梅様のその日暮らし日記

その日その日感じた事や世間で話題の事について自分なりの感想や考えを書いていきます。

五寸釘穂波と負のループ

2017-07-18 16:18:32 | 日記
   「ほっかい新聞」に五寸釘ほなみこと西穂波(20)の特集記事が掲載されてから数日が経ちました。掲載されたのは16日のことですが、その直後、私のブログにもアクセスする方が多数。以前彼女について書いた内容をネットで検索してたどりついたようです。そこで、せっかくですので、彼女について改めて書いてみることにします。

   「ほっかい新聞」に掲載されたインタビュー内容を見ると、彼女の知識と認識が相変わらず自分勝手でお粗末なものであることは否定できません。まず、「自身も経済的理由でやりたいと思った習い事ができなかったり、高校も公立しか選択肢にないなど経済的な困難さを体験してきました。」とありますが、これなど彼女の認識の甘さを露呈する考え方でしかないことは明らかです。

   本当の貧しさというものは、修学旅行に行く費用が積み立てられないとか、給食費が払えないとか、最低でもそうしたレベルのことを指します。習い事が出来ないくらいで貧乏面されたのでは本当の貧乏人が怒り出します。まして、公立高校しか選択肢がないなど、お笑い草と言っても差し支えないでしょう。通常、皆さんは自動的に公立高校への進学を選びます。私立高校を選択するのは、学力が公立に合格する水準に達していないか、あるいは抜群の偏差値の持ち主で、特別ハイレベルの私立進学校へ進みたいかの、いずれかです。

   しかも彼女は高校卒業が近づき周りが次々と進路を決めて行く中で、ろくに勉強もせず、当然入試には失敗しています。彼女はこれを「何のためにお金をかけてまで進学するのか、何のために頑張るのかわからずに受験勉強へのモチベーションが続かず」と言い逃れていますが、どう考えてもこれは後付けの理屈でしょう。公立高校しか進学の選択肢がなかったとぼやくほど意識が高かった人間が言うべき言い訳ではありません。彼女は高校の三年間をかけて真剣に先々のことを考える努力を、自ら怠ったに過ぎません。要はその日その日をいい加減に過ごしていたという事の証なのです。この点は、元高校教師としての経験から、断言できます。

   「そうした過去を振り返って、「ループだな」とつぶやきました。」穂波ちゃん、いい言葉を覚えましたね、と誉めてやりたいところですが・・・「これが貧困のループなんだって今わかった。」という一言で、何だやっぱり何もわかっちゃいないではないか、と思いました。

     貧困のループとは、経済的に恵まれない家庭の子供たちが進学その他の面で豊かな家庭の子供たちとの競争に敗れ、親と同じ経済的レベルかそれ以下のの人生を送る羽目になることを指します。このループを断ち切るには、本人の自覚と多大な努力が必要となります。分かりやすい例が、秋田県の片田舎から上京して新聞奨学生として大学を卒業し、公立高校の教師となった同僚の話でしょうか。

    私の教え子は私の勧めに従い、卒業後は午前中受験勉強をし、午後からはコンビニでレジのバイトをするという生活を一年間続け、無事大学に進学しました。予備校に行かなければ合格しないという教師もいましたが、母子家庭で木造アパートに一間に住んでいる身としては、そんな余裕は到底ありません。進学後も連日バイトに明け暮れる生活は続きました。

    私の兄も、高校卒業後とりあえずいったん就職し、傍ら大学の通信課程で学びつつ資金を貯め、編入試験を受けて昼間部に転部し、昼間部の卒業生として就職を果たしました。兄は工場の現場で三交代勤務をしていました。寮は勉強する環境では無かったので、表に出て街灯の明かりで勉強したそうです。

    そして、兄の姿を目の当たりにしていた私は、電車で6駅という、交通費が最小限で済む国立大学一本に絞って猛勉強し、無事合格しました。授業料が年間6万円という、当時の物価を考えても破格の待遇でした。貧乏な家でしたので、夜は零下7,8度に下がる暖房のない部屋でじっと耐えながら勉強しましたが、眠ろうと布団に入ると、布団のあまりの冷たさに全身ががくがくと震え、布団に温めてもらうどころか、まずは自分の体温で布団を温め、30分ほどかけてようやく温まってから眠りについたものです。

   そんな自分の体験からしても、この子は何と自分に甘い性格なのだろうと感じます。何の努力もせずに、政治が悪いとデモをかけ、叫ぶことにこの数年を費やして来ました。若くてそこそこ可愛い女の子でもあるためか、マスコミの取り上げるところとなり、ジャンヌ・ダルクめいた扱いを受けるようになってしまいましたが、それもまた彼女の考え方をゆがめる一因となったことは想像に難くありません。

    「これが貧困のループなんだって今わかった。」という言葉は、更に「だからこそ安倍政権を変えなければいけない。」という言葉につながって行きます。私の知る範囲の、貧困のループから脱出し、ささやかながらも親の代よりは恵まれた暮らしを送っている人たちは、皆自己責任で努力を重ねました。誰一人、自分が貧しいのは首相や政府の責任だなどと考えた人はいません。人のせいにしていては、何も解決しないから、自分自身が人並み以上に苦労し、努力しなければならなかった、しかしだからこそ今日の自分があるというのが、彼らの共通認識なのです。

    既に知られている彼女の青春を振り返ると、こうなります。高校時代、自らの将来について、何も考えずに漠然と過ごした。卒業後は進学のために浪人しているはずが、デモや集会に明け暮れて、勉強などしてこなかった。ついには妊娠し、シングルマザーへの道を選択した。

   これは高校教師として私が知る、負の連鎖の典型的な例の一つです。満足な収入源を持たないまま生活している間に無計画に妊娠し、母親となってしまい、生きて行くのがやっとの生活を送り始める・・・。彼女はある程度知名度があるので、ネット上では彼女に対する厳しい言葉が寄せられています。

 こいつ絶対「保育園落ちたの私だ、日本死ね!」って言うぞ。とか、

 こんな奴が生活保護を受けるのかよ。ふざけんなよ!とか・・・。

   私も、彼女はこういわれても仕方がないと思います。彼女は結局何も考えず、ちょっとカッコよさそうな政治運動に加わることによって更に流されてしまい、自分にとって何が大切なのかを一層分からなくさせてしまったのだとおもいます。

   思えば彼女はツイッターでつぶやいたあのたった一言のために時の人となり、全国にその名を轟かせ、テレビにまでも登場するに至りました。そして今もなお、地方の左翼系新聞では英雄的に、好意的に大きく取り上げられています。


  「安倍、お前の体中の穴という穴に五寸釘ぶち込んでやるぞ!」

   多少記憶違いがあるかもしれませんが、ほぼこんな言葉であったと思います。言葉というものは発せられた途端に独り歩きを始めます。この言葉がきっかけとなり、彼女に対するイメージは全国的にゆるぎないものとなりました。

   ああ、彼女のこの言葉さえなかったら・・・。もしかしたら彼女も当たり前の20歳として、少しはましな、堅実な青春を歩んでいたのかもしれないと思うと、私はとても残念でなりません。彼女もまたマスコミが作り上げた虚像に自分を重ね合わせて生きて行かねばならなくなってしまったのですから。

   せめてまともに赤ちゃんを育てていく、平凡なシングルマザーになって欲しいと願って止みません。間違っても父親でない男と同棲を初めて実の子を虐待したり、乳飲み子の胸を踏んづけて心臓破裂で死に至らしめたりするような破局を迎えないことを祈ります。



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