梅様のその日暮らし日記

その日その日感じた事や世間で話題の事について自分なりの感想や考えを書いていきます。

アイスランド・ツアー⑯

2015-09-30 03:10:29 | 日記


  滝と、滝に到着する前に見えた氷河を抱いた山の絶景です。

  気を取り直して続きを書いております。二泊目の次の朝、まずは目覚めのコーヒーから。ホテルが用意してあるのは陶器のカップではなく、オフィスの廊下にある自動販売機のような、紙コップ。経費節減なのか、それとも以前に部屋の備品を根こそぎ持って行ってしまうような○国人の団体でも泊まったことがあるのか、朝のゆとりのほっこりとした雰囲気になれません。(対馬のホテルや旅館では、部屋に備品は一切置きません。下手をするとテレビさえ持っていかれてしまうからです。)

   洗面所のコップも、初めてお目にかかる、透明のビニールのようなプラスチック製。紙コップといい、定期健康診断を思い出させる代物です。この透明なコップ、なぜか消毒済みを示すビニールで包装されています。まさか、何度も再利用しているのではありますまいな。

   本日も9:00出発。バスが発車すると添乗員から、予定表には書いてありませんが、二時間ほど散歩したいと思います、との話。参加希望を募りましたが、とりあえず全員参加ということになり、まずはひたすら坂道を登っていきます。しかし、杖に頼る人が3人もおり、また体力的な差も大きいので、先頭と最後尾との差がどんどん開いていきます。こういうやり方はガイドとしては失格です。

   先頭を現地ガイド、最後尾を添乗員が受け持っていたのですが、現地ガイドの結構太ったおばさんは、皆さんのペースなど意に介さずどんどん先へ進んでしまい、最後尾は、はるかかなたとなってしまいました。さすがにまずいと思ったのか現地ガイドが後ろへ下がります。しかし今度は先頭にガイドがいないまま、初めての土地を進む羽目に。途中でそこそこの規模の滝に着いたので、ここで止まって待っていた方が良いのかどうか、迷います。そこで意を決した私が、山の中で、大声で叫び、このまま先へ進んでよいのか確認。

   登っているうちにどんどん体が熱くなり、私は上着を脱いで薄いTシャツ一枚に。皆さんは平気なのか、厚着のままの人が目立ちます。いや、ここはTシャツでしょう!と自分に言い聞かせつつ、歩を進めます。

   コース終点は、先ほどの滝よりも大きな滝があり、早く着いた人たちが滝の下まで進んでいました。すると、その滝をバックに記念写真を撮影しようとする老夫婦が。ご主人が奥さんにカメラを持たせて、どういう構図でとるかを指示しているのですが、これが一向に伝わりません。伝わらないというよりは、奥さんがご主人の言っていることをまったく理解できないのです。それどころか、明らかにご主人が写りそうにもない構え方です。その余りの理解力の無さに、私は認知症の始まりを感じるしかありませんでした。やむなく私から申し出て、常識的な構図で撮影してさしあげました。

   その時には、奥さんに少々認知症のきらいがあるかもしれない、という軽い認識だったのですが、後日、ご主人の方に更にその傾向が見られることが分かってしまう出来事が起きるとは、この時には全く予想もしていませんでした。
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安保法案について

2015-09-29 06:27:35 | 日記
今日は硬派な内容で行きます。
 

    昔々、30年以上前のことになりますが、私がK岩高校というところで教鞭をとっていた時のことです。A立高校というところへ異動になる直前、最後に教えた学年に、ある女の子がいました。成績はまあ落第することはないという程度だったのではないでしょうか。私の教科である英語は「2」。しかし彼女はいつも前髪を上げて額をすべて出し、きりりと顔全体を見せ、その表情は生きる喜びと自分に対する自信に満ちていました。その姿は見ていてまぶしさを覚えるほどでした。恐らく私が彼女が胸を葉って生きている姿を密かに称賛している気持ちが伝わっていたのでしょう、入学後一年間教えた、受け持ち学年でもない子ですが、未だに年賀状のやりとりがあります。

