います。男子は柔剣道、女子はダンスという区分にたいしてどこからも異論が出ていないことの方が謎です。

   もちろんその場合は指導者不足という悩みが生じて来ますが、体育科の教員免許取得資格の一つに、レスリングを必須とすればよろしいのではないでしょうか。現場では何年か暫定的な猶予期間が必要でしょうが、一考に値する問題だと思います。
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菜食主義についてまた考えた

2017-05-27 09:04:53 | 日記
   草加駅前に行くと、時々ある催しが行われています。何人かの有志が集まって、このままでは保健所に送られて殺処分されるしかない犬たちを、ケージに入れて展示し、引き取り手を探しているのです。

   その光景を見て、しかたないじゃないか、と思う人たちも入れば、なんと惨酷なことを・・・誰か引き取って上げる人はいないのかしら・・・と考える人もいるでしょう。この場合、犬といえども美形が圧倒的に有利なのは言うまでもありません。

   しかし、私は思います。この人たちはこのことについて、一方の側面からしか眺めてはいないのだ、と。この犬たちが無事新しい飼い主に引き取られて余生を全うしたとします。その場合、死ぬまでの間に、この犬の体重をはるかに上回る肉を消費されるに違いないのです。犬一匹を救うために、牛なり豚なりの命を犠牲にせざるを得ないという事です。

   彼らは、生き物の命を大切にすべきだと訴える一方で、この命を救うことは別の命を奪うことによってしか成立しないのだという事実については、考えようとはしません。何とも矛盾した話ではありませんか。

   ネット上では、不定期に菜食主義者による「布教」が始まります。教義は二種類あります。一つ目は、牛・豚・羊等の家畜を屠殺して食べる人たちには家畜たちがかわいそうだという気持ちが無いのかと、肉を食べる人たちを責めるもの、二つ目は、一つ目の手口では効果がないために、肉を食べることは体に有害だとして、洗脳を図ろうというものです。今のところ、この二種類以外は目にしたことがありません。

   「家畜がかわいそうだ」というのは極めて感情的なもので、あまり説得力がないのですが、彼らにとってはこれ以上説得力を持つ説明はないように見えます。私は彼らが家畜の肉を餌とする犬や猫を飼育していないことを祈ります。

   ところで、モンゴルはひどい時には冬季に家畜が凍死してしまうほどの厳しい土地柄です。あるのは見渡す限りの草原だけ。モンゴル人たちはそこで草を求めて土地を移動しながら放牧するという方法でずっと生き延びてきました。モンゴル語には「道」という単語さえありませんでした。

   アフリカのある部族なども牧畜を生業とし、水があまりにも貴重な資源であるために、朝起きると、雌牛の後ろで待ち構えていて、そのオシッコで洗顔してきました。北極圏に行きついた人々は、海獣を狩猟して、ほとんど唯一の食料としてきました。要は、人々は先祖が遠い昔出・アフリカをして以来、行く先々で出来ることをして、子孫を残して来たということです。

   この地球は、農業のみによって食料を賄える地域ばかりではないのです。肉の代わりに魚を食えという中間的なアイデアを持ち出す人もいますが、現在でも漁業資源は枯渇の道を歩んでいるのは多くの人の知るところです。また、命が大切という観点からは、哺乳類と魚類の間に線引きをすることはできません。

   生き物を殺して食べるのは残酷だ、というのは極めて感情的な考え方で、偏り過ぎています。兎やネズミは物凄い勢いで繁殖していきます。兎など可愛いからと言って飼い始めると、あまりにも増えすぎて、結局処分するしかなくなります。兎やネズミがむやみに増えてしまうのは、本来食物連鎖で上位に属する肉食動物や猛禽類の餌になるという使命を帯びているからです。実は、こうした小動物は、「食われるために」存在しているといっても過言ではないのです。

   犬を食うのは残酷だとして中国人や韓国人を非難する人たちがいますが、犬は元を正せば人間のそばに居ついた狼です。やはり他の動物を捕食する肉食動物の一種なのです。犬=かわいい、とするのは、人間の創作と言えるかもしれません。野犬はとても恐ろしい生き物です。

   キリスト教もイスラム教も、もとを正せば砂漠に近い乾燥地帯で、牧畜を営む人たちの間から生まれた宗教です。彼らが生きてきた土地には、四季折々の果物や野菜が豊富に実るなどということは考えられませんでした。これに対して殺生を禁じる仏教は、インドのモンスーン地域から生まれた、湿潤な気候の中から育まれたものです。この三者は、どうにも折り合いがつかない立場なのだと思います。

