イエローフローライトを探して

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2017-05-26 01:00:47 | 海外ドラマ

 『CSI:科学捜査班』、同シリーズの親シリーズ=ラスベガスCSI。本国USAでは一昨年9月に第15シーズンをもって放送終了していますが、月河も先日、最終エピソード『終わらない街ラスベガス』をDVD視聴終了しました。ふぅーーー。

 本国での1stシーズン放送スタートが2000年10月だそうですから、まる15年、"CSIの新シリーズが秋になると始まる"年が続いたことになります。これはもう”放送期間”というより、ひとつの”時代”を作り上げたといってもいいのではないでしょうか。

 視聴率的には第5~6シーズン(2004~5年放送)辺りがピークで、以降は右肩下がりだったようですが、所謂警察捜査ドラマにおける”科学捜査”や”物証主義”を、脇役ではなく主役にもってきて、昔ながらの聞き込みや過去ファイル再読などのアナログ捜査と、ときに対立させつつも乖離はさせず一体化してフィクションドラマに織り上げるというやり方を確立させた点、まさにエポックメイキングなシリーズだったと思います。

 ちなみに、我が日本製の『科捜研の女』は『CSI』より一年早く、1999年10月から放送を開始して2017年の今日まで17シリーズ継続していますが、あえて言えば先輩シリーズのこちらの長持ちも『CSI』が長く続いたことの、ある意味お蔭ではないかという気がします。一度でもこちらのレギュラーエピソードかSPを見た事のある人ならすぐにわかると思いますが、同じ科学捜査を主軸に据えたドラマでも、こちらはある時期から「USA製の『CSI』ではやらない事」を選んで選んで作っているうちにアラ不思議、長寿シリーズになりましたという感じ。科学捜査の衣はまとっていても、基本はやはり昭和から続く”日本の刑事ドラマ”なんですよね。

 主役=榊マリコ役の沢口靖子さんが、夜8:00台に使える主演級女優さんの中でも稀に見る”私生活・所属芸能事務所との関係ともに無風”女優なのも非常に大きい。ロングランTVシリーズの存続を危うくする”大人の事情”をいっさい発生させない主演。しかもヴィジュアルも(異論はあるかもしれませんが)すでにover50にして劣化最小限。理想的です。

 さて、月河が『CSI』とTVではじめて出会ったのは2008年初めぐらいだったでしょうか。日曜の午後1:00~という、超・敷居の低い、というかチカラの抜けた時間帯で、いま振り返れば第4シーズン終盤辺りからの途中乗車でした。ちょうど月河家に地デジの大画面液晶テレビとDVDレコーダーがやって来た頃でもあり、それこそまさに「アメリカの”科学捜査”はさすがに『科捜研のオンナ』とかとはだいぶ違うね~」というノリで嵌まって行き、そのうち「コレそもそものスタートから見たいね」「DVDなら出てんじゃない?もうウチでもDVD見られるし」とレンタル店にかよって、1stシーズンから探し出し、1年あまりかけて、放送に追いつくまで見ました。

 そのうちいつの間にか放送のほうが平日昼の時間帯に引っ越してしまい、何回か録画を逃すと、しまいにはじれったくなって全部DVDレンタルに出てからまとめてぶっ続けに見る様になりました。一時期は、昼間に2エピ見て夜に3エピ見て・・と、リアルタイムのニュースも天気予報も見ずに”『CSI』DVD漬け”だった頃もありました。

 月河の特撮好き、(往年の)昼ドラ好きにはまったくノータッチ無関心の高齢家族も、不思議と『CSI』にはガン嵌まりなんですよね。彼らの言うには、「一件終結(←”解決”ではなかったりすることも)後に、被害者家族や刑事たちの後日談的な描写がなくボン!ブツン!と終わるのがいい」「アメリカらしくドライだし合理主義だし、プロ!って感じ」だそうです。

 月河も、これでもう『CSI』の未見新作エピは見られなくなるのか・・と思うといささかしみじみしてしまいます。最終エピはやはり”創立メンバー”であるギル・グリッソム主任とキャサリンがしばしのカムバックをしてくれないと格好がつかなかったか。FBIに転身したキャサリンは相変わらずキリッとして、コンマ一秒を争う爆弾解除現場でもしっかりグレッグとモーガンを指揮していましたが、昆虫博士だったはずのグリッソム主任が海洋生物保護のほうに行ってすっかり加山雄三さんみたいなボートマンになっていたのは意外でした。 

 1st~第5シーズンぐらいまで、警察組織ドラマにもれなく一人は居る”出世亡者のイヤな管理職”の典型だったエクリーが、娘モーガンの捜査官としての成長と歩を合わせる様に、いつの間にか”いちばんのCSI理解者”になってきたのも不思議といえば不思議。最終エピでレディ・ヘザーの関与が浮上すると「それなら彼女を最もよく知るグリッソムを呼ぼう」と即、サラに連絡を取らせる。グリッソムとそれこそいろいろあったサラの気持ちを斟酌しないやり方が彼らしいと言えばらしいけれども、序盤でのグリッソムとの”現場vs官僚”そのものな先鋭対立を思うと、シリーズの継続とともにキャラも深化してきたんだなー・・とひときわしみじみです。

 ただ、最終エピのラストシーンが、”ベガスを離れて行く船出”で終わるのは如何なものでしょう。ざっくり言ってシリーズ全体がサラの成長と葛藤→進化の物語に集約され、時に殺されかけもしたCSIの仕事を通じてグリッソムと”最高の友”となり生涯のパートナーに・・というまとめ方は嫌いではないし否定はしません。しかし最後はやはりベガスのシーンで、ベガスに残る、あるいはベガスに戻ってきたメンバーをフィーチャーして、15年間のグランドフィナーレにしてほしかった。あの美しい船出がラストカットなら、なんだか”欲望と犯罪の街=ベガスを出て行ける者勝ち”に見えてしまうのです。

 グリッソム退任後ともすればぐらつきがちだったチームを、第12シーズン以降ほとんど孤軍奮闘でまとめたDB(ディービー=ディーベンコーン)の、最後の扱いもいささか冷たかった。フィナーレのためにグリッソムが召喚されたにしても、現チーフはあくまでDBなのですから、もっと見せ場あって、グリッソムと両雄並び立つぐらいの活躍をして終わらせてあげないと気の毒ですよ。ラストシーズンで例の”双子=ギグハーバーキラー事件”というクライマックスを用意してくれたのはいいのですが、長い付き合いだったジュールス(フィン)が双子の(邪悪なほうの)生き残りに襲われボコボコに殴られた挙句「意識不明の重体」のまま、最終エピでいきなり”殉職=絶命していた”と判明する辺りも含めて、DBってなんだかロングシリーズ終盤のそそくさとした空気の犠牲になったキャラのような気がして仕方がありません。

 まぁ、チェックを入れて行けばまだまだ限りなくあるけれども、「とりあえず”リ・スタート=ハッピーエンド”感のある幕切れにしよう」という意志だけはじゅうぶん伝わってきたので、こちらもそこのところは汲んで「お疲れ様でした」と言って送り出したいと思います。

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