   安保法案に反対する若者のグループの代表が、ゲストとしてテレビ出演していました。個人的な好みと言ってしまえばそれだけですが、私は彼を見ていて、とても信頼に足るとは思えませんでした。前髪を眉毛が隠れるほど伸ばして垂らし(韓国の若者の一般的な髪形ですね)、顎鬚を生やして顔の多くの部分を覆い隠していたからです。見た瞬間、私がK岩高校の彼女を思い出してしまったことはいうまでもありません。「人は見た目が九割」という本があります。自分をどう見せるかという視点から考えれば、彼は自分を「隠す」ことを選んでいるように見えます。彼はいざ就職活動という時には、前髪をばっさりと切り落とし、髭も剃って、あっさりと企業に迎合してしまうことでしょう。それは、結局権力と自分の利益を前にしては簡単に変節を遂げるということに他なりません。

   かつて学生運動が過激であった時代、デモを組織し、その先頭に立って活躍したり、中国の簡体字をまぜた大きな看でキャンパスを埋め尽くした連中の中には、卒業を前にしてさっさと一流企業に就職を決め、日本の資本主義社会を支える大企業の幹部としてそのキャリアを終えた人が沢山います。何しろ「いい大学」を出て、「点数化された学力」も高いのですから、一流企業に就職することは難しいことではなかったのです。

   そんなわけですから、私は今安保法案反対のデモを構築している若者たちが、将来もその志を捨てないかどうかについては、「大部分は捨てる。」「大部分は企業戦士になる。」と断言してはばかりません。そもそも朝鮮・韓国・中国それぞれの歴史と現在、更には日本との関係史を真剣に学んだならば、今回の安保法案に反対することなど不可能です。彼らのほとんどは、「雰囲気」に流されているだけです。おそらく、安保法案の中身自体、読んでもいないはずです。

   昔、阿部首相の祖父である岸信介が日米安全保障条約を結ぼうとした時、著名な評論家などがたまたま集まっていて、その内一人が、自分たちもこんなところにたむろしていないで、今すぐ安保反対のデモに参加しに行こうと言って立ち上がったそうです。ところがその時居合わせた他のメンバーが、「ところであんたは安保条約を読んだのか?」と尋ねたところ、「読んだ訳ないだろう、そんなもの!」と答えたそうです。とんだ笑い話ではありませんか。

   今私の手元に一枚のB4サイズの上質紙に印刷されたカラーのビラがあります。これは先日マンションの郵便受けに個別配布されていたものです。主催者として列記されている5団体の中に、巧妙にカムフラージュされたものが混ぜられています。「原水爆禁止草加市協議会」。卑怯です。見る人が見れば、これが日本共産党系の団体であることは一目でわかります。しかし、共産党であることを名乗れば、賛同者が減ることは目に見えているから、あえて党名が明らかにならないように偽装しているのです。この時点で既にこのビラは「アウト」です。ましてはさりげなく書かれた「賛同金お願い。」要は共産党の活動に資金援助してね、ということです。

   このビラ、「戦争させない!9条こわすな!」としか書いてありません。その上で、デモ隊の写真の上から、「平和・若者の未来を奪う戦争法を許しません」と大書してあるのです。「戦争法」ではありません。「安保法案」です。法案の正式名称も書かず、その内容にも一切触れることなく、ムードだけを煽っているのです。

   デモ行進のこの写真の中に目立つのは、「WAR IS OVER」という文字。英語が分かって書いているのでしょうか。第二次世界大戦後も、地球上から戦争がなくなったことはありません。いつも、どこかで、必ず戦争が行われてきました。こんな愚かなプラカードを胸を張って掲げられるということ自体、自分たちさえお気楽に暮らせればそれで良いのだというお気楽な姿勢が読み取れます。

   そして、大きな写真の構図のど真ん中に据えられているプラカードの恐ろしさ。なんと、「ポツダム宣言読め。」ポツダム宣言というのはご承知の通り、ルーズベルト・スターリン・チャーチル・蒋介石が一堂に会し、日本に対して降伏を迫ったものです。戦後70年も経った今、交戦国が我が国に対して突き付けた宣言に従えというのです。この連中の底の浅さが知れようというものです。

   最後に、こうしたデモに参加する人たちの危うさを如実に象徴する言葉を添えておきます。1960年当時、日米安全保障条約反対のデモに参加した経験を持つ、渡辺昭夫東大名葉教授・当時東大大学院生・の言葉です。

