三億円事件犯人に至る道

三億円事件について考察いたします。

荻本バラックと多摩川住宅(11)

2017-04-22 05:33:19 | 日記
都営多摩川住宅の西側、杉森小学校の調査した文集がある。往時、このあたりの、様子が、記録されている。
いまの、多摩川住宅の南側、土手になっており、関東大震災の時は、液状化現象が発生、砂利が噴き出したそうだ。地底に、砂利が堆積していたからだろうか。
ということで、土手から、やや離れて、南側、昭和の初め頃、砂利の採掘がおこなわれたらしい。その結果、巨大な、池ができている。府中市にある、多摩川競艇場は、こちらも、候補地だった、ということだ。
このときの、砂利採取場が、荻本砂利採取場であったかどうかというと、わからない。
また、そのあと、多摩川住宅南側に、かつてあった、土手から、北側、つまり、いまの、多摩川住宅の場所でも、砂利採掘があったかどうかも、わからない。
そして、1964年9月、多摩川区域内での、砂利採取は、全面的に、禁止、ということになる。
同年、都営多摩川住宅は、着工している。三億円事件、4年前のことだ。
(2013年9月記)
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