雑感日記

思ったこと、感じたことを、想い出を交えて書きたいと思います。

2017 鈴鹿8耐

2017-07-31 09:57:40 | 発想$感想

★今年の鈴鹿8時間耐久レース

ヤマハの3連覇だったようだが、カワサキが2位に入賞している。

おめでとう。

 

   

 

           

 

     

 

ホンダとの2位争いを制しての結果のようだから、現場でご覧になってた方はドキドキの8時間だったと思う。

ネットでチェックしていたら、こんな記事に出会った。

 

     

  

鈴鹿8時間耐久ロードレースは、レース折り返しの4時間が経過した。

トップは変わらずヤマハ・ファクトリー・レーシング・チームで独走状態。これに2番手のF.C.C.TSRホンダと3番手のカワサキ・チームグリーンが続く。

トップを快走するヤマハ・ファクトリー・レーシング・チームはマイケル・ファン・デル・マークから中須賀克行にバトンが渡された。3番手のカワサキ・チームグリーンもほぼ同時にピットインし、渡辺一馬がコースイン。そして、2番手のF.C.C.TSRホンダはこの2チームよりも数周遅れてピット。ランディ・ド・ピュニエが走行を開始する。

すでに同一周回で戦うのは3チームのみ。ヤマハ・ファクトリー・レーシング・チームは後続に1分半以上のアドバンテージを築いている。

90周をすぎたころ、2番手のランディ・ド・ピュニエと3番手渡辺一馬がドッグファイトを展開。2番手を争いは一時順位を入れ替える場面もあったものの、順位が入れ替わるには至らなかった。

  

★もう旧い1990年代の話だが、あの頃の夏7月中旬から8月初めにかけては、私は鈴鹿が定位置だった。

8耐の前の週の4耐や6耐、それに8耐の翌週の全国安全運転大会とずっと鈴鹿で過ごしたのである。

 

 その1993年、カワサキは鈴鹿8耐で、初めて優勝したのである。

 世界24時間耐久レースでは、カワサキ・フランスが文字通り席巻していたのだが、そのフランスチームでも鈴鹿の『高速8時間耐久レース』はなかなか難しかったのである。

 

 

 

  それが1993年、初めての8耐制覇であった。

 当時の『スポンサー・ブーム』も一息ついて、なかなかスポンサーもムツカシクなったそんな時期だった。

 『イトーハム』を 林監査役からご紹介頂いたのである。

 

  そんなことで、林さん(左)が高橋さんと田崎さんと一緒に写っている。

  これらの写真も、ごく最近田崎さんが私に送ってくれた中の一部である。 

 

      

 

     

 

  これはイトーハムの幹部の方々と、 現場の歓喜が伝わってくる。

 

 

    

 

  これも鈴鹿のホテルだが、8耐の前夜だと思う。

 この席には私もいるし、当時の初代スポーツ推進部長の岩崎茂樹の顔も見える。

 

★ それにしても『ヤマハの3連覇』はスゴイな。

 レースで優勝する ということはホントに大変なことなのである。

 それを 3年連続

 心からヤマハさんに『おめでとう』と言いたい そんな気持ちです。

 

 

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