   「当時は安保改定が何なのかよくわからないまま、研究室単位でデモに加わったが、のちに日本の防衛のために必要だと理解できた。」

   東大生恐るべし。更に、戦後最もおバカな首相である鳩山氏(やはり東大出身)の言葉。

   「首相になってみて初めて、アメリカ海兵隊が(日本を守るための)抑止力になっていることがわかった。」

   自ら疑問を抱き、主体的に学習するという姿勢を持たないまま、「思い込み」による身勝手な正義感を振り回す人たちが多いのは本当に困ったことです。今後18歳で選挙権が得られることになれば、更にこうした「思い込み」と無責任な「洗脳」によって生じる正義感に駆られて選択を誤る若者が増えていくことでしょう。

   現沖縄県知事は、元を正せばは中国系住民です。そのせいか、沖縄を中国に売り渡すことになる方向に向かって舵を切っています。民主党や社民党には、「外国」から国籍を移した人物、あるいはその二代目が大勢在籍しています。そのせいか、外国人選挙権に大賛成、安保法案には大反対です。

   皆さんが、あらゆる方向からきちんと学習を重ね、その上でご自分の政治姿勢を決めることをお勧めします。私たちがそれを怠れば、私たちの子の代、孫の代にその「つけ」を払わせることになるのです。ムードに流された正義感によって、将来に禍根を残すことが無いよう、お願いします。
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アイスランド・ツアー⑮

2015-09-28 02:52:27 | 日記


    この写真を見て、どこがオーロラなのかお分かりになるでしょうか。右上はただの雲。下の方の青みがかった小さな雲のようなものがオーロラです。この日はせいぜいこんな程度にしか見えませんでした。

   実は毎晩添乗員主催で「オーロラを見る会」が、夜9:30から行われることになっています。到着した晩も開催され、結構立派なオーロラが見られたという話でした。オーロラが出た時添乗員が「出ました!」と呼ばわって回ったらしいのですが、前述の通り私は「睡眠導入剤」を摂取して眠りこけていましたので、そんなこととはつゆ知らず過ごしました。

  一夜明けて次の朝、添乗員が、「オーロラ見ましたか?」と尋ねるので、正直に「熟睡していたので気づきませんでした。」と答えました。何しろ自宅で寝込んでいる状態から、後は野となれ山となれという気持ちで参加したツアーです。私としては、夜はなるべく早く眠って体調回復を図りたいのです。後日レストランを借り切っての鑑賞会が催されることになっていたので、その日以外のオーロラ鑑賞はすべてパスするつもりでした。

   しかし、ツアー参加者にオーロラを見せるというのは、添乗員にとっての至上命令だったようです。二番目、今日もたっぷり眠るぞ!と床に就いたのもつかの間、1時間ほど過ぎたころ、部屋の電話がしつこく鳴り続けます。しかし私が意地でも出ないでいると・・・・程なくして添乗員がドアをノックし、オーロラが出た旨教えに来てくれました。一瞬ため息が出る思いでしたが、わざわざ部屋まで来てくれた熱意に報いるために、やむなく部屋を出て、皆さんが空を見上げている場所まで出向いたのでした。

   空は一面薄曇りで、星が一つだけかろうじて見える状態です。どこにオーロラが?という空模様でしたが、時折部分的に雲の色が明るくなる時があります。どうやらそれが雲の向こうにオーロラが発生している証であるようです。しかし、何の変哲もない曇り空にかすかな光の変化を見取るのは容易な業ではありません。ただ、高級一眼レフの持ち主だけが、液晶画面にオーロラを映し出して確認することができるのみです。実はオーロラは、肉眼ではぼんやりした雲のような姿にしか見えず、よく目にする色彩豊かなオーロラは、カメラのレンズを通して色が分解されて映し出されているものなのです。私の安いカメラでこの曇天の中、オーロラの姿を捉えるのはほぼ不可能なことです。

   やがて添乗員が、「私はこれで失礼します。」と部屋に引き上げたのを機会に、私も部屋に戻りました。それでも、カナダでオーロラを見ようとすれば、零下20度くらいを覚悟しなければならないところを、ここアイスランドでは10度くらいの気温の中、さして寒さを感じることなく鑑賞することができます。したがって、オーロラ鑑賞を主な目的として参加された方も多かったように思います。ただ私一人がひねくれて、関心度が異様に低かったのでした。

