三億円事件犯人に至る道

三億円事件について考察いたします。

戦前の西武国分寺線小川駅周辺

2016-10-31 05:06:51 | 日記
そういえば、三億円事件犯人による、トラメガ窃盗現場だった。
その前に、戦前の小川駅周辺について。
小川駅周辺も、他の多摩地方と同様、軍関係施設が多い。
駅西側には、東部国民勤労訓練所、駅東側には、陸軍兵器補給所分廠。
さらに、ちょっと離れるが、西側には、日立航空機立川工場。
現在の西武拝島線は、日立航空機立川工場、陸軍兵器補給所分廠、それぞれへの引き込み線を、接合して、一つの路線にしたものらしい。
また、戦後、高度成長期にかけて、東部国民勤労訓練所の跡地は、職業能力開発総合大学、東京障害者職業能力開発校、緑成会病院等の敷地になっている。そして、陸軍兵器補給所分廠の方は、ブリヂストン工場の敷地となっている。
三億円事件犯人によるスカイライン1500窃盗の現場、ブリヂストン社宅は、ブリヂストン工場敷地内にある。
(2013年9月記)

この記事をはてなブックマークに追加

小川西町四丁目 小平中宿通り商店街

2016-10-30 05:29:08 | 日記
交差点、東へ曲がり、そのまま、東へと、歩いていく。
小平中宿通り商店街。
中宿、という宿場町でも、あったのだろうか。
あっとすれば、ここから南側、青梅街道。
江戸時代には、小川宿があったらしい。
西側から、上宿、中宿、上宿。
中宿は、青梅街道、南北に伸びる府中街道の交差点あたり。
おそらく、小平中宿通り商店街の中宿は、この「中宿」のことだろうと思える。
小川駅が、小川宿からということであれば、小川宿の中の中宿が、小川駅商店街の名前であってもいいわけだ。
本当かどうか、わからないが。
小平中宿通り商店街を東へ、歩いていく。
(2013年9月記)

この記事をはてなブックマークに追加

小川西町四丁目 小平中宿通り交差点

2016-10-29 05:24:34 | 日記
再び、北へ向かう。
しばらくすると、東西に伸びる通りとの、交差点、小平中宿通り交差点。
駅近くよりも、こちらの方が、店舗が多いような気がする。
もともと、駅が開業する前から、街並みがあって、駅は、その街並みから、離れた位置に開業したのだろうか。
駅自体が、かなり、古いので、さらに、それ以前に、街並みがあったとも思えない。
小川駅が開業し、次いで、駅の東西に、東部国民勤労訓練所、陸軍兵器補給所等、広大な敷地を有する、施設が、開設され、駅近くは、店舗が、並び建つ余地がなかったと思える。
おそらく、戦後、高度成長期あたり、それらの、施設の北側、東西に伸びる、商店街が、できたのだろう。
(2013年9月記)

この記事をはてなブックマークに追加

小川西町四丁目 職業能力開発総合大学校

2016-10-28 04:10:54 | 日記
北へしばらく、歩いていくと、西側には、職業能力開発総合大学校の門。
ただ、小川駅から西へ伸びる通り、突き当りが、正門のようだ。
こちらは、北門、といったところか。
緑成会病院、東京障害者職業能力開発校と敷地は、同じなのかもしれない。
三億円事件の7年前、1961年4月に、それぞれ、開校している。
緑成会病院はもっと古く、終戦後、1950年である。
これらの施設だが、もともと、戦前、東部国民勤労訓練所の敷地だったようだ。
(2013年9月記)

この記事をはてなブックマークに追加

小川西町四丁目 富士見通り

2016-10-27 04:03:15 | 日記
小川駅の西側には、南北に伸びる、富士見通り。
駅近くの大通りは、大抵そうなのだが、この通りも、立派な通りであるが、どこかに、通じているわけではない。
現在も、南側では、途絶している。
駅近くは、メインストリートとして、大通りがあるが、同時に、駅近くのため、宅地化が進み、道路は、未開通のまま。
ということで、中途半端な、道路になりやすい。
ただ、これは、小川駅西口に限ったことではなく、とくに、珍しくはない。
富士見通りを北へ歩く。
(2013年9月記)

この記事をはてなブックマークに追加