   結局菜食主義という代物は、豊かさを享受できる国の、豊かさを享受できる階層の、恵まれた人間だけに許されるものなのだと思います。人類の中には、とりあえず手に入ったものを食べるしかない、という生活水準の人たちが沢山存在します。菜食主義、なんという傲慢な思想なのでしょう。
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2017-05-26 08:00:03 | 日記


    最近の韓国ドラマでは、美人とは言えない女優が主役を張っている場合を見かけるようになりました。整形をするのであればまず初めに一重まぶたを二重まぶたにするはずなので、この女優は整形はしていないと判断できます。

   ドラマ自体は大学生同士、ひがみ、妬み、順調なクラスメートの足の引っ張り、貧富の差、交通事故と、韓国ドラマの文法通りの展開ではあるのですが、万一韓国人が顔の美醜以外の要素にも目を向け始めたのだとすれば、それは健全なことだと思います。

   以下は以前にも書いたことの焼き直しになるのですが・・・。

   一方、ネット上で日本人の対韓国・対韓国人意識を見ると、ほとんどの人が10年以上遅れています。大変多いのが、韓流を論じるのに、ペ・ヨンジュンや冬のソナタを引き合いに出して、くだらないとか、整形だとか言い出すことです。

   ほとんどの人は韓流はすたれた、ざまあみろ、とののしりつつ、冬のソナタ以後の変遷については何も知りません。ただなんとなく、韓流は「すたれたはずだ」という思い込みから、投稿が繰り返されているように見えます。彼らが把握しているのは、韓流に狂ったおばさんたちがようやく韓流に飽きて、その結果として韓流はすたれたという形です。

   おばさんたちは現実に韓流を離れたのですが、それは東方神起やJYJといった、おばさんたちがひいきにしていた男性グループのメンバーたちが相次いで兵役につき、活動停止に至ったからに過ぎません。さすがのおばさんたちも、20歳を過ぎたばかりの少年のようなグループに熱狂はしないだけの分別はあるのです。

   彼らに共通するのは、まともに情報を得るという意識ももたず、現実に基づいた見解を述べることなく、「整形ブスが!」とか、「韓流狂いの基地外BBA(きちがいばばあ)が」、といった決まり文句をスマホから投稿することです。スマホからの投稿はせいぜい1行程度の短いものですから、この程度しか書き込めないのだと思います。同時に彼らの思考も一行で止まり、深まることがありません。これはスマホが持つ、特有にして最大の欠点だと思います。

   彼らに対して、先日も書いたような韓流の若い力の台頭とそれについた若い娘ファンの存在を知らせてやると、妙に逆切れするのもまた共通した特徴です。SNSに投稿する皆さんは、自分たちの知識不足や誤解を指摘されると、一様にぶちぎれます。そんな時私は、さすが韓国に一番近い国だけあって、性格も似たり寄ったりなのだな、と、妙な感心をしてしまうのです。

   日本人の多くが、韓国人はこうであるはずだ、という、相手を見下したい願望から、韓国人はこうでなければならない、という差別意識、さらには韓国人はこうなのだ、という断定に至って、自尊心を満足させているのだと感じます。これでは目糞鼻糞を笑うのことわざ通りであって、韓国人に対する根拠のない優越感に浸って自らが進歩するという気概が感じられません。

   私も長年の間に何回となく韓国・韓国人批判を書き連ねてきましたが、今では逆に日本人の意識の低さ、現実を見られない曇った眼に対して、ひどい情けなさを味わっています。本当に、これではただの思い込みによる自己満足に過ぎないと危惧せざるを得ないのです。

   韓国人は、嫌いな相手を陥れる天才です。日本人が思い込みによる自己満足に陥っている間に、日本の中枢は帰化した韓国人勢力によって乗っ取られてしまう日も近いでしょう。その日が来るのはせめて私が世を去ってからにしてもらいたいと望んでいるのですが、実に心細い限りです。
   
   
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本日の梅様

2017-05-20 19:18:39 | 日記


   暗くてきれいに写ってはいませんが、取り直す気力もないので、あえてこのまま掲載します。
昔はちょうど良かった服がダブダブになってしまいました。頬もかなりこけていますね。

現在、一日中軽い吐き気に襲われています。おそらく肝臓の調子がかなり悪化しているものと思います。今週は中国語の帰りに2駅手前で降りて歩いただけで、ひどく疲れてしまいました。このままどうなってしまうのかと、ちと不安ではありますが、とりあえず中国語にだけは何とか通い続けています。

体調に余裕がある日にはブログを書くつもりです。今のところは、意地で中国語の勉強をするだけで精いっぱいなので、現状報告だけで本日は失礼いたします。

それにしても、半分冗談、半分本気で足立高校と堤校舎の卒業生に会っておいたのは、怪我の功名でした。今はそんな元気はありません。(笑)
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