   私がアイスランドに来た第一の目的は、大地の裂け目、ギャオを見ることなのです。そして、謙虚な気持ちで現地の風土や生活を見聞きすること。その点、他の皆さんとは動機が違っていたように感じました。

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KARAの終焉(続)

2015-09-27 06:43:59 | 日記
   本日もアイスランド・ツアーとKARAの終焉の二本立てでお送りします。

この日の私の座席は前から5列目。しかも大きな会場の座席設定とは違い、最前列の人は舞台に手が届きそうな場所にいます。舞台と客席の間にはほとんど空間がありません。私の席からも、至近距離で舞台を見ることができました。
  
   一部の男子による下品なKARASIAコールが続き、しばらくすると開演。万雷の拍手の中登場した彼女たちの姿を見て真っ先に私が心の中で思わずつぶやいたのは、、

   「だめだ、これじゃ!」

という言葉でした。私の目に映った彼女たちは、明らかに「やつれて」いました。細身の体は、的確なトレーニングによって絞り上げた強靭さを持ったものではなく、肌の張りにも欠け、残念ながらベストのパフォーマンスをするにはあまりにも無理があるように見えました。唯一、一番若く、痩せ過ぎていないヨンジを除いては・・・。

   案の定、彼女たちのパフォーマンスは精彩を欠いていました。例えば自分に対して手を振っているおじさんに対してその人を指さしながら、手を振り返したり(ギュリ)、観客に対するアピールを心掛けているように見えましたが、何しろ爆発力が全くないのです。途中、やり過ぎだろうというくらい、手を変え品を変え、「休憩」が入ります。以前にもピエロが入ったり、お子様たちによるダンスが入ったりしたことはありますが、こんなに頻繁に休憩が入ったことはかつてありませんでした。

   肝心のダンスも、かなりの省エネでした。いや、以前のような正確でダイナミックがダンスを続けたら最後まで持たないという自覚があったのではないでしょうか。どちらかと言えば可愛い系の歌を集め、激しく踊る曲は避けられていたような気がします。「マンマ・ミーア」の幻想的な出だしも、形ばかりになってしまっていました。KARAが日本で爆発的に人気が出るきっかけとなった「ミスター」のダンスも、本来入っているはずの振りが省略されたり、元気なヨンジがきちんと振り下ろしている腕がギュリでは途中までしか下りていなかったり、すべてにおいて振り付けが手抜きとなっていました。

   そして、中盤以降、彼女たちの顔からだんだん笑顔が失われていき、その代わりに疲労の色が刻々と濃くなって行ったのです。最後の方になると、立っているのがやっとなの?と聞きたくなるほど、気力で持たせているようにしか見えませんでした。2年前の埼玉スーパー・アリーナ公演では、ギュリ以外は余裕綽々で、ハラも舞台をはける前におふざけをする位、余裕があったのに、いったいどうなってしまったのでしょう。

   KARAと同年代の少女時代は、まだきちんと動くことができています。KARAが動けくなってしまったのは、明らかにトレーニング不足なのでしょう。再三にわたる危機を乗り越えて来た彼女たちですが、人気の凋落、後継グループが誕生し、順調に人気を高めつつあることなどから、活動を続ける動機づけが失われつつあるのかもしれません。

   そもそもデビューしたと思ったらすぐにルックス・歌唱力に優れたリード・ボーカルが脱退し、低迷期があった後、ニコル、ジヨンという個性豊かな新メンバーを加え、絶頂期に達したと思ったら、この二人も脱退、新メンバーにヨンジを迎えたものの、ニコル・ジヨンの抜けた穴をカバーするには良い子過ぎたように思います。ニコルの何とも言えないふにゃふにゃ感、一番年下でありながら少しも物おじせず、見る者に元気を与える骨太の明るさを持ったジヨンの二馬力をヨンジ一人で埋めるのは無理があったのだと思います。

