徒然草(走り書きブログ)

スピリチュアル(霊的知識)等や思ったことを書く(※走り書きがメイン)

人は生かされている(守護霊・守護霊団、自然の理)

2016-10-19 19:30:02 | 日記
よく、人は一人で生きていると思いがちです。
確かに、目に見える所ではそうかもしれません。

実際には、守護霊・守護霊団がいらっしゃいます。
主な守護霊様が1人背後に、守護霊団となるとその守護をする方の血統(御先祖様)・霊統の方々含め最低100人程がバックにいらっしゃるそうです。
また、その守護霊・守護霊団がいないと人は生きられない(具体的に、変な所で足を挫いて事故に巻き込まれたり等)みたいです。
また、守護霊様は守護する方と性質が似ていて少し霊格が高い方みたいです。(酷な言い方ですが、泥棒の守護霊様は泥棒の気質があるようです)

守護霊等に限らず、人は『自然の理』によって生きる事が可能です。
恐らく、自然破壊・環境破壊が続くのはその様な自然の偉大さを否定し、自分達の人工テクノロジーによって生活環境を整える事ができる という
顕示欲(エゴ)や利得にまみれたものではないでしょうか。

これと同じような事が『科学』について言えます。
また、現代の科学力については、神様によると残念な事に高度ではないらしく
その理由として、第一に『物理的』であるためだと思われます。

生命科学にしても、原子力にしても、例えば核分裂時のエネルギーが高かったから水力に使おう・最近ではiPS細胞を培養して卵子を大量に増殖した…DNA操作等ありますが
やはり印象として「こうなったから、こうなった」という単純なものです。
その『狂い』までは、絶対に想定していないと思われます。
その裏に存在する『ルール(自然の理)』(脳味噌はこのようにシワを作って…肝臓は身体の何処に配置して…という決まり)を知らずに、
「こうなったから、こうなった」というレベルで応用科学を進める事は、その元々の理の根源の意味(生命の意味)を否定する事になりかねません。

例えば、仮にクローン人間が作られた場合、その人間が誰の人格を持つのかという話について
必ず『自分とは何者か』と言う話に繋がるのではないでしょうか。
(単純に魂は違う、と言ってしまえばそれまでですが)

人は、守護霊・守護霊団や『自然の理』の中で生かされているのが事実なようです。
この様な言い方はあまり好きではありませんが、地球上で好き勝手やっていられるのは………と思います。
『肉体』ですら、元は地球(大地)のものです。
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