   私は2年間で、アリーナ公演を3回、ファン・ミーティングを2回見てきました。したがってかなりのKARAファンだと言っても差し支えないでしょう。その私の目から見て、残念ながらKARAは終わってしまったかな・・・という感を深くしました。KARAでなければ世も明けないという方々、仕事を休んで3回続けて(彼らの言葉を借りるなら)「参戦」したような熱烈なファンの皆さんには受け入れがたい言葉でしょうが、今回のようなレベルの公演しかできないのであれば、KARAはもう終わったとしか言えないでしょう。

  5,000人収容の会場を埋めつくせなくなったKARA,来年も日本公演を続けることができるのか、私ははなはだ心配しています。そして、どうせなら解散記念公演を日本で行ってくれたら、とも思います。それまでに、すっかり退化してしまった日本語も、学び直して欲しいものです。なぜなら、少女時代のソヒョンやユリの方が、訛りの少ない日本語を流ちょうに話せるようになってしまっているからです。少女時代よりKARAの方が忙しくて時間がないということはないはずです。

  
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アイスランド・ツアー⑭

2015-09-27 05:59:09 | 日記


   落差62メートルのスコガフォスの滝。高さはたいしたことがないのですが、見に来る観光客の数はかなりいます。アイスランドの滝は、何もない所からすとんと落ちて来るのが特徴で、日本のように古木の間を流れ落ちて来るという風情ではありません。

   この滝は、横の斜面に取り付けてある階段を上れば5分で上までたどり着くことができるという添乗員の説明に、楽勝!と思って上ってみましたが、5分30秒かかりました。私は追い抜きがちに上っていたので、5分で上り切った人はいないはず。それでも筑波山に毎週行っていた頃と比べて、もはや健脚とはいえなくなった自分に、ちょっぴり失望してしまいました。

   階段は上りより下りに年齢が現れます。私が上っている途中ですれ違った高校生くらいの女の子は、実に軽快に、まるでスキップするかのように、タタタン・タタタンとリズムを刻んで降りてきます。どこか慎重になってしまう私とは、えらい違いです。年齢差半世紀というところでしょうから、致し方ないのですが。

   滝の下はすぐにアイスランド特有の真平らな草地になっています。この広い草地では1,000クローネ(ほぼ1,000円)でキャンプをすることができ、平日にもかかわらず、いくつかテントが張られていました。隣接してシャワーが設けられており、使用料は300クローネ。レストランもあるので、恐らく火の使用は禁止され、食事はレストランでとる仕組みになっているのではないかと思います。

   その後は柱状節理の見られる黒砂海岸へ。黒砂海岸というのは文字通り黒い砂でできた海岸です。それだけです。柱状節理は、アイスランドまで来なくとも見られる物で、溶岩がいきなり海に注ぎ込んだ場合に一気に冷やされてできるのではないでしょうか。韓国の済州島でも同様な物を見せられましたが、柱状節理というのは大規模にはできず、この程度のスケールに留まるのが常であるようです。

   さて、いよいよ首都レイキャビクを離れて、田舎のホテルに宿泊です。大規模な観光団は日本人くらいなのではないでしょうか、アイスランドのホテルはほぼ例外なく平屋建てで、気の利いた飯場のようなイメージです。これが標準的ということですが、部屋はよく言えば独立しており、ドアは外に面しています。鍵も古風な、本当に「鍵」という形をしています。

   入り口のドアのペンキは剥げかかっており、一抹の不安が脳裏を過ぎります。中に入るといきなりベッドがあり、金庫も冷蔵庫もありません。テレビは初めて見るUNITEDという会社の製品。当然のようにバスタブはありません。バスタオルも無いので、浴室付近を捜した挙句、隣の部屋の人に聞いてしまいました。よく見たらベッドの上に置いてあったので、何か肩透かしを食わされたような気がしました。

   すっかり衰えてしまった「英語耳」を呼び覚ますべくBBCつけっぱなし作戦を取りました。すると昔取った杵柄と言いましょうか、2日ほどでかなり復活したので一安心。元英語教師という素性を明かしたわけではありませんが、やはり私なりのプライドが・・・・。奇怪に感じたのは、夜中から朝方にかけてまで、教育放送の科学番組を放映していたことでした。どう見ても小学生対象としか思えない教育番組を、こんな時間に誰が見ているというのでしょうか。
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